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介護事故判例分析とリスクマメジメント
                               

                                    弁護士 坂 野 智 憲

第1 介護事故と法的責任
1 介護事故とは
   介護事故について明確な定義はないが、「介護の提供過程で、利用者に対し何らかの不利益な結果を与えた場合または与える危険のあった場合」であるとされる。
   介護事故の類型として、(1)転倒、(2)ベッドからの転落、(3)介助中のあざ・出血・やけど、(4)誤嚥・誤飲、(5)薬の誤配等がある。
   特に多いのは歩行時の転倒、ベットから車椅子への移乗の際の落下で全体の7〜8割を占める。入浴介助時の事故、食事介助時の誤嚥も1割未満ではあるが比較的頻度は高い。
2 責任原因
   介護事故が起きたからといって施設に直ちに法的責任が発生するわけではない。債務不履行ないし不法行為の要件に該当する場合にはじめて法的責任が生じる。
   介護施設の設置者と入所者(利用者)との間には介護サービス提供についての準委任契約が存在する。その契約に基づく付随的債務として介護施設の設置者は安全配慮義務を負う。これは介護サービスの提供過程で利用者の心身の安全を確保するよう配慮する義務である。介護施設の職員がこの安全配慮義務に違反し、それによって利用者に損害が発生した場合に、使用者である介護施設の設置者が債務不履行責任を負うことになる(民法415条)。
   債務不履行責任とは別に被用者である介護施設職員の故意・過失(注意義務違反)によって利用者に損害が発生した場合は、介護施設職員が不法行為責任を負う(民法709条)と共に、使用者である介護施設の設置者も不法行為責任(使用者責任−民法715条)を負う。
   また介護施設職員に故意・過失がない場合でも、施設の物的設備に瑕疵があったような場合(例えば階段の手すりが破損していた場合)には土地の工作物の設置または保存の瑕疵による不法行為責任(民法717条)が生じる。
   安全配慮義務違反と過失(注意義務違反)はほぼ同じ内容であり、債務不履行責任と不法行為責任の違いは時効期間である(前者は10年、後者は3年)。
3 「安全配慮義務違反」「注意義務違反」
   問題は「安全配慮義務違反」ないし「注意義務違反」の中味であるが、抽象的に言うならば「介護の実践における介護水準に照らして要求される注意義務を怠った場合」である。何が介護の実践における介護水準かは、それぞれの介護行為の性質(例えば危険性の程度)、利用者の状況(例えば痴呆の程度)など様々な要因を考慮した総合判断から導かれるものである。
   従って単に介護施設が決めたマニュアルや慣行に従ったというだけで過失が否定されるわけではないし、逆に利用者が想定外の行動を取った場合などは過失が否定される場合もある。
   医療過誤の場合の注意義務違反も「臨床医療の実践における医療水準に照らして要求される注意義務を怠った場合」とされる。医療行為については近時各学会においてそれぞれの疾患について診療ガイドラインが作成されており、医療水準を考える場合このガイドラインが参考とされる場合が多い。ところが介護に関してはそれぞれの介護行為についてこのような具体的なガイドラインは作成されておらず、文献も少ない。そのため要求すべき介護水準を決めることは難しく、過去の類似事件の判例を参考にするしかないのが現状である。
(例1)
   介護老人保健施設入所後摂食不良が原因で半年あまりで体重が5キログラム以上減少。浮腫やふらつきも現れたが病院を受診させず。発熱で病院に入院。入院後1週間で誤嚥性肺炎で死亡。
(例2)
   嚥下機能の低下した入所者について食事介助方法及び食後の監視が不適切であった。食事介護直後に上気道閉塞し低酸素脳症となる

第2 介護事故の判例
 1 横浜地裁平成17年3月22日判決
   介護老人施設でデイサービスを受けていた高齢女性が、同施設内の便所で転倒受傷した事故につき、施設職員の歩行介護に過失があるとして施設経営法人の損害賠償責任が認められた事例(一部認容 認容額1253万0719円 確定)
   <当事者>
   当事者Xは、事故当時85歳の女性。「本件施設」は、Y市の地域ケアプラザのひとつであって、社会福祉法人であるY協会がY市から委託を受けて運営管理する施設。Xは、平成12年2月から本件施設において、週に1回の通所介護サービスの利用を開始。平成14年7月18日、Xは要介護2の認定を受ける。介護認定のために作成された主治医による意見書には、「筋力が落ちているため、転倒に注意を!」との記載。認定調査票には「両下肢に麻痺があり、加齢による筋力低下で歩行が不安定である」、「両足での立位歩行は、支えがないとふらついてできず、杖が必要である。室内歩行時も杖を使用している。」との記載があった。
   <事故の概要>
   平成14年7月1日(事故当日)Xは通所介護サービスを受けて帰宅するため、本件施設内で送迎車の到着を待っていた。送迎車に乗る前に、トイレに行くことを思いたってXが立ち上がったところ、これに気づいた介護担当職員Aは「ご一緒しましょう」とXに声をかける。Xは「ひとりで大丈夫」と答えたが、Aは「とりあえずトイレまでご一緒しましょう」と言ってトイレの入り口までの数メートルを歩行介助。トイレ入り口まで到達したところ、Xは本件トイレの中に入っていった。Xはこのとき、Aに対して「自分一人で大丈夫だから」といって、内側から本件トイレの戸を完全に閉めた。Aは「どうしようかな」等と迷ったが、トイレから出てきたときに歩行介助を行おうと思い、その場を離れる。一方、Xは本件トイレ内を便器に向かって右手で杖をつきながら歩き始めた。しかし、2、3歩歩いたところで突然杖がすべったことにより、横様に転倒し、右足の付け根付近を強く床に打ち付けた。診断名は右大腿骨頸部内側骨折。平成15年1月24日、X要介護4の認定を受ける。
  <裁判所の判断>
   @ 安全配慮義務違反
     Y協会としては、通所介護契約上、介護サービスの提供を受ける者の心身の状態を的確に把握し、施設利用に伴う転倒等の事故を防止する安全配慮義務を負うというべきである。Xはその当時転倒したことがあり、転倒して左大腿部を骨折したこともあった。下肢の状態も悪く、歩行が不安定であった。主治医の意見書「介護に当たっては歩行時の転倒には注意すべき」とされており、Xは、本件事故当時、杖をついての歩行が可能であったとはいえ、転倒する危険が極めて高い状態であり、本件施設の職員はそれを認識しあるいは認識しうべきであった。従ってY協会は、通所介護契約上の安全配慮義務として、送迎時やXが本件施設内にいる間、Xが転倒することを防止するため、Xの歩行時において、安全の確保がされている場合等特段の事情のない限り、常に歩行介護をする義務を負っていた。
本件トイレの構造(入り口から便器までの距離、横幅、手すりがない)からすると、]が本件トイレの入り口から便器まで杖を使って歩行する場合、転倒する危険があることは十分予想しうるところであり、また、転倒した場合にはXの年齢や健康状態から大きな結果が生じることも予想しうる。
そうであれば、Aとしては、Xが拒絶したからといって直ちにXを一人で歩かせるのではなく、Xを説得して、Xが便器まで歩くのを介護する義務があったというべきであり、これをすることなくXを一人で歩かせたことについては、安全配慮義務違反があったといわざるを得ない。
   A 過失相殺
     介助を拒否したXの過失割合は3割。
  <考察>
   @ 意思能力に問題のない要介護者による介添拒否の場合、介護義務を免れるか
     「介護拒絶が示された場合であっても、介護の専門知識を有すべき介護義務者においては、要介護者に対し、介護を受けない場合と、その危険を回避するための介護の必要性とを専門的見地から意を尽くして説明し、説得すべきであり、それでもなお要介護者が真摯な介護拒絶の態度を示したというような場合でなければ、介護義務を免れることにはならないというべきである。」→専門職としての高度な注意義務
   A 過失相殺
     高齢者においては、自己が介助を必要としている状態にあることを認識しておりながら助力をもとめなかった場合には過失相殺がされる。
     本件以外にも
     ア 東京高判平成15年9月29日 判時1843号69頁
      患者が付き添いを断ったことから8割の過失相殺。
    イ 東京地判平成13年12月27日 判時1798号94頁
      著しく歩行能力が劣り、介助をうけなければ安全に通過できない可能性があることを認識しながら漫然と一人で通行を開始した点につき原告にも過失があったとして7割を過失相殺。

 2 福岡地裁平成15年8 月27日判決
   通所介護サービスを受けていた高齢者が、昼寝から目覚めた後に転倒して右大腿骨骨折を負った事故につき、介護サービス施設の債務不履行責任を認めた事例。裁判所は請求を一部認容し470万円の支払いを命じた。
  <当事者>
   被害者は、当時95歳で、ケアプランでは要介護状態区分4に認定されていた。Xは脚力が低下していることが認められ、横たわった状態から自力で立ち上がることは出来なかった。
  <裁判所の判断>
   通所介護契約の利用者は「高齢等で、精神的、肉体的に障害を有し、自宅で自立した生活を営むことが困難な者を予定しており、事業者は、そのような利用者の状況を把握し、自立した日常生活を営むことが出来るよう介護を提供するとともに、事業者が認識した利用者の障害を前提に、安全に介護を施す義務があるというべきである。
Xが歩行に困難を来すとともに転倒の危険があることは、契約締結時に示された居宅サービス計画書や、娘からの書面で知らされていた。また、Yにおける52回にわたる利用状況からYはXの活動状況を把握していた。よって、Xが昼寝の最中に起きあがり、移動することは予見可能であった。
さらに、「Xは視力障害があり、痴呆もあったのだから、静養室入口の段差から転落するおそれもあった」点についても、予見可能であった。
本件事故は、Yが、Xの動静を見守った上で、昼寝から目覚めた際に必要な介護を怠った過失により発生したといわざるを得ず、Yには、本件事故によりXに発生した損害を賠償する責任がある。

3 福島地裁白河支部判決平成15年6月3日
   汚物処理場での転倒事故について一部認容し537万円の支払いを命じた。
  <当事者>
   被告Yは、介護老人保健施設を営む社会福祉法人。原告Xは、Yに入所していた95歳の女性である。
  <事故の概要>
   Xは、本件事故発生10日前の時点で、介護保険等級において「要介護2」の認定が為されており、日中はトイレに赴くものの、夜間は居室に設置されたポータブルトイレを使用していた。Yにおいてはポータブルトイレの清掃を朝と夕方の一日2回行うことになっていた。ところが事故発生当日の清掃記録によると、午前5時の時点では処理が行われたものの、午後4時(事故の2時間前)には確認が行われず処理も為されていなかった。午後6時頃、Xが夕食を済ませて自室に戻ったところ、ポータブルトイレが清掃されていないことに気づき、自分で処理を行うことにした。トイレで排泄物を捨てた後、容器を洗おうとして隣接する汚物処理場に入ろうとしたところ、出入り口に存在していた高さ87ミリ×幅95ミリのコンクリート製凸状仕切りに足を引っかけて転倒した。この事故により、Xは右大腿骨頸部骨折の傷害を負い、入院加療68日間、通院加療31日間を要した。
  <裁判所の判断>
   Yの債務不履行責任につき、「居室内に置かれたポータブルトイレの中身が破棄・清掃されないままであれば、不自由な体であれ、老人がこれを運んで処理・清掃したいと考えるのは当然であるから、ポータブルトイレの清掃を定時に行うべき義務と本件事故との間に相当因果関係が認められる」。
   過失相殺については、Yは、介護要員に連絡して処理をしてもらうことが出来たと主張するが、「介護マニュアルの定めが遵守されていなかった本件施設の現状においては、Xら入所者がポータブルトイレの清掃を頼んだ場合に、本件施設職員が、直ちにかつ快く、その求めに応じて処理していたかどうかは不明である」。したがって、「本件において、原告に過失相殺を認めるべき事情はない」。
   工作物責任についても、「現に入所者が出入りすることがある本件処理場の出入り口に本件仕切りが存在するところ、その構造は、下肢の機能の低下している要介護老人の出入りに際して転倒等の危険を生じさせる形状の設備であるといわなければならない」として、民法717条による損害賠償責任も肯定。

 4 東京地裁平成24年5月30日判決
  <事故の概要>
   ショートステイ利用中のAが、明け方にベッドから転落し、頭部打撲から脳挫傷となった事案。
  <裁判所の判断>
   裁判所は施設の注意義務違反を認めず請求を棄却した。
  <考察>
   本件では夜間徘徊があるなど、転倒の予見可能性は認識されていた。しかし事業者は転落を防止するために転落防止柵の設置、離床センサーの設置及び対応、二時間おきの定期巡回、転落後の経過観察など考え得ることはすべて行っている。
   次にこの事業所は、Aさんは転倒・転落のリスクが高いとして、ショートステイの途中退所や睡眠剤の導入などについて介護支援専門員に相談していた。ショートステイは特養ホームなどとは違い短期間の利用であり、自宅と生活環境が大きくかわるために、認知症高齢者のアセスメント・モニタリングが難しく、事故が発生しやすい。特に初回利用の場合、その介護事故やトラブルのリスクは大きい。当該事業所で必要な対策をとると同時に、外部のケアマネジャーとも連携・報告し、転倒転落事故を回避しようと努力していたことが評価された。
   人員配置についても、裁判所は、当該事業所のスタッフ配置は指定基準以上のものであり、利用者との間で交わされた短期入所生活介護契約で示された職員体制に照らして不十分とは言えないとしている。指定基準と利用契約で示された基準に合致していれば、法律違反ではないと判断した。指定基準に合致しているからよいというのではなく、契約・指定基準両方の基準を満たしていなければならない。

5 仙台地裁平成21年7月10日判決
   一部認容し440万円の損害賠償を認める 
  <当事者>
   被害者は80歳代女性。介護施設は短期生活介護事業所を設置する医療法人
  <事案の概要>
   被害者Xは、平成18年4月脳梗塞、加齢によるアルツハイマー型の認知症と診断。同年10月に介護保険の要介護度が2から5に変更。同年10月4日から10月6日まで被告施設で1回目のショートステイの利用申込書には、「重度認知症」、「精神状態は日常生活に支障をきたすような症状」、「意思疎通困難が頻繁にあり常時介護を必要とする」、「左耳聞こえない」と記載。
1回目ショートステイの介護記録には徘徊、帰宅行動、他室侵入など多数の問題行動が記載。
10月28日からの2回目のショートステイでも同様の問題行動が頻発。10月31日7時ころ居室においてで転倒しているところを発見。右大腿骨転子部骨折と診断。
  <原告の主張>
   Xは短期入所した時点で、重度認知症であり、その精神状態は日常生活に支障をきたすような症状、意志疎通困難が頻繁にあり常時介護を必要とする状態にあった。
介護記録を見ると、他居室侵入、深夜徘徊、帰宅願望、クローゼットなどでのもの探しなどの問題行動を頻回に起こしていた。重症認知症患者の介護施設における事故で最も多いのは転倒及びベッド、いす等からの転落事故である。従って入所中の重症認知症患者に顕著な問題行動が認められた場合には、居室内を含む施設内での転倒、転落が予見されるのであるから、それを防止する処置を講ずべき義務がある。具体的には歩行時の見守り、居室への頻回の訪室、椅子等に上ろうとしないように手の届かない場所に所持品をおかないなどの予防措置が必要であった。
   そして施設としてなしうる通常の予防処置をとってもなお転倒、転落などが予想されるような問題行動が認められる場合には、そのことを家族などに知らせて引取りを要請すべきだった。
  <裁判所の判断>
   上記判決では原告の主張をほぼ認め440万円の損害賠償を命じた。被告は控訴せず判決は確定した。
  <考察>
重度の認知症の場合には介護事故を完全に防ぐのは難しいかもしれない。しかし具体的な問題行動を認識し、かつ当該施設で対応が困難と判断される場合には家族にそのことを告げて引き取りを求める義務がある。また施設に受け入れるに当たっては、当該施設で対応可能かについて慎重に検討しなければならず、対応が困難な場合にはそもそも受け入れるべきではないと思われる。

6 東京地裁平成15年3月20日判決
  <事案の概要>
   自立歩行可能な中程度の認知症の利用者を自宅まで送った運転者が、送迎バスから降りるための踏み台を片付け、ドアを閉めて施錠する作業をしている間に、利用者が転倒して骨折した。
  <裁判所の判断>
   616万円の損害賠償を認容。
  <考察>
   やや厳しい判断とも思えるが、利用者を自宅内に送り届けた後に踏み台の片付けやドアの開閉を行うべきであった。容易に結果回避が可能であった点が重視されたと思われる。本件は送り届けた際の事故だが、同じことは迎えの際にも言える。利用者を送迎車の脇に立たせてから踏み台を取り出すのではなく、踏み台をセットした上で利用者を迎えに行くべき。転倒が予想される利用者については、乗降時には必ず両手を空けてふらつきなどに対応しうる状態にあることが要求されていると言える。
  <関連する問題>
   なお送迎時の移動介助環境が悪い場合は介護事業者は利用者とケアマネージャーに改善を要求し、危険が改善されない場合は安全なサービス提供ができないものとしてサービス提供を断ることも検討されるべき。
例えば門から玄関までの通路に段差や障害物があってがあり車椅子が使えず歩行介助にも危険がある場合、飼い犬が送迎時に放し飼いになっているような場合は、それを放置して事故が起きれば介護事業者が責任を問われる可能性もある(当然過失相殺がなされるが責任がゼロになるとは限らない)。

7 東京地裁平成19年5月28日判決
  <事案の概要>
   97歳女性、認知症あり。特別養護老人ホームで出前の卵丼を誤嚥して死亡。
  <裁判所の判断>
   事業者は利用者の生命、身体、財産の安全確保に配慮する義務を負い、また利用者の体調・健康状態からみて必要な場合には、医師又は看護職員と連携し、利用者から聴取確認してサービスを実施すべき義務がある。
院外看護要約書で食事摂食時にむせはないか、嚥下状態の観察が必要とされていたことからすれば、介護職員が吸引処置をしたとしても気道内の異物が完全に除去されたか否かを判断することは困難である。従って容体安定後も引き続き状態を観察し、容体が急変したときには直ちに嘱託医に適切な処置をするよう求めるか救急車の出動を要請すべきであったとして292万円の賠償を命じた。
  <考察>
   医師や看護師との連携は極めて重要。仮に転倒や誤嚥が不可抗力だとしても、適切な医療措置を受けさせなかった場合はそれだけで責任を問われうる。介護職員が骨折や呼吸不全を見落とすケースは少なくない。

8 福島地裁(和解成立 和解金額は不開示とする合意)
   原告は男性、事故当時75歳。認知症、躁うつ病、糖尿病。
   平成21年11月5日以降、高齢者専用賃貸住宅において、介護施設が提供する介護サービスを受けていた。介護施設提携の病院内科受診中。
   平成22年6月15日、躁うつ病悪化したとの診断でリスペリドン投与開始。同年7月5日リスペリドン錠2mgが21日分処方された。7月12日以降21日までの経過は次のとおり。
  @ 嚥下障害
7/12 19´50  「むせり(+)」
7/13 20´15  「むせり(+)」
7/14 「朝食摂取やや時間かかる」
7/15 19´55  「ムセリやや(+)」
7/20 「昼食、主1/2 副全 ムセリ(+)」20´08「ややムセリ(+)」
7/21 「昼食、主1/4 副1/3 自力摂取不可」
A 構語障害
7/18 「呂律回らず会話困難な様子あるも返答(+)」
7/19 「意識あるも呂律まわらず」
7/20 「意味不明な訴え(+)」
B よだれ
7/21 「だ液がでるのが困る」
C 運動低下、鎮静、ふらつき等
7/15 「倦怠感(+)歩行不安定」
7/16 「倦怠感・胸焼けの訴え有。入浴せず。活気(−)」
7/18 「1′52 ナースコールあり薬効強く動けず尿失禁」
7/19 「声掛けに端座位になれず、会話がやっとできる様子」「歩行不安定」
7/20 「足の運び悪くふらつきあり」「朝食時は自力にて起上できず」
     「朝食時、お茶碗や箸スプーンがなかなか持てず、一部介助行」
7/21  ケアマネに連絡し状況報告す。9´40ケアマネ来館。状態確認し、定時の起上介助・定期的な水分補給・トイレ誘導指示あり。HPへの受診を早められないかの連絡を入れてみるよう指示あり。朝診察要請の連絡を入れる。
    被告病院受診(介護スタッフ2名が立会い)BP109−57 KT38.8℃。WBC  20240↑↑CRP 0.71
    再診の7/26まで様子を見ることとする。リスペリドンによる過鎮静傾向で効いているような状態。
    同年7月22日、S総合病院入院
肺炎球菌肺炎(誤嚥による)と診断し、CTRX1gを開始した。精神科の薬は全て中止して様子を見たが不穏となり再開した。再開すると意識レベルが低下し誤嚥するようになり、7/30精神科にコンサルトし調節を依頼し抗生剤をCAZに変更し肺炎は改善した。誤嚥が続き食事は困難と判断され経管栄養を継続した。また尿閉となり、尿道カテーテルも留置した。8/16より発熱し酸素飽和度も低下し、肺炎の再発と診断されCTRX1gを開始したが呼吸状態が悪化。同年8月18日死亡。
  <原告の主張>
   医師がリスペリドンについて適切な服薬指導、副作用への対応方法の説明を行っていれば、介護施設はより早期に医療機関を受診させたはずで、その場合は服薬中止によって誤嚥性肺炎の発症を防止できた。
    本件では医療機関を受診させるのが遅いので、もし医師が適切な服薬指導を行っていた場合には介護施設の責任が問われうる事案。介護施設には新規薬の与薬の際にはその副作用を理解し、副作用の徴候が見られた場合には医療機関に相談するあるいは受診させる義務がある。
 
9 山形地裁(請求棄却)
   被告は指定介護老人福祉施設
  <本件事故に至る経緯>
   利用者は事故当日の2週間前である平成22年2月18日から、被告が運営する「指定介護老人福祉施設」の提供するデイサービスを受けていた。
   平成22年3月4日(事故当日)
   8:40 自宅から相手方施設へ送迎。本人は意識があり、声掛けすると返答は見られた。車椅子に移乗する際もスタッフを掴んで移乗。
   9:20 相手方施設到着。
   9:50 リクライニングへ移乗行おうと声がけ行う。反応見られず、寝ている様子だったので二人介助にてリクライニングへ移乗行う。
   10:00 看護師がバイタルをチェックしたが、血圧116/91、体温36.9、脈拍89で特に異常は見られなかったが、全然起きる様子が見られず、入浴しないほうが良いとのことで家族(妻)へ報告行う。午前中はリクライニングにて寝ている。時折声掛け行い対応する。返答は聞かれず。
   11:30 リクライニングよりベッドへ移乗し、下着の交換、臀部(肛門)を洗浄し、薬を塗布する。その間何度か黒い排便見られる。その際、ピクッという反応と、軽い声だしは見られた。
   12:00 ホールへ戻り食事中だったが、起きる様子は見られず、食事はとらなかった。声掛けするが反応は見られず。そのまま過ごす。
   13:30 Ns帰宅。
   13:50 声がけし軽い声出し見られる。呼吸の確認は何度か行う。
   14:10 バイタル測定、血圧88/55、脈拍76とバイタル低くなる。引き続き声掛け行う。反応無し。引き続き寝ている。
   14:50 再びバイタル測定、血圧83/47、脈拍71と少し下がる。引き続き呼吸の確認は行う。
   15:10 何も口にしていないため、昼食後の服薬(狭心症を改善する薬)が出来ず、飲まなくてはいけないため、担当ケアマネージャーへその旨報告行う。報告後すぐに主治医へ連絡とるようにとのことで連絡する。家族(妻)にも報告行う。センター長にも報告行う。
   15:30 Dr到着。すぐに今日の様子を報告行い、診察。担当ケアマネージャーも到着される。診察終了し、反応なく危険な状態とのことですぐに119番通報する。あわせて家族(娘)へも連絡行う。
   16:00 救急隊到着。医師より詳しい状況を説明する。救急隊処置中も、反応が無く昏睡状態が続く。
   16:10 病院へ搬送される。搬送の際、再び救急隊及び娘へ状況報告行う。
   16:20 病院へ到着。すぐに処置室へ運ばれる。息子・妻と合流し、状況を説明する。その後、医師へ今日の状況を聞かれ報告する。待機中に家族よりいつからこの状態だったかと聞かれ、センター到着時より眠った状態が続いていたと答える。なぜもっと早く対応しなかったと聞かれ、寝ているものと判断したと答える。心臓の病気もあり、反応ない状態が続いたら、普通はすぐに対応すべきではないかと問われる。対応が遅かったのはセンターの判断が甘かったと答え、謝罪する。
   17:05 医師より血圧が100台に戻ってきたが、予断の許さない状態である。消化器系からの出血も見られるとのこと。
   17:30 医師より状況報告。消化器系より出血見られる部分は、少量の持続的出血だった。多量の場合は即死であったとのこと。すぐに手術をして出血を止めたいところだが、今の状態で手術をすると、命の危険性があるため行えない輸血によって状態が回復するのを待って処置行う。
   17:35 原因は大腸癌だと思われる。消化器系の出血箇所も、大腸癌から来るもの。輸血をして容態を安定させるために、そのまま入院となる。
    平成22年11月7日上行結腸癌で死亡。
  <原告の主張>
  1 指定介護老人福祉施設の人員、設備及び運営に関する基準(以下「本件基準」という。)第11条1項は、「指定介護老人福祉施設は、施設サービス計画に基づき、入所者の要介護状態の軽減又は悪化の防止に資するよう、その者の心身の状況等に応じて、その者の処遇を妥当適切に行わなければならない。」とし、2項は「指定介護福祉施設サービスは、施設サービス計画に基づき、漫然かつ画一的なものとならないよう配慮して行わなければならない。」と規定する。
  2 入所者の健康管理について第18条は、「指定介護老人福祉施設の医師又は看護職員は、常に入所者の健康の状況に注意し、必要に応じて健康保持のための適切な措置を採らなければならない。」とする。
  3 被告作成の、「居宅サービス計画書」には、総合的な援助の方針として、「在宅医による定期訪問診療を受けることで、病状が把握でき安心して生活できるようになります。短期入所と通所介護を利用し、日常の介護を行い、看護師による病状管理を行います。緊急時は主治医との連携を図ります。」とも記載されている。
  4 利用者は事故当日の午前9時50分から搬送に至る午後4時ころまでの約6時間、ずっと意識がなく、介護担当者らの呼びかけに対しても反応しない状態が続いていた。2月18日に施設入所して以来、利用者は眠りについていたとしても介護者の声掛けに反応しなかったことは一度もなく、また昼食を欠かしたこともない。
また、心筋梗塞の既往を有しており、ワーファリン・アスピリンを常用している状態にあったが、このことは介護担当者も当然認識していた。介護担当者はなおさら利用者の状態について注意深く見守る必要があったというべきであるし、通常とは異なる事件当日の利用者の状態の異常性については認識すべきであった。
    このような状態の異常性に加えて、さらに14時10分には血圧は80台にまで低下しているのであるから、少なくともこの時点においては、主治医に報告をし、その健康状態について診断を求めるべきであった。そうであるにもかかわらず、意識レベルを確認することもなく、主治医や看護師に報告して指示を仰ぐこともしなかったことは、介助者が被介助者に対して負うべき適切な健康管理義務懈怠、心身への安全配慮義務懈怠に該当する。
<裁判所の判断>
    利用者は昼夜逆転ぎみの生活をしており日中は寝ていることが多かった。声がけに全く反応がなかったわけではない。従って施設職員が寝ていると誤解したことは致し方ない。血圧低下の程度もそれほど大きくないので意識レベルを確認する義務までは認められない。
<考察>
     寝ているのか意識レベルが低下しているのかの違いは、刺激に対する反応があるかどうか。意識レベルの低下を危惧した場合は身体を揺すりながら大声で声がけしてその反応をみるべき。それで目を開けるなどの反応がなければ意識レベル低下と判断して責任者、ケアマネ、主治医に連絡して指示を仰ぐべき。裁判所の判断は誤っていると思う。おそらく大腸癌で余命8ヶ月であった点を考慮して、安全配慮義務の程度を下げて判断したものと思われた。

第3 リスクマメジメント
 1 リスクマネジメントの実際
   リスク情報収集→リスク分析→リスク対策立案→実行→フィードバック
 2 転倒・転落(7〜8割)
    リスク情報
     過去の転倒歴・回数(1ヶ月以内、1〜3ヶ月以内)
     徘徊の有無
     めまいの有無
     抗不安薬、抗うつ薬服用の有無
     自宅での介助状況の確認
     排泄の頻度
     コミュニケーション能力
   転倒・転落アセスメント・スコアシートの活用
    危険度T〜Vに分類
   リスク対策
    危険度T〜U:ベッドの高さ・ストッパーの固定の確認やベッド柵の確認、ベッド周囲の障害物の確認・整理
    危険度V:ベッド周囲にマット等の打撲のショックを和らげる工夫。必要時は床しきマットにする。車椅子乗車時の見守り。
 (参考)
  介護事故の実態と未然防止に関する調査研究
                    2000 年6月6日 国民生活センター
   損害保険会社から提供を受けた介護事故例223 件中143 件(64.1%)が転倒事故であり、転倒事故の多さがうかがえる。
   例えば、車いすからの転倒事故をみると「職員が車いすのベルトを締め忘れたこと」、「職員が目を離したこと」の責任が問われている。
   立った姿勢から転倒した事故について、施設側の責任とされた理由
    ・ 精神的に不安定な状態であったのに、施設側の対応不十分。
    ・ 床に水がこぼれていた。床が歪んでいた。施設の管理不備。
    ・ 徘徊癖のあることを把握しながら、誰も見ていなかった。
    ・ 数日前にも転倒し負傷。老人性痴呆症もある。施設の管理不十分。
    ・ 介助の求めに応じなかったため1 人で立った。介助がなかった点。
    ・ 職員と入所者が接触し、転倒、骨折させる。職員の過失。
    ・ 安全確保義務違反。常時見ているべき重度痴呆の人を見ていなかった。
    ・ 歩行が 1 人でできない人が歩行訓練中に、転倒、骨折、入院。
    ・ 畳とフロアーの段差(5cm)に、つまずき転倒。防止策を講じなかった。
 3 誤嚥(1割未満)
   リスク情報
    覚醒の程度
      向精神薬使用の有無(嚥下機能低下、せん妄、低血圧等の副作用)
    良肢位の保持(きちんと座位をとれるか)
    嚥下機能
     アセスメントの結果不安な場合は嚥下確認まで見守る
    食思
     食べ残しを放置しない
    誤嚥防止アセスメントの活用
 4 送迎時の事故
   デイサービスの送迎時の事故が多い。手順のマニュアル化。移動環境の改善。
 5 褥瘡
   褥瘡リスク・アセスメントの活用

第4 介護事故が起きた場合の対応
   窓口の統一
   重大事故の場合は施設長が直接対応  
   救急対応
   家族への連絡・情報提供
    謝罪の要否
   事故報告書の書き方
    推測を交えない
     状況を図示する
     箇条書きにする
     5W1Hを明確に

第5 紛争解決の実際
   証拠保全
   示談交渉
   調停
   ADR
   訴訟

介護事故裁判例  介護施設内での転倒事故で骨折

                     仙台弁護士会 弁護士 坂野智憲

仙台地方裁判所 平成20年(ワ)第34号 損害賠償請求事件
平成21年7月10日判決 勝訴 440万円の損害賠償を認める 
被害者   女性 80歳代
介護施設 短期生活介護事業所を設置する医療法人
 
事案の概要
第1 当事者
1 原告○○は、○○短期生活介護事業所に入所中に転倒・骨折し、その後訴外○○病院において平成18年○月○日に死亡した故○○の次女、同○○はその三女である。
  原告らは、故○○の損害賠償請求権をそれぞれ3分の1ずつ相続した。
2 被告は、○○において、○○短期生活介護事業所を設置管理する医療法人である。
 
第2 転倒・骨折にいたる経過及びその後の経過
 1 ○○は、平成18年1月、インフルエンザ、肺炎で○○に入院したころから認知症の症状が出始めた。
   退院後○○医院の訪問介護を受けるようになった。
 2 同年3月から4月にかけて○○で検査を受けたところ、脳梗塞、加齢によるアルツハイマー型の認知症と診断された。
 3 同年8月後半から脱水症状となり訪問介護で点滴治療を受けた。点滴治療は回復後も1日1本を継続していた。
 4 同年10月に介護保険の要介護度が2から5に変更となった。
 5 同年10月3日、○○におけるショートステイのため○○談員による訪問調査(健康状態、生活サイクルなど)がなされた。
 6 同年10月4日から10月6日まで○○において1回目のショートステイをした。10月3日記入の利用申込書には、「重度認知症」、「精神状態は日常生活に支障をきたすような症状」、「意思疎通困難が頻繁にあり常時介護を必要とする」、「左耳聞こえない」と記載されている。
   退所時において○○らは目立った問題などの報告はなかった。ただ2〜3日のステイでは慣れ始めたころに帰宅することとなるので次回からは最低1週間くらいのステイにしてほしいと要望された。しかし後日、当時の介護記録を見たところ次のとおりさまざまな問題行動があったことが記録されている。
 7 10月4日の介護記録
   出入り口探し、トビラをあけている。落ち着きなし。食後にタクシーやバスで帰りますと話す。他居室に入る。様子を見に行くと507号室で寝ている。507号室施錠。その後他利用者の対応していると今度はH様の居室で寝ているところを発見。全室施錠する。廊下を何度も歩かれ声がけするが意志疎通できない。所在確認強化。廊下を10往復。誰もいないじゃない帰るからと帰宅願望あり。再び廊下往復、階段前で立ち止まり下に行きたいといわれる。パーテーション持ってきて目隠しする。つかず離れず廊下歩行を見守る。ヨロッとすること多く、所在確認様子見強化。立ち上がって廊下歩いては食堂に戻るの繰り返し。一つずつの部屋の扉をあけようとする。
 8 10月5日の介護記録
   廊下を歩かれてトイレを探されたり、外靴を探されたりしている。家族が来て居室で談笑。家族が帰られるとさびしそう。家族から何の連絡もないと何度も話される。話をそらすがそのことしか頭にないみたい。他利用者510号室に入っているところ発見。非常階段のドアを開けようとしている。声かけるが全く頭に入らない。一つ一つドアを確認。512号室、511号室、510号室の居室を開けようとしている。0時に入眠。1時覚醒し徘徊。パニック気味。
 9 10月6日の介護記録
   何々がないとの訴えが多い。物を探したり娘様たちのことを口にする。他利用者と話すが落ち着きなし。クローゼット等の中の物探し。もうこんな時間なのになんで娘たちは来ないの。16時退所。
 10 10月28日の介護記録
   2回目のショートステイ開始。506号室入所。
   夜間トイレにおきてトイレから出た後居室と車椅子用トイレを間違う。
 11 10月29日の介護記録
   廊下をウロウロされ自分の居室わからなくなっていた様子。部屋の中の荷物をまとめている。帰りますとのこと。508号室で物を探している。22時30分に入眠確認。時折トイレに起きる。居室へその都度誘導。
 12 10月30日の介護記録
   帰宅願望、居室で荷物をまとめている。落ち着きなく部屋と食堂を行き来している。食堂に下着姿で来るがトイレ誘導後は居室に戻り入眠。廊下へ出てきたところで睡眠剤内服。その後動き多く、他利用者対応でいない隙に廊下のいすを動かして屋上へ行っている。2回繰り返したためパーテーションで目隠しする。1時まで徘徊。
 13 10月31日
   7時ころ居室でドンという物音。入り口付近(洗面所の前?)で転倒しているところを発見。今日家に帰る準備していたら押入れ(タンス)から落ちてしまったとのこと。腰痛、大腿部痛の訴えあり。
   14時30分、○○整形外科受診、右大腿骨転子部骨折と診断。○○整形外科で手術予定されるが、空き部屋ないため11月2日まで○○にいることになる。
 14 11月2日9時30分、○○退所し、○○整形外科入院。11月6日ころに手術予定。院長の説明では目標は歩くまで行かないが杖歩行まででもできるようにしたいとのこと。
   11月○日0時50分ころ呼吸困難、心停止、11月○日1時49分死亡。
   解剖せず、死因は未確定。脳幹部梗塞と推測された。
  
第3 過失(見守り、頻回の訪室、転落防止、問題行動報告義務違反)
 1 ○○は、○○に短期入所した時点で、重度認知症であり、その精神状態は日常生活に支障をきたすような症状、意志疎通困難が頻繁にあり常時介護を必要とする状態にあった。そして介護記録を見ると上記のとおり、他居室侵入、深夜徘徊、帰宅願望、クローゼットなどでのもの探しなどの問題行動を頻回に起こしていた。そのために○○においても所在確認強化、様子観察強化の対応をしていた。
   重症認知症患者の介護施設における事故で最も多いのは転倒及びベッド、いす等からの転落事故である。従って入所中の重症認知症患者に顕著な問題行動が認められた場合には、居室内を含む施設内での転倒、転落が予見されるのであるから、それを防ぐための処置を講じるべき義務がある。
   具体的には歩行時の見守り、居室への頻回の訪室、椅子等に上ろうとしないように手の届かない場所に所持品をおかないなどの予防措置が必要であった。そして施設としてなしうる通常の予防処置をとってもなお転倒、転落などが予想されるような問題行動が認められる場合には、そのことを家族などに知らせて引取りを要請すべきだった。
 2 本件では具体的にどのような歩行時の見守り、居室への訪室がなされていたのか詳らかではないが、知らない間に屋上に上がっていたり、他の居室に頻回に侵入したことが介護記録に記載されておりこれらが十分であったとは認めがたい。また○○は帰宅願望が強く、荷物をまとめたり、靴を探すなどの行動をしている。本件転落はクローゼット内の手の届かない場所にある荷物を取ろうとして引き出しを手前に引き、それに乗った際に転落したものと考えられる。このように帰宅願望が強く、そのための物探しをするような重症認知症患者の場合にはそのような行動をとることは十分予見しうるのであるから手荷物はむしろ手の届く低い場所に置くなどの配慮をすべきだった。○○を設置管理する被告にはこれらの転倒、転落を防止する義務に違反した過失がある。
   また、これらの問題行動に照らせば、施錠も身体拘束もしない居室内でのショートステイでの対応では限界があり、転倒、転落を十分防止し得ないことが予見されるのであるから、そのことを家族に告げて引取りを要請すべき義務があった。しかし被告は10月6日に1回目のショートステイ終了に際して上記問題行動を家族になんら説明せず、家族としてはそのような危険な行動をしているとは認識しないままに2回目のショートステイをさせて本件転落事故につながったのであるから、この点でも被告には過失がある。
 
第4 因果関係
 1 本件において○○は転落事故によって右大腿骨転子部を骨折し、手術したとしても自力歩行は困難な状態となった。従って、この損害と前期過失との間には相当因果関係がある。
 2 なお、本件ではその後○○は○○整形外科に入院中に急変して脳梗塞と推測される原因で死亡している。解剖されていないので死因を確定することはできず、本件骨折事故が○○の死亡に関係するのか否かは医学的には証明できない事柄である。よって原告らはその点について相手方の責任を追及するものではない。ただ○○が本件事故によって歩行不能の後遺障害を残した以上、その後に○○が死亡したことは、この後遺障害についての損害賠償請求を妨げるものではない。
 
第5 損害    660万円
 1 本件では骨折に対する手術が行われる前に死亡しているので、手術が成功したかどうか、成功したとしてどの程度まで回復し得たかどうか確定することは困難である。ただ訴外○○整形でも指摘されているようにリハビリをしたとしても自力歩行は困難でせいぜい杖歩行のレベルにしか回復しなかったと推測される。年齢及び重症認知症であることを考えればリハビリができるとは考えがたく、車椅子生活を余儀なくされた可能性も相当程度になる。これによるクオリティ・オブ・ライフの低下が後遺障害慰謝料として算定されるべきである。
 2 後遺症慰謝料  900万円(両原告相続分合計600万円)
   ○○は右大腿骨転子部を骨折し、手術したとしても自力歩行は困難な状態となった。この状態は、機能障害により1下肢に偽関節を残し、著しい運動障害を残すものに準じて考えることができ、後遺障害別等級表7級の10に該当する。この場合の慰謝料は、900万円が妥当である。
   そして原告両名はそれぞれ3分の1ずつ上記損害を相続した。
 3 弁護士費用    60万円
   本件不法行為と相当因果関係を有する弁護士費用としては原告ら請求の損害額の10%が相当である。

コメント
  上記判決では原告の主張をほぼ認め440万円の損害賠償を命じた。被告は控訴せず判決は確定しました。重度の認知症の場合には介護事故を完全に防ぐのは難しいかもしれません。しかし具体的な問題行動を認識し、かつ当該施設で対応が困難と判断される場合には家族にそのことを告げて引き取りを求める義務があります。また施設に受け入れるに当たっては、当該施設で対応可能かについて慎重に検討しなければならず、対応が困難な場合にはそもそも受け入れるべきではないと考えられます。
  この判決については、介護保険施設に、手間のかかる認知症患者の受け入れを拒否する口実を与えることになると批判する向きもあるようです。しかしそのような議論は本末転倒です。重度の認知症患者であっても受け入れる能力のある介護保険施設は当然受け入れるべきです。悪質な介護業者が本判決を受け入れ拒否の口実に使う可能性はあるでしょうが、だからといって現実に介護事故が発生し被害を受けた者が司法的救済を受けられないということがあってはなりません。現実に起きた事故での被害者の救済と介護業者の受け入れの在り方は次元を異にする問題です。後者は行政の責任であって、認知症患者の行き場が無くなるなどという見方をすべきではありません。
   
 更新14/06/08  Copyright(C)2009 坂野法律事務所 仙台弁護士会 弁護士 坂野智憲 All rights reserved