溶性事件


 幾らでも待てるとは思ったが、うっかり一年も待ってしまった。
 いくらなんでも待ち過ぎだ。

 俺はリーマス・ルーピンが好きだった。元来短気な俺は、自分の気持ちに気付いた時点ですぐに告白した「お前が好きだ」。返ってきた答えは「僕もだよ」これはまあ予想していたので落ち込んだりしなかった。数日後にもう一度「友達としてではなく好きなんだ」……返ってきた答えは「ありがとう」これには少し悩んだ。「俺と付き合ってくれ」「いいよ。どこへ行くの?」ホグズミードだと俺は答えた。「俺の恋人になってくれないか?」「いいとも愛しのシリウス」冗談だと思われたらしい。……陰湿ないじめを受けているような気になってきて少しばかり泣けた。けれど俺はリーマスと日々、キスをする。
 そう、キスだ。
 あれ以来俺はリーマスとキスをしている。彼が何を考えているのかは予想するしかないが、おそらくあの妖精の一件で俺にそういう癖がついてしまったのだとでも思っているのだろう。リーマスの為に一応述べておくが、本来彼はそこまで鷹揚ではない。知り合った頃の彼は今とは逆に、腹立たしい程距離を置いた付き合いしかしない奴だった。たぶん秘密を持たずに済む友人というのを初めて得たせいだろう、彼はほとんど自己を投げ与えるような勢いで俺達を信用している。俺と、ジェームズと、ピーターを。俺は時々不安になる。もし俺達の中の誰かが、その信頼を故意に裏切ってリーマスを酷い目に遭わせたとしたら一体こいつはどうなってしまうんだろうと。想像するだけで立ちすくんでしまう。
 俺はリーマスに信頼されている人間のうちの1人だ。なのでリーマスはキスくらい笑って受ける。1日何度だって。どうかこれが裏切りではありませんように神よ。
 部屋に2人っきりの時に彼のシャツのボタンをはずして、そこへ口付けた事もある。彼はくすくす笑って、こそばゆいと言った。………………どうしろと言うんだ。妖精に尋ねるしかないのか?リーマスの、俺への絶対の信頼が俺の恋路を邪魔している。彼が青ざめた顔で「何をするんだ」と叫んでくれたら話が早いのに。「実はリーマス俺は……」そうだったの?シリウス。「ああそうなんだ。お前の返事を聞かせてくれ」という具合に。
 実際のやり取りよりは、こういう妄想の会話の方が多い感じで、とうとう一年が過ぎた。告白するまでが3日、交際期間が3ヶ月と言われたスピードキングの俺も、リーマスの前に膝を屈する日が来たようだ。心構えはしていたのだが。ああ、心構えはしていたとも。

 あまり人の来ない埃っぽい階段の片隅で、俺はいつものように唐突にリーマスへ唇を寄せた。彼は会話を中断して、笑ったままキスを受ける。これで俺達が恋人同士ではないなんて誰が信じてくれるだろう。ていうか気付けよ!!いい加減に。そりゃあこの世には片思いのまま相手に指一本触れられない男が山ほどいる。そいつ等に比べたら俺の環境は恵まれているのかもしれない。けれど俺はその辺にいる男共とは違って、何もかも特別の筈だ。俺の恋はすぐに叶って当然ではないのか。
 長く唇を合わせていたのでリーマスは小さく呼吸をした。耳に近かったのでよく聞こえた。何故かは分からないが俺はその微かな音で理性を失った。
 骨の浮き出た項をしっかり押さえて深くキスをする。もともとリーマスの唇は薄く開いていた。俺は彼を味わった。
 リーマスはさすがに押し返そうとして俺の胸に両手を当てたが躊躇いがあったのか俺の抱きしめる力のほうがはるかに強く、2人の間で彼の腕は小さく畳まれる。
 腰を強い力で引き寄せて、膝で膝を割った。その一瞬、俺は力の加減がまったく出来なくなった。おそらくリーマスは、もがいて逃れようとしたのだとは思う。けれどそれは余りにも弱く、俺の腕は余りにも完全に彼の体を拘束していた。足を絡めとられて、彼は体重を殆ど自分で支えていない状態だった。
 柔らかい羽虫を喰らう蜘蛛のように、俺はリーマスをしっかりと捕えていた。リーマスの体から力が徐々に抜け始め、代わりに呼吸の音が耳につくようになる。リーマスにキスをしているのか、リーマスを食おうとしているのかが胡乱になり、そして密着しているリーマスの頬と俺の鼻や互いの前髪が、境界を失って1人の人間になってしまう気がした。
 俺が意識を取り戻すと、リーマスは足元に座り込んでいた。肩で息をしている。
「シリウス……これはちょっと……」
 俺はゆっくりと彼の側にしゃがみこんで、言おうか言うまいかしばらくの間考えた。長い時間夢想していた台詞を口にするというのは妙な気分がするものだ。
「うん。すまない。でも俺はお前の事がそういう風に好きなんだ」
 リーマスは斜め下を見たまま固まってしまった。俺は一時間でも二時間でも待とうと思って空を見る。さすがにそこまでは待つ必要がなかった。
「そういう風にって……」
「お前はぜんぜん気付いてないと思うけど、俺はあの妖精の件以来、ガールフレンドとは付き合っていない。そういう風にお前が好きだからだ」
 また沈黙。リーマスの瞳が左右に揺れている。
「それは……でも……あの時キスしたから……それで勘違いしているんじゃないの?シリウスは」
「うん、リーマス。それは俺への侮辱だ」
 彼ははっと顔を上げ、小さな声でごめんと呟いた。俺は笑って首を振る。
「いいさ。それに今すぐどうこう言えとか言わないから安心しろ。そりゃいつか返事をくれたらなとは思ってるけどな」
 事態の認識だけでリーマスの1日の処理能力一杯一杯だというのは彼の顔を見て分かった。ここまで来るのに1年待てたのだから、返事を貰うのも1年待てるだろう。おそらく。たぶん。
「俺が嫌いになった?」
 そんな心配は実はしていなかったが、念の為俺は尋ねてみた。彼の首は横に降られる。
「じゃあ帰ろうぜ、親友」
 俺が立ち上がると、反射で彼も立ち上がろうと地面に手をついた。2,3度体が上がりかけるが、彼は妙な顔をして再び腰をおろしてしまう。
「……立てない……」
 呆然とした顔で見上げてくるリーマスに、俺もしばらく絶句していた。
「……ああ、腰に力が入らなくなっているんだ」
 外国の奇妙な風習を初めて現地で教えられた旅行者のように無垢な表情で、リーマスは俺を見ていた。俺は、まるで子犬の皿に悪戯心を起こしてワインを注いだみたいな気分を味わった。子犬は疑いもせずにそれを飲んだのだ。高揚感は徐々に薄れ、罪悪感が取って代わった。
「……それってキスのせいだよね」
「たぶん」
 リーマスはがっくり項垂れた。髪で表情が隠れてしまう。
「なんかすごく恥ずかしくなってきたな。シリウス、先に帰ってくれる?僕は後から帰るよ」
「・・・・・・」
「お願いだから。1人にしてほしい」
 彼がいつもの彼に相応しくなくあんまり萎れているので、俺は見ているのがつらくなって「分かった」と言って歩き出そうとした。1度振り返る。リーマスは俯いたまま動く様子がない。2度振り返る。なんだかまるで動物を捨てていくみたじゃないか。
 俺は軽く駆けて奴の目の前に戻った。奴は顔を上げなかったが、構わず背を向けて膝をつく。
「?」
「俺が背負っていく」
「……シリウ―――」
「頼む。お前の頼みは無視して自分の頼みを言うなんて我侭だけど、俺は我侭を絵に描いたような男だから仕方ないんだ。お前をここに置いていくのは、嫌だ」
 唇が動いて、リーマスは何かを言いかけた。でも結局それを口にするのはやめたようで、一度口を噤んで「台詞長いよ」とつぶやいて笑みのようなものを浮かべる。俺は心の中で彼に頭を下げた。
 そっとリーマスの手が肩に触れて、少し揺すり上げただけであっけなく彼の体は背中の上に乗った。
 俺はいまこの背中の上に乗っている暖かいものの事がとても好きだ。
 それは間違いない。
 無言のままさくさくと歩き始めて、俺は自問自答する。でも、俺とリーマスは別々の人間なので、俺の望む事とリーマスの望む事は違う。そういう簡単な事実を俺はいま始めて学習した。
 俺はリーマスに触れたかったり、キスしたかったり、その先の色々なこと(たぶん彼の想像したことがないような)をしたかったりする。男だから当然として。
 しかし俺の性格からすると驚いた事に、リーマスの望まないことはしたくないと、そういう気持ちもしているのだ。リーマスが望まないのであれば、俺の好意が通らなくてもいいとまで。一体自分はどうしてしまったんだろう。まるで腑抜けになってしまったようだ。
 けれどそう思うのだから仕方ない。俺はさっきみたいに俯いたまま萎れているリーマスを見たくないんだ。あのいつもの、美味いものでも食ってるみたいな顔で笑っていてほしい。
「もうしないから。……ええと、今日みたいなのは」
 俺は背中のリーマスへ、そう言った。リーマスは小さな声で「うん」とだけ返事をした。
 背中にリーマスの頬が当たる。たぶん前髪や、胸や、耳なんかも。こんなに距離が近いのに、こいつが何を考えているかは分からない。
 でも、今日のことはひどく真面目に考えてくれるだろうことだけは知っていた。リーマスにとって俺は大事な人間だから。だから俺も真面目に考えなくてはいけない。
 お互いに大切にし合って、真面目に考え合って。なんだかそれでいいやという気もしてきた。俺はリーマスを背負ったまま、できるだけ静かに歩き続けた。









ギャァーーーー!!(笑)
誰よりも私が恥ずかしいヨ……。
アップするのが嫌で2、3日グズグズしちゃったよ。
(腰は抜けないよね男の子なんだしね、うん)
言い訳するんじゃないですが、1話と2話は
3話の為にあるんです………(暗い顔で)。
それにしても前作の自信は、どこの便所にながれたんだシリウス?

この世界はダンブルドア校長が例の人を罠にかけ、
適当な罪状をでっちあげ、若いうちに闇に葬ります(ステキー!)
ので、鹿も妻も誰も死にません。パラレルです。

シリウス少年とリーマス君はこんな調子で
ああでもないこうでもないと付き合い続け、
結局同居します。リーマス君は「深いお付き合いをするのは
20歳を過ぎてから」という妙な思い込みがあったのですが、
それを知らないシリウス君は「リーマスにはその気はないんだな…」
と理解します。(それでも一緒にいられるし、キスは出来るし/笑)
20歳になるころにはシリウス君はすっかり鉄の自制心を
身に付け、それなりの大人に。
困ったのはリーマス君です。全裸に近い格好で抱きついても
何をしてもシリウス君は困りながら服を着せ掛けてくれます。
全然アプローチに気付きません。
とうとう「君の好きなようにしてくれないか?」と恥辱に耐えて
言葉で言う羽目になります。やったねシリウス君。
江戸の敵を長崎で討ったね!
……いや、シリウス君はショックで寝込んでしまって
それどころではないのですが(とことん……)。

めでたく2人は新婚カップルに。ジェームズ大笑い。
そして数年後にはリバに(どうあっても終着点はそこか)。
3話はそれより後の物語となります。憧れのシチュコメを
やりたかったんです。さあ、この材料でどういう話を
作るか予想ついた方はおられますかな?
(3話題名は「陽性事件」)

そして1作分(2話と3話の間)書く手間を惜しんで、
あとがきで茶を濁した事に気付いた人はおられますかな?(笑)

2003/09/18


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