極楽人種
種々雑多ロゴ
 江戸に流れる前、浪花でとある専門学校に通っていた。
 何ゆえそんな昔話をはじめたかと言うと、これがけっこう曲者な学校で、江戸に流れ着く最大の原因を作ったのは他ならぬコイツだからである。
 将来音楽でメシを食ってやろうという人間を学ばせるこの学校は、集う連中も尋常な輩ではない。普通のサラリーマンやOLになりたいなんてこれっぽっちも思わない連中なのだから、当然変わり者がよりどりみどり。
 クラスの担任からしてヘンテコだ。コンピューターミュージックというデジタル技を教える先生でありながら、住職免許を持っているっちゅーから笑わせるぜ。見た目は普通の青年(老けて見えたのだが若かったらしい)で、頭はツルピカどころかウェービーなナチュラルヘア、ちょびヒゲなんぞも生やしていた。
 それを目にする度に、
「今度先生が居眠りとかしよったら、剃るか抜くかしてみたろ」
 と、ちょびヒゲに対して邪な野望に燃えたが、さすがに修行を積んでるだけあってなかなかスキを見せやがらない。姿かたちは全然坊主じゃないのに時々授業が説法の時間に早変わり。
 
 ……う〜ん、やっぱり坊主、侮れんわ。
 
 変わってるのは先生だけかと思ったらとんでもない。普通の学校のクラスに一人はいるだろう変わったタイプのヤツが、クラス全体に濃縮還元されたと思えばヨロシイ。つまり全員が何かしら変わっているのだ。
 と、すまして客観的な書きかたをしているが、モチロン傍観者ではない。あくまでも仲間内だ。こんな笑いが取れそうなネタがありながら、ひとりだけ仲間はずれにされてはたまらんではないか。
 そんなクラスで一時期流行った遊びは、実にシンプルかつ奥が深い。
 授業のベルが鳴り、がらがらと先生が入ってくる。次に出席を取る。ありきたりな授業風景。と思ったら、先生手抜きで、
「みんな揃ってるな〜。おらんヤツおったら名前ゆーてくれ」
 と、鉛筆持って身構える。お〜い、消去法かいっ。
 だったら名前を言ってあげないのは先生の期待を裏切るというもの。
 そこですかさず誰かが、
「先生、村田クンがいてませ〜ん」
 と声を上げ、みんなでウンウン頷く。先生は懸命に『村田クンはどれかいな?』と名簿の端から端まで探しまくる。
 だが、ホントは誰も《村田クン》なんて知らなーい。
 五分くらい経ってクラスにくすくす笑いが充満するころ先生もようやく気づく。
「……おまえら、やりおったな」
 そしてクラス中、大爆笑。
 先生も負けてはいない。次の授業の時は先生から先に言う。
「今日は《村田クン》は来とるんか〜?」
『はい、《村田》ですぅ。この前は風邪で休みましたぁ』(何故か声が高い)
「おまえ、先週○○とちゃうかったんか?」
「僕は○○ですやん。コイツが《村田》ですねん」
 と言いながら、手にはなにやらマスコットが、ぶら〜ん。
 ……おまえは腹話術師か。
 前の授業に出ている者はやっぱり大爆笑。どいつもこいつも笑いを取るのに抜け目がない。ただし、この遊びは同じ先生には二度と通じないという難点がある。しかもチクリな先生にやってしまうと、次にどの先生に当たっても手応えがなくなる。この際、《村田》でも《野田》でも《山田》でもクラスにいないヤツの名前なら何でもいいのだが、変えたところでパターンが同じなので通用しない。そうこうするうちにこの遊びは忘れ去られ、また新たな作戦が展開される。
 おかげで小ブームなニヤリ遊びがワンサカあったのだが、あまりに多すぎて脳の記憶中枢から大部分こぼれ落ちてしまった。
 それにしても子供な連中だ。こんなことばっかりしてたのだから。
 ん? おまえもそのひとりだろうって? 確かに。 
 
 遊びと言えば放課後になると、ウチのクラスには何処からともなく人がわらわらと集まって来た。どうもこのクラスは学校中で一番ヘンテコ度が高かったらしい。それでみんなが面白いものを求めてやって来ていたのだな。
 そうして集まった連中の誰かしらが、必ず《UNO》だの《花札》だのを持っていて、その日の当番の先生が、
「おまえらいつまでも何やってんねん。早よ帰らんかい」
 と言いに来るまで白熱したバトルが続いたことは言うまでもない。それも連日連夜。ほとんど日課。休み時間も自習時間も、いったいこの学校は何を学ぶ学校なのだろうと思うくらい、ゲームに費やされた時間は膨大だった。
 そのうち単純だったカードゲームがバラエティに富んでくる。巷に散らばる複雑なルールのカードゲームが増え始め、あちこちでばら撒かれるようになった。それだけでは飽き足らず、仲間その一がポツリと言った。
「……モノポリー、欲しいなぁ」
 
 ……な、なんやて? モ……モノポリーとかゆ〜たか?
 そんなもんウチら貧乏学生に買えるシロモンやない……
 
 仲間その他大勢の考えも似たようなモノだ。誰もがみんなサイフのクチをきゅっと閉めた。
 その時だ。まんまと罠にかかった夏の虫がやって来たのは。
 ガラリと扉が勢い良く開いて、覗いた顔にはちょびヒゲが。
「またおまえらか。いっつも早よ帰れゆーてるやろー。ホンマ、おまえら帰ってくれんと俺も帰れんのよぉ」
 言わずと知れた我らの担任・坊さん先生、困ってしまって眉がハの字だ。
 日も暮れかけた薄暗がりの教室で、幾つもの目が怪しく光る。
「わかった、せんせぇー、もう帰るから一つだけ質問に答えてーな。先生モノポリーって持ってるぅ? 持ってたらココに持って来ぉへんかぁ!」
「先生、モノポリー買えへんか? 仲間に入れたるさかい」
「今から買いに行こ〜やぁ。難波まで連れてったるわ」
 全くもって子ども扱い、尊敬のカケラも見当たらん。だいたいからしてホントのトコロ、誰も先生のコトを《先生》とは呼ばなかった。《○○ちゃん(実名は伏せる)》と呼んでいたのだ。ここでその通りに書くと誰が誰やらわからんようになるので、とりあえず真面目に《先生》と書いてみた。おいおいお前ら友達かっちゅーカンジだが、実は歳も意外と近かったので友達みたいなもんだな、まあ。
 怒涛のように押し寄せる《くれくれ買え買え軍団》に、いかな坊さん先生といえども身を守る術なし。説法などはこの際役には立たんのだよ。
 危うくこの場で身ぐるみ剥がされそうになった坊さん先生は、数日後、真新しいおもちゃ屋の包みを抱えて出勤した。……してやったり。
 だが、余計なおまけもついて来た。
 そう。仲間その一がモノのはずみで「仲間に入れたる」と言ってしまったがために、坊さん先生は日参部隊の一人となった。仕切り好きな彼が参加中は途中で投げ出すと説教されてしまうので、多少不便を感じたが、まあ、面白かったから許してやるか。
 それにしても謎だ。己を含めてこの連中、どうしてこんなにしてまで学校及びその周辺に入り浸るのか? 入学してから大半の日々が終電の友と化していたのは紛れもない事実である。
 
 
 今から思えば原因のひとつは学費ではなかろうか。
 その当時は珍しかった音楽商人(あきんど)の専門学校。最新設備の機材につられて入った馬鹿もいる(拙者だ)。そりゃあ学費がべらぼうな金額になってしまうのはやむをえんのかもしれんが、ハッキリ言って我ら全員、元を取るどころか利子も貰わんコトには腹の虫が治まらんかった。
 だからこそ、使えるものは使い貰えるものは貰う。
 『たいむ・いず・まねー』なんぞや、それ? 我らにとっては時間を惜しむ気持ちよりも、物欲と知識欲の方が遥かに勝っていた。
 せっかくの機材使わにゃそんそん。レコーディングスタジオもイベントホールもみんな学費であつらえたもののはず。ってことは全部学生である我々のもの。うりゃー、壊れるまで使こたる。っつーか壊したものもあるやも知れん。もう、そろそろ時効だとは思うが……(汗)
 季節は流れ、折しも学園祭シーズン。仲間不特定多数の顔はほころんだ。何たって大義名分で学校に金を使わせるチャンスだからだ。
 仲間一同は小賢しさをフル回転させ金のかかるイベントを企画した。この狭っ苦しい校舎内に、歌って踊れる大騒ぎスペース……つまりクラブを作ってやろうとしたのだ。
 そんなもん許可が下りるかどうか心配だったのだが、近所迷惑にならないよう防音パネルを立てまくることで、あっさりと許可が下りた。ひとえに坊さん先生の粘り説法が効いたらしい。こういう時便利な人だ。
 ここから先はイベント屋志望の我らが一から十まで全部自分たちでしなければならない。空間設計、機材レンタル、音楽制作、ディスプレイ、DJトレーニング……等々、ぜ〜んぶ我らの仕事。役割分担を決め、仲間一同サッソク作戦に取りかかった。ちなみにこの時、音楽制作及びローディー(荷物運び屋)及びディスプレイ係りをするグループに無理やり紛れ込んだ。競争率は高かったのだが何分にも得意分野だから助かる(……ってか、それしかできない)。
 仲間精鋭部隊は嬉々として作業にあたった。それぞれの持ち味を生かし、それぞれの技を炸裂させられる晴れの舞台。だがしかし時間がない。企画するのにたっぷり時間をかけてしまったので、朝から晩までみっちり作業してもこのペースでは学園祭当日には間に合いそうになかった。
 そこで仲間その一が提案した。
「先生、こら、あかん。もう間に合えへんから徹夜でやらせてくれへんか?」
 坊さん先生、渋面で教員室に入って行き、出てきた時はちょっと柔面になっていた。
「ほな男は残って徹夜や。女の子はもうちょっとだけやって遅なったらあかんから帰りィ。もう外暗いからコワイやろ、近場の男に送ってもらいや。送ってったヤツはココに戻って来いよ」
 女性にとっては差別的発言かもしれんが、先生にとってはジェントルマンな言い方なのだ。だが女の子たちからはブーイングの声が湧き上る。当然だ。女の子たちだって係わったからには最後までやり遂げたいのだろう。
 そこで勢い良く手を上げた。
「はーい、はーい、しっつもーん! 先生オカマはどないするんですか?」
「なにィ? おまえなぁ……オカマか……? オカマは、そうやなぁ、残ってもええんとちゃうか? オカマやし……」
 
「はーい、はーい! ほなあたしオカマやから残ってもええんですねっ」
 
「おまえっ……アホかー!」
 言わせてもらえば、外見は女に見えるらしいが中身は男とおんなじだ。だからこんな発言をしてみたのだが、思いの外、女の子たちの賛同を呼んだ。
「先生! あたしもオカマやから残りますっ」
 結局、希望する女の子も全員徹夜することになった。
「ほな、未成年の女の子は親御さんに電話するさかい俺といっしょに来て」
 ここは専門学校。同じ学年でも年齢にちょいと誤差がある。未成年のそれも女の子を、親御さんに事情も説明なしで徹夜させるわけにはいかん。坊さん先生、担任の使命を果たそうと燃えていた。
 と、目が合った瞬間、
「あ、おまえはええやろ。自分が保護者みたいなもんやからな」
 お? おぉ。
 大部分の女の子がかろうじて未成年だったその最中、実は既に二十歳を越えていたのだね。……やりィ。これでめんどくさい手続きなしや。とはいうものの一応家にはTELをした。放任主義な家庭ゆえ一報入れれば「へいへい」で終わり。後は自分の仕事に精を出すのみだ。
 こうして仲間精鋭部隊の努力の甲斐あって学園祭は大成功を収めた。
 調子に乗って仲間精鋭部隊及び坊さん先生は、この後巷に繰り出し派手に打ち上げパーティーを行った。しかし、異様に箍(たが)がハズレた仲間精鋭部隊は終電の時間を逃してしまい、全員が強行野宿に突入したという華々しい失敗談を作ってしまった。どのような学園祭だったか、またどのような強行野宿だったかを書くにはあまりにも長くなりすぎるので、ここではやめておいた方がいいだろう。
 おかげさまで、嫌と言うほど忘れられない貴重な体験となったが、この出来事以来、オカマ呼ばわりされるようになったのも実に忘れられない体験だ。卒業後、学校の采配で江戸に流れてきてからも、この話は笑い話として通用するから自分でも笑えるわい。
 
 
 ところでこの学校、ホントに何を教えていた学校だったのだろう?
 この頃になってふと思ったのだが、もしや《極楽人種》を育てる学校だったのではあるまいか。授業の内容ではなく日常茶飯事なこと全てが《極楽人種》を育てるプログラムだったとしたら、妙になるほどと頷ける。当然、みんながみんな身につけられるわけではない。学ぶ側の度量にもよるだろう。
 《極楽人種》。考えてみた定義では、「人生、いかなる場合にもモノに動じず、自らの手で楽しむことができる者」。仲間一同はどいつもこいつもこの定義に当て嵌まっていた。
 言うまでもないが、自覚している。この《極楽人種》プログラムを習得した者の一人だと感じるのは、あながち錯覚ではなかろう。それは当里に来たあなたが証言してくれるに違いない。
 
 ……そうやろ?
−END−
【萬語り処】 ← 感想・苦情・その他諸々、語りたい場合はこちらへどうぞ。 地の書目録へのボタン 出口へのボタン