――気づけば、彼女は『彼女』を目指していた。

 明確に意識し始めたのは、仕様も無い騒動の後。
 師に伴って一戦交え、それから付き合いが始まった。
 まだ未熟であったとはいえ、自身の実力を自負していた自分を負かした『彼女』を敵視するのは当然で、リベンジマッチを幾度となく所望する彼女を、『彼女』はことごとく負かした。
「やれやれ。今日は泊まっていきなさい」
 『彼女』は、彼女の猛攻を退けたあと、日が沈む空を見て、そう言った。
 その態度に、彼女は毒気を抜かれ、次第に敵視することがなくなった。
 そして、純粋な意味での目標であり、ライバルとなる。
 宿敵と書いて、友と読む。そんな関係。
「今日はおまえの番な。飯とか色々」
 関係を続けるうちに、彼女は勝利を収めることが出来た。
 並々ならぬ努力の末に手にした勝利は、喜びを。
 ――そして、僅かな嫉妬の蓄積も。
「ああ、お前に足りない物は修行だな」
 『彼女』は努力という言葉を知らないかのようだった。
 だというのに、努力を重ねる彼女と互角に、“合わせてくる”。
 気分によって変わるその“全力”は、底なしで量れない。
 天才。才能。素質。
 否定はできない。『彼女』の役目がそれを裏付ける。
「――私は、普通だぜ」
 その言葉に、どれほどの意味が込められているのか。
 幾度、打ちのめされただろう。
 幾度、虚しい勝利を手にしただろう。
 けれど、それでも――


 ――それでも、彼女は『彼女』を超えるべく挑み続けていた。






 (仮題)「東方Fate」







 停滞した状況はセイバーのマスターの登場で終わった。
 セイバーはマスターの指示を仰ぎ、剣を収める。
 凛とライダーが立ち上がり、四人は揃って衛宮邸の居間へ移った。
 そこで事情を――聖杯戦争を全く知らない半人前の魔術師の癖にセイバーのマスターという――衛宮士郎に説明し、それでも、埒が明かない、と凛は教会に連れて行くことを決めた。
 凛が提案すると、すぐにセイバーが同意。
 深夜の深山町を三人の人影が、新都の教会目指して移動する。
 ライダーは霊体化していたが、セイバーは霊体化できないらしい。
 不完全な召喚だったのか、それとも聖杯戦争の異常にも関わらず正規の英霊が呼び出されたためかわからないが、深夜とはいえ甲冑姿は目立ちすぎる。
 そのことを察したセイバーは、手早く己がマスターの私服を借りていた。
 折角の美人さんが勿体無いなあ、と凛は思い、後で家で眠っている服を貸そう、と決めた。
「シロウ、私はここに残ります」
「じゃあ私も」
 教会に辿り着き、サーヴァント二人は外で待つと告げる。
 セイバーと、実体化したライダーに見送られ、マスター二人で教会に入り、聖杯戦争の監督役である言峰綺礼に面会した。



 …………ここでのやりとりは、面白いものではない。
 聖杯戦争の概要。聖杯とは何か。避難所としての教会。十年前の大火災。
 神父が語り、衛宮士郎が驚愕し、動揺し、その傷が開かれる。
 そして、凛が神父を諌め、話が終わった。
 士郎の顔色は悪い。だが、それでも彼は言った。
 聖杯戦争に参加する。この戦いの被害を食い止めるのだ、と。
「よろしい」
 言峰綺礼は頷き、厳かに、――聖杯戦争の開始を宣言した。
「…………」
「――――」
 話は終わった、と、二人は教会を後にしようとした。
 しかし、ふと凛は気づき、監督役に訊いた。
「――そういえば綺礼、何か異常とか起きてないの?」
「さて……。心当たりがないわけではないが、確言は出来んな」
 曖昧な答え。気づいていないわけではないらしい。
「じゃ、何かわかったなら、不公平にならない範囲で教えて頂戴」
 凛はそう言い置いて一足先に教会を後にし、一歩遅れて、一言二言何か言われたのか、士郎も教会を後にした。





「それじゃ、ここまでね」
「え?」
 丘の上の教会から坂を下った所で、凛は言った。
「私たちは、新都を回るから」
「そうか……」
 遠坂凛はやる気なのだ、と士郎は感じた。
 自分のように流れ流され、やっとの思いで意思を定めた半端者とは違う。
 そんな彼女を、引き止めることなどできない。
「じゃあ、気をつけてな。……その、できれば、俺、遠坂と戦いたくないんだけど――」
 間の抜けた台詞だと思う。
 これだから半端者は駄目なんだ。
 しかし、本心ゆえに偽れない。
 呆れるか、怒られるか、と士郎は予想して、
「――――そうね」
 遠坂凛は、屈託無く微笑んで、そう答えたのだった。






 士郎とセイバーに見送られながら、新都へ向かう。
 もう振り返っても二人の姿は見えないだろう、というところまで歩くとライダーがぽつりと言った。
「……意外だったんだが」
「わたしも、意外だったかな」
 言っているのは先ほどのやり取りのこと。
 マスターとマスターは敵同士。戦いあうのが道理なのだ。
 だというのに、戦いたくないというマスターに、凛は同意した。
 明確な休戦同盟ではなく、希望、そうならなければいいな、という願望。
「……まあ、単なる感情だけじゃなくて、戦略的にも戦いたくないんだけどね。ライダー、あなた、勝てる気する?」
「まったくないな。……負ける気はしないが」
 正規の英霊――セイバーのポテンシャルは計り知れない。
 わずか一撃の邂逅に過ぎないが、間近で感じた魔力、威圧感、存在感は、思い出すだけで鳥肌が立つ。
 牽制にすぎない一撃は、それでも容易く首を落としかねない鋭さを持っていた。
 事実、倒してしまっても構わないとセイバーは考えていたのだろう。やられるのならその程度の相手だと。
 ライダーが咄嗟に避けてくれなければ、もしくは騎乗――箒に乗っていなければ、凛とライダーどちらかの腕の一本か二本、持っていかれていた。
「そういえば、よく避けられたわね。助かったけど」
「回避運動には、それなりに自信がある」
 似たような経験もあるしな、とライダー。
 思い浮かべるのは、二刀流の半人前かける二の、庭師。にが多い。
「……あれ、もしかして、結構、戦い慣れしてるの?」
「――お前は、私をなんだと思ってるんだ」
 サーヴァントだぞサーヴァント。それも騎乗兵ライダー。
 キャスターはもちろん、アサシンやアーチャーよりも近接戦闘向きのクラスのはずである。
「あー……いや、キャスターっぽいから、つい」
 あはは、と笑って白状する凛に、ライダーはやれやれと溜め息を吐いて、
「気持ちはわからんこともない。私は確かにキャスター適正が高いけど、同様にアーチャーの適正もある。場合によっちゃバーサーカーの適正だってあるんだぜ? クラスなんてモノは、極端に言えば確率論と消去法だ」
「う……」
「油断が過ぎるぜ、マイマスター?」
 先入観に振り回されるのは危ない、とライダーが凛を諭す。
「さっきのランサーもそうだ。予想通りなら、アイツは七つのクラス、どれでも当て嵌められる。最も適正が高いという意味だと、ランサーしかありえないってだけで。――逆に、他との比較で言えば、私のキャスター適正は低いほうだしな」
「――――え?」
「上には上がいるって話だ。私は人間だが、本物の魔女と魔法使い、のほうがキャスターには相応しかろうよ」
 ええ? と首を傾げる凛を置いて、ライダーは不機嫌そうに早足で進んでいく。
「ちょっと、待ってよ!」
 慌てて小走りに追いかける凛。
 なにが気に障ったのか、凛の呼びかけをライダーは無視した。







 ビルが立ち並ぶ新都中央までやってきた。
「――――」
「――――」
 この場に於いて、言葉は要らない。
 凛は令呪のよってマスターの、ライダーは共感によってサーヴァントの気配を感じ取っていた。
 神経を張り巡らせながらも、歩調は変えずに、向きを転じる。
 確認するまでも無く、気配もついて来る。
 向かう先は、新都中央公園。前回の戦争終結の地。
 怨念が立ち籠め、気持ちの良い場所ではないが、戦うにはうってつけの場所。
 開けた草原、人気の無い公園に、二人は入っていく。
 念のために人払いの結界を張る準備をして、ある程度奥に入ったところで振り返り、
「そろそろかしら」
「――――ええ。そろそろいいでしょう」
 現れたマスターと対峙した。
 ――ぞくり、と凛の背中が粟立つ。
 男装なのかスーツを着ている、暗い赤髪の女性マスター。
 ただ立っているだけ、というのに、隙のない姿勢。
「――――」
 緊張。戦いの気配を感じる、恐怖とも高揚とも思える感覚。
「……ライダー」
 クラス名を悟られないように呟き、ライダーが実体化する。
 ほぼ同時に、凛に相対するマスターもサーヴァントを呼び、姿を現した。
 現れたサーヴァントは、ライダーよりもさらに若い、幼いと言ったほうが適切なほど小さな少女。
 月光のように白い肌、蒼い髪、華奢な身体。
 深窓の令嬢を思わせる外見。
 しかし、その背中には人にあるまじきモノ――蝙蝠に似た翼が生えている。
「レミリア、スカーレット」
 凛の呟き。ライダーから、聞いていた。
 ランサーに該当するのなら、こいつしか居ない、と。
 大神宣言(グングニル)の名を冠するスペルを持ち、敏捷性も幻想郷随一。
 齢五百歳、紅い悪魔(スカーレットデビル)の吸血鬼。
(こっちの世界で言えば、二十七祖クラスの化け物)
 真祖とも死徒とも違う吸血鬼、ということだから、幻想種の類なのか。
 英霊ではない、が、下手をすれば英霊よりも厳しい相手なのではないか?
「――――」
 どこまでこちらの基準が通じるのかわからないが、軽く見れる相手ではない。
 凛が気を引き締めつつ、警戒していると、相手マスターが名乗りを上げた。
「私は魔術協会から派遣されたマスター、バゼット・フラガ・マクレミッツ」
「…………っ!」
 相手サーヴァント、ランサーに向けていた凛の意識が、マスターに向かう。
 ……彼女の名前も聞いたことがある。
 魔術協会に所属する魔術師。
 伝承保菌者(ゴッズホルダー)にして、封印指定の執行者。
(なんてコンビ……)
 戦慄する。バゼットは魔術戦闘のスペシャリスト。
 まともにやり合えば一分と持たずに、凛はバゼットに敗北する。
「…………」
 策を練る凛の沈黙を、逡巡と受け取ったのかバゼットが言う。
「貴女の紹介は要りません。冬木の管理者(セカンドオーナー)、遠坂凛」
「調査済み、ってことかしら?」
 それぐらいは知られていてもなんら不思議ではない。
 バゼットの口調も、威圧するものではない。
「そうですね。……実のところ、昼間に挨拶に出向いたのですが、留守だったようで。考えて見れば貴女は学生の身分でしたね」
 失策でした、と涼しい顔で言いながらバゼットはよどみない動作でポケットから手袋を取り出し、はめた。
 警戒していないわけではないが、その自然な態度が凛に余裕を感じさせる。
 丹田に気合を入れながら、凛も、ポケットから取り出した宝石を握り締めた。
「――では、聖杯戦争を始めましょう」
 マスター同士が出会えば、戦うのが必定。
 凛は固めていた覚悟を確認し、
「ライダー、貴女の力、ここで見せて――」
 静かに呟いた。






 聖杯戦争に於いて、戦うのは主としてサーヴァントの役目だ。
 故に、凛とバゼットは動かず、互いのサーヴァントが一歩前に出た。
 ライダーは気楽そうに、箒を肩に乗せて。
 ランサーは、やや面倒臭そうに。
「――――」
「――――」
 十メートルほど間に挟んで、対峙する。

 さて、どうでるか――

 互いに様子を伺う。
 両者ともこれが初戦。
 いや、聖杯戦争が開始してからの第一戦である。
 どのタイミングで仕掛けるか、戦いを始めるか。
 マスター同士がフェアに、真正面から戦おうとしたのなら、サーヴァント同士はどう戦いを始めればいいのだろうか。

 瞬間、ライダーによぎった思考は、あっさりと結論を導いた。

「――――セット、スペルカード」

 僅かに笑みを含みながら、ライダーが呟く。
 ランサーは、ふん、と笑って、決まり文句を接いだ。

「アタック――――!」

 それは、幻想郷では“弾幕ごっこ”と呼ばれる決闘の始まり――






 初手は同時。
 ライダーの箒とランサーの爪がかち合った。
 ガギィッ、と、見た目からは想像出来ないほど硬質な、あたかも剣同士が打ち合ったような音。
 ライダーは手にした箒を大きく振りかぶり、ランサーは無手のままその腕を振り下ろしていた。
 込められた魔力と威力と衝撃に、ビリビリと空気が震え、両者は弾かれるように間合いを取り、再び踏み込む。
 二撃目。――相殺する箒と爪。
 ライダーの箒には強化の魔術が叩き込まれている。
 ランサーの手は、爪が伸び凶悪な刃と化している。
 両者とも、全身から魔力を溢れさせながら、相手を仕留めんと己が得物をぶつけ合う。
 三撃、四撃、五撃、と連続して打ち合い、その度に、炸裂する余剰魔力が火花を散らす。
「――――っ!」
「――――っ!」
 次第に両者の差が現れてきた。
 ランサーは見た目通りの軽量さ、クラス通りの俊敏さを生かすように、隙を探して爪で切り裂かんと飛び掛る一撃離脱(ヒットアンドアウェイ)。
 それに対して、ライダーは足を止め、箒を大型鈍器(ヘビーメイス)のように、遠心力を用いて振り回して迎撃する。
 独楽遊びのように、断続的に当たり合う。

 ――成る程。確かにこれは遊戯染みていた。
 少女同士の命を賭した、決闘ごっこ。
 箒を振るうライダーも。
 爪を振りかざすランサーも。
 この戦いが楽しいのだ、と笑みを浮かべていた。






 人払いされた夜中の公園に、場違いな、そして見た目からも異質なほど硬い剣戟の音が響き続ける。

 ――都合、三十五撃目。

 徐々に速度を上げていくランサーを凌いでいたライダーが、
「――――っ、この!」
 痺れを切らし、魔力を一際込めて、ランサーを大きく弾き飛ばした。
 箒で弾かれ宙を舞ったランサーは、空中に宙返り、そして翼を一度羽ばたかせて、上品に着地してみせる。
 仕切り直し。
「――――」
「――――」
 間を計る両サーヴァントに、それを見守る両マスター。
「…………」
「…………」
 パワーでは僅かにライダーに分があり、スピードはランサーが大きく勝っている。
 トータルで考えれば、ランサーのほうが有利――強い。
 それでも戦いが拮抗し、長引いている理由は、初戦であること。
 セイバーとの交戦は数に入れない。ライダーは一撃だけの攻防であり、ランサーはセイバーが召喚された時点で目的を達成したので、ほぼ戦わずに撤退していた。
 両者とも、まともに戦うのは今回が初めてなのである。
 互いに初戦であるライダーとランサーの違い。
 それは数多く存在するが――ここで一つ挙げるのは、ランサーが自身に違和感を感じていること。

 ――クラス補正。

 元々聖杯戦争は、クラスという枠を利用して、英霊という次元の違う存在を顕現させ、令呪による使役を可能とし、その魂を以って聖杯を起動させる。
 しかし今回、異世界(幻想郷)の住人が呼び出されており、当然、そのポテンシャルは英霊に劣る。
 ライダーは優れた魔法使い――魔術師だが、例によって英霊には遠く及ばない。
 この場合、ライダーという枠内に伸び代がある霧雨魔理沙にクラス補正はプラスに働く。
 一方ランサーは、幻想郷でも指折りの妖怪である。英霊にはやはり及ばないものの、クラス補正はプラスマイナス両面に働いた。
(ランサーは手を抜いているのか?)
 攻防を注視していたバゼットと凛の二人は、こう疑問に思った。
 ランサーとは槍のサーヴァントである。
 しかし、レミリア・スカーレットにとって、槍は技――スペルの一つに過ぎない。
 この相違が、ランサー=レミリア・スカーレットに違和感を与える。
 「なんとなくメインは槍」という意識、「全力で戦うのなら槍を持て」という割り込みがレミリアの思考にノイズを走らせていた。
 それを振り切って彼女本来の戦い方を行う内に、薄れていく程度の刷り込みであったが、ランサーの出力は伸び悩み、戦いが長引いたのだった。
 逆にライダーは最初から飛ばしていた。
 相手が相手だけに様子見などできるはずがない、と判断していたし、自身の調子は既に確かめていたからだ。本当に必要な努力を彼女は惜しまない。
 そうしてランサーが調子を上げていき、出力(ギア)をローからセカンド、サードに、と入ったところで、元からトップに入っていたライダーが仕切り直して、今に至る。

 ――ランサーのサードとライダーのトップが同等。
 こればかりは如何し難いライダーとランサーの戦力差である。






「驚いた……」
 戦いを眺めながら、知らず凛は呟いていた。
(強いじゃない、あの子)
 ライダーの力を信用していなかったわけではない。
 ただやはり実感を持てなかっただけなのだ。
 あのセイバーを目の当たりにしたことで、自信と信頼を削がれた。
 けれど、そんな懸念はあっさりと消えてなくなるほど、ライダーは――強い。
 もちろんランサーには敵わないが、敵わないなりの戦い方というものを熟知している。
 いかにして出し抜くか、自身に勝る相手にどう対処すべきか、自身が勝っているところは何か。
(戦い慣れしてる。私なんかより、遥かに)
 それ故の勘の良さが、戦いを拮抗させている。
 自分よりも若いはずの少女が、なぜあれほどまでの戦いの経験を得ているのか。

 ――――バチィッ!

 パスを通じて魔力が流れたのを感じるや否や、ライダーがランサーを弾き飛ばしていた。
 打ち合いの数はそれほど多くは無い。
 だが密度の濃い攻防だった。
 ランサーがどうだか知らないが、ライダーは一撃一撃、ピンポイントに魔力を込めて、威力を爆発させている。
 その魔力消費、ライダーが凛に必要とする魔力は本の僅か。
 凛の潤沢な魔力量をプールの水に例えるならそこからスプーンで掬い取っている程度に過ぎない。最後の一撃は、ようやくコップ一杯分といったところか。
 威力と魔力消費の比例がおかしい。威力が高すぎる。
 凛が与える一の魔力から、ライダーは百に相当する効果を引き出している。
 常軌を逸した魔力効率。
 その魔力を以って、ライダーは自身と箒を強化し、打ち合う。

 ――否、あれは強化の魔術と呼べるレベルではない。

 こちら側の魔術とは全く違う術式を用いたそれは魔力放出。
 肉体と武装の性能を向上させる魔力のジェット噴射。
(これでキャスター適正が比較的低い?)
 とてもじゃないがそんな言葉、信じられない。
 過去を目指す魔術が、過去に留まる幻想郷に遅れを取るのは、道理なのか。
 この程度は普通だと。大したことは無いと。
(いくら方向性が違うからって、腹立つこと言ってくれるじゃない!)
 苛立ちで、奥歯をかみ締める。
 ライダーが凛よりも魔術師として優れているから、ではない。
 そのライダーよりもランサーが強いから、でもない。
 ただ凛は――自分がまだ、マスターとしてその責を担えていないことに、怒りすら覚える。
「――――槍か」
 ライダーの呟き。そのクラスに相応しく、ランサーがその手に槍を構えていた。
「不本意だが、マスターの命令でね」
 ぶん、と、歪な、メルヘンチックな悪魔の槍をランサーは振った。
「マスターの命令、か。可笑しなもんだ」
 似合わないぜ、とライダーが笑い、不愉快そうにランサーの表情が歪む。
「――ほざけ。人間風情が」
 紅い目を細め、ランサーは恐ろしいほど冷たく言い放つ。
「―――――っ!」
 刹那、再開の初手をランサーが繰り出した。
 ランサーは槍と一つになったかのように、紅い閃光と化しライダーにぶつかって行く。
 連続する武器同士の競り合いが積み重なって砕石機のように響き渡る。
「――――――――」
 ライダーの笑みが消える。
 スピードを増したランサーが、僅かにライダーが勝っていたパワーすら超えようと力を込めていく。
(わたしの魔力が要るのなら、遠慮なく持っていきなさい――!)
 パスを通じた凛の指示に、ライダーは遠慮なく答え、危うい拮抗を取り戻した。
(どうする……)
 マスターが援護しなくてはならない。しかしその術がない。
 相手のマスターのほうが戦闘力では上であり、迂闊に動けない。
(でもそれは、遠坂凛わたしの都合……!)
 スタンバイさせていた魔術刻印を走らせ、左手を向ける。
「…………!」
 間を、二十メートルは在った間合いを、ランサーのマスターを詰めてきている。
 バゼットが、拮抗した戦いを終わらせんと、マスターを潰しに掛かってきたのだ。
「舐めるな!」
 ガンド撃ち。真っ直ぐに走ってくるバゼットを狙う弾丸と化した呪い。
 当たれば衰弱、当たり所が悪ければ昏倒する。
 おまけに物理的な破壊力まである呪いを散弾のように放つ。が、
「――――んなっ!?」
 思わず声を挙げる凛。バゼットは両の拳でガンドを弾き、スピードを全く落とすことなく接近を続ける。
「素手でガンドを――っ」
 残る間合いは五メートル。残る猶予は一秒足らず。
 一行程の魔術行使を可能とする宝石魔術を得意とする凛とて、際どいタイム。
 凛の両手には握り締めた宝石たち。
 放てば樹木をなぎ倒せる威力は秘めている。
「――――フッ!!」
 動かない、身構えた凛に、間合いに踏み込んだバゼットがボディブローを狙う。
 無駄の無いパンチングフォーム。グローブに覆われた両拳は硬化されており、まともに喰らえば一撃でノックアウトされる。

 ――――!

 ぱきん、と石が砕ける音。
 凛の、服の下に仕込んだ宝石が、一度限りの防御結界を作動させた。
 防御に成功した凛は、余波でバックジャンプ。
 至近距離からバゼットが離れていく。
 フォロースルーで動けないバゼットを捉えながら、
「――Anfangセット
 手の握り締めた宝石に魔力を込めた。
 視界は広がり続け、バゼットのみならず、ライダーとランサーすら視界(ターゲット)に収め、凛は、
「――――ライダー!!」
 意思と共に叫んだ。返答は要らない。
 合図に合わせて、ライダーは渾身の力でランサーを弾き飛ばす。
 作った隙で、ライダーは箒に纏わせた魔力の方向性を変更。
 箒に跨り、飛行の魔術を叩き込む。
 準備完了。打ち合わせ通り。
 魔術回路はフル稼働で、宝石は今にも弾けそう。
「――――Ein Fluss fliesst alles荒れ狂え 大流……!」
 限りなく無加工の水の魔術を、凛は渾身の力で放った。

 ――――轟!

 水に転じたエーテルの濁流が、バゼットとランサーを襲う。
 二人が対処するのを見届けることなく、
「――凛!」
 箒に騎乗し、空を翔るライダーが凛へ手を伸ばした。
 その手を凛は掴み、
「――――逃げるわよ!」
 全速力で、戦闘領域を脱出した。



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