襲撃者に蹴り飛ばされ、扉をぶち抜くように土蔵へ転がり込んだ。
何か武器を、と土蔵を目指していたが、腹への衝撃で冷たい床をもがくことしかできない。
「グ……ハ……」
時間がない。何か。ポスターなんかじゃない、もっと強い、武器を。
土蔵の扉が再び開く。襲撃者がゆっくりとした足取りでやってくる。
絶対的な殺気を隠そうともせず、一度奪った己が命を再度取ろうと。
あれは人間じゃない。あんな化け物が人間のはずがない。
生半可なものでは対抗できない。対抗したければ、強い、強い武器が要る。そう例えば――夢に浮かぶ、おぼろげながらも綺麗な剣。
――――――――!!
閃光が溢れる。突如吹き荒れる魔力嵐。
「問おう――貴方が、私のマスターか?」
左手の甲に痛みが走り、己の前には、月影を背にした美しい少女の姿。
運命の夜。回り続けていた歯車が、ぎしり、と噛み合った。
(仮題)「東方Fate」
午前二時、自邸の地下、セオリー通り自分の血で魔方陣を描き、遠坂凛は召喚の儀を行った。
「――なんでよー!?」
という叫び声は、地上、居間で二度発生した破壊音にかき消され、彼女は術式の失敗を知った。
慌てて地下室を駆け出し、開かない扉を蹴り開けて居間に舞い戻り、その悲惨な光景を目にし、目眩を感じた。
「…………」
頭痛を堪えるように手で頭を抑えた。
何で失敗したのかわからない。ずれた時計も戻したし、術式を間違えたりしていないはず。
「……やっぱり触媒無しの召喚は無謀だったか」
それしか考えられない。
とりあえず手ごたえはあったから、何らかのサーヴァントの召喚はできたと思うのだが――
「あー? お前が、私のマスターってやつか?」
瓦礫の中、崩れたソファーに埋もれるように座っていた何かが声を上げる。
口調こそ砕けた少年のようだが、高い、少女の声。凛もまだ少女だが、それよりもなお若く、幼い。
相応に身体も小さいのか、黒と白の装束に埋もれて姿があまり見えない。わずかに覗くのはくすんだ金髪か。
「ったく。随分乱暴な召喚だな。実験に失敗したのかと思ったぜ」
悪態をつきながら身を起こす。
凛はその姿にやはり呆然として、なんとか問いを搾り出した。
「……貴女、本当にサーヴァント?」
クラスは、真名は、というよりもまずそれが気になった。
サーヴァントは英霊がなるはずだ。
「サーヴァントだぜ。だが、お前が思っている通り、英霊じゃない」
「――――」
とんだ失敗をしてしまった、と絶句する凛に、笑いながらサーヴァントは言った。
「いや、お前さんの責任じゃないな。召喚される時に無理やり刷り込まれたんだが、どうも今回の聖杯戦争そのものが狂ってるらしい。何が原因かは知らないけど、どうもほかのサーヴァントも私の『お仲間』ばかりが召喚されてそうだ」
まあ召喚も酷かったけどな、と意地悪く笑う少女。
「? どういうこと?」
「わからん。どうもそうらしい、としか言えん。『刷り込み』された情報なんて、レアな経験だし」
こんな状況じゃなきゃ魔導書にまとめたいぜ、と少女は言い、よっこらせ、と半壊した家具の山から抜け出て立ち上がった。
ようやく凛は自身のサーヴァントの姿をきちんと見ることができ、再び驚く。
少女サーヴァントは、いかにもな魔法使い然としていた。
何故かエプロンがかかっているが、黒い服と黒い帽子に決して掃除用などではない箒。
子供向けの絵本に出てきそうなほど、アナクロな魔法使いの姿。
そんな姿をしている、自分よりも幼く見える金髪の少女なのだ。
「…………」
こんなサーヴァントで果たして聖杯戦争を勝ち抜けるのか、いやそもそも『お仲間』ばかりが召喚されてそうだという聖杯戦争はまともなのだろうか。一体何が原因で、待ち望んでいた聖杯戦争はおかしくなったのか。残された遺産にそれらしい記述は無かった。変化があったのなら前回、第四次聖杯戦争ということになるが……
ぶつぶつと凛は考える。思考に耽る時、周囲が目に入らなくなるのが彼女の癖だ。
「こんなので悪かったな」
「え? あ、ごめんね」
ぽつりと言われた文句に、熟考していた思考ベクトルが付いていかずに反射で謝った。
――いけない。いかに少女の姿をしていても彼女はサーヴァント。思考を切り替えなくては。
「文句を言いたいのはこっちだって同じなのに。あーもう」
これははずれかね? などと嘯く金髪少女。口調もそうであるが、どうもヒネた印象がある。
相手の悪態を切捨て、真剣な眼差しで凛は少女を見据えた。
「確認するわ。貴女は、正規の英霊ではないけれど、わたしに召喚されたサーヴァント」
少女は頷くが、少し顔をしかめて、
「多分な」
曖昧なことを言った。
「――多分?」
軽い苛立ちを隠さない凛。
「言っただろ。聖杯戦争とやらのシステムがおかしいって。刷り込まれた情報や寸前の記憶やら記録やらがごっちゃになって、正直、自分の現実認識に自信が無い。……そうだな、マスターの証を見せてくれないか?」
マスターの証? と、首を傾げそうになる前に気づき、凛は右手を差し出す。
手の甲に浮き出た聖痕を見て、ふむ、と頷くサーヴァント。
「令呪。サーヴァントを律する、三回限りの絶対命令権。その力は絶大で、マスターの魔力次第だが奇跡を可能とする」
すらすらと詠うようにサーヴァントが解説する。
自分が言った内容に満足したのか、うん、と頷き、彼女は顔を挙げ、太陽のような笑顔で、
「おーけい、マスター。いっちょ、この聖杯戦争とやらを勝ち抜くとしますか」
自信満々に言い切ったのだった。
……いやその、その自信は一体どこからでてくるんだろーか、と凛は不安になるのであるが。
半壊した居間から凛の私室へ場所を移す。
「ふぅ……」
軽い疲労も感じていた。召喚の際、血も魔力も使ったのだ。
「ふむ」
見るもの全てが興味深いのか、さっきから頷いたり、時々にやにやと笑うサーヴァント。
「…………?」
何か忘れてるっけ、と思い凛は見当違いの発言をする。
「えっと、寝る場所……要る?」
「要るぜ。――って嘘だ。あっても困らないが、サーヴァントには睡眠が要らないらしい。霊体化すれば肉体的なものはカットされる」
テンポの悪い会話。どうも互いに呆けている。
召喚酔い、とでも言うのだろうか。
「…………」
「…………」
結局その後はこれと言った会話は無く、一月三十一日、召喚の夜は終わった。