夏の彼と冬の彼


「ああ……死にそうだ」
 ルーピンが何ともいえない風情でそう呟いたとき、シリウスは一瞬動きを止めてまじまじと相手の顔を見つめた。その視線に気付いて元教授は自分の発言が大変に紛らわしい種類のものであると認識し、「暑くて」と不器用に付け足した。
 こういう場合、真実がどうであれ艶っぽい声をあげて有耶無耶のうちにシリウスを喜ばせるような臨機応変さとサービス精神は、彼にはない。もっとも、備わった羞恥心の基準が似通っているからこそ彼等は破綻なく暮らしているのである。シリウスも彼のその部分に文句をつけるつもりはなかった。そしてもう随分と慣れたので、落胆などしない。
「こうしていると何をやっているか段々分からなくなってくるよ」
 確かに彼等は、とある共同作業に取り掛かったところであったが、それはあまり「何をやっているか分からなくなる」ような種類のものではない筈だった。少なくともシリウスの常識に照らし合わせれば。
「その発言は有体に言って『何をやっているか分かるように、もっと激しく』という指示なのか?リーマス」
「行間を読まないでほしい。……どちらかといえば逆に、この気温の中でそういう気分になる君が不思議だ」
 のろのろとシリウスの首の後ろに廻された元教師の手は、しかしその体温に気後れしたのか元に戻されてしまった。
「俺達は恒温動物で、おまけに人間のはずだが?」
「客観的に考えてみてくれシリウス。痩せた中年男2人がこの暑いさなか汗まみれになって抱き合っているんだよ?」
「だが恋人同士だ」
「中年男性であることに変わりはない。視覚的にも限りなく拷問に近いよ。もしお年寄りなんかが目にしたらショックで死んでしまうんじゃないかな……無論その前に私が自決するけど」
「……死ぬほどのことか?」
「当然だ。ああ、勿論君が嫌いだとか鬱陶しいとかそういう事を言いたいんじゃない。単に暑いだけだ。冬に君と抱き合うのは好きだよ。暖かいからね」
「……正直に言わせて貰えば、俺は冬より夏のお前が好きだ」
「……初耳だ……理由はあるかな?」
「冬のお前は体が冷たくて、暖まるのに時間がかかる。だから始めのうちは手足が堅くて曲がりにくい」
「うん……確かにそれは変わった趣味でもない限り、楽しめそうもない感じだね。済まない」
「いや、だから夏は逆に涼しくて好きだという話だ」
「涼しい……そうだろうか……とてもそうは思えないけど……」
 どちらのものかも分からない汗を塗りつけるように、無遠慮なシリウスの手が脇腹を撫で上げた。ルーピンは大きく息を吐く。しかし顔にかぶさってくる黒髪は、吐息如きでは微塵も揺れない。たっぷりと汗を含んで重さを増しているのだ。
「黒い樹海だ……」
「樹海?白昼夢か?」
「違う……でも説明する気力がないから白昼夢でいいよ」
 それから2人は忍耐力の限界に挑戦するかの如き面持ちで、互いの残った衣服を剥ぎ取る事に専念し始めた。汗のせいで布地は、トマトや桃の皮のように捻れ返って四肢に纏わりつく。それでも彼等は取りあえず泣き言を言わなかった。
 外は完全な無風状態のようで、カーテンはそよとも揺れない。しかし日差しは室内を焼き尽くさんばかりの暴力的な光で照らしていた。
「何か2人して、とてつもない苦行に挑戦しているみたいだ。出産とか。あるいはマラリアに罹って苦しんでいる最中のような……」
 うつろな目をしてつぶやく友人の喉元に口付けていたシリウスは、ふと顔を上げて質問する。
「リーマス、もしかして俺のやる気を削ごうとしていないか?」
「……そんなことはないよ」
 ゆっくりと頭を撫でられたが、さすがにそれで誤魔化されるシリウスではなかった。
「俺の目を見て言ってみろ」
「そんなことは、ないよ?」
 ルーピンは笑ってもう一度同じ事を言う。先程よりは却って信頼の置けそうな表情だった。生徒達に慕われたであろう誠実な教授の顔。シリウスの片眉が上がる。
「じゃあ口を開けてみろ」
「……?」
「そうそう。次は舌を出せ」
 疑うような表情のシリウスの指示通り、リーマスは行動して見せた。

「よくできました」

 するとシリウスは表情を人の悪い笑みにガラリと変え、あまり初心者のしないようなキスを始めたのでルーピンは何も喋れなくなってしまった。
 なので「夏に君と抱き合うと、私は調理されている気持ちになるんだよ」という彼の、同情されるべき言葉は永久に行き場を失ったのだった。









男女2人(うち女子0名)夏(残酷)物語

抱き合うとジューっと音がしそうなんだろう。
シリウスの体温が高い所為です。
体温が高い人というのは多分代謝がいいんだろうけれど
「いい大人になって何を必死に代謝してやがる!」
という気分になるのは暑くて心が狭くなって
いるからでしょうきっとおそらくは……。

季節ものを書いてみました。
(読む人も書く人も食欲減退しそうな…)
冬に自分で読んで、幸せを噛みしめるために。ふふ。
そういえば裏と表の区分ってどうだったんだっけ私よ。
たしかリバと下半身が裏とか決めた気もするなあ…。(自問自答)

私の居住区間にはクーラーがないので
やつらの家も冷却しないのです。
(何かもう涼しい地方もあるという
奇妙な噂を聞きますが、とりあえず
身の回りはブリブリ全開で暑いっすよ?)

2003/09/09


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