Missing Boy



 中天から照りつけるでかいオレンジがアスファルトを灼く午後だった。
 俺が彼女と出会ったのは。
 今になって振り返ってみれば、それはただの勘違いにすぎず、何も彼女を理解していなかった
証でもあった。

 学校を辞めて家を出た俺は、世の中の有為転変を凝縮したような数ヶ月を経て、朝凪荘の
住人となっていた。
智也は「そういうのは行き当たりばったりって言うんだよ」って苦笑いしてたな。

 近くて、メシが出るというだけの理由で「ルサック」で働くことにした。もっと楽でスマートなもの
かと思っていたけど、同期で入った大学生は3ヶ月と保たずに次々と辞めていった。俺も何度か
逃げようと思ったくらいだけど、似合わない意地のせいかな。続けているとコツもわかってきて、
厨房全体を任されるようになると仕事が面白くなってきた。すっかり今じゃ古株さ。そのおかげで
彼女と出会えることになるなんて、想像もしていなかったけど。

 夏休みは冬休みや春休み以上に新人のアルバイトが入ってくる。多いのが高校生。この店
だと浜咲学園とか俺のいた澄空高校の生徒が多い。
 だけど、きつい仕事だから10人採用しても1週間で半分近くシフト表から消えていく。名前も
顔も憶えないうちにいなくなるなんてのがざらだ。相摩希を初めて見た時も、そんな通り過ぎて
ゆく影のひとつとしか感じることはできなかった。
 小柄でスポーツの経験も乏しそうな彼女には、つとまらないんじゃないかってのが第一印象。
 これだけ可愛いければ、きっと客の受けはいいだろうなってのが第二印象。
 第三印象は、言葉にしにくい。

 澄空高校の2年生ってことは、1年間は俺と同じ校舎にいたってことになる。だけど俺も彼女も、
互いのことを見聞きしたことはなかった。あの頃は俺も智也とか、それから、いろいろとあったし、
後輩に可愛い娘がいても気にする余裕って実はなかったんだ。

 学校を辞めたのに、ちゃんとした理由なんてなかった。
 秋が冬に移ろう校庭を屋上から眺めていると、それがいい考えのような気がしたんだ。学年
末になると留年っていう気の乗らない現実が待っていたし、それならって決めちまった。
 親も先生も友達も止めた。智也も音羽さんも彼女も、意外なことに双海さんまで、追試を受けて
進級できるんだからと説得してくれた。だけど俺は、学校が俺のいるべき場所だと思えなくなって
いると拒みきった。

 ただの俺らしい気まぐれさ。

 それが嘘だって認められるほど、俺は大人じゃなかった。

 大人になることの意味もわかっていなかった。

 大人になれば吹っ切れるとだけ信じて、子供を辞めた。

 それで吹っ切れたつもりでいた。

 希のことを本当に知るまでは。



 I'm losing you

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