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テント担いで四国遍路・2巡目 (愛媛・香川編)

期 間:平成19年10月15日から10月27日 



17日・小川土手の野営地

   はじめに
 
 ありがたいことに、これまで大きな事故もなく<テント担いでの旅>が出来た。しかし、考えてみればいつまでも続けられる訳はない「もしかしたら今年限りになるかも知れない」と云った緊張感を持って巡拝・2巡目を歩こう。
 と云うのも、定年後「これからは人生の収穫期ダ・・」と意気込んで<年間・百日間の旅暮らし>を目安に数年が過ぎ、幸運にも上記のテント泊をベースに順調に推移しているので、ともすると「出来て当然」と慢心に陥る。
 その例として、昨年の南・北アルプスの全山縦走や今年の英国・長距離フットパス・ペナインウエイを「定年オヤジの中冒険」と意気込んでトレースした奢りを反省したい。これらをトレース出来たのは自分の能力を遥かに越えた自然の恵みのおかげで、改めて「お情けで旅が出来た」ことを忘れてはなるまい。この際「一寸先は闇」の初心に戻り感謝の2巡目にしよう。
 今回で結願の予定だが結果に拘らず「歩けるだけでマル儲け」と欲を押さえて高速バスで出発地の松山へ向かった。

 
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 §1 行動の記録  
  総徒歩距離=327km(25Km/日)、実働総時間=93時間(7時間10分/日)


第1日目 10月15日(天気 晴):JR伊予和気駅から菊間ふるさと公園
                     (距離21Km)行動5時間40分
 前回の終点、53寺・円明寺で「へんろ旅」の無事を祈願して34km先の54番・延命寺へ向かう。3時間ほど歩き養護院近くでバーチャンが自転車を止め「お遍路さん・・お賽銭デス」とガマ口から百円玉を捜して渡してくれた。「私も4回お参りしたンヨ」とシワシワの笑顔が眩しい「ありがとうございます。お寺さんの賽銭にします」とポケットに入れた。お接待で賽銭依頼は初めてだが面白い交流だと思えた。
 JR菊間駅前の観光看板で駅裏の公園を見つけて野営地()にする。



 第2日目 10月16日(天気 快晴):ふるさと公園から58番寺仁王門
                       (距離27Km)行動8時間
 前回の猛暑を思うとウソのような快適な天気で、つい誘われて先へ進んだ。
途中で民宿泊りの父娘へんろが挨拶をして追い越して行った。嫁に行くので父親への孝行だろか・・・微笑ましい風景だ。
 57番・栄福寺から1時間ほど自然道の坂道を進み58番・仙遊寺に到着。名前が良いので仁王門()前の広場にテントを張った()。
 深夜トイレに起きて何ぎなく門の方を見たら闇の中に薄明り・・(なんだろう?)電灯ではないので気味が悪くなった。



 第3日目 10月17日(天気 快晴):58番寺仁王門から崩口川土手
                       (距離22Km)行動6時間10分
 昨夜の薄明かりが気になるが(気のせかも知れない・・)と確かめずに早々に出発。1時間ほどで明るくなったのでライトを消す。
 何処の納経所も7時から開くが早く着き過ぎて59番・国分寺)では30分待つ。誰もいない境内は昼間の賑わいがウソのようだ。
 案内書では60番・横峰寺へは湯浪から上部の道が荒れているので61番・香園寺からの逆打ちを推奨。そのために今日の後半はコースから外れて直接61番寺へ向かう。
 稲刈りが済んだ田園風景は、実りの秋にふさわしい落ち着きを与えてくれる。コースから離れたので適当な休憩舎もなく、小川の土手にテントを張った。



 第4日目 10月18日(天気 快晴):崩口川土手から64番寺脇駐輪場
     (距離30Km)行動8時間50分
 劇場様式の61番・香園寺()にデポして身軽で標高差750mの山道を進む。途中の山腹で年配の対向者と出会う。彼は64番寺から逆打ちで60番・横峰寺へ向かったが途中から61番の標示板を見間違えて下って来たらしい「同行お願いします」と云われてお寺まで同行。
 民宿泊の彼は72歳まで働き、現在76歳とのこと「若い時は身体が弱く、両親とも早く他界、娘さんも病死・・」と苦労話を聞く。昨年半分歩き今年は結願の予定とのこと。
 同じ道を戻り61番・香園寺に着くと、今度は逆内の遍路者から話しかけられる。
 更に野営地の64番寺脇駐輪場()でも「へんろ歴8年の行者(自称)」にも声をかけられた。



 第5日目 10月19日(天気 曇り):64番寺脇駐輪場からやまじ風公園
                       (距離26Km)行動7時間30分
 昨夜は近くの温泉に入浴出来たので今日までの疲れが取れた。更に持参した食料も主食意外は食べ尽くしたので今日から現地入手になり荷物も11kg程度で軽い。定速の110歩/分でも余裕を感じ、ミカン畑が続く農道を快適に進む()。
 今夜の野営地予定地は、初回と同じ場所のやまじ風公園だから様子がわかる。午後から雨のようだから、東屋の下にテントを張れるので助かる。
 昼過ぎから予報通り南風と降雨になるが、テントを屋根の南側に張りテント()が濡れ反対側に張るべきだったと反省。



 第6日目 10月20日(天気 曇後晴):やまじ風公園から三名集会場
                         (距離26Km)行動7時間50分
 いつもの通り4時過ぎの出発。昨夜の雨のせいか夜明けが遅い。
先日会った逆打ちの行者氏が「最近は日に20名程度の歩き遍路と行き交う」と云っていたが、都会では味わえない地元の人との交流があるからかも知れない。65番・三角寺手前の三島公園でも、自転車を止め散歩中のおじさんが「荷物が重そうですネ」と労ってくれ「この前は北海度から歩いて来たお遍路に会いました」と色々の人が訪れているそうだ。埼玉の人は多いらしい。
 そんな話を聞きながら、三角寺までひと登りして参拝。駐車場に「蒸かしイモ¥100円」の看板で初回の熱々イモを想い出した。
 今夜も前回泊った三名集会所に野営する()。天気が良いので靴下を洗濯して干していたら風でガケ下に飛ばされ、ヤブを探していると、通りかかったオバサンが「何をしているの」と共に探してくれた。ついでに「今夜テントを晴らして下さい」とお願いする。
 「了解を得たから安心」と早目に寝ていたら夜7時ごろから、集落の集まりがあって最初の幹事さんを驚かせてしまった。まさか軒下にテントがあるとは思わなかったらしい。



 第7日目 10月21日(天気 快晴):三名集会場から琴弾公園
                       (距離32Km)行動9時間40分
 今日は、最標高寺・66番雲辺寺へ900mの登りだから気合を入れて出発。日中は車の多い国道・192号線も静かで歩き易い。
 長い境目トンネルも排ガスに悩まされず無事通過した。何処のトンネルも歩道が狭く「現代のへんろ難所」と呼ばれるらしい。
 雲辺寺の前後路は樹林帯の山道で急坂がなく数日前に登った60番・横峰寺より楽だった。
 今日の野営地は観音寺市内の69番・観音寺付近だが、隣接の琴弾八幡宮の大祭で大賑わい。
地元のオバサンに「琴弾公園はどちら?」と尋ねたら「こっちからが近い」と近くまで案内してくれ「今日は祭りの最終日で10ケの引きヤマが一同に集結」とのこと。
 公園外れの温泉・琴弾廻廊に立ち寄りサッパリして松林の中の設営した()。
 夕日が美しかったので近くの高台に登ると眼下の砂浜に<寛永通宝>が見えた。



 第8日目 10月22日(天気 快晴):琴弾公園からいやだに温泉駐車場
                        (距離20Km)行動6時間20分 
 昨夜の賑わいを物語る「祭りのあとはゴミの山」で八幡宮付近は廃棄物が散乱。ゴミを避けながら財田川沿いに70番・本山寺へ向かう。
 今朝も開所前に着いて待っていたら()犬の散歩で寺の奥さんが出来て「早いけど納経出来ますヨ」と声をかけてくれた。犬は散歩でご機嫌、クンクンと足元にジャレテきたので頭を撫でてやると「アラ珍しい、人には馴染まないのに・・」との言。犬に好感をもたれて今日は良い一日の予感がした。
 4時間ほど歩くと、母の生地・高瀬町に着く。子供の頃、両親を失い朝鮮にいる叔母の養子となった由。この風景や風の中で過した母を想ながら歩く。すると車が止まり、おばさんが「ご苦労さま」と云ってミカンを2ケ渡してくれ礼うと「私の里も71番さの近くヨ」「お賽銭をお願いネ」と小銭を渡して参拝を頼まれた。
 期待していた71番・弥谷寺の<いやだに温泉>は健康ランドで温泉よりプールを主体したレジャーランドで入浴を敬遠。その代わり無料の「足湯」に浸る()。



 第9日目 10月23日(天気 快晴):いやだに温泉駐車場から丸亀市野球場
                       (距離19Km)行動5時間10分
 香川県下では寺の間隔が短く、今日は大師誕生地の75番・善通寺本堂(写真14)はじめ前後の4寺を参拝。
 76番・金倉寺で40名ほどの歩きへんろに会う。リーダーに聞くと岡山県在住の人達で「貸切バスで毎月1回参拝して1年がかりで結願」とのこと。それにしてもへんろ姿の熟年男女は賑やかな一団だ。
 77番・道隆寺からは丸亀市街になり野営スペースが期待出来ないのでコースを外れ海寄りの中津公園へ行く。しかし、公園は有料で夜間は閉園のため隣接した市立野球場にテントを張った()。


 第10日目 10月24日(天気 快晴): 次の頁へ


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