『呪われた神剣編 第3話』

「おはよ、真一郎ー」
「おーすっ」
 先に食卓に着いていた真一郎は唯子に軽く手を挙げてあいさつする。「朝から元気いいな、唯子は」
「うん。朝から元気全開だよ」
「それを冒険の方にも残しておいてな」
「当然だよ」
 唯子は席に着く。「あにゃ? 小鳥といづみちゃんは?」
「ああ、御剣なら小鳥と一緒に朝の散歩に出かけたぞ。まだちょっと調子悪そうだったから山の空気を吸ってくるだってさ」
「ふーん。小鳥も大分いづみちゃんに慣れたねぇー」
「まあ、こんな事を一緒にやってれば仲良くなるさ」
 口を動かしながらも真一郎は仲間分の朝食を手際よく配膳する。「耕介さん、これで終わりですか?」
「うん、そうだよ。ありがとうね、真一郎君」
「いえいえ」
「瞳たちは昨日……、いや今日か……。ま、とにかく遅かったから昼からでよくて、真雪さんは眠くならないように軽めの朝食。愛さんはいないし、ゆうひは……。唯子ちゃん、ゆうひ知らない?」
「えーっと、ゆうひさんなら部屋で爆睡中みたいでしたけどー」
「あっそ。あいつもそこそこ遅かったから朝食はもうちょっと後で良いか。……これで問題なし、と」
 耕介は厨房の奥からエプロンを外しながら出てくると、「真一郎君、悪いけど食べ終わったら片づけといてくれないかな? 俺、今からちょっと出かけなくちゃいけないんだ」
「構いませんけど、俺たち今日も『試練場』に潜りますけどいつ頃戻ってこられます?」
「ああ、そうかからないし、真雪さんに軽いの届けたら仕事ないから俺が帰る前に出てていいよ」
「でも、起きてる人間が誰もいなくなるんじゃ……」
「真雪さんは起きててもあれだからねぇ。ゆうひはどうせ自分で何とかするだろうし、瞳たちは……。あいつらの寝込み襲うやつはこの街にはいないから大丈夫」
「はぁ」
「それじゃよろしくね」
 耕介はそういうと食堂から出ていった。
 入れ違えで、
「ただいまー」
「ただいま」
 と、小鳥といづみが散歩から帰ってきた。
「あ、おはよ、唯子」
「おはよ、小鳥ー」
「唯子、おはよう」
「いづみちゃん、おはよー」
「朝食の準備できてるから手短に用意してきてね」
「はい」
「わかった」
 二人はそう言うと食堂から出ていく。
「ところで唯子。とりあえず『シグムンド』に魅入られないようになったか?」
「う~ん、まだちょっと難しいかな? 気をぬくと刀身を見ちゃうんだよねー」
「借り物なんだから傷つけるなよ」
「分かってるって。真一郎は心配性だねー」
「これが御剣とか小鳥だったら何も言わないんだけどな」
 真一郎は一つ大きな溜息をついた。「よりによって唯子だからなぁ。何か余計な心配が増えた気がしてなぁ」
「むー。何かそれいやな感じだよー、真一郎」
「……かもな。何だかいつもいつも遠回りしている気がしてな。少し焦ってるみたいだ」
 真一郎は自嘲の笑みを浮かべる。「まあ、あのバカ親どもの残した借金の額を考えれば焦りもするけどね」
「後残りどれくらいになったのー」
「確か……2億円だったかな? まあ、一朝一夕では稼げないよ。利子もあるしね」
 力無く真一郎は笑う。「俺の借金でお前らには迷惑かけるな……」
「気にするな、相川。私達はそれを承知の上でお前とパーティーを組んでいるんだ」
 突然後ろからフォローが入り、驚いた顔のまま真一郎は振り返った。
 多分水浴びした後なのだろう。いづみは髪をほどいたままの状態で食堂に再び入ってくる。
「小鳥は?」
「まだ水浴びしているよ。それはそうと相川。今日は結局どうする気だ?」
「とりあえず浅い階に存在するものを拾い集めようと思ってるけど、他に良い案ある?」
「んー、特にないな。それでいいんじゃないのか。確か日持ちするものばかりだったはずだし」
 いづみは席に着く二人に顔を向ける。
「いづみちゃんはいいよねぇ、親が冒険者するの反対しなくて」
「何だ、藪から棒に」
 いづみは驚いた顔をする。「何かあったのか?」
「別にそう言うわけじゃないけど。なんとなく唯子はこの仕事に向いてるのかなー、って思っただけだよ」
「唐突だな」
「そかな? このところみんなの足を引っ張ってばかりいる気がしてるから」
「そんなことない。唯子は良くやってるよ。……ただ私達に運がないだけだ」
「それが問題な気もするけどな」
 真一郎はキュウリの千切りをつまみ食いしながらぼやく。「このところ悪いことが続いてて気が滅入るよ」
「ま、じきに良くなるさ。……それにしても、リーダーが士気の落ちるようなこと言ってどうするんだ?」
「だな」
 真一郎は苦笑しながら頭をかく。
「とりあえず今回の仕事は成功させないとねー」
「そうだな。愛さんのご厚意でただで『解呪』の儀式を執り行ってもらえるんだ。これくらい働いておかないと罰があたる」
「遅れてごめんなさい」
 小鳥がとぺとぺと食堂に入ってくる。
「こら、小鳥。廊下は走るものじゃありません。……って、確か寮則になかったっけ、そんな項目?」
「んー、あったと思うけど何番目だったか忘れちゃった」
「みんな守ってないからな」
「特に美緒ちゃんがひどいよね」
「お前もな」
「うー、真一郎がいじめるー」
「でも事実だし」
「あはは、真くんそれっくらいにしといてあげなよ」
「……大分元気になったみたいだな」
 いつも通りにとりなす小鳥を見て真一郎は声をかける。
「うん、御剣さんに見晴台まで連れていってもらったのが良かったみたい」
「気にするな。この頃なまってる気がしたからな。野々村ぐらいをかついで山道を駆け上がった方が修行になる」
「……それって、散歩っていうんか?」
「私にとってはな。とりあえず冷めないうちに朝食をとらないか? 唯子もお預けが限界に達しているみたいだし」
 真一郎が唯子に目をやってみると確かに限界みたいだった。
「それでは全員そろったところで。いただきます」
「「「いただきます」」」

「ふー、食べた食べた」
「唯子もおなかいっぱいだよ」
「まあ、あれだけ食べればな」
 いづみもいつものことで慣れてはいるのだが少し呆れた顔で唯子を見る。「どこにあれだけの量が入っているのやら」
「見てるだけでこっちがおなかいっぱいになっちゃうよね」
「はいはい。まったりしてないで片づけ、片づけ」
 真一郎は食べ終わったお皿を流しに持っていく。
「真くん、私がやっとくよ」
「俺が耕介さんに頼まれたことだからいいよ。それより小鳥はとろいんだからもう準備はじめておけよ。俺はすぐ終わるし」
「う、確かにそうだけど……」
「2日も連続で友達の家に泊まってるって言い訳は苦しいだろ? だったら早く出て、早く帰ろうぜ」
 小鳥は言うとおりにするか、やっぱり手伝うかで悩み、困った顔をする。
 唯子と小鳥の二人は親に冒険者をやってることを黙っている。言えば間違えなく反対されるからだ。だから昨日みたいな場合はいづみの下宿に泊まってると言うことにしている。
「俺のことは気にするな。これくらいなら小鳥の助けがなくてもすぐに終わるって。その分『試練場』で働いてくれればいいのさ」
「真くんがそこまで言うのなら……。じゃあ、ごめんね」
「気にするなって。あそこの大きいのを見ろよ。リビングのソファーでトドみたいにどたーってしてるぞ。小鳥の場合は少しはあれを見習え。……まあ、あれはあれで腹が立つんだけどね、ふふふ……」
 微妙にイヤな感じの波動をおびた薄ら笑いを真一郎は浮かべる。
「はやや、唯子。真くんが怒ってるよ。準備しようよ」
「えー、唯子食後はまったりしたいよー」
「唯子。相川にまた尻尾を引っ張られないうちに用意しといた方が良いぞ」
「うー、確かに……」
 三人は姦しく上の自分たちの部屋に行く。
 一人残った真一郎は黙々と皿を洗い続ける。
「冒険者向いてないんじゃないか、だって? まったく、自分の実力を見てから言って欲しいな」
 皿を洗いながら真一郎は呟く。「危機察知能力、勘、戦闘力。……あれだけの実力を持ってながら向いてないはないだろ。あんな事言ってたらいづみのやつが切れるぞ、そのうち」
 口を動かしながらも手は休んでいない。次から次へと皿を丁寧に洗い続ける。
「小鳥だってなんやかんやいいながら高司祭級の実力者だし、実力不足とか言ってるいづみですらマスターの領域を遙かに超してるはずだ。……むしろ冒険者向きじゃないのは俺なのかもな。……だけど他にこの年で大金を稼ぐ方法がないからなぁ……。まったくホントにあのバカ親どもはどこに行ったのやら……」

「そういえば野々村は何で冒険者何かやってるんだ?」
 いづみは手裏剣の選別をしながら法衣に着替えてる小鳥に尋ねる。
「え?」
「唯子はどうやら千堂さんに勝つために同じ道に入ったみたいだし、私は家の名を辱めないために腕を磨くという理由でこの道に入った。……相川はどうやら逐電した両親が作った莫大な借金を返すためにやってるらしいと言うのをこないだ聞いた。……だけど、野々村。お前にはそういう理由がないように思えるんだが?」
「……それって私が向いてないってことかな……」
「それはないな」
 いづみは断言する。「私が知ってる限り野々村以上の法力を持った神官に会ったことは数える程度しかない。そのうちでも冒険者向きの実力者は愛さんと野々村だけだ。……むしろ向いてないとしたら私の方だろう」
「そそそそそ、そんなことはないよ。御剣さんだって凄いと思うよ。忍者さんだし……」
「それは私が家元の家に生まれたからだ。冒険者としての実力を高めてなった人に比べたら裏技みたいなものだな」
「でも、なれるって事で凄いんだよ、忍者は」
「……国内最大級の『試練場』があるわりには上級職の人間は数える程度しかいないからな、風芽丘には」
 忍者刀をじっくり見ながらいづみは答える。「そういう意味では珍しいところだな、ここは」
 『試練場』。この名で呼ばれる迷宮(ダンジョン)は国内に数カ所存在している。通常の迷宮と呼ばれるモノには竜が住んでいたり、子鬼が住んでいたりとてんてんバラバラであり、他の種族同士が仲良く住んでいることは極めて希である。
 ただし、迷宮の奥底で何者かが何らかの研究を行っているものは話が違う。迷宮主(ダンジョン・マスター)が住んでいる迷宮だと、迷宮主が喚んだ守護鬼(ガーディアン)が迷宮主の命令通りに規則正しく、他のモノを襲うことなく共存する。ただし、迷宮主に敵対するもの即ち侵入者には容赦なく襲いかかる。そしてこの様な守護鬼は侵入者を確実に排除できるように各迷宮の迷宮主が呼び出せる最高位の存在であることが多い。
 しかし、『試練場』は少し異なる。わざわざ浅い層には弱い守護鬼を配置し、迷宮の深層に行けば行くほど強い守護鬼を配置するという侵入者に優しい構造となっている。その上、守護鬼を退治したら退治しただけ次の日には同じ様な力を持った守護鬼がその層に顕れているのである。侵入者よけの罠(トラップ)ですら徐々に難しいものへと変化している。この様な侵入者をわざわざ鍛えるために作られているとしか思えない迷宮を総称して『試練場』と呼ぶのだ。
「それはここが大都市じゃないからだよ」
 小鳥の言うとおり他の『試練場』はそろいもそろって大都市にある。そのため、冒険者たちはこんな世界でも物流の良い大都市に集まり腕を磨き、装備を整える。
「確かに風芽丘はお世辞にも交通の便がいいところじゃないからな」
 この世界では妖怪変化が闊歩している。そのため、武装馬車や特殊な移動手段以外で街を行き来しようとするものはそう滅多にいない。そのためか魔導通信などは発展しており、各地の情報は活発に行き来している。
「……私は真くんと唯子の役に立ちたいの……」
 ケブラー製の下着を着てからその上に彼女の信仰する『大地の母神』の紋が入った法衣を羽織る。
「それは冒険者じゃなくてもできるんじゃないのか?」
 手裏剣を装束の下に装備しながら鎖帷子を纏う。
「そうかもしれない。だけど、あの二人のお荷物としてではなく、対等な立場でいつも二人と一緒に歩んでいたいの」
「……そうか。何かすまないな。変なこと聞いて」
「そんなことないよ。……いつもはあまり考えたりしなかったから気づかなかったけど、こういうことを考えて気づくこともあるし」
「そうか。ならいいんだが……」
「でも何で急にそんなこと聞いたの?」
「野々村がいないときにな、唯子がそういうことで悩んでたから、もしかしたら野々村も悩んでいるんじゃないのかな、と思ってな。……ただのお節介さ」
「唯子には何か言ったの?」
「一応な。『向いている向いていないより、自分のやりたいことをやったらどうだ?』と発破をかけといた」
「御剣さんって意外と忍者のわりにはお人好しだね」
「そうか? そうかもな。……あの人の影響かな……」
 いづみは最後の言葉を小鳥には聞こえないように呟く。
 丁度その時唯子が鎧を持って入ってくる。
「小鳥、いづみちゃん。鎧着るのを手伝ってー」
「まだ着てなかったのか?」
 唯子が鎧の下に着るケブラースーツしか身にしていないのを見て流石に呆れ声で訊く。
「うう、いづみちゃんが唯子を責める……」
「唯子、真くんにまた怒られるよ」
 小鳥はそういいながら胸甲をつける手伝いをする。
「なんだかな」
 いづみは苦笑しながら小鳥では届かないところを抑えた。
「二人ともありがとー」
 唯子は感謝の言葉を口にしながらてきぱきと装甲を身に纏っていく。「うー、ミスリル製といってもやっぱり全身鎧(フル・プレート)は重いねー」
「そのわりには両手剣を軽々と操ってるじゃないか。その点では千堂さんより上だな」
「でも瞳さんは軽装で相手の攻撃をかわすタイプだから。唯子みたいな重装備の一撃必殺タイプとは違うよー」
「岡本さんと同じだよね」
「でもみなみちゃんの場合は本当に力でねじ伏せるタイプだから唯子が目指しているものとは少し違うよ」
「……やっぱり千堂さんか?」
「そうだね。瞳さんみたいに華麗に闘うのは憧れちゃうよね」
「『竜殺の鬼神』か。実際に闘うところを見てない人には信じられない二つ名だよな」
 胸甲のストッパーを止め、「ホラ、終わったぞ。唯子」
「ありがとー。じゃあ下に降りよー」
 『シグムンド』を背中に背負い、唯子は部屋を出る。
 二人も自分の手荷物を素早くまとめると、唯子の後を追った。

「悪い、待たせたみたいだな」
 真一郎は三人が下に降りてきてからすぐに下りてきた。
 ルーン文字を銀糸で刺繍した濃緑色のローブに、持つ者の魔力を増加させるといわれるヤドリギの杖を持ち、魔法の込められた指輪やその他の派手な装飾品を身につけている。普通の術者ならばそれだけの魔導器を身につけただけで何もできなくなるが、この風芽丘でも五指に入る魔導師(ウィザード)たる真一郎にはこの程度のことは朝飯前であった。
「いつ見ても派手だねー」
「言うな。俺もあまり好きじゃないんだ。お前みたいに鎧を着たいところなんだが、こうでもしないと下の方の守護鬼には魔術が通じないからな」
「真くんならそうでもないんじゃない?」
「『天翼の魔女』とまで呼ばれる仁村ぐらいじゃないと無理だろ。やっぱり持って生まれた能力のハンデがあるからね」
「それでもまだ真雪さんにはかなわないんだよねー」
「あの人は別格だろ。槙原さん、耕介さん、それに仁村さん。あの人たちは現役を退いた今もまだ伝説として語り継がれてるんだからさ」
「風芽丘の『試練場』最下層に一番最初についたパーティーか……。その実力が買われて色んな依頼が舞い込んでくるようになり、それを解決することでより一層各地にその名声は鳴り響いた。次が千堂さんたちでやっぱり同じ様な道を進みはじめている。そして、その次が私たちか……。私たちもそういう意味ではそろそろ他の仕事を引き受ける時期なのかな」
「う~ん、唯子はもうちょっと『試練場』で腕を鍛えたいな。……でも報酬が良ければ他の仕事を受けてもいい気もするなー」
「……私はみんなが他で仕事したいならそれでも良いよ」
「それはまず無理だろ。この二人のやってることが親に知れるぞ、それは」
「うう、それはいやかも……」
「今でさえも厳しいのに……」
 真一郎の一言を聞いて唯子と小鳥は前言を翻す。
「……それに、俺としてはこの『試練場』の謎を解くまで他の迷宮に潜る気にはならないね」
「どーして?」
「本当にあそこが本当の最下層と決まったわけじゃない。今のところ確認されている一番深い階層にすぎないからだよ。耕介さんたちも迷宮主は見ていないって言ってるんだしね」
「……相川は『試練場』の迷宮主を見たいのか?」
「う~ん、厳密に言うと違うなぁ。どちらかといえば何故この世界に『試練場』が存在するのかを知りたいんだ」
 真一郎は言葉を選びながら答える。「どう考えてもこの世界では人間が生きるには厳しい環境だと思うんだよ。いつ滅亡しててもおかしくないのに未だに生き延びている。その一因が魔物を退治できる存在、冒険者だと思うんだよ。軍隊とか街廻りの同心ですら手の出ない高位の魔物を屠れるんだぜ。ある意味異常だよな。そんな状態を作り出しているのが、『試練場』だと思うんだ。だから、『試練場』の謎を解くことがこの世界を深く知ることへの近道だと思うんだ」
「でも、それじゃお金は稼げないよ」
「……しまった。俺にはあのバカ親どもが残した多額の借金があったんだっけ……」
「自分で忘れてどうする」
「ま、それは何とかなるだろ。現に半分は返せたんだしな」
「それじゃ人のこと楽天家って言えないよ、真一郎」
「違いない」
 明るい声で大笑すると、「ま、こんなとこでぼさっと突っ立ってる暇があるならさっさと出発しよう」と、真一郎たちは『試練場』に向けて出発した。

 風芽丘の『試練場』は入口をいくつも持っている。真一郎たちのパーティーはさざなみ寮から最も近い入口をいつも使っている。
「でも不思議だよねー。こんなにいっぱい入口があるのに最下層で合流してるんだからねー」
 第一階層から第五階層まで直通の昇降機に乗ってから唯子は唐突に話し出した。
「最下層につながる魔法装置の出口が一箇所しかないからな。結局のところ入口がどこだろうと同じ場所に着いてしまうってだけの話だからな。何のために五箇所も入口があるんだか……」
「そういえば他の入口からだと何が違うのかな?」
「話によれば、生態系が異なるらしいな。私もここを入れて二箇所からしか入ってないから偉いことは言えないが……」
「いつの間にいづみちゃん他の入口からはいってたのー?」
「修行がてら一人で『試練場』に潜るときにな」
「ふえー。凄いね、御剣さん。私なんか72耐で一人歩き怖くなっちゃってそんなことできないよ……」
「唯子は隠密行動できないから無理そうだしな」
「むか。そういう真一郎はどうなのー」
「俺か? 大輔の真似してやったことはあるけど……。もう、あんまりやりたくないなぁ……」
「端島か……。『孤高の剛剣』とか言ってたか、あいつの二つ名は?」
「でもこの頃ななかちゃんと一緒に潜ってることもあるんでしょ?」
「『仏滅』って呼ばれてるんだっけ? それはあんまりだよね」
「まあ、二つ名ってのは自分自身でつけるものじゃないからな。街に伝わる冒険譚からつけられるわけだし。……俺たちも気をつけないとな……」
 昇降機から下りると、真一郎と小鳥は後列に下がる。
「唯子は格好いいのつけてもらえるといいなー」
 背中の『シグムンド』を音もたてずに引き抜くと、唯子はのんきそうに喋る。
「それで家族にばれる、と」
「うう、真一郎がいじめるー」
「……なあ、事実を言っただけでいじめるとか言うの止めない?」
「だってー、いじめるんだもん」
「おいおい、そこら辺にしとけ二人とも。……お客さんだ」
 押し殺した声でいづみは警告する。
 歴戦の勇士である二人ともいづみに声をかけられた瞬間何が起こったのかを正確に把握していた。唯子は『シグムンド』を青眼に構え、真一郎はいつでも魔術の詠唱に入れる態勢をとる。
「……敵の数は?」
「この足音から大きいのが二体、人型程度のが五体といったところだろう」
「丘巨人(ヒルジャイアント)と犬鬼(コボルト)かな?」
「この階層だったらその程度か……。唯子と御剣で丘巨人の方を潰してくれ。犬鬼は俺がどうにかする」
「おっけー」
「了解した」
「先手をとるぞ」
 真一郎の号令とともに唯子といづみは駆け出す。
 相手も真一郎たちの存在には気づいていたらしいが、気づかれてないと思っていたのか彼らは容易に先制できた。
 前列にいる犬鬼を無視し、唯子は立ち止まることなく駆け抜ける。そしてそのまま大上段に振りかぶった『シグムンド』で丘巨人の胴を薙ぐ。『シグムンド』は抵抗なくそのまま胴体を真っ二つに切り裂く。剣の力もさることながら、唯子の畏れるべく膂力が生んだ一撃であった。
 一方いづみは唯子に気を取られている敵の死角に入りそっと丘巨人に近づく。足下までよった時点で、一気に敵の首の高さまで跳躍する。丘巨人がいづみに気づいたときは既に首を刎ねられた後だった。いづみは丘巨人の死体を蹴り、空中で一回転してから反対側に着地する。
 丘巨人が倒され動揺する犬鬼に対し真一郎は、
「『安息をもたらす存在よ。我が求めに応じ、かの空間にその力をもたらせ。眠りの雰囲気(スリープ・アトモスフィア)』」
 と、素早く詠唱する。
 犬鬼は一匹残らずその場に崩れ落ちる。
 魔術とは気をしっかりと張っているものにはかかりにくい代物である。そこで真一郎は相手の動揺につけ込み術をかけ、眠らせることで無力化させたのである。
「よし、終了、と」
「相川、犬鬼はどうする?」
「別に、無抵抗のもんを虐殺する趣味は俺にはないからみんなに任せるよ」
「私もあまりそういうのは……」
「私はどっちでも良いんだが、まあみんながいやなら別にいいさ。それで唯子はどうだ?」
「……」
「……唯子?」
 唯子は問いかけに応えずに青眼の構えのまま立ちつくしていた。
 真一郎といづみは顔を見合わせる。昨日の酒場での光景を思い出したのだ。
 そんな二人を尻目に小鳥は唯子に近づいていった。
「小鳥!? ちょっとまて」
「野々村! 今の唯子は危険かも知れない、すぐにこっちに来い!」
 二人の必死の呼びかけも虚しく、小鳥は唯子のすぐ隣まで足を運んだ。
「……唯子?」
「……」
 小鳥の呼びかけにすら応えず、唯子はピクリとも動こうとしない。
 真一郎といづみは犬鬼を起こさないように細心の注意を払いながら別々の方向から唯子へと近づく。
「ねえ、真くん」
 小鳥は真一郎の方に向いた。「唯子、寝てるみたいだけど……」
「へっ?」
 想像だにしない答えが返ってきて真一郎は思わず間の抜けた表情を浮かべる。「なにそれ?」
 いづみは唯子の目の前に立ち、気配を探った。
「……本当だ。確かに眠っている」
「こ、こ、このぉー、大馬鹿者がぁあっ!!」
 真一郎は懐からさざなみ寮のスリッパを取り出し、唯子の頭をはたいた。

「うう、頭が痛い……」
 唯子は自分の頭を撫でながら歩いていた。
「……普通寝るか、あそこで」
 あの後、結局犬鬼はあまりの五月蠅さに目を覚ました。すぐにパニクリ、逃げようとしたのだが哀れにも真一郎パーティーに瞬殺された。「おかげでよけいなものを殺す羽目にあっただろうが」
「真一郎の魔術が強力だから……」
「お前は駆け出しの冒険者か? 俺の魔術ぐらい気合で何とかできるだろ、おまえなら」
「うう、面目ない……」
 唯子は痛そうに頭をさすりながら、「つい、『シグムンド』の威力に酔っちゃって……」と、呟く。
「まあ、最悪の事態でなくてよかったじゃないか、相川」
「ある意味最悪の事態だよ……」
 真一郎は大きな溜息をつく。「これでこの戦術は使えなくなった」
「真くん、大丈夫だよ。唯子だって二度と同じ失敗はしないよ」
「唯子がしなくても、俺に絶対の自信が湧かない限り、術の威力が落ちるよ」
 真一郎は力無く苦笑する。「いい手だったんだけどなぁ……」
 先程真一郎たちが取った手は先に敵の心のよりどころを潰すことで敵を動揺させ、そこにつけ込み眠らせることで無力化させるというものだった。これは真一郎たちのパーティーの常套手段で、さっさと戦闘を終了させたいときにとる戦術だった。当然魔術の効果範囲に前衛の二人が入るときもあるが、彼女たちなら抵抗するという前提の元で真一郎は呪文を唱えている。もし、敵が術に抵抗し起きていた場合でも無防備な姿をさらさせないためだ。
「次から唯子と御剣さんには抵抗力の上がる装飾品でも装備してもらわないとね」
「……そうだな。それならポカミスがない限り大丈夫だろうしな」
「うう、次から気をつけるよ」
「そこはかとなく弱気だな、唯子」
「こうも失敗続きだと弱気にもなるよ~」
「そのわりには明るいな」
「元気いっぱいじゃなきゃ唯子じゃないからね~」
「そだな」
 真一郎は思わず失笑する。「それは言えてる」
「真くん、ついたよ」
 隣を歩いている小鳥にこづかれた。彼の目の前にはゴツゴツとした自然の岩肌がむき出しになっている横穴があった。
 基本的に『試練場』はきちんと切り出された石組みの迷宮である。最下層などの僅かな例外を除いて岩をくりぬいた洞窟は存在しない。彼らが目指していた『緑竜の溜まり場』と呼ばれるこの場所もそんな数少ない例外の一箇所であった。
「『緑竜』さんの機嫌がいいと良いね」
「まあ、私達が機嫌を損ねなければ問題ないだろう。どうやら私達はそこそこ気に入られているらしいからな」
「行くぞ」
 小声で話している小鳥といづみに声をかけると真一郎が先頭で洞窟に入っていく。いづみはいつでも真一郎をかばえる位置を進み、後ろからの奇襲に唯子が備える。暫く歩いていくうちに視界が徐々に開けてきた。そして突然大きな広間が顕れる。
「……何用だ、人間」
 岩の合間で蹲っていたモノがいきなり首を擡げる。「……なんだ、貴様らか。珍しい客が来たものだ……。何もないところだがまあゆっくりして行け……」
「お言葉に甘えたいところなのですが、今日はお願いがあってきました」
「そうか、それは残念だな……。で、願いとは何だ?」
「鱗を一枚いただけませんか?」
「それはまた珍しい頼みだな。何に使うのだ?」
「『呪われた剣』の『解呪』の儀式に必要だそうです」
「……『呪われた剣』だと……。儂の鱗を利用するほどの『剣』か……。面白そうな話だな。聞かせてもらえないか?」
 真一郎はかいつまんで『緑竜』に今までの経過を話す。
 『緑竜』は目を閉じ黙ってその話を最後まで聞いた。
「……『カラドボルグ』の話ならば儂も聞いたことがある。そうか、ついに見つかったのか……。……ふ、よかろう。儂の鱗を持っていくがよい」
「ありがとうございます」
「儂らにとってもあの異界のモノは敵よ。それを倒すという者を何故邪魔できる? 持っていくがよい……」
 そう言うと『緑竜の鱗』が真一郎の手に舞い込んできた。「他に必要なものだが、『桃色光苔』も必要と言ったな……」
「ご存知なのですか?」
「まあな。聞いた話だと、あれは最下層もしくは第三層にしかないらしい」
「第三層にもあるんですか?」
「どこにあるかまでは知らぬがな。最下層のは有名な場所にあるのだがな……」
「いえ、それだけでも充分参考になる情報です」
「そうか。残りのものの情報だが儂も集めておくとしよう。何かつまったら儂に聞きに来るがよい。貴様らならばいつでも歓迎しよう……」
 『緑竜』はそう言うと再び蹲り、眠りに落ちていった。
 真一郎たちはそれを邪魔せぬように出口に向かった。
「よかったね、真くん」
「そうだな。二、三分からないものもあるから助かるよな」
「じゃあ、次のものを取りに行こうよ」
「そうだな。後数カ所は回れるはずだから急ぐとしよう」

 真一郎たちが立ち去った後、『緑竜』は目を瞑ったまま誰ともなしに語りかける。
「これでよかったのかな」
「ありがとー。おかげで助かるわ」
 その声はどこからともなく聞こえた。ある一箇所からではなく、この場所全てが話している、そんな感じであった。
「しかし良いのかな?これほどまでに肩入れして」
「『彼』は私たちが待っていた人だからね。……そうでしょ、『門番(ゲート・キーパー)』さん」
「……そう、『彼』こそ俺たちが待ち望んでいた存在だな。『神殺し』の業を負って生まれてきた者、それが『彼』……」
 闇から黒い全身鎧を装備し、鮮やかな藍色のマントを羽織った長身の人間が現れる。
「で、他の娘たちはどうかしら?」
「可もなく不可もないってところかな。これからに期待といったとこか」
「とりあえず儂は次に何をすればよい」
「彼らが来たら惜しみなく助言を与えてくれれば有り難いっすね。……例の『神剣』はこちらの『切り札』となるはずですし」
「そうね。とりあえずできることからはじめましょう。先は長いんだから……、多分」
「もう少し自信を持って言ってくれると嬉しいんですけどね、『世界』。……それでは」
 顕れたときと同じように男は闇に消えていく。
「それじゃよろしくね」
 その一言を最後に、再び『緑竜』だけの存在が支配する空間となる。
 『緑竜』は何も言わずに眠りに落ちていった。




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