深海生物の謎

Si新書(サイエンス・アイ新書)

2007年8月15日発売

ソフトバンク クリエイティブ

価格1000円

206ページ

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 概要:

 「深海生物図鑑」、「深海生物ファイル」に続く深海もの第3弾。「深海生物の謎」、表紙は見ての通り泳ぐオケサナマコで深海ナマコの比重大きめの本となっております。前の2冊は海の生態系と深度によって変わる動物層が切り口でしたが、今回の本の切り口は地層の輪廻。舞台は三浦半島。三浦半島の海岸に点在する奇妙な模様。これらは、はるか大昔に生きていた深海生物たちが刻み込んだものです。三浦半島南端の海岸から離れること数十キロ、水深数千メートルの海底、水温わずか3℃の冷えきった泥のなかをうごめく動物たち。彼らが残した痕跡が今では海岸の岩で見ることができるのです。これはプレートの運動によるもので、地殻変動によって深海の泥は移動しながら隆起し、ついには海岸で太陽に焼かれ、潮に洗われる岩石になる。

こうした地質学的な現象はおおまかには長い長い時間をかけたひとつのサイクルとして完結します。

大地が浸食されて土砂となり

それが海底に堆積する

そこにやってくる地震

海底の崩壊と乱泥流の発生

乱泥流によって泥は遠く深くにまで運ばれ深海の冷たい海底に再び堆積します

こうして土砂は海溝へ運ばれ

それらは地層となり

あるものは地球の深部へ引きづり込まれて溶解し

あるものは圧縮され破壊されながら隆起して再び大地へと戻ってくる

 

このような地層の輪廻を道案内に、水深1200メートルの相模湾から水深7000メートルの日本海溝へと至る旅をしながら深海生物たちを見ていこうというのが今回の主旨です。相模湾からほとんど出ていませんが、日本海溝や駿河湾、四国沖にある南海トラフ、琉球列島の鳩間海丘、小笠原諸島の海山、その南方のマリアナ海溝、アユトラフの生物達も取り上げました。本の前半の主人公は初島にある深海底総合観測ステーションからのぞいた深海生物たちの生の姿。そして後半の主人公は深海ナマコですね。これだけ種々の深海ナマコがでてくる本はなかなかないと思います。ただ、残念ながらナマコの名前や種類の同定はほとんど無理でした。本文中で述べたように、画像だけから深海ナマコの種類を特定することは相当に難しい。深海ナマコが好きな人は奇妙なフォルムをした彼らをぼんやりと眺めて楽しんでください。

 章立て:

「深海生物の謎」で紹介した深海生物たちは地殻変動に依存して生きているもの、火山活動に依存しているもの、乱泥流によって運ばれてきた泥を食べて生活するものなど様々です。この本は7つの章で構成されていて、最後の第7章は深海を探査する機械類にあてられており、残り6つの章で深海生物を紹介しているのですが、章同士の関係は多少交錯しており、それを図示するとこのようになります。

基本的に地層の輪廻を切り口としているので、本の流れとしては第1章→第2章→第5章→第6章→再び第1章、というのが主軸で、第3章、第4章はそこから派生した形になっています。上の図でも1、2、5、6がぐるりと回っている関係にあるのはそのためですね。とはいえ、3、4、7がおまけというわけではありません。第3章で語られる熱水生物群集はプレートの運動によってうまれる火山活動に依存しており、第4章で触れる鯨骨生物群集は第2章と第3章で紹介した生物群を生み出した、いわば祖先系という位置づけをされる動物群です。また、機械類を扱った第7章が残りすべての章と関係があるのはいわずもがなですね。派生している章だからといって地層の輪廻に無関係というわけではありません。

 余談:じつはこのような章立てにしたのは、もともと自然がそういう複雑なものであるということもありますが、北村が「系統樹思考の世界 すべてはツリーとともに」 三中信宏 2006 講談社現代新書、という本の構成に大きな衝撃を受けたせいです。普通、本というものは1次元的なもので起承転結がある物語のような構成になっています。ところが「系統樹思考の世界」はそれをまるで無視したような構成で、北村にいわせればほとんど二次元マップのような内容になっています。しかもそれはどうやら相当に徹底しているようで、他の書籍で著者自身がすでに歴史過程を述べたということもあるのでしょうが、あの生物体系学論争までが時間軸ではなく、配置関係として語られるという具合。そのせいか、全体の印象が散漫である、という評価をする人もいます。しかし、そういう感想を抱くのも我々が1次元で前後が存在する本を見慣れすぎているせいなのでしょう。とはいえ、前後軸が1本だけある本というのは分かりやすい反面、実際には危険なしろものです。それはおそらく現実を相当にねじまげて1次元に押し込むか、さもなければ危険なまでに単純化を試みている場合があります。まあ、そういうわけで今回の「深海生物の謎」では1次元よりももう少しゆるい構成にして、現実と、そして本としての分かりやすさの両方を狙ってみた次第。

 

 本の中で語られていない用語:

 「深海生物の謎」では専門用語の使用を極力ひかえています。その基準はテレビのニュースでしばしば言及されているか否か?という程度のもので、例えば”プレート”という言葉は使用していますが、”熱水生物群集”という言葉は使っていません。とはいえ「深海生物の謎」で紹介した新江ノ島水族館などではこうした単語を用いて展示を行っていたりするので、以下に簡単なフォローをば。

冷水湧出帯生物群集:冷水湧出生物群集とか、冷湧水生物群集とも呼ばれます。プレートの運動で圧力がかかると、海底からメタンを含んだ湧き水が湧き出ますが、それに群がる生物群のことです。「深海生物の謎」では”湧き水に群がる生物たち”と表現しています。湧き水に含まれるメタンは地下でバクテリアが作ったものもあれば、高温の地下で有機物が分解してできたものもあります。また冷水湧出帯生物群集にいる生物にはメタンを直接利用するものもいますが、シロウリガイのようにメタンと硫酸イオンが反応してできた硫化水素を利用するものもいます。

熱水噴出孔生物群集:熱水生物群集などの呼び方もあります。「深海生物の謎」で”熱水に群がる生物たち”と言っているのはこの生物群のこと。彼らは海底火山から噴出する硫化水素を含んだ熱い水に依存している生物群で、いってみれば温泉の周囲で成立する生物のコミュニティーですね。深海では水圧が高く、熱水は100度以上の温度でも沸騰しないまま液体の状態を保つ場合があります。「深海生物の謎」で紹介した鳩間海丘の熱水はおよそ300度。超高温ですが、水のなかでは熱は伝わりにくいので、熱水に直接触れるようなことが無い限り生物はその周辺で生活できます。

鯨骨生物群集:「深海生物の謎」の第4章で取り上げた生物群のことですね。単純に死肉を食べるものや、ホネクイハナムシ(ゾンビワーム)のように骨の有機物を利用するもの、鯨骨から発生する硫化水素を使うもの、骨を単純にすみかとして使うもの、そういった動物たちを狙うものなど色々なものがいます。なお、誤解のないように付け加えますと「深海生物の謎」で観察対象とされているクジラは、海岸に座礁して死んでしまったもので、それを地方自治体が海洋に投入した結果、海底に横たわっているものです。別に研究のためにクジラを殺しているわけではありませんので誤解なきよう。

化学合成生物群集:化学合成反応によるエネルギーと、それを用いた有機物の合成によって成立している生物群のことです。硫化水素と酸素、メタンと酸素による化学反応を利用するバクテリアなどによって支えられた生態系ですね。いわばこうしたバクテリアが植物の役割を果たしているわけです。以上の”冷水湧出帯生物群集””熱水噴出孔生物群集”を一括するカテゴリーで、鯨骨生物群集もある程度関係を持っています。酸素それ自体は植物の光合成による産物なので化学合成生物群集は完全に光と無関係というわけではありませんが、バクテリアの種類によっては酸素の代わりに硫酸イオンや硝酸イオンを使うものもいます。深海生物ファイルの最後で、地下生物圏やエウロパの生物に関してその存在の可能性を示せるのもこのためですね。

乱泥流:タービタイトとも呼ばれます。これは本文中にもでてくる用語ですが少しフォローします。乱泥流は地震などで不安定な海底が崩壊し、舞い上がった土砂を含んだ海水が流れ下る現象のことです。洪水などで海に流れ込んだ水でも起きるらしい。また、乱泥流は土石流とは違います。乱泥流は泥がまざって周囲よりも比重が重くなった海水が自分の重さで低い方へ低い方へと流れる現象で、内部で乱流が発生しているためにかなり重い物でも運ぶことができます。これにたいして土石流は泥がたくさん含まれているので比重がとても大きく、その浮力で重いものを運びます。土石流と乱泥流は粘性などの性質も違うのでその振るまいも違っており、異なる堆積構造を残すのだそうな。

生痕化石:”せいこん化石”と読みます。「深海生物の謎」では深海生物の痕跡と言っていますが、化石となった生物の痕跡ならばすべて生痕化石にあたります。人間や恐竜、ウミサソリなどの足跡、動物の糞の化石、節足動物やゴカイの巣穴などはいずれも生痕化石です。三浦半島ではしばしばコンドライテスやズーフィコスなどのような生痕化石を見ることができます。

生痕化石の例1

凝灰岩のなかにあったもので、もしかしたらズーフィコスでしょうか?

ただ、ズーフィコスにしては地層面との位置関係がおかしいような、、、、

 

生痕化石の例2

白い小さな点々はどうもコンドライテス

コンドライテスは立体的には1本の縦穴の末端から水平に枝分かれしたパイプからなっています。

地層ではその断面が見えるだけなので、パイプの切り口が点在して見えることになります。

大きなものはもしかしたらズーフィコスかもしれませんが良く分かりません。断層で切られています。

以下はその拡大。

 

 アクセス:

 新江ノ島水族館では海洋研究開発機構から提供されたさまざまな深海生物が展示されています。電車の場合は小田急線の片瀬江ノ島駅からアクセスしてください。JR 東海道本線の藤沢駅から小田急線に乗り換えることもできます。ちなみに深海生物は光に敏感なので写真撮影をするさいにはフラッシュは厳禁。展示に赤い発光ダイオードの光を使っているのはそのためです。なんか見ていると若い人はこういうことに気づくようなのですが、むしろご年配の方にはこれが分からないらしい。こういうのはマナーうんぬん以前の問題なのでご注意を。

 横須賀市自然・人文博物館では逗子市などから見つかったシロウリガイや化学合成生物群集の化石が展示されています。京浜急行電鉄の横須賀中央駅から歩いて10分ほどです。ただ上り坂です。

 三浦半島の海岸へいくには、浜諸磯や荒崎へは京浜急行電鉄の終点、三崎口駅からバスでアクセスしてください。剱崎(北村が撮影したのはむしろ毘沙門天ですが)へはひとつ手前の三浦海岸駅からバスでアクセスできます。バスは1時間に1本とかそんなものだったり、途中までしかいかない便があるのでご注意を。例えば浜諸磯の場合、三崎口から三崎東岡までいって、そこから歩いた方が早い場合もあります。歩く距離はせいぜい1kmぐらいですが、海外町にあるスランプ構造などを見るにはむしろこの方がいいかもしれません。なお、新江ノ島水族館もそうですが、三浦半島の南端は観光地ですから行楽シーズンにはものすごく混みますし、行楽客の自動車で道が渋滞してバスが事実上止まることさえあります。ゴールデンウィークやお盆などの時期は注意が必要で、この時期にたまたまいったら帰り際はバスが止まっていて、えんえん数キロの道を歩くはめになったことがあります。

 注:スランプ構造というのはまだ固まっていない地層が海底で滑ってぐんにゃりたわんだりした構造です。見た目は地層の褶曲のようですが、似て非なるものですね。

 

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