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<南・北アルプス全山縦走>
南アルプス(後 編)・・・三伏峠から甲斐駒ケ岳・高遠町
      期 間:平成18年8月31日から9月5日


1 はじめに 
 北アルプスの全山縦走を終えて2週間が過ぎた。その時の疲労がまだ残っている気もするが9月の中旬を過ぎると台風のシーズンになり「この時期を逃がしたら今年はムリ」と週間予報を信じて日程を組んだ。
 問題は入山時の鳥倉登山口行きのバスが8月27日で終了、以降は大河原集落から登山口まで16kmの鳥倉林道を歩ことになる。出来れば27日までに入山したかったがヤボ用で叶わず、不便な分だけ「静かな山旅が出来るだろう」と前向き思考で臨んだ。  


  



 




      仙丈岳遠望                   仙丈岳                   


2 行動の記録 
 
   概略総距離=81Km。概略総高度差=4、650m。
   総行動時間=37時間10分(実績値)。


 第1日目 8月31日(天気 晴):鳥倉コース入山・夕立神公園
                 (距離3Km)行動1時間20分
 伊那大島駅から定期バスの終点・大河原集落に下車すると、秋の到来を思わせる高い空と爽やかな風が出迎える。明日の行動を楽にするために10Km先の夕立神公園まで行くつもりで出発。
 1ピッチほど進むと後方から来た軽トラックが止まり「何処まで行くの?」と作業姿のオジサンに声をかけられる。交通量が少ない地方道では珍しくないので「今日は夕立神公園付近まで・・」と返事をする「まだ大分先だヨ、乗って行かない?」と誘ってくれた。いつもは「急ぐ旅でもありませんので」とお礼を行って辞退するのだが、今回は鳥倉登山口までは徒歩に拘らないので「お願いします」と好意に甘んじた。
 氏は、21年前に当地へ来て酪農を営む小林明さんで、若い頃はヒマラヤ登攀へと熱中した山の愛好者で話が弾み「途中家に立ち寄るのでお茶でも・・」と誘いを受けてご馳走になる。一休み後に夕立神公園まで送って下さった。


  第2日目 9月1日(天気 雨):夕立神公園から三伏峠経由・塩見小屋
                 (距離14Km)行動7時間
 夜半から降雨。屋根下に設営出来たので初日からテントが濡れずに助かった。駐車場には十数台のマイカーがあり塩見岳への最短コースで人気があるようだ。ガスの動きが激しく青空も出て「晴れるのでは・・」と期待をして登山口から急坂を進む。しかし、高度を上げるに従い本降りになり、テント設営を諦め「今夜は小屋・素泊」と三伏峠小屋を通過して塩見小屋へ向かう。
 6月は暴風雨で苦労したが、今日は風も弱く傘が差せるので快適。塩見小屋まで進んだので明日の熊ノ平小屋までが楽になった。塩見小屋は中年男女・12名の宿泊で賑やかだが素泊は自分だけ。夕方には雨も上がり明日からは好天の予報。


 第3日目 9月2日(天気 晴):塩見小屋から熊ノ平小屋
                (距離9Km)行動5時間10分
夜明け前に小屋を出発。山々に朝日が浴び始めると山波の向こうに一段高い富士山が眺められる。塩見岳の山頂から今日の泊地・熊ノ平まで比較的平坦路だが倒木が多い。進行彼方には甲斐駒ケ岳が仙丈岳の奥に見え「ゴールも間近」と元気が出る。樹林帯とガラ場のトレイルを予定より早く熊ノ平小屋に到着。


  第4日目 9月3日(天気 晴):熊ノ平小屋から仙丈岳経由・北沢峠
                (距離20Km)行動10時間40分
 出発して直ぐ三峰岳まで標高差400mの登り。途中ガラ場の台地・三国平で農鳥岳への分岐から岩峰を詰めて三峰岳に立つ。山頂から野呂川乗越まで登った分だけ下降。乗越から再び伊那荒倉岳へ昨日と同様の樹林帯を1時間登る。
 仙塩尾根の先に大仙丈岳が見えるが中々近ずかない。幾つも小さなブッシュのピークを進みようやく仙丈岳到着。仙丈避難小屋に設営予定だったが<テント禁止>で水場も涸れていて管理人は「水は馬ノ背ヒュッテで・・」とつれない返事。昨日休養したから今日は2日分の行動となった。


  第5日目 9月4日(天気 晴):北沢峠から甲斐駒ケ岳登頂後・戸台大橋
                 (距離19Km)行動9時間20分
 荷物から開放されて空身で甲斐駒ケ岳へ向かう。仙水峠で大手ツアー社主催の中高年の団体を追い越す。今日のような好天気ではガイドさんも楽だろうが「悪天候の時は大変だろう」と他人ごとながら気になる。息が上がらぬ程度の負荷で山頂を踏み駒津峰まで下った所で先ほどの団体に道を譲る「もう登って来たの!」と恨めしそうな声が返って来る。その他数名のパーテイーに道を譲ったが、例外なく「フーフー」「ヒーヒー」と荒い息ずかいで、聞いてる方が苦しくなってくる。若者の汗や荒い息は生命力が溢れて逞しいが、中高年のそれは、惨めで「そんなにムリしてポックリ逝くヨ」と云いたくなる。
 北沢長衛小屋に戻り、テントを撤収して下山開始。戸台までは峠からバスが出ているが、今回は徒歩で高遠町まで行くので、旧登山道の丹渓山荘跡から戸台川沿いのトレイルを辿る。
 太平山荘でバス路と別れると南アルプス特有の深い樹林帯になり、古い倒木は厚く青コケで覆われて東太平付近は「朽ちた老木の墓場」の雰囲気だ。しかし、柔らかな陽射しは静けさを倍加し、向こうから古チョッキに鳥打帽子姿の若い自分が登って来ても不思議でない気さえする。
 八丁坂を下り赤河原分岐に到着。戸台川沿いのトレイルは数ケ所消えていて左岸右岸と移りながら下り、戸台大橋の近くの駐車場に設営。


 第6日目 9月5日(天気 晴):戸台大橋から高遠バス停・新宿駅
                (距離16Km)行動3時間40分
 1時間歩いて仙流荘・バス停に到着。戸台口から国道152号に出て美和湖沿いに北上してゴール地の高遠バスターミナルに着いた。30分前に新宿行きが出たばかりで次便まで3時間待つので洗濯をして、その後10分ほど歩いて信州高遠温泉・さくら湯へ行った。

    
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3 あとがき(教訓と所感)

1)6月に開始した「アプローチ編」から4ケ月を経て、予定通り「南北アルプス全山縦走・太平洋から日本海へ」のトレースが出来た。成功率は60%程度と思って計画したが実際はもっと低い率であった。その主な理由は、第一に自分の能力よりも遥かに天候の要因が大きいこと。第二に山岳トレイルの難易度の高さ、例えば足場の悪さ、高地のテント泊、又登降量(累計標高差は約22、500m)があげられる。

2)しかし、計画時に成功率が50%以下と思えば実行しなかったから「完歩出来て大成功!」と満足している。特に、社会人山岳会・雪嶺会に所属して45年(かなりブランクはあったが・・)の節目として、南・北アルプス全山縦走は仲間達と登った山々の回顧山行でもあった。特に入山時に会った小林氏宅で見せてもらった日本登山史年表(75周年記念H17年出版・山と渓谷社発行:目で見る日本登山史の分冊)に自分の名前が北ア・赤沢山と明神岳の各ルートの積雪期初登攀メンバーとして掲載されており、往時の熱い想いが蘇った。


3)甲斐駒ケ岳で中高年の団体パックツアー25名に会った時、余計なお世話だが「もっと楽に登れないものか・・」と思った。基本は鼻呼吸の範囲内で行動(特に登路)すれば有酸素運動で身体にも良いのだが、各自の体力が違うのでグループ行動ではムリなようだ。


4)加齢と共に身体機能の低下は避けられない。しかし、訓練により低下率を押さえることは可能。一般に心肺機能の向上は、最大酸素摂取量増加のトレニングをする。即ち、1回拍出量の増大と肺の中の空気からいかにたくさんの酸素を取り込むか「肺拡散容量」改善に努める。いずれにしても、トレーニングの効果は確かなので今後も持久的トレーニングを継続したい。


5)入出力熱量のチェック」は日数が少ないのでカロリー不足を無視した。
通常は、先ずトレイルの距離と標高差を地図上から見積り概略所要時間を算出。平坦路及び登路のエネルギー代謝率、各行動時間、性年齢補正係数、重量(体重+荷物)より行動時の運動量、又それ以外の基礎代謝量と2つの合計出熱量を算出。他方、購入食料から入熱量を算出して両者(出熱量が多い)を比較して入熱量の不足分は体内脂肪で補う。実際には個人差や測定誤差があり目安程度だが無いよりマシ。


6)当たり前の事だが「山はお天気次第」で天地の差が出る。しかし、現実は仕事優先で休日や祭日の天気とは無関係に実行されムリして事故を起こすか、苦しい山行を強いられる。せめて仕事から解放された定年後は、これまでのパターンを切り替えて「入山はお天気次第」と山の機嫌の良い日に訪れたいものだ。

7)食料・装備について(入山時ザック重量=13、5kg)
1:夕食はお湯を500CC沸かしてα米用(200cc)とミソ汁用に分配した。
2:α米1袋(2食分・200g)を昼食2回と夕食1回(100cc)で使用。
3:夕食のオカズを検討要(現在はフリカケと塩コンブで単純過ぎる)。
4:使用中のAPSカメラはフイルムが製造中止になったので、デジタルカメラに変更要。
5:炊事用ガスは5日間で40g消費。
7:塩見小屋・素泊は屋外炊事のためコンロ使用時間がテント内の2倍かかった(ガスの有効消費には屋内かテント内での使用が重要)。


  
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