彼の手

 彼を好きだというのは、まあ前提として。
 彼の身体の部位で、どこが一番好きかというのをつれづれに考えてみる。

 黒い飴の色をした眼や少し酷薄な形の薄い耳や、骨格が綺麗に浮いた肩のライン、驚くほど容易に次々と思い浮かべる事が出来るが、中でも強烈に記憶に残っているのは彼の二つの手である。
 彼の手は育ちの良さに相応しく、本当になめらかに動く。
 それは乱暴な物言いや怒りっぽい気質を裏切って、優雅ですらある。私達と出会う前の、何不自由ない生活がひっそりとそこに隠れている、という気がして少し切ない。
 物への触れ方が何というか丁寧で、安っぽいペーパーバックでも彼がページをめくっていると古文書か何かのように見えるし、私達のささやかな居間の椅子を彼が引くとそこは突然大通りの一流レストランじみた雰囲気になる。
 確かピアノやバイオリンを弾けるという話を人づてに聞いた。(実際に耳にしたことはないし、多分彼の性格からして一生演奏は望めそうもない。泣いて頼めば聞かせてもくれようが、そこまでするのもどうかと思われる)それには成る程と納得させられた。彼の手は何を扱うときでも「奏でる」という言葉がぴったりくるくらい慎重で繊細に動く。
 そして何より私達が親友でなくなる短い時間。
 私の衣服の釦をひとつづつ外す彼の手つきは、一生で一番高級なプレゼントの包装紙をそっとはがす時のそれだった。ウエストに廻されていた手が持ち上がって襟元をくつろげる瞬間や、片腕に引っかかっていた袖を払い落とす時など、思わず眼が釘付けになる。彼が触れているのを見ると、この私も幾分上等な人間になったような気がするから不思議だ。
 そんな具合なので、着ている物がなくなると私は途端に詰まらなくなる。つい彼が釦を外すそばから留め直してみたり、彼の手を上から押さえたりして邪魔をしてしまう。もっと彼の手が動くところを見ていたいからだ。
 シリウスは冗談だと思っているのだろう、笑いながら私の手を捕らえて噛むそぶりをする。

 彼は気付かないだろうから、子供の頃の品の良さはきっと一生2つの手に宿り続けるだろう。私はそれがとてもメルヘンチックで、そして羨ましい事に思えるのだ。




 これは何と問われれば、シリルーと答えるほかなく、
頭湧いてんじゃないのと言われれば黙るしかありません。
(でもきっとルーピン先生はシリウスの右手と左手に
名前を付けている。そしてその名前はたぶん「パッド」と
「フット」である。おそらく時折その自分の絶望的なセンスに
独りでウケている)
 男性でごくごくごく稀にこういう手の人がいますけど、
「俺はお前の手と付き合いたい!」とそう思います。
手とだけ。頭とか足とかは不要なの。

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