服装進化学者としての出発:推定しよう

02.06.26 わずかに手直し。 

 

 さて、あなたは服装進化学の産みの親であり、最初の服装進化学者です。しかし、この段階では『進化が起こっている』ということが”推測”できただけです。では、その進化の具体的な過程をどうやれば知ることができるのでしょうか?

 何人かの人が幾つかのシナリオを作りました。ある人はリボンをつけたエエエとオオオ族からウウウ族、そしてリボンを持たないアアアとイイイ族の服装が現われたと考えました。また、ある人はアアア族からイイイ族、そこからウウウ、エエエ、オオオ族の服装が順に現われたと考えました。残念なことに学会は混乱し、それはますますひどくなるようです。

 

 一方、混乱する学会をしり目に、あなたは『科学的に服装の進化を推定する方法』
を考えつきました。

 それは以下のような考えが基本になっています。

 

 1:親から子供に服装の特徴は受け継がれる。だから服装の同じ特徴は同じ祖先から受け
継がれたと考えることができる。

 

 2:服装の特徴は変化することが実際確認できた。(例:白いリボンから赤いリボンへの変化)すると新しい特徴を共有する服装は共有しない服装よりも近い関係にある、つまりそうでない服装よりも、もっと最近になって同じ祖先から枝分かれしたのではないだろうか。

 

 実際に分析してみましょう。ボウシ島の服装でもっとも広く見られる特徴はなんでしょうか。服装がワンピース、それは間違いありません。その特徴はすべての部族で共通しています。

 次に服の色に注目しましょう。ワンピースの色には白と赤の2種類があります。そして赤い色はイイイ、ウウウ、エエエ、オオオで共通しています。すると部族、イイイとウウウ、エエエ、オオオは”赤いワンピース”を着た部族の子孫なのでしょうか?。すくなくともそう考えることは可能なようです。すると次ぎのような図が描けます。

 

 このことはイイイ、ウウウ、エエエ、オオオ族は最近まで同じ部族(例えば部族エックス)だったのかもしれないということを示しています。つまり『ワンピースが赤い』という特徴が部族Xで新しくはやり、そして部族Xの子孫であるイイイ、ウウウ、エエエ、オオオ族に”赤い”という特徴が伝わったと考えるわけです。

 

 さて、ウウウ、エエエ、オオオ族に見られる『帽子をかぶる』という特徴についてもこういうことがいえるのでしょうか?。そのとおりです。ウウウ、エエエ、オオオ族は共通の特徴を持っているのですから、同じ祖先、例えば”部族Y”を共有していると考えることができます。

 さて、ここで思い出してください。イイイ、ウウウ、エエエ、オオオ族は”赤いワンピース”を着ていることからまとめることが出来ました。

 そして、今またウウウ、エエエ、オオオ族は”帽子をかぶる”という共通の特徴でまとめることができるのです。ですから以下の図のような関係が成り立つと考えることができます。

 さらにリボンはエエエ、オオオ族にしか見られません。つまりエエエ、オオオ族の
共通の祖先部族(部族ゼットとします)でリボンがはやった時にはすでにウウウ族の
祖先は部族ゼットからたもとを分かっていたのでしょう。

 これですべての部族が並び、注目した服装の特徴から上のような図が描けました。あなたはこの推測方法を学会で発表することになります。さて、どんな反響があるのでしょうか?。

 

 ボウシ島の冒険3、学会発表。質問、疑問、これにいかに答えるか?→

 

 注釈:ちなみに以上の図は部族同士の系統関係を示したもので、系統学の世界では分岐図(Cladogram:クラドグラム)と呼ばれているものです。これを最初に作ったのはドイツの昆虫学者、ヘニングです。

 古典的な解釈ですがこのクラドグラムを家系図のようなものと考えてください。この見方は非常に単純な見解ですが、このクラドグラムをおおむね理解するには役立つでしょう。

 また、エエエ族とオオオ族は姉妹のような関係であると考えてください。そしてエエエ、オオオ族が姉妹ならば、ウウウ族はいとこの関係になります。ではエエエ族から最も血縁が遠いのはどの部族でしょうか?。それはアアア族なのです。

 このようにして分岐学では生物の進化を推定します。またここでは架空の国の服装を例にして話ましたが、進化するもので、形質を比較できるものならいかなるものにでも分岐学は応用できます。実際、言語の変化/進化にも適用されたことがありますし、そもそもヘニング以前に写本の研究でまったく同じ手法が開発されていました。

 さて、ここで例としてあげた”ボウシ島の服装の進化”は現実と比べるとおそろしく単純な例です。実際はこんなすっきりしたデーターがとれることはほとんどありません。

 それに分岐図が実際に何を示しているのか?、この問いには非常に難しい問題が関わってきます。とりあえずここでは古典的な解釈を示すことにとどめていますが、本来、避けてはとおれない問題です。ともあれ難しい話はまたこの続きですることにしましょう。

 なお、もっと詳しいことを知りたい人は以下を参考にしてください。

 

 

 参考書

生物系統学 三中信宏 1997 東京大学出版会

系統分類学 E・O・ワイリー 宮正樹・西田周平・沖山宗雄共訳 1991 文一総合出版

系統分類学入門ー分岐分類の基礎と応用ー E・O・ワイリー他 宮正樹訳 1992 文一総合出版

岩波生物学辞典 第4版 2000 岩波書店

  

 データー・マトリックス

 実際の分岐分析は以下のような特徴、つまり形質と分析する対象物(生物であったり、ものであったり、言語であったり、進化するものならなんでも)の一覧表をつくります。これをデーター行列とか、データーマトリックスと呼びます。

 


         ワンピース  白服  赤服 帽子をかぶる リボンがある 

 アアア族       1    1   0   0      0

 イイイ族       1    0   1   0      0

 ウウウ族       1    0   1   1      0

 エエエ族       1    0   1   1      1

 オオオ族       1    0   1   1      1      

 

 以上がボウシ島の服装の進化を解析するのに使った材料、つまり(服装の)形質と分析にかけられた部族のデーター・マトリックスです。

 データー・マトリックスは何を使って分析したのかを示す一覧表で、料理の本でいえば小麦何グラム、塩少々というものにあたるのではないでしょうか?。科学というのは皆が確認できなければいけませんから、結果の基になったデーターが示されるのは望ましいことです。

 データー・マトリックスはたいていの論文には載っているか、例えばNATUREのようにネット上などで公開されています。

 また”1”はその形質がある。0は持っていないという意味だと考えて下さい(<あらっぽい言い方で申し訳ありませんが)。