「学校選択の弾力化」をどう受け止めるか1997(H9)年4月

学校の規制緩和?

 総務庁の行政改革委員会は昨年の12月16日に「規制緩和の推進に関する意見」(第2次)を発表した。この中で、「学校選択の弾力化」が打ち出された。
 文部省はこれを受けて早々と1月24日に「教育改革プログラム」に取り入れ総理に報告し、各都道府県教育委員会に通学区域の弾力化につとめるように呼びかけている。政府はこの行政改革委員会の「意見」を最大限に尊重する立場から今年の3月28日に閣議決定を行い具体的な行動計画を発表した。その計画によると学校選択の弾力化について「平成9年度上期までに事例収集・情報提供を実施、教育委員会の取り組みを促進」するとしている。
 もともと行政改革の課題としての「規制緩和」は我が国の経済の活性化を図るものだと理解していた我々には、義務教育の公立小中学校の「通学区域」の問題が対象になって来るとは考えも及ばなかった、と感じるのが正直なところだろう。同時に打ち出された、「教科書検定・採択制度の改善」「社会人教員の登用の促進」「中学校卒業認定試験の弾力化」などはすぐに実現可能な課題だと思う。
 しかし、「通学区域の弾力化」の問題は校長にとって学校経営の根幹に関わる大問題である。ところが、我が区の校長会を始め、校長たちがこの課題をどのように受け止め、どのように対応していくのか、全くといって議論がない。むしろ論議をすること自体がタブーとされているかのようだ。ここではあえてこの問題について校長がいかに対応すべきか問題を投げかけたい。

積極的に受け止めるべきである

 結論から先に述べよう。私は行政改革委員会が学校に求める「意見」に賛成である。校長は、子どもの就学する学校を指定する権限を持つ区市町村教育委員会と協議を煮詰め、「規制緩和」の方向で積極的にこの問題に対処すべきだと考える。
 学区域の「規制緩和」は校長にとってどのような学校経営の課題となってくるのだろうか。問題は極めて単純である。子どもが集まらない学校は、集まるようにしなければいけない。子どもや保護者に人気のある学校はいっそう特色を生かしていけばいい。時には子どもの奪い合いも起きていい。結局は、児童・生徒の確保が学校経営の校長の手腕の見せ所になってくる。
 学校の「主体的責任」がなによりも求められる。校長は自分の学校の教員の確保や施設・設備など教育条件整備のため行政に対する要求も真剣になってくる。給食の有無や、おいしいかどうかだって、学校選択の基準になりかねない。行政がいうことを聞かなければ住民と一緒に押しかけることもあるだろう。その結果、保護者の関心も高まり自治体予算の教育費の占める割合も多くなるかもしれない。校長の地域における発言力や権威も高まるだろう。校長の任期の長期化、実効ある権限の拡大や教育委員会のあり方も変わらなければならない。学校のあり方を現場の責任者として発言し、教育・学校改革ののろしを上げる絶好の機会だと受け止めるべきであろう。

規制緩和は求められている

 では実際に子ども・保護者は通学区域の規制緩和を求めているのだろうか、その具体的な内容、対応について本校の状況を見てみよう。
 本校の通常学級は各学年とも6学級で、合計18学級である。知的発達の心身障害学級が1学級併設され、生徒数638名である。平成8年度の入学した生徒数は学区域に住んでいる6年生児童数のの98パーセント、平成9年度は100パーセント近くなっている。ここ5年間でも95パーセントを越えている。この数字は学級数を推計する数字で、実際に本校の学区域に居住している6年生児童がそれだけの割合で入学してきているわけではない。私立・国立中学校に進学する児童数とほぼ同じ数の生徒が区の教育委員会に「区域外通学」の申請をして承認されて通学してきている。これはいわば合法的に通学してきている場合で、わざわざ住所地を移して入学してきている場合もある。これらの生徒の数は30名を超え、ほぼ1学級になる。区域外通学の申請が認められなかった場合もある。申請した全員を認めればさらに増えると思われる。
 教育委員会への新入生の区域外通学の申請理由については学校には知らされていない。本校の学区域に属する小学校が5校ある。これまで、学区域の隣接中学校との境界線に住む子どもは区域外通学が「弾力的」に承認されてきた。同じ小学校の友人関係なども考慮されているものと思われる。教育委員会からは新入生については照会はないが、このような理由によるもののほか「友人関係のトラブル」「いじめ」「部活動」「私立受験のあつれき」「校風の選択」もあるようだ。
 同様に本校の学区から隣接の中学校に「区域外通学」を申請されて承認されている場合もある。事前に保護者、小学校長からの相談があるケースもある。
 年度途中の「転入生」にも、転居によるもの以外に「区域外通学」を承認されて通学する生徒も各学年数名にのぼる。この場合は、校長間の連絡、教育委員会の照会、保護者からの依頼・相談があって校長の判断で転入を承認している。このほとんどはいじめ、不登校などによるものである。
 本校の状況は、「行政改革委員会」の「意見」の中にある認識に比べればやや「弾力的」に運用されている「例外」なのかもしれない。しかし、指摘されている本質は変わらない。区域外通学の申請を却下された保護者、子どもからみれば強い不満があるようだ。保護者から伝わる感触では区域外通学の承認について教育委員会のガードはかなり厳しいようである。特に、部活動や「校風」などを「正直」に理由としたものは承認されていないようである。
 進学する学校を評価し自ら選択し、望んで入学する場合と、仕方ないから入学する、とではその後の学校生活に臨む意欲は大きく異なるのは当然のことである。校長は生徒の確保を学区域で守ろうとするのでなく、保護者・子どもに選択され望まれて入学される学校つくりを競い合うべきであろう。

通学区域の規制緩和は「学校の規制緩和」と校長の権限の拡大が不可欠

 通学区域の規制緩和は現在の学校に対する画一的、閉鎖的、硬直性などといわれる批判や不信の解消へのカンフル剤になることは間違いない。校長は真摯に受け止めるべきであることを述べてきた。しかしこの実現を現場の校長の責任にだけ負わせるのには無理がある。校長はこの際、主張すべきは声を大にすべきである。
 「意見」にある前提になっている認識は現場とはずいぶんかい離しているといわざるを得ない。少々長いが「意見」が学校に期待している部分を引用しよう。
 「教育を与える側において、その創意、意欲を生かせる自由度が十分に確保されているか」
「子供が自己を確立しながら多様な価値を認め合い、それぞれのびのびと学習するためには、特色ある学校づくりを進めていかねばならない。各学校は、個性ある教育課程の編成に取り組むことなどに加え、教育を受ける側が何を求め、何を評価するかを重視していく必要がある。」
 まずこの期待に応える学校つくりの一番の障害となっているのは画一的で硬直した教育行政である。これが意欲を持って学校経営に当たろうとする校長が着任して間もなく直面する絶望的ともいえる高くそびえ立つ壁である。
 教育課程の編成、教員の確保、学校施設・設備の整備、これらは特色ある学校つくりに欠かせない。このことについて校長の裁量の「自由度」がどれだけあるというのだろう。むしろ、どの学校にも教育行政が徹底的ともいえる平等にとする予算配分、指導・助言や、人事配置がいき渡っていて、校長は従順にこれに従わざるを得ないのが実状である。批判的意見はむしろ自分の進退を危うくしかねないという危惧さえ抱かせる始末である。
 学区域の規制緩和に不可欠なことは「意見」で正確に指摘しているように、
「自由度が十分に確保」される「学校への規制緩和」と校長の権限の拡大である。