「検察の在り方検討会議」に対する申し入れ
平成22年12月7日
仙谷由人法務大臣殿
千葉景子座長殿
仙台市民オンブズマン
代表 十 河 弘
申し入れの趣旨
「検察の在り方検討会議」(以下単に検討会議という)は、大阪地検の元検事が証拠隠滅罪で逮捕・起訴された上、大阪地検特捜部の当時の部長・副部長までもが犯人隠避罪で逮捕・起訴されるという前代未聞の事態を踏まえ柳田前法務大臣によって設置された。
柳田法相は第一回会議において「検察の再生及び国民の信頼回復のため、どのような方策があり得るか、幅広い観点から抜本的な検討を加えていただき、有効な改善策、改革策について御提言をいただきたい」と挨拶し、座長である千葉景子委員も「なぜこのような事態に至ったのか、十分な検討を加え、その上で、幅広い観点から抜本的に、検察の在り方についての検討をしなければならないと考えております。」と述べる。
吉永みち子委員からは「今回は、本当に長い間かかって内部に巣くっていた病巣が、ついに外にまで出てしまった状況なんじゃないかというふうに私は捉えております。ですから、検察の歴史を遡ってどこで間違ったのかとか、どこで最初の病巣ができたのかまでたどっていかないと根絶することができない。なぜかくも自浄作用が効かなかったのか。これは組織の問題、体質の問題、人の問題、それからもしかしたら評価制度の問題、そういう中に病巣を育てたおごりや特権意識を生んだ原因が潜んでいるのだと思います。」との指摘がなされた。
吉永委員の指摘は正鵠を射たもので、検討会議が真に検察の再生及び国民の信頼回復を目指して提言を行おうとするのなら、調査活動費を用いた検察裏金疑惑の解明が必要不可欠である。このような観点から検察裏金問題を追及してきた仙台市民オンブズマンとして、検討会議に対し、検察裏金の実態と司法判断を紹介し、検察裏金問題の解明を強く申し入れるものである。
大阪地検特捜部証拠改ざん事件の背景
大阪地検特捜部の証拠改ざん事件の背後には三井環元大阪高検公安部長の口封じ収賄事件がある。三井氏は人事や人間関係のもつれから、 検察の調査活動費の裏金問題を告発しようとしてテレビ番組収録の朝に逮捕され実刑となった。週刊朝日の連載は、
三井氏に実刑が科せられた収賄事件そのものが三井氏を口封じするために検察が暴力団と一結になってでっち上げた冤罪であることをその時の暴力団のメンバーの獄中手記に基づき暴いている。暴力団を手なずけ、
三井検事の収賄容疑を固めさせた検察最大の功労者が今回逮捕された大坪元特捜部長である。
でっち上げであっても組織を救うことであれば許される、そして賞賛されることを知つた大坪氏が、 部下の不祥事を知つた時にどういう行動パターンを取るかはその時に決まってしまったと言って差し支えない。組織全体と自分の地位を救うためにはどうしたらいいか、万が一発覚した時、組織全体に影響を及ぼさない方法は何かといえば、今回の方法しかない。無論、発覚することが分かっていればそんなことはしなかったであろうがその時は
「絶対発覚しない」と判断したのだと思われる。発覚することがないのに、自らの組織に決定的打撃を与える不祥事を積極的に告白する中間管理職はいない。自分が泥をかぶって組織を守ろうとした点において大坪氏の行動は三井事件の時と全く同じである。三井事件の時には現職検事を冤罪という方法で口封じして組織を守り、今回は部下の不祥事を隠すことで組織を守っただけのことで、方法は異なるだけで方針と動機は一緒である。このように組織を護るためには法をも犯すという検察の土壌を変えない限り同じ事が繰り返されるであろう。
検察裏金の実態と司法判断
検察調査活動費の情報公開訴訟(仙台地裁平成15年12月1日判決)
1 仙台市民オンブズマンは、仙台高等検察庁及び仙台地方検察庁の平成10年度検察調査活動費(以下調活費という)について情報公開請求した。
支払明細と領収書は不開示だったが、月別の支払額は開示された。それを見ると毎月全額が使い切られていた。使い切りの陰に裏金ありというのは幾多の公金不正支出問題追求から得た経験則であり、この時点で裏金作りを確信した。
次に調活費の支出の推移を見るため、11年度、12年度の調活費についても開示請求したところ、高検は10年度960万円が12年度297万に、地検は10年度840万円が12年度346万円に激減していた。しかも11年度から突如として翌月への繰り越しや端数が出始めた。内部告発に基づく検察調活費裏金疑惑が週刊誌上に掲載された(平成11年5月)ことへの対応と推測された。
高検平成10年度
受 入 額 支 払 額 繰 越 額
4月 600、000円 600、000円 0円
5月 700、000円 700、000円 0円
6月 700、000円 700、000円 0円
7月 500、000円 500、000円 0円
8月 500、000円 500、000円 0円
9月 800、000円 800、000円 0円
10月 1、000、000円 1、000、000円 0円
11月 1、000、000円 1、000、000円 0円
12月 1、000、000円 1、000、000円 0円
1月 1、000、000円 1、000、000円 0円
2月 1、000、000円 1、000、000円 0円
3月 800、000 円 800、000円 0円
合 計 9、600、000円 9、600、000円
高検平成11年度
受 入 額 支 払 額 繰 越 額
4月 400、000円 88、300円 311、700円
5月 500、000円 635、955円 175、745円
6月 500、000円 56、374円 619、371円
7月 800、000円 524、969円 894、402円
8月 0円 487、093円 407、309円
9月 500、000円 770、712円 136、597円
10月 500、000円 150、000円 486、597円
11月 500、000円 679、890円 306、707円
12月 1、000、000円 842、959円 463、748円
1月 0円 198、000円 265、748円
2月 0円 160、909円 104、839円
3月 30、625 円 135、464円 0円
合 計 4、730、625円 4、730、625円
高検平成12年度
受 入 額 支 払 額 繰 越 額
4月 400、000円 300、000円 100、000円
5月 500、000円 301、600円 298、400円
6月 400、000円 517、725円 180、675円
7月 400、000円 448、625円 132、050円
8月 400、000円 68、706円 463、344円
9月 400、000円 363、790円 499、554円
10月
11月 0円 231、473円 268、081円
12月 400、000円 281、748円 386、333円
1月 0円 200、000円 186、333円
2月 0円 100、000円 86、333円
3月 58、513 円 144、846円 0円
合 計 2、958、513円 2、958、513円
2 さらなる裏付けのため全検察庁の10年度から13年度の調活費について開示請求したところ、10年度の使い切りと11年度以降の激減、繰り越し・端数出現が例外なく見られた。検察庁全体では平成10年度約5億9000万円だった調査活動費は平成13年度には約1億7000万に激減していた(その後さらに減少している)。以上の調査から10年度まで裏金として使われていた調活費について、裏金の内部告発を受けて11年3月以降疑惑隠蔽工作を行い始めたことは明白と思われた。
そこで平成13年6月1日仙台高検検事長を被告として不開示処分取消訴訟を提起した。
3 本来情報公開訴訟における不開示事由の主張立証責任は処分庁にあるが、仙台高検は情報公開法5条4号が「支障を及ぼすおそれがあると行政機関の長が認めることにつき相当の理由がある情報」と規定していることを理由に、不開示事由の不存在についての主張立証責任が原告にあると主張し、具体的な主張立証をしようとしなかった。調活費の使途についても「調活費は適正に使用された。そうでないというなら原告が立証せよ」の一点張りで、調活費の急減の理由についてはコンピューター整備費用に流用したからと主張した。
本件では幸運にも、内部告発直前で口封じのために逮捕された元大阪高検公安部長の三井環氏と法務大臣の裏金否定のコメントに義憤に駆られて内部告発した元検察事務官(副検事)の高橋徳弘氏という2人の証人を立てることができた。高橋証人は、自己が領収書を偽造していた事実に加え、庶務課長が「またクラブから領収書が回ってきた」と話していたこと、検察庁内全職員対象の新年会又は忘年会の後に高検検事のみの2次会が飲食店で設けられておりその場所設定を庶務課長が行っていたことを見ていたという自己の見聞に基づき、領収書偽造によりプールされた調査活動費はクラブや新年会後の2次会費に流用されていたと証言した。三井証人は大阪拘置所内での所在尋問であったが、スナックのママや料亭の女将が事務局長のところへ集金に来ていた、裏金化された調査活動費は、最高検検事等の接待等に使用されていた等と証言した。その上高橋氏の場合には所持していた高検事務局長の公印の押印された調活費領収書偽造依頼文書を証拠として提出することができた。
4 さらに訴訟進行中に平成14年の調活費について開示請求したところ、高検は140万に、地検も97万円に激減していた。もともと検察は公安情報についての独自の情報収集などやってはいないのだから、裏金として使うのをやめたら使い途がなくなるのは当然である。高検は不開示処分当時の高検総務部長を証人に立てたが、検事歴20数年にもかかわらず「仙台高検に来るまで一度も調査活動費を使ったことはない、私の知る範囲では私の周りでも使った人はいないと思う」と証言する始末であった。
5 結局判決では原告の請求は棄却されたものの、仙台地裁は判決理由中で「少なくとも昭和58年から平成5年にかけて、仙台高検の調査活動費に関して、本来協力者が作成すべき領収書が偽造されていたことが認められ、あえて偽造までしていることからして、調査活動費が何らかの不正な使途に流用されていたものと推認されるところである。」、「しかしながら平成10年度の本件調査活動費に関して不正流用があったことについて(中略)これを直接に認めるに足りる証拠はない(中略)これらによれば仙台高検の調査活動費について、平成5年頃までに少なくともその一部が不正に流用されていた事実は認められ、平成10年度の本件調査活動費の不正流用についても疑いとしては濃厚であるけれども、これを認めるまでの証拠は存しないというべきである。」と判示した。すなわち平成5年頃までの検察庁の調活費不正流用の事実を認めたのである。
検察裏金問題解明の必要性
検察の裏金がいつから存在したのか不明だが、仮に昭和58年以降だとしても平成10年までの15年間で90億円近い金額になる。そのほとんどが検察幹部の遊興費や内部の飲み会に費消されていたというのであるから驚くほかはない。調査活動費に関しては会計検査院との取り決めで領収書の添付が不要とされていた。捜査の密行性が過度に強調され検察は捜査に関する限り外部からの監視を一切受けないアンタッチャアブルな存在になっていった。検察裏金も最初のきっかけは予算不足に対する緊急避難的な流用だったかもしれない。しかし外部の監視の欠如は、やがて検察の特権意識と公金意識の希薄化をもたらし、ついては長年にわたる巨額裏金の私的流用にまで至ったのである。内部告発直前に現職の三井環大阪高検公安部長を逮捕してまで隠さねばならなかったほど検察裏金の闇は深い。この闇を解明しない限り検察の再生及び国民の信頼回復はないと言うべきである。