『屠龍の乙女編 第4話』

 一行は用心深く森を進んでいた。
 とりあえず情報によれば森の中では何が起こるか分からないと言うことで美緒が先頭で罠や方向をチェックしながら進み、後ろからの襲撃に備えて殿をみなみが務める。一番荒事に向かない知佳を真ん中に据えて、その左右を瞳と薫が固めるというフォーメションをとった。
「……この森はなんか変な感じがするのだ」
 先頭を行く美緒が珍しく気むずかしげな顔で後ろを振り返った。
「変な感じって?」
 すぐ後ろに控えている知佳が美緒に尋ね返す。
「わからん」
 美緒のあまりの返答に知佳は思わず転び、
「美緒ちゃ~ん」
 と、顔を見上げる。
「本当によく分からないのだ。なんだかしっぽのあたりがむずむずするようなそんな感じがこの森に入ってからずっとしてるのだ。それにこの森は自然のにおいがあまりしないのだ」
「自然の臭い?」
「こんな大きな森なら森にすむ動物たちが多くいるはずなのにさっきからそれらしい気配をちっとも感じないのだ。何となくだけど人のにおいもする。いやな予感がひしひしとするのだ」
 二人の会話の最中薫が瞳を睨むような場面があったのだが知佳も美緒もそれには気づくことなく会話を続けていた。
 ところでみなみは何をしているかと言えば、真面目に殿を務めていた。ほんのわずかな油断で手練れの冒険者パーティーが全滅するという話はざらにある。特に後ろから奇襲されたときはその確率が非常に高くなる。したがって殿はパーティーの中でも最強の戦士が務めるものなのだが、何故か瞳たちのパーティーでは殿はみなみが毎回買ってでるので彼女が務めるというのがいつの間にか不文律となっていた。彼女は瞳たちとパーティーを組む前にどこかで冒険を積んでいたらしくその時に何かしらの事件があって風芽丘に流れてきたとのことだった。だが風芽丘に来る以前のことを誰にも話したがらないため誰も彼女が危険な殿を常に買ってでる理由を知らなかった。ただ少なくとも彼女が殿に対して何らかの思いを抱いているのは間違えない。だからこそ他の者はみなみが殿を務めることを信頼していた。
「まあ、とにかく今のところは変化無いみたいだし、先に進みましょう。あったらあったで返り討ちにするだけの話でしょ?」
「うう、正しいことなんですけど……。少し表現が物騒かなという気が……」
「襲われなければ問題ないことでしょ、仁村さん。さて、先を急ぎましょ。なるべくならお昼までには問題の洞窟の入口に到着しておきたいわ」

 美緒の勘は当たっていた。
 彼女たちを木の上から監視する影が幾重にも囲んでいたのだ。その中に昨夜瞳と争った忍びがいた。彼は腕を組み瞳の腰の大剣に視線をやる。その男の後ろに唐突に人が現れた。
「小頭様、本当に彼女たちを行かせても問題ないのでしょうか?」
「止められないのだから仕方あるまい? それに俺にも少しばかり考えのあってのことだ。責任は俺がとるからお前らは気にせず彼女たちを入口まで無事に送り届けることに専念しろ」
 男は感情を込めずにそう言い放つ。部下は一礼すると現れたときと同じように瞬時に消え去る。
 男は腕を組んだまま、
「『バルムンク』の力いかほどのものかな? 噂に名高い風芽丘一のパーティーの力、お手並み拝見といこうか」
 と、呟き風景に溶け込むように消え去った。
 一陣の風だけを残して。

 それから瞳たちは何事もなく目的の洞窟入口まで辿り着いた。
「ふ~、無事つきましたねー」
 心底ホッとした声でみなみは呟く。
「まだ油断するには早いわよ、岡本さん。これからが本番なんですからね」
「あ、はいッ! 千堂先輩ッ!!」
「で、千堂。これからどうするとね?」
「ここから中に入るわ」
 瞳は開けた山腹に口を拡げている洞窟を指さす。「仁村さん、ランタンの準備をお願い」
「はい」
 知佳は背中のバックパックからランタンを引き寄せる。「用意できました」
「さて、じゃあ噂の龍に会いに行くとしましょう」
 瞳はそういいながら全員を見渡し、知佳に目配せをしてランタンに火をつけてもらう。「一応確認しておくけど今現在このパーティーに回復魔法を使えるのは十六夜さんだけで軽い傷を治す程度。腕一本切られたり、毒を受けたりした時点でほとんど死亡確定となるわ。いつもより気を引き締めてかからなくては駄目よ。あと分かっていると思うけど、ここの洞窟の床は火山岩からできているから転ぶと痛いわよ。足下に注意して歩くこと。他にも危険なことがあると思うから陣内さん、お願いね」
「任せるのだ、瞳。あたしがいるからにはどろぶねに乗った気分でいるのだ」
「……美緒ちゃん、それを言うなら大船だよ……」
「おお、そうなのだ。おおぶねだったのだ」
「…………」
 一部に一抹の不安を振りまきながら、美緒は鼻歌まじりで洞窟に入っていった。

「ここの陰に大きな穴があるから気をつけるのだ」
 美緒は的確に危険を察知し、後続の仲間に報せていく。「上に出っ張りがあるからみなみは特に気をつけるのだ」
「なんであたしだけに……いたっ!」
「みなみは後ろに気をやりすぎているから当たると思ったのだ」
「うう、殿なんだから後ろに気をやって当然なんだよ~、美緒ちゃん」
「みなみはそれほどきようじゃないから前と後ろを同時に気をつけることができないに決まってるのだ。だからみなみは特に気をつけなくては駄目なのだ」
「うう」
 流石に美緒の言ったとおりに頭を打ちつけた後だったせいで反駁の余地がないためみなみは頭をさすりながら再び後ろに気をつける。
 他の三人はみなみと違い前に重点を置いて気をつけているためにそれ程目立つことをせずに済んでいた。
「また分かれ道ね……。今度はどっちの方が危険な気がする?」
 瞳は左隣にいる知佳に尋ねた。
「……えっと、こっち……かな?」
 少し逡巡してから知佳が答える。
「陣内さんは?」
「こっちなのだ」
 やはり知佳と同じ方向を美緒は指さした。
「神咲さんと十六夜さんは?」
「うちは特には感じんとね」
「私もそうです」
「なるほどね。二人がそういうのなら『魔族』や『負の存在(アンデッド)』はいないってことね」
「……あの~、あたしの意見は……」
「『巨人(ジャイアント)』がいると思う?」
 瞳はそう言いながら辺りを見渡した。
 洞窟の大きさは人がなんとか三人並んで歩ける程度の幅と、なんとか剣を振り上げることができる程度の高さしかなかった。とてもではないが体の大きな生き物はまず入れないだろう。
「……思いません」
「今のところは洞窟狭いからいないでしょうね。……でも、どこで広い洞窟と合流しているか分からないと言うことはあるけど、少なくとも巨人族の怪物がここら辺に住んでいるのなら町で噂になるはずよ。それもなかったのだから多分、ここにはいないでしょうね」
「は~」
 瞳の理路整然とした推論を聞いてみなみは感嘆の声を上げた。「千堂先輩、すごいですー」
「と、まあここまでが今のところ予測できる範囲なのよね。……これ以上のことは情報が少なすぎるわね」
 瞳は美緒にむき直すと、「陣内さん。もう一度聞くけどここ最近私たちよりも前にここの洞窟には行った人間のいた形跡はないのね?」
「さっきから足跡もなければにおいもしないのだ。人だけじゃなくて他の生き物も通ってないと思うのだ」
「……そこなのよね、引っ掛かるところって。人が通ってないのはここまで来られた冒険者がいないというので納得できるんだけど、……他の生き物すら通ってないというのが引っ掛かるわ」
「どういうことですか?」
「一応この山って休火山よね。だとしたら何らかの生き物がこの洞窟に住んでいておかしくないんだけど、入ってから鼠一匹たりとも出会ってないわ」
「つい最近生き物が逃げるようなことがあったのではなかとか?」
 珍しくやや意地悪げな笑みを浮かべながら薫は瞳に言った。
「茶化さないでよ。……それだったら陣内さんが『臭いがない』とは言わないわよ」
「そうなのだ、薫。この洞窟にはなんだか生き物が住んでいたにおいがないのだ。瞳の方が良く分かっているのだ。ちゃんと人の話は聞かなくてはいけないのだ」
「陣内、お前にだけは言われたくなか」
 流石にさっきの発言がある種の事実に基づく冗談であることを当事者以外に言うわけにはいかず、少しばかり薫は憮然とした表情を浮かべる。
 一方、当事者の方と言えば、
「話を戻して良いかしら?」
 と、苦笑まじりで二人に尋ねた。
「あ、すまんとね」
「最初からこの洞窟に生き物がいないというのはどういうことを意味するのか? 考えられることはそう多くないわ」
「と言いますと?」
「ここには生き物が住み着けない理由があるということね。火山活動による毒ガスはないみたいだから多分自然によるものじゃないわ。人為的……まあ人じゃないと思うけど何かしらの存在がここら辺の生態系を崩したと見て良いんじゃないかしら? このままこの道を進めば……多分絶対的な強さをもった何かが住んでいるところに行き着けるはずよ」
「……鬼が出るか蛇が出るか……ってとこだね」
「鬼より蛇の方がいいですー」
「蛇と言っても小さいとは限らないのだ」
「まあ、大蛇ですか?」
「まだそうと決まったわけではなか」
「……鬼や蛇で済めばいいわよね」
 先程から共鳴が止まらない腰の大剣に手をかけながら瞳は呟いた。「……予想外の小休止をしてしまったわね。先を急ぎましょ。陣内さん、危険な気がする方の道に行きましょう」
「らじゃったのだ」
 鼻歌を口ずさみながら美緒は元気良く右手の道を進んでいく。
 後の四人はフォーメーションを崩さないように美緒に続いた。

「……随分と下りたとね」
「そうね、結構深い洞窟だわ」
 辺りに気をつけながら瞳は薫に返事を返す。「それと随分と暖かくなってきたわね」
「これは暖かいと言うよりは熱いと言うんじゃなかとね?」
「そう言う気もするわ」
 二人が言っているとおり洞窟の奥に入れ場はいるほど熱気が増してきた。「これは予測をはずしたかしら?」
「……はずしたじゃすまない気もするんですけど」
 足下や頭上に気をつけながら足場の悪い洞窟を歩いていてその上この熱気である。ただでさえ体力のない知佳はかなりへばってきていた。
 先頭を行く美緒も知佳ほどではないが疲れが溜まってきているようだった。
「そうね、それは認めるわ。それで、一休みする?」
「……まだ良いです……。それにこんなところじゃ休憩もできないですよ」
 知佳は苦笑しながら辺りを見る。そこは傾斜のある細い道で足下は悪く、丁度腰をかけるような場所もなかった。
 そんな会話を瞳と知佳が交わしていたその時、
「……!?」
 突如美緒が立ち止まった。低いうなり声をあげながら前を睨み据える。
「薫!?」
 十六夜は刀の中からそっと薫に声をかける。
「分かってる」
 『十六夜』を音もなく鞘から抜き、美緒をかばうように前に出る。「お客さんの登場とね」
 『十六夜』の刀身が放つ青白い、それでいて暖かみを感じさせる光が照らす先から半透明の何かが近寄ってきた。
「『霊体(スピリット)』?」
「ただの『霊体』じゃなか……。かなり強い波動を感じるね……」
「どちらにしろやるしかないみたいね」
 瞳は溜息をつきながら棍を引き抜く。「仁村さん。私の棍に『武器魔力付与(エンチャント・ウエポン)』をお願い」
 瞳が知佳に頼む前に知佳の詠唱は終わっていた。
 すぐにその呪文の効果は現れ、瞳の棍が魔力に包まれる。
「十六夜、行くよ」
 薫は十六夜に一声かけると『霊体』とおぼしきものに斬りかかる。
 『霊体』は苦悶の声を直接薫の精神に叩き込む。
「くぅっ!」
「薫!」
「大丈夫だよ、十六夜。それよりもう一度行くよ」
 薫は表情を歪めたまま再度『霊体』に斬りかかった。今度は『霊体』の苦悶の声を逆に精神力でねじ伏せ、『十六夜』を通して『霊力』を叩き付ける。「まずは一体……」
 隣を見てみると魔力を付与された棍で瞳がいとも容易に『霊体』を散らしていた。
 それを見た薫は、
「うちも負けてはいられないな」
 と、自分に活を入れ、次の『霊体』に向かう。
「三番、岡本みなみ。叩きつぶします~」
 一気に後ろから飛び出してきたみなみが『霊体』を得物のハンマーで叩きつぶした。知佳の『魔力付与』の呪文なしでそんなことができるのだから間違えなく『魔法の武器(マジック・ウェポン)』に違いないだろう。そのままみなみは弱った『霊体』が散るまでハンマーで叩き続けていた。
 みなみが『霊体』を潰し終わった頃、瞳と薫がそれぞれ一体ずつ『霊体』を散らしており、それで襲ってきた『霊体』は全て葬り去っていた。
「それにしてもいきなり出てきたわね……」
 まだ光っている棍を再び腰に差しながら瞳は怪訝そうな顔つきで呟く。「こっちの体力がなくなるのをまるで見越していたみたいね」
「まさか。それは考えすぎではなかとね?」
「……そうだと良いんだけど」
 難しい顔をしたまま瞳は元の位置に戻る。
「十六夜、今の『霊体』に何か怪しいところはなかとよね?」
「……なかったように思われますが……、瞳様の言うとおり少しばかり引っ掛かる気もいたします」
「なにが?」
「薫と私が感知できなかった『霊体』がこちらが最も疲れているときに襲いかかってきた……。少しばかり都合が良すぎる気がします」
「……誰かが意図的に襲わせた?」
「それにこの洞窟からは『霊障』の臭いとでも言うべきものを感じられません。いつぞやの『死霊使い(ネクロマンサー)』のような敵が奥にいるのでは?」
「だけど話によれば奥にいるのは『古龍(ドレイク)』のはずじゃなかとか? うちは一度も『龍族』が『負の存在』を使うとは聞いたことなかとね。それはやっぱり千堂も十六夜も考え過ぎとね」
 薫は十六夜の推測を笑い飛ばした。「いくらなんでも『古龍』がとても凄かと言っても『死霊使い』の真似事なんかできるわけなか」
「……そうですね……」
 一応は薫に相槌を打ったが、十六夜は昔出会ったことのある特殊な『龍』が『死霊魔術(ネクロマンシー)』を使っていたと言うことを覚えていた。しかし、それを彼女に言う気はなかった。その『龍』が非常に特殊、と言うよりも希でありこの世界に滅多にいる代物ではないと知っていたからだ。
 だが、この判断が後々間違っていたと十六夜はいやと言うほど知らされるのであった。

 『霊体』に襲われた他は襲ってくるものは現れずに順調に瞳たちは下へと下りていった。火山特有の硫黄臭と水蒸気がやや立ちこめ始めているのが気にはなったが、行動できないというほどではなく気にせずに突き進む。
 突如、美緒が立ち止まった。その真後ろを歩いていた知佳はそれに対応しきれずぶつかって跳ね返された後二三歩後ろに蹈鞴を踏む。もし、みなみに受け止めて貰えなかったらそのまま尻餅をついただろう。
「……美緒ち……」
 抗議をしようと口を開けた途端に瞳に有無をいわさず塞がれた。
 それで知佳も理解したのかそれ以上は口を開かずに臨戦態勢をとる。
 前列に瞳と薫が立ち、中列に美緒と知佳が、そして殿をみなみがそのまま務める。
 瞳の目配せと同時に、
「『魔力よ、我が望みに従い辺りを照らす光となれ。光源(ライト)』」
 と、呪文を発動させた。
 途端、水蒸気で覆われ先を見通すことすらできなかった場所までうっすらと見通せるようになる。
「『自由奔放なる風の精霊たちよ。我が呼びかけに応え、その力とくと見せるべし。疾風怒濤(ワール・ウインド)』」
 知佳が続いて唱えた呪文は付近の水蒸気を吹き飛ばし、向こう側の壁まで見える視界を作り出した。
 そこは今までとは違い天井は見上げてもどこにあるのか分からず、向こう側の壁まで行くには全力で走ってもかなりの時間を要すると思われるほど広かった。
 そして何よりも他の場所と違うのは、
「……おやまぁ、やっぱりお客さんかえ」
 と、明らかに何者かが存在していることだった。
「あなたがここの『迷宮主(ダンジョンマスター』かしら?」
「ここを『迷宮(ダンジョン)』と呼んでも良いモノならばのぉ」
 嗄れた声でカラカラと笑いながらその人影らしきモノは瞳たちに向き直る。「嬢ちゃんたちは何かえ、この洞窟にワシみたいな爺がいるとは思わなかったのかぇ?」
「え、えっと……」
「……そうね。逆に納得できたわ」
「ほぉ、何故じゃね?」
「最初に気になったのは、山賊を操っていた使い魔。あれを『龍』が呼び出せるとは思えないわ。聞くところの話ではああいうことができるのはかなり凄腕の『魔導師』だけ。『古龍』の中には『魔導師』がいてもおかしくはないかも知れないけど『龍族』は何故か『魔導』を嫌うわ。『龍族』じゃない方が逆に説得力があるわね」
「かかか、面白いことを考える嬢ちゃんじゃのぉ~」
 老人らしき人影は一歩ずつ瞳たちに近づいてくる。「それで、ワシが『魔導師』だとしてどうするのだね」
「決まってるわ」
 瞳は腰から棍を抜く。「山賊ばかりか『霊体』まで使って私たちを攻撃してきたのだから、それ相応の覚悟をしてもらうだけね」
「オオ、こわこわ。年寄りをいじめるものではないよ」
 老人は手にしていた何かを宙に振り、一言三言呟く。それが引き金だったのかたちまちに『霊体』が数十体現れた。
「また『霊体』!? しかも大群で?」
「ただの『霊体』なら呼ぶ価値もなかろう? この世により未練を残して死した『死霊(レイス)』どもよ。そして、これが我が『死霊魔術』の最秘奥じゃて。『この世に強き念を残して望まざる死を与えられし浮かばれざる者どもよ。我が声に従い群となせ。死霊群(レギオン)』」
 精神に直接響くような鬼哭をあげ、『死霊』たちは一つの固まりへと変化していく。「かかか、どうじゃ? 互いの怨念や未練が相乗効果をなしさらにその存在を強めた『死霊群』は? 主らも取り込まれるが良いわ。かかかかかかかか」
「そうはいかんとねっ!!」
 怒りで顔を紅く染めた薫が叫ぶ。「死した魂の安息を踏みにじる外道はうちが絶対に倒すッ!! 十六夜ッ!!」
「はい、薫」
 二人は『神咲一灯流』の構えをとると『霊力』を高め始めた。
「……これはもう他の人間の言葉は耳に入らないわね……。仕方ないわ。仁村さんはあの『魔導師』の呪文を抑えて。岡本さん、神咲さんが技を放つまで抑えるわよ。陣内さんは私たちの援護を。……それじゃぁ、行くわよ!」
 瞳の掛け声と共に全員が動き出す。
 それに応じるかのように『死霊群』が恐怖を撒き散らしながら瞳たちに迫ってくる。
 既に『武器魔力付与』がきれている棍で瞳は『死霊群』に攻撃をしかける。当然、肉体をもたない『死霊群』に対しての物理攻撃は効き目をもたず、ただ実体化している部分を散らすだけだった。「やっぱり効いていないわね……。だけど、時間稼ぎぐらいなら充分にできるわ」
 前に進もうとする『死霊群』を棍で攻撃し続け、実体化している部分を散らすことで足止めする。
「岡本みなみ、吶喊します!」
 既に殿をする意味がないと見なしたみなみは一気に前列に躍り出て先程と同じように得物の『魔法のハンマー』で再び叩きつぶそうとした。「……あれ?」
 しかし、先程の『霊体』よりも格段に強い『死霊』をさらに強化させた『死霊群』に対しては蚊が刺したほどの痛みすら与えることはできなかった。
 そのままはじき飛ばされたみなみは、
「はう~」
 と、情けない声を上げながら地面に墜落する。
「岡本さん、何をしてるのっ! 遊んでいる暇はないのよ」
「はいッ! すみませんでしたッ!!」
 瞳に叱責されるやすぐに立ち直り、今度は盾で身を防ぎながら再び『死霊群』に立ち向かう。
 一方知佳は老人と凄まじいばかりの魔術戦を行っていた。
「ほほう、やりおるのぉー。それではこれはどうかな? 『大地の奥深くに住まわし炎の精よ。我が望みに従い疾く力を見せつけよ。溶岩噴火(ヴォルケイノ)』」
「『大地の奥深くに住まわし炎の精よ。我が望みに応じてその力を表す事なかれ。呪文相殺(スペル・ブロック)』」
「ふぅむ、三回目か……。これは既に偶然ではなさそうじゃのぉ~」
 口の端を擡げる笑いを浮かべながら老人は次なる呪文に取りかかる。
 一対の白い羽を背中からはやし、知佳は必死の形相で相手の心を読みながら『呪文相殺』を行っていた。相手との魔力差はさほどなかったものの強行軍に近い状態で洞窟を歩いてきたため、まだ立て続けに呪文を唱えるほど体力の方が回復していなかった。もし、連続で呪文を唱えられていたら知佳と言えども『呪文相殺』をしきれなかっただろう。
「『静寂なる大地の精よ……』」
 老人が術に取りかかろうとするたびに突如として小さな鉄の球が老人めがけて放たれていた。
「くぅ、またもや邪魔か!」
 老人は忌々しげに鉄球が放たれた方向に一言ですむような短い詠唱の呪文を放つが成果を上げていない。何故ならば、うまいこと隠れている美緒がいちいち場所を変えながら呪文に入ろうとする老人に攻撃をしかけているのだ。お陰で知佳は次の『呪文相殺』を唱えるまでに少しばかりの休息をとることができていた。
 膠着状態が続くのかと思われたその時、
「神気発勝ッ!!」
 と、それまで『霊力』を高めていた薫がカッと目を見開く。
 何かを察知したのか『死霊群』が突然それを止めようと強引に薫の前に出ようとする。
「そうはさせないわよ」
 瞳は棍を投げ出すと、いきなり腰間の大剣を抜き放つ。突如現れた強力な魔力の波動に驚いたのか『死霊群』が身を竦めるようにして退く。「今よ、薫」
「神咲一灯流・真威楓陣刃ッ!!」
 一足長の間合いを飛び込み渾身の力を込めた一撃を『死霊群』に叩き込む。
 それまで傷一つ負わすことのできなかった『死霊群』が一回り以上小さくなった。
「……追の太刀」
 薫は返す刃で再び『死霊群』を斬り上げる。「疾ッ!!」
 今度は明らかに呪詛の叫びとは違う苦悶の声を上げ、弱々しい動きで薫を攻撃する。
 その攻撃を紙一重の間合いで見切り、『十六夜』を大上段に構える。
「……苦しかったんとね……。もう休んで良いんだ、ゆっくり眠れ」
 優しい表情を浮かべ薫は『死霊群』に話しかける。
 『死霊群』はそれを聞くと動きを止めた。
「……閃の太刀……弧月ッ!!」
 大上段に振り絞られた『十六夜』が一気に振り下ろされた。
 『死霊群』はなんの抵抗もなく、消え去っていった。
「……次は…おまえ…だ……」
 鬼が乗り移ったかのような表情で老人を睨みすえる。「おまえだけは、許さんねっ!!」
 まさしく鬼気迫る表情というやつで薫は老人に斬りかかる。
 しかし、それを見た老人は怯えるどころか薫を嘲笑するかのように口の端を擡げた。
 次の瞬間、老人の身体から強い邪気が放たれた。それに呼応するかのように水蒸気が床から壁から噴出し、老人の姿を隠す。
 その時その邪気に反応した二振りの剣があった。
 一振りは瞳が腰から抜いたばかりの大剣。今まで以上に何かに対し反応していた。
「……まさかあの老人が……。薫ッ!! 退きなさいっ! そいつは……」
 瞳の叫びは薫の耳には入らなかった。折しも先程から始まっていた水蒸気爆発が最高潮に達し、一番重要な部分をかき消したのである。
 そしてもう一振りは薫の手の中にあった『十六夜』。彼女はその老人の邪気が昔出会った最悪の敵のそれと同じだとすぐに気がついた。
「薫、いけません。そのものは人間ではありません。もっと危険なものです。退くのです、薫!」
 十六夜は必死に薫を止めた。
 それにも関わらず、少しばかり頭に血が上っていた薫は危険を顧みずに老人に斬りかかってしまった。
 次の瞬間、轟音が鳴り響き辺りを水蒸気が覆った。
 即座に知佳が、
「『自由奔放なる風の精霊たちよ。我が呼びかけに応え、その力とくと見せるべし。疾風怒濤(ワール・ウインド)』」
 と、呪文を唱え視界を確保する。
 しかし、水蒸気が吹き飛ばされた後に目に入ったものは、
「薫ッ!?」
「薫さん!?」
「薫ーっ!」
「神咲先輩ッ!」
 床に打ち据えられピクリとも動かぬ薫の姿だった。
 瞳が見上げた先には予測通りそれがいた。
「……『古龍』……」
 その畏怖の念が混じった呟きでも聞こえたのか瞳には『古龍』がニヤリと嘲笑したような気がしてならなかった。




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