仙台地裁平成19年(ワ)第420号損害賠償請求事件
平成20年12月24日解決金450万円で和解成立
患者 男性 医療機告 民間総合病院
事案の概要
患者は、平成15年9月12日21時30分頃から、左下腹部痛あり、次第 に増強したため、9月13日6時頃被告病院に救急搬送。
6:15 顔色蒼白、疼痛あり、発汗あり、昨日21:00より強い下腹部痛、吐き気、嘔吐4回、便通(−)、腹部膨隆、鼓音性グル音あり、血圧156/90、腰痛、ECG上ST低下、RBC352、ヘモグロビン9.9、ヘマトクリット31。
8:00 X線写真撮影のために移動の際、左側に倒れ、焦点があわない。SPO2は76%、脈拍67微弱、血圧92/52、顔色不良、口唇チアノーゼ(+)。
8:25 SPO2 96(02 2Lにて)、腹痛持続、左側臥位の方が楽、腹部に部分的チアノーゼ、胸腹部単純レントゲン撮影。大動脈弓突出と蛇行、心胸比拡大の所見が認められる。ガス貯留像は少なく、鏡面像もない。
9:00 P90、血圧151/90、SPO2 95(O2 1L下)、腹痛
12:00 腹痛、122/67、SPO2 93(O2 0.5)
14:00 37.4℃ 、P90、150/94、SPO2 93、腹痛あるも午前中よりいくらか良い、顔色不良、全身冷感
15:00 腹痛、ペンタジン1A
15:30 腹痛、浣腸60ml、便(+)、腹痛(+)、お腹にさわるとかなり痛がり唸る。体交も痛みがひどく出来ない。冷感、顔色不良。
17:00 123/83、SPO2 97、腹痛(+)触ると痛みがひどくいやがる。顔色不良、全身冷感
18:30 市立病院救急センターへ搬送。来院時血圧80/49、HR114とショック状態、CT上腹部大動脈瘤破裂と診断、緊急手術ののち入院。急性腎不全で人工呼吸管理と持続血液療過をおこなうも、その後SIRSからMOFとなり、10月8日死亡。
争点
1 腹部大動脈瘤破裂ないし切迫破裂を疑うべきか
2 腹部CT検査ないし超音波検査を行うか、行える施設に移送すべきか
3 15時30分頃に移送していたとして救命し得たか
原告の主張
本件では突発した激しい腹痛が見られ持続している。急性腹症の原因疾患として通常、腸閉塞、虫垂炎、膵炎、胆嚢炎、胆管炎、腹部大動脈瘤破裂などを考えるが、入院時、グル音が聞かれ腹部単純写真上ガス貯留像は少なく、鏡面像もないので腸閉塞は否定的。腹部に局所的な圧痛はないので虫垂炎も否定的。白血球数はやや増加していた程度で血清アミラーゼや肝機能は正常なので膵炎、胆嚢炎、胆管炎も否定的。赤血球、ヘモグロビンやヘマトクリットの低下はあるが、吐血や下血の所見はないので消化管出血も否定的。患者の年齢から、消去法で鑑別すれば大動脈瘤の破裂ないし切迫破裂の可能性が高いということになる。その確定診断のために超音波検査あるいはCT検査が必要であった。
被告の主張
絞扼性イレウスの疑いは否定されない。大動脈瘤切迫破裂なる概念は不明確。拍動性腫瘤は触知されず、血圧も一時的低下を除き正常であって腹部大動脈瘤破裂を疑うべき所見ではない。17時の時点でも血圧は正常であり腹部大動脈瘤破裂は移送後に起こったもので移送の遅れはない。
コメント
原告側から同種案件の私的鑑定書と正式鑑定書、大動脈瘤・大動脈解離診療ガイドライン(2006年改訂版)を書証で提出。被告側からは鑑定申請や私的鑑定書の提出はなかった。裁判所の心証は15時30分頃の時点では腹部大動脈瘤破裂ないし切迫破裂を疑って超音波検査をするか移送するべきだったが、仮にその時点で移送したとしても救命の高度の蓋然性までは認められないというものだった。血圧から考えて17時までは破裂していないか、破裂していたとしても後腹膜で止血されていたと考えられるので救命の高度の蓋然性があると主張したが裁判所の理解は得られなかった。
現在では診療ガイドラインを抜きにした過失の主張立証は考えられないと同時に裁判所もガイドラインの裏付けがあると鑑定なしでも過失を認めてくれる傾向にある(もっとも医療集中部のない地裁では相変わらず鑑定偏重の所が少なくないが)。問題は因果関係であり、「高度の蓋然性」は認められないが「相当程度の可能性」は認められるとする判決や和解(での心証開示)が増えているように思われる。本来救済法理であった「相当程度の可能性論」が逆に因果関係についての厳密な検討を回避する理屈として用いられているように思えてならない。しかも当初は死亡事案では相当程度の可能性の侵害で800万円程度の慰謝料を認めていたのが、いつの間にか300万円位まで低下し、ほとんど以前の期待権侵害程度のものになりつつあるように思われる。