KILL TIME

 そもそもその日は手持ち無沙汰だった。山のような新聞や雑誌はすべてチェックが済んでしまっていた(そう何度も都合よく彼が新聞に載るようなラッキーが続く訳はないのだけれど)。リーマス宛の学術誌も隅から隅まで読まれていたし、屋根の修理や草むしりなどの雑用も午前中にシリウスが片付けていて、2人は夕食まで時間を持て余していた。
 おまけに小雨が降ってきて、気分転換の外出もままならない。
「もしもお前が女だったら」
 先程までブラウニングの詩を暗唱していたシリウスが同じような調子でそう言ったので、リーマスはてっきりその続きだと思って頭の中でぼんやりと作品の検索をした。『もしもお前が……』『もしもお前が……』しかしそんな出だしの詩に、彼は心当たりがなかった。
「俺は言っただろう。『古くから連綿と続くブラック家の一員として加わる事を承諾してくれるだろうか。その栄誉を君に。そして我が一族も、君のような素晴らしい女性を迎え入れる事を誇りに思う』……少々古風すぎるかもしれないが」
 シリウスが詩を暗唱しているのではなくて自分に向けて喋っているのだとリーマスが理解するのに、尋常でないほどの時間が掛かった。
 どうやら彼はもしリーマスが女性だったらプロポーズしていたのに、と言いたいらしい。
 しかし何とも返答に窮する話題だった。礼を言う訳にもいかないし、面白くないので笑えない。
 『もし私がひそかに女性になりたい人だったり、何にでも傷つく繊細な心の持ち主だったとしたら、そこの飾り時計で君をぶちのめしていたかもしれないねシリウス』
 当然リーマスは女性になりたい人ではなかったし、特別繊細な心の持ち主という訳でもなかったので、シリウスに向かって曖昧に頷いた。
 これはシリウスの長所であり短所である。彼は喋る時も行動する時も、事前によく考えるという習慣がない。よく言えば率直で素直。それで沢山の敵を作っていた。悪く言えば短慮で無神経。無論そんなものを意に介する彼ではないのだが。
「じゃあシリウス、もし君が女性だったら私は座っている君の前にひざまづいて手を取り、こう言っていたよ。『私の病を知りながら私を選んでくれた君の勇気に感謝を。一生君を守ると誓う。君を傷つけるもの全てから』ってね」
 リーマスは少年の頃夢想していた、けれど残念ながら未だ誰に対しても使われていない言葉を口にした。
 そこで話は終わるだろうと彼は予想していたのだが、何故かシリウスが憤然と反論する。
「病気を補ってあまりあるくらい、お前は性格が良いじゃないか!それに頭も良いし!」
「……どうして君が返事をするんだい」
「返事?だっておかしいだろう!そこまで有り難がる必要はない!」
 もしそんな女性がいれば、の話である。架空の話にここまで回転数が上がる友人に、正直付いて行けないものを感じながらそれでもリーマスは律儀に答えた。
「うーん、でもやっぱり大変な決心だと思うんだよ。家族にだって反対されるだろうし」
「少なくとも俺がそう言われたら怒る」
「……君にしないから。プロポーズは」
「しかし今の内容だったらプロポーズでなくとも、俺に言って構わない台詞じゃないか?」
「ああ、そうか。そうだね。……あ、でも似たような事をもう言っているよ」
「何」
「学生時代に。君にというか君達に」
「・・・・・・・」
「聞いてなかったのかいシリウス」
「聞いていたよ。よく覚えてる……しかし」
 さあ、どうやって話題を変えようかと思案しているリーマスに気付かず、シリウスは食い下がる。
「あの時の言葉は集団用だった。俺一人へ言ってくれ。今ここで、さっきのやつを」
「え。ええと、断る」
「何で!」
「ほら、それなりに……さっきのは……ロマンが……」
「外は雨で、家の中は2人っきりだ。時間もたっぷりある。ロケーションは最高じゃないか!」
「たぶん会話になってないよシリウス」
 とうとう席を立って部屋から退散するしかなくなったリーマスに、なんとシリウスは犬の習性そのままに後を追い始めた。隣の部屋に、そのまた隣の部屋に。そして廊下へ、階段へ、2階の部屋から部屋へ。初めは歩いていたがやがては全力疾走になった。
「幾つだ君は!その歳で家の中で追いかけっこかい!」
「お前こそ子供みたいな意地を張るな!いいじゃないか減るものじゃなし!」
「断固拒否する!」
 家の中をあちこちと大声が移動する。物が倒れたり何かがぶつかったりする音も。それは遠くの街並みに明かりが灯るまで続いた。
 2人は暇をつぶす事に、見事成功したらしかった。







KILL TIMEは『ひまつぶし』です。
『殺しの時』ではありません(笑)。
君ら一生やってろって感じですね。
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