かめれおんむすめ カメレオン娘 |
彼が彼女に言った。 「お前ちょっと野暮ったいんだよ。もっと趣味が良けりゃ、毎日連れて歩いたって恥ずかしくないのに」 そこで彼女はリサーチ。頭の中はモードで一杯。ファッション情報が渦巻いている。 すると彼女は、みるみる洗練されてセンスが抜群になった。 彼が彼女に言った。 「お前ってパッとしない顔立ちだよな。もっと派手でインパクトのある面なら、誰にでも自慢できるのに」 そこで彼女はレッスン。繰り返されるメイク手順。あらゆる表情が描き出せる。 すると彼女は、見紛うような変幻自在の化粧美人になった。 彼が彼女に言った。 「お前の身体って貧弱だよな。もっと刺激的なプロポーションなら、一晩中だって抱いてやるのに」 そこで彼女はトレーニング。官能メリハリ・ボディを求めて。腰のくびれが艶かしい。 すると彼女は、男達を悩殺するほどモデル顔負けになった。 彼が彼女に言った。 「お前って頭空っぽだよな。もっと中身が詰まってりゃ、お前ほどパーフェクトな女はいないぜ」 そこで彼女はスタディ。教養、哲学、知識はエトセトラ。世界情勢まで目を通す。 すると彼女は、美しくて聡明な完全無欠の女性になった。 或る日、彼女の内なる声が問う。 『ここにいるのは誰? 本当のあなた?』 わからない。 『自分から望んでこうなったの?』 わからない。……でも、少なくとも心は満たされていない。 『愚かね。本物の色を捨ててしまうなんて』 本物の色? ……何処か遠くへ置き去りにした本当の自分。 そうだったの。 ここにいるのは紛い物。本物ではない―― 彼が彼女に言った。 「悪いけどお前には飽きたんだ。パーフェクトってつまらないよな。言われた通りに従うだけじゃ、人形と同じじゃないか」 彼が嘲笑を浮かべた。 「目障りなんだよ、お前。飽き飽きなんだよ、その面見るのが。だから俺の前から消えてくれよ」 彼が彼女に―― 「この世から消えてくれよ」 ――言った。 独りになって彼女は思う。 ここにいるのは紛い物だから、仰る通り消えてやったっていいわ。 本物は何処にもいない。本当の私なんてもういないから。 だからお望み通りに消えてやる。 でも、その前に―― 『傲慢な貴方。最後にプレゼントを差し上げましょう』 彼女は消えた。 彼の前からも、何処からも。 木洩れ日の中にも風の隙間にも、彼女の姿は見当たらない。 彼女は消えた――。 彼は新たな女に夢中だった。 安っぽい趣味で、コケティッシュな顔立ちの女。官能的な肉体をひけらかし、頭も尻も適度に軽い。 女は彼に言った。 「あたしってセンスのいい男じゃなきゃダメなの――それに面食いだから、ご面相が並以下なんてお断りだし――やっぱり彼氏にするなら、一晩で何度もイカせてくれるぐらい精力的じゃないと物足りないでしょ? ――何よりも、バカは嫌い」 言い放つと、女は彼の顔にタバコの煙を吐きかけた。 嘲りを篭めて。 そこで彼は―― すると彼は―― −Fin−
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