恐竜から進化した鳥類:補完
ミクロラプトル・グイの発見は鳥の進化仮説にいかなる影響をもたらすか?
このコンテンツでは「子供の科学」2004 02 で掲載された記事の補完を行います。この記事の主旨は最近の恐竜学の状況について、というものでした。北村としてはダーウィンが予想した、鳥と他の動物とのギャップをうめる存在としての恐竜の発見から現在にいたるまでの研究の歴史/恐竜学の科学としてのありかたについて簡潔に述べたつもりです(詳しくは図書館やバックナンバーで確認してください)。
さて、この記事ではpp40にこんな文章があります。
『ミクロラプトルは答えを再検討するために必要な、まさに新しいデーターです。再検討を進めた結果、ミクロラプトルを発見した研究者たちは地上の恐竜が樹の上で生活するようになり、そして滑空するという段階をへて鳥に進化した、そういうアイデアを提案しました。ただし、再検討の結果でてきた答え自体は、このムササビ説を積極的に支持するものではありませんでした。』
これ、北村の知人に”難解・・・”と言われました。
いや・・・これ、難解なんじゃなくて文章がおかしいですよね。これはこう言い換えた方がよさそうです。
『さて、ミクロラプトルは答えを再検討するために必要な、まさに新しいデーターです。
ミクロラプトルを発見した研究者たちは、鳥はミクロラプトルのように滑空する動物から進化したと考えました。
しかし実際のところ、ミクロラプトルを含めて再検討しても、ムササビ説は積極的には支持されないようです。』
↑こちらの方がいいですね^^)
さて、ミクロラプトル・グイ(右の図を参考)はヴェロキラプトルに極めて近い肉食恐竜であったと考えられています。大きさは60センチぐらい。体長の半分は尻尾ですから、身体はとても小さい。頭の大きさはハシブトガラスより小さいくらいで、以前、北村が化石を見た限りでは身体のボリュームもカラスより小さめに感じました。ただ、カラスより短いものの頭はもう少しゴツくてもいいかもしれません(ドロマエオサウルスっぽい???)。
この恐竜は前足に翼を持っていましたが、後ろ足にも翼を持っていた非常にユニークな動物で、ある種の紙飛行機や、複葉機を思わせる形をしています。
さて、鳥は恐竜の子孫であるといわれます。ちなみにここでいう恐竜とは”古典的な意味での恐竜”ですね。系統学の立場からすると鳥は肉食恐竜の一種ですから鳥は恐竜の子孫であるというのはおかしな表現なのですが、まあ、ここでも「子供の科学」の記事でも恐竜という言葉を古典的な意味で使います。
閑話休題
では鳥はいつどのようにして飛ぶようになったのか?。鳥の飛行は地上から走ることで始まったのか、それとも樹の上から滑空することで始まったのか?。これは昔から続く議論です。
古典的には鳥は樹の上でムササビのような生活をする爬虫類から進化した。そう思われてきました。多分、この考えはハイルマンによる1927年の著作に由来するのでしょう(Heilmann 1927 参考として[ The Origin of Birds ] 1972 Dover Publications INC)。
ですが実際のところ、私達はごく最近になるまで鳥とそれに類縁関係のある動物についてほとんど何も知っていませんでした。ようするにムササビ説はあまり確かな根拠がなかったわけです。
生き物がどのように進化してきたのか?、それを探るには信頼できる系統樹が必要です。
ですから鳥がどのように飛ぶようになったのか?。それを知るには鳥と鳥に類縁のある動物がどんな血縁関係にあるのか?、それを示す系統樹が必要です。
しかしそうした系統樹が作れるようになったのは、ようやく1986年以後になってからのことです。それまでムササビ説は漠然と信じられてきましたが、あまり科学的といえる理由で信じられていたわけではありませんでした。
しかし、80年代、特にジャック・ゴーティエの1986年の論文以来、ムササビ説は旗色が悪くなります([ Saurischian Monophyly and the Origin of Birds ] Jacques Gauthier 1986 California Academy Of Science)。
なぜなら私達がこれ以後手に入れた確からしい系統樹はどれも以下のような形をしているからです。
_____________オルニトミムス(地上性)
|__________オヴィラプトル(地上性)
|________ヴェロキラプトル(地上性)
|______始祖鳥(地上/樹上?:飛べる)
|____コンフィスオルニス(樹上?:飛べる)
|__カラス(飛べる)
この系統樹からは鳥の祖先が樹上で生活していたムササビのような動物であったとはとうてい言えません。なぜなら鳥にもっとも近い動物(ここではヴェロキラプトルですが)が地上性だからです。さらにその外側にいる動物達も地上性です。樹上生活をしていた動物なんていません。
もしムササビ説が正しいのなら樹上生活をする爬虫類が鳥に類縁関係が近い動物になるはずです。ところがそうはなりません。そもそも樹上生活をする恐竜は知られていませんし、他のいかなる爬虫類も鳥から類縁が遠いのです。
こうして鳥がムササビのような動物から進化したというアイデアは支持を失いました。あるいは根拠がないにも関わらず漠然と信じられてきたことがばれたと言うべきかもしれません。現在では鳥の飛行は恐竜の一部が地上を走り回る過程で得た能力であると考えられています(Chiappe 1995. The first 85 million years of avian evolution, Nature vol.378, 1995, pp349~355)。
これは平面を動き回ることから離陸するという発想ですからトビウオ説とでも言うことができるかもしれません。あるいは飛行機説と言った方が良いかもしれない。飛行機は樹の上から滑空することから飛行を始めたわけではないし(リリエンタールは丘の上から滑空したけど)、現在の飛行機の祖先はライト兄弟以来、地上を走ることで空を飛ぶことを始めましたからね(逆にいうと飛行という動作は滑空から進化するわけではないということになる)。
とはいえ、記事でも書きましたが、科学のアイデアは検証しなければいけません。一部の科学マニアの人がいうように理屈が正しければそれでいいなどというのは科学ではない。
さて、2003年のミクロラプトル・グイの発見は驚きを持ってむかえられました。なぜってこの恐竜は後ろ脚に羽を持つというなんとも非常識な姿をしているからです。まず間違いなくこの恐竜は樹上生活をしていた動物で、少なくともムササビのように滑空していたはずです(自力で飛べたかどうかは検討すべき課題)。この発見はほとんど根拠を失ってしまったムササビ説に有利でしょうか?。それともスタンダードな仮説、飛行機説に有利でしょうか?。
先の系統樹にミクロラプトルを加えて確かめてみましょう。するとこうなります。
_____________オルニトミムス(地上性)
|__________オヴィラプトル(地上性)
|_A______ヴェロキラプトル(地上性)
| |__ミクロラプトル(樹上:滑空か自力飛行?)
|______始祖鳥(地上/樹上?:飛べる)
|____コンフィスオルニス(樹上?:飛べる)
|__カラス(飛べる)
Xu et al 2003 Four-Winged dinosaurs from China Nature vol.421, 2003, pp335~340を参考
この系統樹は鳥の祖先が樹の上で進化したことを示してくれるでしょうか?。答えはイエスでもあるしノーでもあります。
なぜって?。
例えば以上の系統樹におけるAの位置。ここにはヴェロキラプトル+ミクロラプトル+鳥の共通の祖先がいることになるのですが、この祖先が樹上であっても、あるいは地上性であっても、どちらでもこの系統樹は成り立ちます(正確にいうと、どちらの仮説もこの系統樹での特徴の分布をシンプルに説明できる)。ようするにどっちとも言えないわけですね。
そういうわけで北村の記事では冒頭で述べたような文章になったわけです。つまり、
ムササビ説は積極的には支持されない。
とはいえムササビ説は、以前のまるで証拠がない(にも関わらずなんとなく信じられてきた)という状況から脱して、既存の有力な仮説、飛行機説と五分かもしれない立場になったわけです(例えていうなら0から50パーセントになった)。それを考えると、あまり支持されていない、という切り口よりも、むしろ新しい証拠によってムササビ説はよみがえるか?、という切り口の方が記事としてよかったかもしれません。
しかしながらムササビ説の復活というのもおかしな表現かもしれない。なぜか?。
だってミクロラプトル・グイの発見で支持されたのは恐竜が自力で空を飛ぶ進化の過程で”滑空という段階があったかもしれない”、ということでしかないからです。これは昔懐かしいムササビ説ではない。古典的なムササビ説ならすくなくともこういう系統樹が証拠から編めなければおかしい。
_____________樹上性の爬虫類A
|__________樹上性の爬虫類B
|________ヴェロキラプトル
| |____樹上性のミクロラプトル・グイ
|________始祖鳥
|_____コンフィスオルニス
|___カラス
古典的なムササビ説が支持されるとしたら、化石を系統解析するとこのような系統樹が編まれなければいけない。
ですが実際のところ、こんな系統樹は編まれていない。つまりミクロラプトル・グイの発見で支持されたのは、実は古典的なムササビ説ではない。もっと新しい、別の何かです。
さて、ムササビ説(新しいやつね)を採用しようが、飛行機説を採用しようが、面白いことがあります。オヴィラプトルという恐竜は腕に翼を持っている。この恐竜は実際に編まれた系統樹を見れば分かりますが、ヴェロキラプトルよりも鳥から類縁関係の遠い動物です。それにも関わらず彼らは腕に翼を持っている。
翼を持っているのだからオヴィラプトルは飛べない鳥なのだって言う人もいますが、彼らが始祖鳥よりもカラスに近いという積極的な証拠はないのが現状です(ようするにオヴィラプトルが鳥であるという仮説は根拠薄弱で主張によっては循環論法的で支持することはできない)
(注:ちなみにオヴィラプトルには鳥の特徴である尾端骨があるから、だからこの恐竜は実は鳥ではないかという人もいますが、それだけでは既存の系統樹は崩れませんよ。尻尾の骨の数、関節突起の長さを加えても崩れない。ようするにそれだけの証拠では既存の仮説に対抗できません。どうしても崩したい人は科学哲学と分岐学、数学を学んでから、できれば化石発掘にいってね。運がよければ既存の仮説を崩せて論文書けるかもしれない^^)。)
飛べない、そして飛んだこともない動物であるにもかかわらずオヴィラプトルは羽を持つ。ようするにムササビ説をとろうが、あるいはスタンダードな飛行機説をとろうが、いずれにしても恐竜は鳥になる前から翼を持っていたことになる。これは一見するとじつに奇妙なことです。
(注:こういうことをいうと、だからやっぱりオヴィラプトルは鳥じゃないかなあ?という人がいます(実際に北村の知人でいたのだけど・・・・)。ようするに翼は飛ぶための器官だから、やはりもともと飛ぶためにあった、そういう考え方ですね。でもこれはおかしい。この理屈でいくと、人間の手は道具を使うための器官だからサルの手は道具を使うためにあるということになる。そして(大部分の)サルが樹の枝をつかむことだけに手を使うのは、もともと道具を使うための器官が役割を変えたからだ、そういうことになる。これは結果が先にありきの間違った論法でしょう。
この謎を説明できるかもしれないアイデアとしてウズラの仲間がどのように翼を使うのか調べた研究があります。じつはウズラやキジのヒナは飛べるようになる前に、翼を運動の補助として使います。このことから鳥でもなんでもないオヴィラプトルが翼を持っているのは、走り回る時の補助に使うためだったのではないか。こういう推測が成り立つわけです(Dial 2003 Wing-Assisted Incline Running and the Evolution of Flight Nature vol.299, 2003, pp402~404)。
案外そういうものだったのかもしれません。だとすると、もともとバサバサ腕を動かして立体的に動いていた動物から樹上生活をするミクロラプトルや空を自力飛行する鳥が進化したことになります。
これは斜面登坂説と言われますが、このアイデアは飛行機説をベースにしながらムササビ説(ミクロラプトル・グイの発見による新しいムササビ説の方)を飛行機説に取り込んでしまうかもしれません(このあたりの詳しい考えを知りたい人は、真鍋 2003 「恐竜が初めて空を飛んだ日」 パリティ,vol.18 No.11 2003, pp52~56 を参考のこと)。
さて、研究者は自分の仮説がより確からしいことを示そうと化石発掘や系統解析に努力を傾けています。今後の展開が楽しみですね^^)。どちらの仮説がより確からしくなるでしょうか?。