坂野法律事務所 仙台高裁管内医事鑑定人推薦ネットワーク 仙台 弁護士 坂野智憲 ツイートする

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 仙台高裁管内医事鑑定人推薦ネットワークについて               

                                     弁護士 坂 野 智 憲

 1  平成17年7月に仙台高裁管内医事鑑定人推薦ネットワークができた。医療過誤訴訟で鑑定を行う場合に、医療機関から鑑定人候補者の推薦を受ける制度だ。ネットワークに参加している医療機関は、東北大学、福島県立医科大学、山形大学、岩手医科大学、秋田大学、弘前大学、秋田赤十字病院、秋田県立脳研センター、青森県立中央病院、八戸市民病院、八戸赤十字病院の11施設となっている。大阪、名古屋、福岡など現在ではほとんどの地域で同様のネットワークが作られている。
  利用状況を見ると、平成17年が2件、平成18年が6件(内1件は推薦されず)、平成19年が2件(内1件は推薦されず)、平成20年が13件(内7件は推薦されず、1件は推薦されるも採用せず)、平成21年が6件(内2件は推薦されず)というものだ。依頼した裁判所の内訳を見ると仙台地裁本庁は5件(内1件は推薦されず)、高裁が2件だから、事件数からすれば仙台地裁本庁以外の地裁が多く利用しているようだ。依頼先を見ると(但し平成21年の6件は依頼先不明)東北大学が9件、山形大学4件と比較的多く、大学病院以外は1件のみだ。
2 これをどう評価するかだが、私の場合は鑑定を行う場合東北6県の医療機関は全て不可とする意見を述べている(1件だけ山形大学に依頼されてしまったことがあるが、それは出すと言った私的鑑定を出せなかったので文句を言えなかったケース)。何故なら公立病院や一定規模以上の民間病院の場合、一部の例外を除けば大学の医局を頂点とする系列に属している(医局から医師が派遣される関連病院)。しかもそれは県の垣根を越えているので、とてもじゃないが病院相手の事件で東北6県の大学病院を利用する気にはなれない。
  裁判所は従来は理解を示してくれており、東北6県以外の大学や医療機関から鑑定人を選任してくれていた。要は鑑定の中味であり、関与した医師の出身大学でなければ構わないという考え方もあろうが、それは医療の世界の庇い合いの実態を知らない考えだ。実際の鑑定書を見ると医学的知見の部分で嘘をいう場合はあまりないが、事案への当てはめの部分では医療側擁護の書き方がされているものは少なくない。裁判の生命は公正であるが、それを担保するのは「公正らしさ」であろう。特に東北の場合には東北大学病院の力が圧倒的に強いという現実がある。系列病院とまでは言えなくとも何らかの地縁あるいは、学会での繋がり(これは地域性とは直接関係ないかもしれないが)の存在が危惧される以上、やはり鑑定人は、東北6県以外の医療機関から選任されるべきだろう。
  この意味で私は、この仙台高裁管内医事鑑定人推薦ネットワークは評価していない。むしろ裁判所が、ネットワークができた以上これを使うのが原則だという考えを持ってしまうという意味で非常に危険性を感じている。 
3 もちろん医事鑑定人推薦ネットワークが無意味だというつもりは毛頭ない。せっかく他の高裁管内にも同様のネットワークができたのだから、相互乗り入れすればよい。例えば名古屋高裁管内の事件については仙台高裁管内医事鑑定人推薦ネットワークを利用して鑑定人を選任する、仙台高裁管内の事件ではその逆をやるということにすれば、非常に合理的で公正らしさも担保しうる。最近は鑑定人質問はあまり行われず、せいぜい書面での補充質問がなされる程度なので地理的に離れていることは特段支障にはならない。
  なぜやらないのか分からないが、おそらく自分の管内の事件で依頼しても必ず推薦してもらえるとは限らないのに、他の高裁管内の推薦依頼に応える余裕などないということだろう。しかしそれは相互乗り入れであるから負担が増えることはないことを医療機関によく説明すれば解決できることだ。私的鑑定を依頼するときの経験からしても、むしろ遠くの病院についての事件の方が鑑定人としても心理的に楽なはずだ。
4 さらに言えば、現在も鑑定人は一人しか選任しないというのが多くの裁判所の運用だが、この点も改善する必要がある。判断を丸投げするような詳細な鑑定意見を求めるのではなく、本当に裁判所が知りたい医学的知見に鑑定事項を限定し、その代わり複数の鑑定人を選任するというのがよいと思う。そうすれば鑑定人の負担も軽減されるし、引き受ける上でも複数でやるなら心理的にも非常に楽になると思う。一石二鳥なのだが現在は千葉地裁で行われているだけのようだ。ちなみに東京地裁で行われている3名の医師によるカンファレンス鑑定は裁判所や代理人の能力の点で他の地裁では難しいかもしれない。
  私は鑑定には否定的な評価であり、なるべく鑑定なしで解決する方針をとっている。それは専門家の知見が不要ということではなく、現在の一人の医師に判断の全てを任せてしまう可能性のあるやり方に反対なだけだ。本当にその鑑定人が有能で中立公正ならなにも問題はないのだが、それを担保する手段が講じられない以上、代理人にとっては裁判所による鑑定はいつまで経っても「賭け」の要素を払拭できない。
  裁判所は、現在専門委員の積極的活用を考えているようだが、専門委員についても既に述べたことが全て当てはまる。そうではなく、裁判所には、是非仙台高裁管内医事鑑定人推薦ネットワークの運用改善に取り組んでもらいたい。

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