坂野法律事務所 北陵クリニック事件(守大介冤罪事件) 仙台弁護士会 弁護士坂野智憲 本文へジャンプ

北陵クリニック事件(守大介冤罪事件)

                                 平成21年5月31日(日)
                                    弁護士 坂野智憲 
  北陵クリニック事件について2008年2月27日上告棄却決定が下された。この事件は北陵クリニックで5人の患者が筋弛緩剤を点滴から投与され死亡ないし容体急変したとされる殺人・殺人未遂事件です。当時クリニックに勤務していた准看護師であった守大介氏が犯人とされ、1審、2審とも有罪とされ、無期懲役を言い渡されました。無罪を主張して最高裁に上告しましたが棄却されたわけです。私は控訴審からこの事件の弁護人となりました。弁護側の主張は無罪ですが、何故無罪かと言えば、守氏が犯罪を犯していないということではなく、犯罪自体が存在していないということです。つまり筋弛緩剤などそもそも誰も投与されておらず、患者の死亡や容体急変は病状の悪化によってもたらされたもので人為的要素は介在していないということです。
  点滴に筋弛緩剤(マスキュラックス=ベクロニウム)が混入していたことを証明する唯一の証拠は大阪府警の科警研の土橋という技術吏員が行ったとされる鑑定だけです。押収された点滴ボトルや患者の尿・血液からベクロニウムを質量分析した場合に検出されるイオンと同一のイオンが検出されたというのです。
  しかし大阪府警が使用した質量分析装置は定量目的の装置であって、未知試料を測定する装置ではなかったのです。精密質量の測定ができない、すなわち分子の特定ができない装置だったのです。またベクロニウムの質量分析を行うと、必ずm/z557のイオンが検出されますが本件では標品(標準試料)からも鑑定試料からもそれが検出されていません。控訴審の判決では装置が異なれば検出されない場合もあり得るなどという全く非科学的な認定がされています。控訴審では弁護側が申請した鑑定申請を含む証拠申し出がことごとく退けられ、この点について十分な証拠を収集する暇さえ与えられませんでした。弁護団は上告審になって、ようやくこの点についての質量分析専門の学者に辿り着き、その意見書を提出しましたが上告棄却されてしまいました。
  この裁判の特徴は1審から最高裁まで全く科学者の目が入っていないということです。科警研の吏員は科学者ではなく単なる技師に過ぎません。その技師がやった鑑定手法の正当性については別途科学的証明が必要でした。それが全くなされないままに上告棄却されてしまったのです。この論点について素人である裁判官が分かるはずがないのです。小学生が大学入試の問題を解くようなものです。だからこそ弁護側は再三に渡って鑑定を申請しましたがことごとく却下されたのです。
  さらに法律的論点についても最高裁は何らの判断も示しませんでした。鑑定試料の全量消費の論点です。本件では質量分析されたとされる鑑定試料は全量消費され再鑑定が不可能でした。点滴は53ミリリットルもあったのが全部使われたというのです。しかし質量分析は1ミリリットルも必要ではありません。他の毒物の検出のために使ったとされていますが仮にそれをやったとしても(行ったという証拠はありません)全部使う必要なないのです。とにかく押収した試料を残らず使い果たしたのです。これは再鑑定させないための悪質な証拠隠しとしか考えられません。犯罪捜査規範では再鑑定に備えて試料を保管すべきとしているのにです。
  弁護側は必要性もないのに再鑑定を不能にした全量消費は違法であり、本件鑑定に証拠能力は認められないと主張しましたが、最高裁はどのような場合に全量消費が許されるかについても一切判断することなく上告棄却しました。つまり薬物鑑定に当たっては今後も捜査機関は全量消費してよいですよとお墨付きを与えたのです。捜査機関はこれまで再鑑定に備えて試料を残している場合もありました。しかし今後は再鑑定などされないように喜んで全部使い果たしてしまうことでしょう。
  このような不当な判決を許してはいけません。科学を無視して真実の探求などあり得ません。日本の刑事司法の病弊の深刻さを改めて思い知らされました。

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