今日も平和な水瀬家。
 のんびりとした夕食後、俺――相沢祐一は皆とテレビを見ていた。
「ふぁ……」
 のんびりとしすぎてあくびが出てしまった。
 そうだな、別に特に見たい番組というわけでもないし自室に戻って早寝するのもいいかもしれない。
「あれ? 祐一君、どこ行くの?」
 居候三号あゆあゆ、もとい月宮あゆが訊いてきた。
「ん、いやもう寝ようかと思ってな」
「そっか」
 俺が答えると、あゆはそれだけ言ってまたテレビに向かった。
 ちなみに水瀬家において最も就寝時刻が早い人物、水瀬家の一人娘で俺の従妹である水瀬名雪は先ほどから番組中の動物――ねこだ――に夢中であった。
「それじゃ」
 言い残して、二階の自室に向かった。

 

 現在水瀬家には家主の秋子さん。その娘の名雪。従弟の俺。そして色々あって、二人の少女、月宮あゆと沢渡真琴が住んでいる。

 

 

 あゆはあの日の事故で昏睡状態に陥っていた。
 俺の前に姿を現したあゆは何だったのかわからなかったが、生霊、ということで無理矢理結論付けた。
 そしてあゆは長い眠りから目を覚まし、大変なリハビリをこなし、退院した。家は、身寄りが無かったので秋子さんが引き取った。というか、元々そういう取り決めだったらしい。理由は知らないのだが。
 水瀬家での自宅学習を経て、高校へ編入。今は俺と同じ高校に通っている。しかも同じクラスにだ。
 ちなみにあゆが植物状態から回復した原因は不明だ。

 

 

 真琴は、天野から正体が妖狐であり、昔俺が拾った狐であることを教えられた。
 その後、天野の言った通り真琴は消えてしまった。俺と天野、そして名雪と秋子さんもとても悲しんだ。しかし、春を思わせる暖かい日に、真琴は帰ってきた。
 天野と一緒に聞いてみたところ、他の妖狐たちのおかげであるという。何でも、色々と妖術をレクチャーしてもらい、時間が思ったよりかかったのこと。(狐火を見せてもらったときはかなり驚いた)
 何はともあれ、真琴は水瀬家に帰ってきたのだ。
 現在、水瀬家と天野の家とを行き交いしており、ちょくちょく天野の家に泊まってくる。保育園のアルバイトは続けていたのだが、俺と同じ学校に通うためにあゆとともに自宅学習を始め、編入の際に辞めた。それでも放課後によく顔を出している辺り、真琴も子供達が好きなんだろう。

 

 

 舞は自分の『ちから』を受け入れた。俺が魔物の攻撃を受けるうちに、『まい』のメッセージに気付き、佐祐理さんと一緒に舞に話したのだ。
 その話を受け入れられずに泣いた舞だったが、佐祐理さんが笑顔で「大丈夫だよ、舞」と言い、頭を撫でると、舞は決心がついたのか、魔物の攻撃を全身で受け止め、『ちから』を受け入れた。
 『ちから』を受け入れた当初は、何度も暴走を繰り返し、舞は泣き、佐祐理さんが宥めた。怪我を負うことになっても佐祐理さんは舞を責めなかった。佐祐理さんは凄いな、とその時俺はつくづく思った。
 今では『ちから』も安定した。何でも、コツが分かったらしい。

 

 

 名雪は、あの雪うさぎの事件のことを思い出した時にすぐに謝り倒した。名雪はいつものんびりしてとろんとしていた目を目一杯見開き驚いた。ショックを受けた名雪は一晩考えた末に俺に条件を与えた。「イチゴサンデー7杯」これで許すよ、と名雪は涙の滲んだ眼で言った。俺はもちろんその条件をのんだ。

 

 

 あと例外としてこの街に来てから知り合った美坂栞は、病気であることを姉の美坂香里から聞かされた。そのせいで香里は栞を拒絶していたが、俺、名雪、北川の説得によって、再び栞と向かい合う決心をした。その後栞は一時危篤状態まで陥ったものの、何とか持ち直した。今では復学できるほどまで回復している。医者は原因がわからず首を捻っていたという。

 

 

 しかし、すでにこの街に来てから半年以上経っているのに、何故か俺は二年生のままだ。舞と佐祐理さんも卒業していないし。

 ……そんなことを考えているとだんだん、眠くなってきた。
 まあいいか、ゆっくりと寝るとしよう……。

 

 

 

 〜暴走する北国〜

 

 Chapter 0

 

 さて、場所は替わって三咲町。
「こんの、あーぱー吸血鬼っ!!!!」
「なによー、シエルインドー!!!!」
 人外が集う町である。

 

 人外筆頭は真祖の吸血鬼、アルクェイド・ブリュンスタッド。
 真祖というのは、最初から吸血鬼として生まれるものをさす。血を吸われて吸血鬼になる者を死徒と言う。
 真祖が真祖である内は、吸血鬼であるにも関わらず血を吸うことはない。吸血衝動があるのだが、自らの力でもってそれを制するのだ。
 衝動に負け、血を吸うとその苦しみは増加していく。そしてその内抑えきれなくなり暴走するようになる。そうなってしまった真祖は魔王と呼ばれ、別の真祖など、吸血鬼を滅ぼそうとする存在に消されるようになる。
 詳しい話は割愛するがアルクェイドは実存する唯一の真祖である。

 

「今日という今日は許せません! アルクェイド!!」
 夜の、学校のグラウンド。黒いカソックに身を包んだ女性が、黒鍵――投擲用の細い剣――を白い服を着た、これまた女性に投げつけた。
「シエルおそーい」
 白い女性――アルクェイドは、すさまじい速度で迫る黒鍵をいとも簡単に避けた。
「まだまだっ!!」
 さらに4本黒鍵を投げる。今度は素手で払うアルクェイド。
 ぎりっ、と歯を食いしばり落ちた黒鍵を油断なく回収しつつ、隙を窺うカソックの女性、シエル。

 

 彼女の仕事は、カトリックにおける異端者の殲滅である。
 教会非公式組織、埋葬機関。彼女はそれに属しており、第七位という位にまで上り詰めている。
 彼女がここ、三咲町にやって来た目的は吸血鬼を退治するためであり、その彼女が真祖――吸血鬼を狩る吸血鬼――であるとしても、アルクェイドを狙うのは当然のことのようにも思える。が、本来彼女が殲滅を命じられた死徒は既に死んでいる。
 では何故彼女が留まっているかというと、殲滅を命じられた死徒の手下、死者がまだ町に残っているからで、それらを排除して回っているからだ。
 しかしそれはアルクェイドを襲う理由ではない。

 ―――つまるところ、私情である。

 

「二人とも飽きないなぁ……」
 仕事に私情を挟めさせている原因の一つが遠くから二人の戦いを眺めながら、どうでもよさそうに、というかどうしようもなさそうに呟いた。
 声の主は遠野志貴という眼鏡をかけた少年である。
 遠野という姓は、戸籍上の苗字であり、本当は七夜志貴という。
「……うわ、先輩、第七聖典持ってきてるよ」
 どこから出したのか、シエルはバズーカのような銃剣を持って、アルクェイドに狙いをつけている。
「あ……」

 ―――ドンッ!

 と、腹にこたえる音とともに、第七聖典から杭が打ち出された。
 アルクェイドはぽーん、と大きく跳躍してそれをかわしたが、流れ弾が志貴すれすれを通っていく。
 黒い影が志貴の脇を通り過ぎてから、ぶおんっ、という風切り音が志貴の耳に届く。
 吹き抜けた風によって眼鏡が飛ばされた。
「――あっ」
 途端、志貴の視界にはあちこちに「線」が現れた。

 

 直死の魔眼。
 モノの持つ「死」を視ることが出来る眼である。
 簡潔に言うと、「モノの壊れやすい線」と「モノの死の点」を視る眼である。
 「線」を切ると、どんなものでも力に関係なく切れてしまうし、「点」を突いてしまうと「死」を与え、殺してしまう。
 理論上は、概念的なものも何でも「殺す」ことが出来る。それが直視の魔眼である。
 遠野志貴の眼はこれである。

 

「シエル、大人げなーい」
「誰のせいですか!? 誰の!!」
 第七聖典を再装填しながら、叫ぶシエル。遠くのグラウンド脇の茂みからみている志貴ですら、そのすさまじい殺気を感じている。
(うーん……)
 実の所、正当な理由であるのかもしれない。志貴はそう思っていた。

 

 今日の昼休み、志貴は妹の遠野秋葉、先輩のシエル、クラスメイトの乾有彦と弓塚さつきと共に中庭で昼食をとっていた。決して和やかな雰囲気とは言い難かったが。
 ちなみに今日の志貴と秋葉の昼食は弁当で、琥珀さんお手製である。秋葉と比べると密かにグレードが違う辺り、何か策略を感じる。
 志貴は弁当の中身を秋葉に見せなかったので、そのことではもめなかったが、シエル先輩と秋葉は会うやいなや衝突していた。
「ごきげんよう、先輩。お国へお帰りになられるのはいつですか?」
「こんにちは、遠野さん。妹なのに兄に色目使うのはやめましょうね」
 志貴と有彦、そしてさつきの三人は逃げ出すことも出来ずに、そのプレッシャーの中に巻き込まれていた。幸いその余波のみを受けた他生徒は、蜘蛛の子を散らすそうに中庭から去って行った。
「…………」
「…………」
 ばさばさ、と木に留まっていた鳥たちが羽ばたいて飛んで行く。
 ああ、羨ましいな……、と志貴は思った。その翼に乗せて、何処か遠くへ連れて行ってくれないだろうか。
 志貴が遠い目をして、現実逃避をしている間も、状況はどんどん悪化していっていた。
「……………………」
「……………………」
 両者の間に火花が散る。
 中庭から完全に他生徒が居なくなったのは、シエルが結界を張ったからだろうか。
 日向にも関わらず温度が下がっていっているのは、秋葉が檻髪を発動させているからだろうか。
(やばい、なんか今日は特にやばい……)
 有彦とさつきのことは目に入ってすらいない。
 志貴が目を向けると、有彦はすでに気を失っていた。さつきは平然を装っているが、笑顔が引きつっていた。冷や汗が一筋垂れているのも見逃さなかった。
「……えっと」
 志貴が何とか声を発したその時、
「志〜貴ー!」
 その場の空気をもう滅茶苦茶に、どうしようもないほどメチャクチャにしてくれる声が響いた。
 声のした方に志貴たち――シエルと秋葉も睨み合いを中断し――が顔を向けると、ぶんぶん、と元気良く手を振りながら歩いてくる白い人影が。
 真昼間から日向を歩く吸血鬼、アルクェイドである。
「何人間様の領域にのこのこと現れてやがるんですか、貴女は!」
 アルクェイドと最も相性の悪いシエルが開口一番、指差しながら叫んだ。結界を張っているにも関わらず、アルクェイド現れたことにも少し驚いている。
 しかし彼女は受け流しながら、
「えー、わたしさっきからずっとそこに居たよー」
 と、中庭の茂みを指差した。つまり、隠れていたといたのだ。結界を張っているシエルが感知できないわけである。
「そういう問題ではありません。学校に立ち入ってよいのは、関係者だけです」
 と、秋葉。隠れていたことに関しては突っ込まない。
「志貴の関係者だから、いいんじゃない?」
 しれっ、と、アルクェイド。
「んなっ……」
 絶句する二人。声が出ないのは志貴も一緒だが。
『そういう問題じゃないでしょうっ!!』
 シエルと秋葉が揃って大声を出した。
 あー、やっぱり二人とも仲良いんじゃないでしょうか。
 なんて、志貴が呟いたのは誰にも聞こえない。聞いていない。
 喧々轟々と、三つ巴の口喧嘩が始まった。状況はシエル&秋葉VSアルクェイドの二対一、ドラマティックバトルの呈をしているが。
 二人だと場が硬直するが、三人だと乱戦になる。この隙に志貴はさつきを連れて安全域まで避難した。
 避難終了とともに口喧嘩から実戦へと切り替わった。爆発がするのはアルクェイドの空想具現化の効果だろう。
「大丈夫? 弓塚さん」
「うん」
 志貴が訊くと、さつきは志貴が思ったより平気そうに応えた。二人とも有彦のことは意図的に忘れている。
 ちなみに有彦は、アルクェイド、シエル、秋葉の流れ弾――空想具現化による真空波とか、黒鍵とか、檻髪による熱略奪とか――の被害を受けまくっている。
 時折、相変わらず気絶中の有彦らしき物体がバレーボールのように宙を舞っているのが見えた。
(死ぬなよ……有彦)
(……乾くん、大丈夫かな……?)
 致命傷にさえならなければ、シエルが治療できるものの、流石に放っておいたことを少し後悔。と、不意に、
 ――ベキリッ!
 洒落にならない音がした。
「――あっ!」
 突然、秋葉が今までとは違う声を上げる。志貴も声に反応して、目を向けた。
「んなっ――!?」
 アルクェイドがシエルの首をへし折っていた。志貴の脳裏に夜の校舎での出来事が蘇る。
 今まで志貴が三人の喧嘩に手を出さなかったのは、下手に手を出すと自分にとばっちりがくるからだけではない。
 三人とも最低限の手加減、致命傷は与えないようにしているからだ。
 少なくとも志貴はそう信じていた。
 彼女らが自分に好意を持っているのは知っている。しかし、志貴はまだ誰かを選ぶことはできない。彼にとって彼女らは平等に大切な人だから。
 それ故に、志貴に振り向いてもらいたいがために他者を殺したとしても、本末転倒になるのだ。大切な人を脅かすものは志貴にとって敵なのだから。志貴は決して自分を好きになってくれはしないだろう。
「――アルクェイドっ!!」
 志貴はアルクェイドまでの距離を一気に駆け抜けた。そのまま彼女のトレードマークの白いハイネックの襟を掴む。
「お前っ、何てことしてるんだよっ!?」
 あまりにも衝撃的過ぎて、思考がまとまらない。
 アルクェイドは志貴のスピードに驚いているが、どうということもないように笑顔を見せている。
「…………っ」
 何だか耐え切れなくなって志貴は手を離した。と、同時に、
「――アルクェイド、貴女、一体何をしたんですか」
 シエルの、どう考えても致命傷を受けたはずのシエルの声がした。
 えっ、とアルクェイド以外はその声の方を向いた。
 シエルが暗い顔をして、アルクェイドを睨みつけていた。
「あはは、やっぱりねー」
 当のアルクェイドは屈託なく笑っていた。
 シエルが不死の肉体を持っていたのは過去のことである。ロアを殺した時点で、シエルは普通の身体になったはずだった。
「答えて下さいっ!」
 シエルがアルクェイドに詰め寄った。必死の形相である。
「ロアの力を、ちょっとそのままの状態で保管してみたのよ。取り込んではいるんだけどねー」
 にこにことアルクェイド。
「力をそのままって、魂も?」
 真っ直ぐとアルクェイドを見たまま、シエル。
「うん、ほんのちょこーっとだけどね」
 ちょこーっと、と指でジェスチャーする。
「…………」
 5、4、3、2……と志貴、心の中でカウントダウン。
「――何しやがるんですか貴女はーっ!!!!」

 ――きーん こーん かーん こーん
 昼休み終了のチャイムが中庭に虚しく響き渡った。

 

 

 ということがあったのが、本日の昼。
 その場は妙にすんなり引き下がったシエルだったが、成る程、第七聖典を持ってくるということは本気だということだろう。
 アルクェイドごと、ロアの魂を消し飛ばすには第七聖典ぐらい持ってこないと無理だろう。
(黒鍵は効果ないからなー)
 黒鍵に施されている火葬式典程度ではアルクェイドにダメージを与えることは出来ない。鉄甲作用で突き刺して動きを止めるぐらいには役に立つだろう。
(あ、そうか。射止めたところを第七聖典でぶっ放すって作戦かー、シエル先輩)
 容赦無し。完全に殲滅モードのシエル。
 一度は志貴ごとロアを滅ぼそうとしたシエルである。恋敵のアルクェイドごとロアの魂(一部)を滅ぼすのに躊躇など無い。
 ましてや教会は、真祖であろうと吸血鬼は異端者として処分したがっているので、シエルの大義名分は充分である。
 眼鏡を探しながら戦況を見守る志貴。
 魔眼殺しの眼鏡がないと、志貴の脳は過剰な負担がかかる。直死の魔眼は諸刃の剣なのだ。加えて、先生からもらった大切な物である。
「お、発見」
 しげみの下に落ちている眼鏡を発見した志貴。妙に暢気である。
 やれやれ、と眼鏡を拾いながら二人が戦っている方を向いた。
「おや?」
 シエルの姿が無い。どこだろうと、眼鏡を掛けずに見回すと、国旗掲揚台のポール上にシエルは立っていた。
「おやや?」
 さっきまで持っていた第七聖典が無い。機動力を稼ぐために捨てたのだろうか。
「これで決めます!」
 宣言し、シエルが跳んだ。
 両手にはどこにそれだけの数を持っていたのかというほど、ありったけの黒鍵。
 アルクェイドは楽しそうに、不敵に笑っている。
「はっ!」
 一撃目。
 シエルの左手から適度に拡散した刃、いや釘がアルクェイドめがけてとんでもないスピードで降り注ぐ。
 大きく跳躍して、アルクェイドが黒鍵の攻撃範囲から脱出する。
「――っ!!」
 二撃目。
 ジャンプ中のアルクェイドに向かって、シエルの右手の黒鍵が放たれる。
「――――」
 ちっ、とアルクェイドは舌打ちをしながら、身をよじってこれを避け、避けきれない分は片手でたたき落とした。
 そこに見えない――黒い着色をされ艶消しをされた――小さなナイフが襲いかかった。
 ――三撃目。
「むっ――!」
 この程度の攻撃を受けても、アルクェイドには効果は無い。しかしアルクェイドはそれをよしとしなかった。
 空想具現化の力をもって、ナイフを消滅させた。
「ふふん」
 今のが切り札だったのだろう、とアルクェイドは宙を跳んでいる状態でほくそ笑んだ。
「まだまだね、シ……――」
 エル、とアルクェイドが繋げようとしたところ、
「――セブン!」
「はい、マスター!」
 シエルが叫び、第七聖典の守護精霊――セブンが応えた。
 実体化した守護精霊は自身の本体である第七聖典を担ぎ、空中のシエルまで飛んだ。シエルはしっかりと第七聖典の銃身を掴み、守護精霊は再び聖典に宿る。
「――――!?」
 アルクェイドの表情が180度変化する。

 ――四撃目!

 狙いをつけたシエルが、引き金を引く。

 ―――ドゴンッ!!

 魂すらも消し飛ばす、転生批判の第七聖典がアルクェイド目掛けて放たれた。
 引き金を引き、自身の勝利を確信するシエル。
「――こなくそー!」
 第七聖典を喰らうまい、と持てる集中力を全て費やして空想具現化による空中制御を行うアルクェイド。
 そして、その試みは辛うじて成功した。
(おおっ)
 観戦していた志貴が心の中で歓声を上げる。
 流れるように黒鍵を放り、さらにセブンとの連携を決めるシエル。
 紙一重で、迫り来る第七聖典を避けるアルクェイド。
 その二人の様は、まるで全て計算された殺陣のよう。
 それほどシエルのコンビネーションは正確であったし、アルクェイドの戦闘能力も凄まじかった。
 志貴自身が言われた例えであるが、それをそのまま絵にして額に入れたら芸術品になる、ような戦いっぷりだった。
 しかし、予想外の出来事はそこで起きた。
 シエルとアルクェイドは分からなかっただろうが、志貴の眼から視ると、第七聖典の射線上にアルクェイドと共に、辺り一帯の死の点があったのである。
 ただ眼鏡を掛けていないだけなら、視えなかったような本の僅かな「点」だったのだが、二人の戦いを瞬間とは言え、見入って集中したために視えたのだ。
 そして放たれた杭は、寸分違わず「点」を貫いた。

 

 

 

 その夜、三咲町を中心に一地方が「死」んだ。

 


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