種の起源:

On The Origin of Species

By Means of Natural Selection

or The Preservation of Favoured Races in The Struggle for Life

 

アカツメクサな話

 

 ダーウィンが上げてみせた生物界の複雑な関係の1例には、アカツメクサとマルハナバチ、そしてそれらをとりまく一群の生物たちに関するものがあります。例えば最近の本に、マルハナバチがいかに花の蜜を集め、そしてコロニーを作り、そしてどのように子孫を残して生きていくのかを論じた「マルハナバチの経済学」ベルンド・ハインリッチ 著 井上民二 監訳 文一総合出版 1991[ Bumblebee Economics. Bernad Heinrich. Harvard University Press.1979. ] がありますが、この本でも

 マルハナバチの生態学的な役割は、ダーウィン(Charles Darwin )や彼の同時代人たちによって気づかれていた。ダーウィンはアカツメクサが送粉のためにマルハナバチを必要としていることを発見した。pp176

 とダーウィンがこの事柄に関して果たした役割が述べられています。この文章ではさらに Ernst Haeckel や Thomas H. Huxley のコメントも取り上げられるのですが、それはさておき、まずはダーウィン自身が種の起原で述べたことを引用してみましょう。

 私が最近やってみた実験では、ある種類のツメクサ(クローバー)の受精にはハチの訪問が、不可欠ではないが少なくとも高度に役立つことが、わかった。しかしアカツメクサ [ Trifolium pratense ] をおとずれるのはマルハナバチ(注:原文では humble-bees )だけである。ほかのハチは、蜜腺まで到達できないのである。それで私は、もしもイギリスでマルハナバチの属ぜんぶが絶滅するか、あるいはごく稀になってしまったら、パンジーやアカツメクサはごく稀になるか、あるいはまったく姿を消してしまうことが、ほとんど疑いないと思う。pp102~103

 このようにクローバーの受粉にはハチが、特にアカツメクサ(右)の受粉にはマルハナバチがイギリスにおいて大きな役割を果たしていることをダーウィンは指摘しました。マルハナバチがいなければクローバーは数を急減させるか、あるいは絶滅してしまうだろう。さらにダーウィンはアカツメクサとマルハナバチ、そしてその周辺の動植物たちは次ぎのような複雑な関係にあることを述べました。

 :マルハナバチの数はハチの巣を襲うノネズミの数によって左右される

 :ノネズミの数はネコに抑制されうる

 :実際に村や小さな街の周囲ではマルハナバチの巣が多い

 :そうなる原因は村や街の周囲では人間に飼われるネコの数が多くノネズミが殺されることによるというニューマン氏の報告がある

 ダーウィンはこれらの事柄から結論としてその地域におけるネコの数が間接的にその地方の花の種類や数を決定することを述べてみせました。

 ネズミとネコの話はさておき、マルハナバチがアカツメクサなどの植物の受粉に果たす役割はとても大きなものです。先の本、「マルハナバチの経済学」の177〜178ページには、

 ハナバチは、作物の送粉において、想像できないほど重要である( Free,1970 ) 。北米では、私たちの食料の3分の1をハナバチの送粉に依存していると推定されている。クローバーの送粉だけに限っても、マルハナバチは北米の農民にとって10億ドルの価値がある。pp177~178

 と述べられていますし、また、ダーウィンと同時代のドイツ人、ヘッケルが英国の武力の根幹である海軍を支えるのは牛肉であり、牧草地のアカツメクサはマルハナバチに支えられていることを指して、「大英帝国はその力と富みをマルハナバチに負うている」と語ったことも紹介されています(同書176ページ)。

 さらに種の起原第1版が出てから後の第6版からの引用によると、ダーウィン自身もまた自分の結論をさらに実験を積み重ねることによって補強してみせました。

 「たとえば20株のシロツメクサ(オランダゲンゲ)から2290粒の種子を生じたが、ハチがつかないようにしておいた20株では、種子は1粒も生じなかった。なお100株のアカツメクサには2700粒の種子ができたが、ハチをよせつけなかったものには1粒もできなかった」

 「ガがツメクサを受精させる役をするということが、いわれてきた。だが私は、アカツメクサの場合には、それをうたがわしく思う。ガの体重は旗弁を押しつけるにはたりないものだからである」

 「種の起原」(上)pp386~387

 このようにダーウィンはクローバーの受粉にはやはりハチの存在が不可欠であること、そしてガなど他の昆虫は身体が小さいのでいくら花を訪れてもアカツメクサでは受粉の役目を果たしていそうもないことを示したわけです。

 ここが花の構造と昆虫の関係の興味深いところであるけれども、それを観察と実験で示してみせたダーウィンの作業もまた印象的ですね。

 さて、ダーウィンがガの例で指摘したように、昆虫が花を訪れればそれで受粉がなされるのかというとそうではありません。チョウやガなどは長い口をするするとのばして蜜を吸ってしまうので、花の構造によっては花粉をさほど(あるいはまったく)身体につけないことがあります。このようにチョウは蜜だけ吸って花粉を運んでくれないことがあるので、絶えずではないにしても花にしてみればしばしば弱った存在なわけですね。このあたりの詳しい話は自分で観察したり「グリーンブックス 23 虫媒花と風媒花の観察」田中肇 著 S.51 ニューサイエンス社 が参考になるでしょう。

 実際問題として花はただで蜜を作っているわけでもボランティアで昆虫に蜜を与えているわけではありません。糖分をつくり出すにはそれなりにコストがかかります。蜜だけとられて肝心の花粉を運んでくれなければ植物はただの骨折り損です。植物にとってはありがたくないことに甲虫やハチの一種には花をかじって穴を開けて蜜だけ吸ってしまう種類もいます。

 また、いくらか花粉を運んでくれるといっても不活発な昆虫も花にとってはあまり好ましくありません。コストを払って蜜を生産しているのに、あんまり飛び回ってくれないのでは、これもまた支出だけが大きくなって肝心な結果、つまり自分の花粉を他の株へ運んでいってもらって受精して子孫を残す、という結果がともないません。

 その点、マルハナバチのように蜜と花粉を求めて花から花へブンブン飛び回る昆虫は花にとって望ましいお客さんです。そのため植物によるとこうした昆虫だけを受け入れるように花ができているものがいます。マメ科の植物などはその典型で、花弁の構造上、昆虫がよいしょと花をこじ開けなければ蜜にまでたどりつけないし、そうすることで自動的に昆虫の身体が花粉まみれになるように出来ています。

 ダーウィンが話している内容に

 ガの体重は旗弁を押しつけるにはたりないものだからである

とありますが、この”旗弁”というのがそうしたことを可能にするマメ科の花にみられる特徴的な構造のひとつです。先の本、「グリーンブックス 23 虫媒花と風媒花の観察」の30〜31ページではマメ科の花の説明がなされていて、以下のような文章がありますので引用しましょう。

 気まぐれなハエやアブの類に比べて、ハナバチの類は活動的で、また1種類の花を連続して訪れる、花にとって好ましい習性を持っています。旗状花をつけるマメ類の花は葯を舟弁の中に隠し、蜜を花の奥に分泌して花をこじ開ける習性のないハエやアブ類を完全にしめだしました。そして花を押し開けることのできるハナバチ類のみに豊富な餌を用意し、花粉を媒介してもらいます。「グリーンブックス 23 虫媒花と風媒花の観察」30ページより引用。

 さて、ここで話題のクローバーもマメ科植物のひとつ。スイートピーやマメの花とほとんど同じ形をした花が数十個集まって、あの丸いボンボンのような花が出来上がります(逆にいうとダーウィンが”ガの体重は(クローバーの)旗弁を押しつけるにはたりないものだからである”でいっているのは、ガは旗弁を動かさないから花を訪れていたにしても実際にはクローバーの受粉を助けていない、ということなのでしょう)。

 さてそういうこともあって北村もほんの少しアカツメクサの花を観察してアカツメクサにくる昆虫を撮影してみました。撮影されたのは2005年8月4日の炎天下。気温は35度以上、とてもじゃないが現場に30分といれませんでしたが、少なくとも2種類のハチがくるのを観察できた次第。それにしても連中はものすごく元気。マルハナバチは体温のオーバーヒートを防ぐために非常に効果的な仕組みをもっているそうです。これから述べる2種類のハチはマルハナバチ(ここではBombus属のことですが)そのものではありませんが、彼らもそういう体温を一定に保つ仕組み/あるいはオーバーヒートを防ぐ機構を持っているのでしょうか?。

アカガネコハナバチ?

Halictus aerarius ?

  写真に写っているアカツメクサとくらべれば分かりますが、このハチは小さくて、体長は数ミリしかありません。見た限りでは1個体だけが訪れました。写真ではなんとも言えないのですが、コハナバチ科のアカガネコハナバチ ( Halictus aerarius ) かもしれません。後ろ足が黄色くなっていますね。これはいわゆる花粉団子で、集めた花粉を巣に持ち帰るために団子状にして貯えているのですな。こういうことをするハチはミツバチ上科 ( Apoidea ) であると思いますが、ミツバチ上科には以下のファミリーが含まれています(参考は「原色昆虫大図鑑 第3巻 」北隆館 )

 ヒメハナバチ科

 コハナバチ科

 ミツバチモドキ科

 ケアシハナバチ科

 ハキリバチ科

 ミツバチ科(注:種の起原の本文で論じられているマルハナバチたちはこのミツバチ科のなかのひとつの亜科 Bombinae マルハナバチ亜科です)

これがアカガネコハナバチ(コハナバチ科)だとしたら、マルハナバチと同じミツバチ上科ではあるけども科が違いますね。見ていると堅く閉じたようになっているアカツメクサの花をちいちゃな身体でグイっと押し開けてなかに潜り込んでは出てきて、そして次々に隣の花へ移動して出たり入ったりしていました。

 この手合いのハチがいかに活動的で、さらに活動的で花粉を運んでくれる望ましいお客さんを選別するアカツメクサの花のつくりがよくわかります。まさにマメ科の花の面目躍如といったところでしょうか?。

 では次ぎの写真

バラハキリバチモドキ ?

Megachile tsurugensis ?

 こちらはもっと大きなハチさん。せわしなくブンブン動くのでなかなか撮影できやしない。見ている限りではのべ2〜3回きていました。同じ個体なのかどうかはよく分かりません。全体の形やお腹のふし同士がちょっと離れてチューブをつぶしたような感じ、胸やお腹にモコモコと短い毛が生えているところからすると、多分、ハキリバチ科のバラハキリバチモドキ ( Megachile tsurugensis ) ではないかと思うのですが・・・・。確実なことは分かりかねます。

 ともあれ、このハチさんもアカツメクサの花をぐいぐいいじって作業していました。アカツメクサを観察したのはせいぜい30分なんですがこうしたハチがせわしなく行き来していました。ダーウィンのいたイギリスではアカツメクサの受粉はマルハナバチたちが行っていましたが、日本ではミツバチ上科とおぼしきこれらのハチがアカツメクサの受粉の役割を果たしているらしいことが見て取れます。

 さて、肝心のマルハナバチですが、その写真は以下。

モリアザミの花を訪れたマルハナバチ( Bombus属)の一種

トラマルハナバチ?( Bombus diversus ?)

マルハナバチは外見が似た種類が多いので正確な同定はさすがに・・・

 全身を覆う短い毛、これはマルハナバチたちの特徴です。撮影されたのはこれまた北村の家の近くで神奈川県、2005年10月28〜29日ですね。モリアザミの花にきてせわしなく蜜を集めていました。色合いや活動時期が遅い季節であることなどからするとトラマルハナバチ( Bombus diversus )かもしれませんが、よくわかりません。

 撮影された時刻は午前中。この時期にはすでに寒くなっていて、比較的早い時間であるのでひんやりとしていました。でもマルハナバチさんたちは元気、元気。彼らマルハナバチたちはいわゆる温血動物で低温の環境でも、種類によると氷点下でも活動が可能だそうな。翅を動かす筋肉が作る熱で効率的に身体を暖めることができるのでこういうことができます。身体を覆うもさもさした毛も断熱の役目を果たします。

 右の写真では後ろ脚に黄色い花粉団子を集めているのが見えますね。

 当時はアザミが花をたくさん咲かせていたので、それを目指して早朝からブンブンとマルハナバチたちが飛んでいました。それはもう次から次ぎとひっきりなし。彼らが同じコロニーから来たのか、それとも別のコロニーから来たのか、あるいはそれぞれ別の種類であるのか?。それは判断しかねますが、植物の蜜を集め、幼虫の餌にするために花粉を集める彼らマルハナバチたちが植物の送粉と受粉に大きな役割を果たしていることがよく分かります。

 なお、クローバーについてちょっと話しを戻すと、シロツメクサとアカツメクサは受粉の仕方が少し違うというような資料もありました。詳しくはよく分かりません。たが少なくとも北村はシロツメクサにとまったちいちゃなシジミチョウを見ていますし、シロツメクサに昆虫がやってくるのは事実なようです(ダーウィンの実験のようにハチの訪問が必要であるという観察もある)。いずれにせよ、シロツメクサよりもアカツメクサの方が蜜の量が多いのは確かですね。北村のHPの掲示板でも”アカツメクサの花をとって吸うと蜜の甘い味がするが、シロツメクサは土っぽいだけ”という体験談がされました。北村もやってみたのですが、たしかにアカツメクサは甘いです(ヒメオドリコソウみたいな感じですね)。でもシロツメクサは土っぽいです。甘くない。

 どうもシロツメクサ(右)は蜜の量が少ない上に、蜜を昆虫に吸われてしまうので、昆虫が訪れた後では余計に蜜が少なくなるようです。先の本「マルハナバチの経済学」183〜184ページではシロツメクサの花は蜜の量が少ないこと、昆虫が訪れないようにシロツメクサに網をかけてから匂いを嗅ぐと、匂いから蜜の量が分かること。網をかけないと蜜の匂いはほとんどしないこと、が述べられています。

  

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