『屠龍の乙女編 第3話』
瞳は飛来する手裏剣を叩き落とし、そのまま影となる木の後ろに隠れる。
(……一体何本くらいもってるのかしらね? ある意味呆れるを通り越して尊敬したくなるわね)
そんなことを考えながら気配を殺して隣の木へと場所を移動する。
直後、それまで瞳がいた場所に寸分の狂いもなく手裏剣が突き刺さる。
(……手練れね、相手は。それこそ御剣さんとは比較にならないくらい)
風芽丘で自分に勝負を挑んでくるくのいちのことをふと考える。(戦法が似てるから今までしのげたけど、これ以上は無理ね)
ふと腰の大剣に手が伸びる。
しかし、次の瞬間頭を振りそれを断念する。
(人を相手している限り棍でどうにかしないとね……。としたら残りの武器はこれか……)
懐の呪符を左手で握りしめ、どうやって活用するかを考える。(とりあえず、上で飛び跳ねられているのはこっちにとって不利だから肉弾戦に持ち込むのが上策よね。……派手にやりますか)
瞳は覚悟を決めると魔術の光で溢れているやや開けた場所へと戻る。
(さぁて、どう出るのかしら、敵さんは?)
男は悩んでいた。はっきり言えば相手の意図が読めない。まあ仮に読めているのならば既に勝負はついていようが。
(意外と上からの情報は頼りにならないものだな。あれは腕が立つというのではなく、飛び切り腕が立つというのだ)
心の中で悪態を付いたところでその情報を男に渡した『御舘様』に届くわけでもなく、問題の相手が自分にひれ伏してくれるわけではないので考えるのを止めた。それどころか逆に焦りを感じて相手に勝機を与えてしまう可能性が大きい。
(とにかく雑念を捨てなくてはな)
相手にプレッシャーを与えるため、いないと分かりつつも隠れたとおぼしき場所に手裏剣を打つ。数秒後、投げた数だけ乾いた音が耳に入ってきた。
(……やはり視覚を頼りにして戦っていないか。最初に明かりをつけたのはこちらを油断させるための罠と言うことか。……あいつの手紙の情報の方が正しいとは、皮肉なことだ)
苦笑しながら男は生真面目な妹のことを考えた。(……あいつの情報が正しいとして、次に彼女がどういう手に出るか、だが……)
男が思考をまとめる前に、瞳がいきなり光に照らされた場所に現れた。
(何だと? 死ぬ気か!? ……いや、違うな。何か策があるのだろう。そうでもなければあれだけの手練れが自殺行為を働くわけがない。こちらの手裏剣も無限にあるわけではない。もし回避に専念されたら手裏剣が尽きた後に間違えなく接近戦に持ち込まねばならなくなる。……そうなれば彼女にも勝機が生まれてしまう以上避けたい事態だな……。彼女の真意が読めない以上は後手に回るしかないか……。ふ、悩むなど俺らしくもない。少なくとも俺の居場所は彼女に読まれてはいない。……ならば持久戦で緊張を保てなくなるまで待つとしよう)
男はそう決意すると瞳のことを確実に監視できる位置に移動し、気配を断った。
瞳は広場の真ん中まで来るとおもむろに呪符を取り出した。
「さて、相川君の呪符の威力を試させてもらうわ。火球よ、爆ぜて、火の雨と化せ!」
瞳の命に従い呪符は封じられていた力を解放する。
現れた人の頭ぐらいの大きさの火球がそのまま上空に向かって上っていき、いきなり砕ける。砕けた欠片一つ一つが雨のように森に降り注いだ。
すぐに森は燃え始め、動物たちが逃げまどう。
瞳の前に上から火を纏った人影らしきものが落ちてきた。それは何やら小声で呟きながら両手らしきものを幾度も複雑に組合せ、
「『渦旋水龍陣』ッ!!」
と、一声叫んだ。
その人影を中心に地面が隆起し、轟音ともに水柱が断つ。水柱は渦を巻きながら天まで駆け上がると生き物のように燃え広がろうとする炎に立ちふさがった。
「やってくれるな、お嬢さん」
幾分か疲れた声で男が瞳に話しかける。「なるほど、森を利用した俺たちの結界を丸ごと灼くか。……それがそっちの切り札だったのだな?」
「当たらずとも遠からずね。確かに、あなた達の結界を破るためのものだったけど、今はあなたを燻し出すための策ね」
男の出方を様子見ながら瞳はしれっとした顔でそう言ってのけた。
「……確かに森が燃え尽きれば俺たちの隠れどころはなくなる。一石で何鳥も打てるとはな……。全く、噂以上に恐ろしくきれるな、君はッ!」
男は一気に間をつめ、いつの間にやら手にしていた背中の刀で瞳に斬りかかった。「お陰で『忍術』を使うはめにあうとはね。……今のはかなりの痛手だったよ」
忍者の中には『忍術』と呼ばれるあやかしの術を使えるものが極稀にいる。これのルーツは『仙術』と呼ばれているこの世の森羅万象を利用し、その範囲内で天変地異とはいかないまでも竜巻や落雷といった自然現象を操るというものである。薫が使う『符術』も『仙術』の一種である。
だが、『忍術』は他の『仙術』系統の術とは大きく異なる点がある。他の系統の術が術者の精神力を糧にするのに対し『忍術』は使用者の体力を糧に術を発動するのである。術が大きくなればなるほど術者の負担が大きくなると言う法則は他の術と変わるところはなく、今の山火事を防ぐだけの術ともなれば疲労困憊し動けなくなってもおかしくない。そうならないところを見るとこの男がいかなる修行をしてきたのかは想像するだに難しくない。
一方、瞳も台詞ほど平静でいられたわけではなかった。強がってはいたものの相手が『忍術』を使えるということに内心驚きを隠せなかったのだ。その上一瞬にて自分の奥の手を相殺するだけの術を発動させ、常人ならばもはや一歩も動けないだけのダメージを受けているはずなのにそれをおくびにもださずに猛攻をしかけてきている。腰の大剣でもってしても勝てる保証のない相手だと言うことにやっと気が付いたのだ。しかし、いかなる理由であれこの剣を人に向けるわけにはいかなかった。そうすることは『盟約』違反となるし、それに彼女のポリシーに反することだからだ。
苛烈としか言いようのない男の猛攻を凌いでいるうちに瞳は攻撃の威力や鋭さといったものは違うもののどこかで見たことがあるような気がした。実際、なんとなくでも次の攻撃を予測できていなかったらこの勝負は既についていただろう。二合三合と凌いでいくうちにその疑惑は確信へと変わった。
(……間違いないわ。この攻撃方法は御剣さんと同じ)
瞳はあるときいづみから戦闘技術の訓練のために相手をしてもらえないかと頼まれた。基本的に瞳の戦法は後の先、相手に攻めさせてその時に生ずる隙に一撃にて相手を倒すのを得意としていた。したがって、瞳としても多くの相手からいろんな型を受けることで自分の対応を増やすのはやぶさかではなかったので一も二もなく受けた。その時の条件としていづみは常に忍者の得意とする戦法、奇襲をもってしてしかけてくるようにと瞳は彼女に約束させた。その日以来いづみはことあるごとに瞳のわずかな隙をついて攻撃をしかけてきたが、あわやという場面はいくつかあったが未だに瞳はいづみに負けていなかった。
(だとすれば、こう出たらどうかしら?)
男の一撃を寸前で見切った後、神速としか言えない速さで強く踏み込み相手が反応する前に棍で面を狙う。しかし、男は寸前に見切り、反撃しようと刀を動かした。その瞬間、
「爆発!」
と、いつの間にやら左手で男に張り付けた符に向かい瞳は一言命ずる。瞬時の遅れもなく符を中心とした空間で爆発が起こる。至近距離であの爆風に飲み込まれれば間違えなく無事ではすまないだろう。
(……最初は真後ろ……)
瞳は爆風で視界が効かなくなった前方ではなく背後に全神経を集中させた。
突如、煙の中から手裏剣が投げられてきた。それを避けるや否や後ろを振り向いて見れば、急に刀が現れ瞳に襲いかかってくる寸前であった。もし、瞳が背後から攻撃が来ると読んでいなかったら間違えなくその一撃で何もかもが終わる、そんな必殺の斬撃だった。それを寸前で見切りとりあえず反撃する。しかし、この攻撃が男相手にはこの程度の一撃が牽制にもならないことを瞳が一番知っていた。
予測通り男はその攻撃を容易くかわし、再び猛攻をしかけてきた。
(……ここを凌げば……勝機が見える!)
瞳はこの猛攻を避けることに専念する。彼女が待っているたった一度の機会が来るその時まで凌げれば全てが決まるのだ。
そして、ついにその時が来た。
攻撃を矢継ぎ早に繰り出すこの男にも攻撃の後に極わずかな隙ができる。今の瞳ではその一瞬をつくのがやっとで到底雌雄を決せられるだけの一撃を与えることはできない。
だが、それが彼女の狙いだった。先程と同じように神速の踏み込みからの面打ち。当然相手はそれを察知し、逆に利用してそれを避けるや否や攻撃をしかけようとした。だが、男の推測は容易く破られた。
「!?」
神速の面打ちではなく、咽の気管支を狙った神速の突き。既に攻撃態勢に移っているこの状態では常人だったら絶対に回避不可避の攻撃。男はそれを悟ると、目にもとまらぬ早業で懐から何かを取り出し地面に叩き付ける。
瞳の攻撃が当たる寸前に彼女の視界は再び塞がれた。今度は相手の煙幕弾によって。
瞳の攻撃はそのまま空を切った。
そして、再び手裏剣が前から襲ってきた。
瞳はそれを再び避けると今度は前に神速で踏み込む。
煙幕の中、男らしき人影が瞳に襲いかかろうとした。
だが、瞳はそれに見向きもせずにそのままもう一歩踏み込み棍を真横に薙ぎ払う。
鈍い感触とともに何かが地面に落ちる音がした。その落ちた場所に向かい棍を一瞬で振り下ろし、その姿勢のまま動かずにいた。
煙が晴れた後、男に棍を突き付ける瞳の姿があった。
「……これはやられたな」
棍を目の前に突き付けられ男は苦笑する。「やれやれ。噂以上の実力者だな、君は」
「別にそれ程じゃないわ。……それに噂以上ならもっと前に勝負をつけてると思うけど?」
瞳は思ったままのことを言う。
実際、煙幕の中で相手が最初に『空蝉』と呼ばれているフェイントをかけて二度目の攻撃を実際に行うといった戦術を採るかどうかの自信すらなかった。一度目の攻撃の方が本命だったら確実に負けていたのだ。しかし、彼女はあえてそれを無視してその背後に男がいると信じて棍を振るった。彼女の読みは当たり、どうやら男の脛に綺麗に当たったらしい。
「ははは、それは言えているかもしれないな。……降参だ」
男は快活に笑ってみせる。「だが、これは困ったな。ここだけの話、一応上からはこの山を封鎖するように命ぜられていてね」
「私たちがこの山に入るのは遠慮して欲しいと言うこと?」
「まあ、言っても無駄だろうし、実力行使でも止められない。さてはて、困ったものだよ」
最初に打たれた足をさすりながら男は戯けて見せた。
しかしながらこの男、どうやら戯けたりすることには慣れていないらしく、非常にぎくしゃくとした妙な動きだったが。
「忍びを使って山を封鎖するなんて異常ね。……この山に何がいるというの?」
「龍(ドラゴン)だ。それも厄介な古龍(ドレイク)が一匹な」
「……なるほど。でもあなた達の妨害は冒険者に有効であっても古龍には有効とは言えないと思うけど?」
「俺も上から冒険者を山に入れないようにとしか命じられていないから良くは知らない。……だが」
「だが?」
「……だが、信頼できる筋から聞いた話によればこの山にすむ古龍は何かここから動けない理由があるらしい。それが何までかは分からないがな」
「分からないことだらけね。……ところで、なぜ冒険者を古龍の下に行かせてはならないの?」
「残念ながらそこまでは、な。俺のような立場のものがさほど情報をもらえるわけもあるまい?」
自嘲じみた笑みを浮かべ男は肩を竦めながら答えた。
「……結局のところ、全てを知りたければ行くしかないってことね……」
大きな溜息をつきながら瞳は棍を帯に差す。
「俺の言うことを鵜呑みにするのか? 君たちを錯乱するために嘘をついているのかもしれないぞ?」
「最初からほとんど情報がない状態なんだから偽情報を掴まされようが掴まされまいが変わりないわ。……それに私しか知らない事実もあるみたいだし」
腰の大剣に視線をやりながら呟く。
その仕草を見て急に何かを思いだしたらしい。男が、
「そうだ。さっきから訊きたかったのだが、良いかな?」
と、瞳に尋ねる。
「……まあ、変な質問じゃなければ答えるけど」
「なぜその大剣を使わなかったのだ? かなりの業物だと思うのだが?」
「……そうね。でも、この剣は人に向ける剣じゃないから」
「そうか。どうやら愚にもつかぬ事を訊いてしまったな」
「別にいいわよ。誰からも訊かれることだし。……で、私たちが明日この山に入ったときも邪魔するのかしら?」
「ごめんだな。部下を無駄死にさせたくはないし、それにまだ俺も死にたくはない」
「分かったわ。私も古龍と戦う前に無駄な戦いはしたくない。……利害は一致したわね」
「そうだな。君だけでも充分に手強いのに、後ろのお嬢さんや君みたいなのが他に三人もいるなんて笑い話にもならないしな」
男は油紙に包まれた何かを瞳に投げる。「賞品だ。もっていくがいい」
男はそのまま闇に溶けるように消えていった。
ふと周りを見ると男の部下たちも一人残らず消えていた。
暫く、瞳は黙ってその場で天を見上げていたが、
「……いい加減出てきなさいよ、薫」
と、呟いた。
「いつから気づいとったね?」
「最初から気づいてたわ。……向こうにも知られていたみたいだしね」
「そげんですか。……ところで、千堂。最初からここに何がいるかを知っとったね」
「この子が教えてくれてたからね」
腰の大剣を右手で刃が見える程度に抜き、「この山が見え始めてからずっと共鳴りが止まらないのよ。その上近くに来れば来るほど強くなってる」
「『バルムンク』もか……」
「!? どういうこと、薫?」
「『十六夜』の刀身もこの街に着いてからずっと共鳴りを続けとるね。……この山に入ってからは更に凄か。ここに『何か』いるのは間違いなかね」
薫はそういいながら『十六夜』を抜き放ち、刀身を夜空に向かって掲げた。
それからすっと刀身から現れた十六夜が、
「はい。この山からは強い闇の波動を感じます。くれぐれも油断無いように」
「わかっとる、十六夜」
そんな二人のやりとりを効いて瞳は、
「……私が考えているよりも前途多難みたいね、今回の冒険は」
と、大きく溜息を一つついた。
それから、瞳と薫は夜の闇よりなお暗い山頂付近を飽きることなく見上げていた。
翌朝、全員がそろった食卓──といっても部屋に備え付けられていた大きなテーブルが一時的にその役目を果たしているだけなのだが──で、
「というわけで、今日はあの山に登ります」
と、唐突に瞳がきりだした。
「瞳、横暴なのだー」
「千堂先輩、ここには休みに来ただけなんじゃないんですか?」
「瞳さん、そういう風にいきなり言われても美緒ちゃんとみなみちゃんには分かりませんって……」
「知佳様は理解できたのですか?」
パーティーのメンバーしかいないとあって、十六夜は姿を現していた。
「理解はできないけど、昨日の酒場で手に入った情報を考えれば何か山にあるんだろうなぁ、ぐらいのことは……」
知佳は自信なさそうに十六夜に答える。
薫は一人淡々と食事をとっていた。瞳の提案に対して賛成しているわけではなくどちらかといえば諦めている感じに知佳には見えた。
「陣内さん、岡本さん。私たちの職業は何?」
瞳はいきなり二人に脈絡のない質問をした。
「冒険者に決まっているのだ」
美緒は迷うことなく即答した。
「じゃあ、冒険者のやることは何?」
瞳は畳み掛けるように今度はみなみの方を向いて質問する。
「えっと……冒険でしょうか?」
みなみはいきなりふられたのでどぎまぎとしながら答えた。
「じゃあ、そこに冒険の種があったら?」
視線を窓の向こうの山に移して瞳はさらに訊いた。
それに対し二人は、
「いくに決まっているのだー!」
「行くしかありませんっ!」
と、間髪入れずに同時に答えた。
「……あの山には飛び切りの冒険があるわ。そう、それこそ吟遊詩人が一生食べていくのに困らないぐらいの冒険がね」
「ゆうひちゃんがいたら喜びそうな話だね」
そんな知佳の相槌すら耳に入っていないのか、美緒とみなみの二人は瞳の後ろ姿を食い入るように見ていた。
「立ちふさがる強大なる敵。莫大なる古代の遺産。それを可憐に解決する美しき乙女たち。……それでもあなたたちは行かないの?」
そういいながら瞳は二人の方に振り返った。
「瞳、さっさと用意するのだ」
「千堂先輩、行きましょう、あの山へ」
目のいろ買えて二人が瞳の手を取る。
「そうよ、そのいきよ二人とも。……さあ、あの山に向けて出発しましょう」
そういいながら三人は冒険の準備に取りかかった。
「あ、あの~。……朝御飯はどうするんでしょうか?」
おずおずと知佳は三人に聞こうとしたが、彼女の肩をポンと叩く者がいた。振り返れば薫が無言のまま首を左右にゆっくりと振り、無駄だと態度で表していた。
美緒とみなみが朝食すら気にせずに冒険の準備をする姿を、二人はただ見守ることしかできなかった。当然、朝食を食べながらだが。
三人が準備をしている間に薫と知佳は朝食を軽くとり、すぐに準備に取りかかった。そうは言っても二人とも昨日の酒場での聞き込みの時点でこういうことになるのは覚悟していたからいつでも出られるように荷物はまとめてあったのだが。
一方、準備し終わった瞳とみなみと美緒は改めて食卓に着き、中断した朝食を再開した。
薫と知佳の二人が準備をおえた頃、なぜか瞳たちの争いは最高潮を迎えていた。
「冒険に出たら何が起こるか分からない。だからこそ、それに備える必要があるわ」
瞳はそういいながら自分の朝食を奪おうとする美緒の箸を防ぐ。「だからこれは譲れないわね」
「ぬぅ、瞳のガードは相変わらず堅いのだ」
美緒はそう言いながら箸を転進させ、知佳が残した分を食べる。
「あー、美緒ちゃんずるい。それはあたしが先に予約していたのに~」
「みなみがとろいだけなのだー」
「う~、そんなこと言うなら、鋭ッ!」
「ああ、あたしのとっておきだったあじのひらきをとるとは……ゆるせないのだ」
美緒はあじの開きに取りかかっているみなみの一瞬の隙をつき、「こうなのだー」
「あ~、あたしのえびフライ~」
「良いんですか、薫さん。二人をほっといて?」
いつもだったら二人を止めにはいる薫だが、今日は全く動こうとしない。そのため、二人の争いはさらにヒートアップし、瞳のおかずにすら攻撃がいくようになったが二人がかりであっても彼女のガードを破ることはできなかった。
「まあ、今日のところはよかです。あれは岡本と陣内なりのリラックス方法だから止めることもなかです」
そう苦笑しながら答えてはいるものの、実際は非常にきわどい状況と言えた。もし、薫が食事中だったら有無を言わさずに止めさせていただろうが、そうでもないのに止めるのは大人げないと判断し止めずにいた。
それに今日の冒険の内容を考えればベストコンディションで挑みたかったのでワザと丁寧な言葉を使うことによって怒りを抑えていたのである。しかし、そうやって怒りを抑えたところでその我慢の限界も非常に近いと言うこともまた自覚していたのだが。
薫の表情をみて知佳は何となく破局が近い気がしてきたが、だからといってこの二人が自分の言うことを素直に聞いてはくれないだろうし、瞳が止めるとは思えなかったので一人危機感を募らせていた。
しかし、知佳の予測は意外なことにはずれた。
「二人ともそれっくらいにしておきなさい。そこに恐い顔した人が立ってるわよ」
瞳は食後のお茶を飲みながら美緒とみなみに警告したのだ。
「う~、これは非常にまずい事態なのだ」
「……美緒ちゃ~ん、神咲先輩が何とも言えない恐い顔してるよー」
二人は小声で相談しあい、これ以上争いを激化させないということにした。
実際もう食べるものが無くなってきていたし、これ以上食べると冒険に差し障りが出てくると分かっていたから止めようとは思っていたのだがついおかず争いに熱が入り過ぎてただけだったのだが。
「さて、二人とももう良いかしら?」
二人がお茶に手をつけたのを確認してから瞳がみなみと美緒に声をかける。
「はい」
「いいのだ」
「神咲さんに仁村さんも?」
「用意はできてる」
「いつでもいいです」
きびきびと答える仲間たちをもう一度見回してから、
「出発しましょうか?」
と、瞳は宣言した。
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