<ストーリー>
広島平和記念公園の被爆アオギリの木の下で、
たくさんの子どもたちに被爆体験を語り継いだ一人の女性の物語
「神さまは本当に意地悪だ」結婚式まであと三日、私の人生は一変した・・・
広島で被爆したアオギリの苗を全国で植樹し始めた田中節子。
世界的に広がりつつあるその活動に興味を惹かれたライターの片桐千草は、取材中に知り合った節子の妹から彼女の日記を預かった。
そこには、原爆によって足を失った女性の苦しみが克明に綴られていた・・・・・。
絶望の淵に何度も立たされながら、やがて彼女は平和の語り部として生きていく決意をする。
彼女がアオギリにたくした思いとは・・・。
壮絶な人生を歩んだ女性の、過酷にして清澄な愛の軌跡。
<かいせつ>
時を超えて伝えたい愛がある
本作は、広島平和記念公園の被爆アオギリの木の下で、たくさんの子どもたちに被爆体験を語り継いだ沼田鈴子さんをモデルとした映画です。
東日本大震災が起きて4ヶ月後の2011年7月12日、被災地の人びとや福島原発の事を案じながら沼田さんは永眠されました。「生きて、伝えなければ…」亡くなる一ヶ月前、沼田さんがおっしゃった言葉が今も忘れられません。
原発と原爆の違いはあっても放射能の恐ろしさは同じです。
私たちは今一度、ヒロシマ・ナガサキの被爆者の声にしっかりと耳を傾け、日本と世界、そして地球の未来を考えていく時を迎えています。
「世界中の誰にも、二度と同じ苦しみをさせたくない」と願う沼田さんの思いを、日本、そして世界の人びとと共に叶えていく映画となることを願っています。この映画を観てくださった方々の心に被爆アオギリにたくされた思いを届け、平和の種がまかれていくことを祈っています。
No more Hiroshima! No more Nagasaki! No more Fukushima!
映画「アオギリにたくして」プロデューサー:中村里美
<被爆アオギリ2世>
1945年の原爆投下で、熱線と爆風により幹を大きく傷つけられながらも翌年春に芽吹き、広島復興の象徴的存在となった「被爆アオギリ(1973年に広島市の平和記念公園に移植された)」の種子を発芽させて育てた苗木。
広島市では“平和の尊さ”を全国に広げることを目的とし、この苗木を配布する事業を行っている。現在まで国内外へ送られ、各地で二世、三世が育っている。
アオギリはアオギリ科の落葉樹。伝説上の不死鳥が止まる木とされ、英名はフェニックス・ツリーという。
苗木配布の可否、申込書の入手・記入方法等については下記へお問い合わせください。
広島市都市整備局緑化推進部緑政課緑の施策係
映画センター全国連絡会議では、戦後70年“平和を愛する心”を語り継ぐために
『映画「アオギリにたくして」上映会と被爆アオギリ2世の植樹』を呼びかけています。 お近くの
映画センターへお問い合わせください。