<ものがたり>
親の愛を知らずに育ち、女性や老人だけを狙った通り魔や強盗傷害を繰り返してきた伊豆見翔人。 人を刺し、勢いで長距離トラックに乗り込みたどり着いたのは、宮崎県椎葉村(しいばそん)だった。
目の前に現れる、神々しいばかりの山々。 山道のカーブをとぼとぼと下っていると、道端に原付バイクが横倒しになっていた。 逃げ迷い、歩き疲れていた伊豆見は、そっと手を伸ばし、ギアをローに入れる。
「ぼう、ぼう」と、声が聞こえてきた。 老婆スマが額から血を流し、首に巻いた花柄のスカーフが、どす黒く染まっていた。
「ええとけえ来た。やれ助かった、なあ、ぼう」
「・・・」
「乗して」
「・・・俺が?」
「他に、誰がおるかあ?ほれ、はよ」
「・・・」
「こん、ばっきい一人ぐらいで、しっかりせんね」
スマの容体を心配した村の人々が、それぞれ料理を持って訪れた。 スマの孫だと勘違いされ、なんとなく家に泊まり、なんとなく風呂に入るうちに、 いつしか、当たり前に食卓を囲むようになっていた。
金を盗んで逃げようとすると、丁度よく見つかった。 何も聞かない、何もとがめない、スマに見つめられると、なぜだか、気まずい気持ちになった。
山向こうに住むシゲ爺(綿引勝彦)には、山仕事を手伝うようにと言われた。 まもなく始まる椎葉村の年に一度の大行事、平家まつり。 寝てばかりの伊豆見を見かねて、山で採った野草をまつりで売れというのだ。
朝日が昇る前に叩き起こされ、慣れない山道をかけずり回され、それでも毎日シゲ爺について山仕事をこなす伊豆見は、気がつかないうちに、規則正しい田舎の生活に慣れていくのだった。
まつりの準備を手伝わされていると、十年ぶりに村に帰ってきた美知と出会った。 村の中では数少ない、都会を知る若者のふたりは、お互いが気を許しているようだった。
だが、美知が村に帰ってきた理由を知り、伊豆見の心は揺れた。
そんな中、実家を離れたスマの息子、豊昭が突然家に現れた。 金がなくなると、せびりにやってくるようだった。 伊豆見は暴力を振るう豊昭と取っ組み合う。
「なあ、豊昭。あんたを都会に出したとは、間違いじゃったばい」 初めて、スマの涙を見た。
伊豆見は、人々のむき出しの優しさに触れ、自分が犯してきた過去の罪を自覚し始めた。 もう、どうなってもいいと思っていた人生を、やり直したい。 いままで目を背けていた、自分の罪と向き合う覚悟を決めた伊豆見は、
スマと向かい合い、ぽつり、ぽつりと語り始めた…。
<解説>
直木賞作家・乃南アサのベストセラー小説、待望の映画化。
親の愛を知らずに育ち、通り魔や強盗傷害を繰り返す無軌道な若者・伊豆見翔人(林遣都)。誤って人を刺してしまった彼は、逃亡途中に老婆・スマ(市原悦子)を助けたことがきっかけで、彼女の家に居座ってしまう。初めは金を盗んで逃げるつもりだったが、スマをはじめ村の人々とのふれあいによって人生の大きな決断をすることに…。
TVドラマ「相棒」シリーズで監督を務めてきた東伸児の、劇場初監督作品となる。
映画の舞台となったのは、宮崎県北部広域行政事務組合9市町村 「天孫降臨ひむか共和国」のひとつでもある椎葉村(しいばそん)。 宮崎県北部の絶景や素晴らしい原風景、恵まれた自然の素材を活かした郷土料理も、
映画に彩りを添えている。
主演の伊豆見役に、又吉直樹原作のNetflixオリジナルドラマ「火花」(2016)など 立て続けに話題作に出演し、近年活躍が目覚ましい林遣都。伊豆見が逃亡先で
出会う老婆・スマ役に、日本を代表する女優・市原悦子。 ある事件をきっかけに村に戻ってきた美知役には、 韓国で爆発的人気を誇る新鋭・藤井美菜。
厳しくも伊豆見を見守る村人・シゲ爺役に綿引勝彦、 スマの息子役に相島一之を迎える。