彼の見る悪夢2


 悪夢から覚めると、君はまず『ここはどこだろう?』という顔をして目を開ける。
 その瞬間、君は本当にここがどこであるかを分かっていない。決して言った事はないけれど、その時の黒い瞳は強い雨が降った後の夜空に似てとても綺麗だ。
 君は私と違って賢いから、もう急いでも叫んでも何一つ取り返しのつかない世界に自分が居ると、すぐに理解する。そして呆然と起き上がって、夢の中の焦りや努力はすべて無駄だったのだと毎回必死で学習をする。君は泣かない。震えもしない。少し背を丸めてただ耐えている。
 私は君の目覚める少し前に気付いて起きているのだけれど、黙って見ていられるのはその辺りまで。それ以上痛々しい君を見るのがつらくて右手を差し伸べると君は無言で私の胸に頭を寄せてくる。
 君が全ての体重を私に預けても、それは恐ろしく軽い。
 誰よりも強く自信家で、知恵と立派な血筋と整った顔立ち、全てをその手の中に持ってジェームズと2人で双神のように君臨していた君が、今は卑しい亜人間の腕の中で小さくなっている。
  どうしてだろう。酷い目に合わされるのは私一人で十分なのに。
 君は瞬きを繰り返す。死に瀕した小動物がそうであるようにただ無心に。私は君に頬を当てて、ずっと囁き続ける。「もう大丈夫」「心配ない」「安心して」母親が子供にする仕草で髪と背を撫でながら。
 絶望で虚ろになっている君の瞳を見ていると、この身に代えても守りたいという気持ちと、我々からほとんど全ての物を奪った存在への怒りと、……そして今ここで君の身体を抱きたいという欲求が胸の内で混ざって私は混乱する。この感情は何だろう。浅ましい獣の血が、私の中にあるからだろうか。
 そう、私はすでに知っている。この瞬間に君を組み伏せても君が決して抗わない事を。黒い無垢な瞳を天井に向けて、ただ為すがままにされるという事を。
 彼の人生において最悪の運命を受け入れたように。
 「私が死んでジェームズが生き残れば良かった」と、そう言えば君は狂ったように怒るだろうから「君が死んでジェームズが生き残れば良かった」とそう言い換えても良い。もしジェームズが生きていれば残された者2人で溺れるようなこんな状況には陥らなかっただろう。
 ああ、けれど。
 私の言葉が止まったのに気付いたシリウスが私を見た。私は感情が顔に表れる性質ではないのだけれど、彼にはそれが読めるらしい。昔からそうだった。
 君は私の心の中にどんな悲しい考えが浮かんだのかを心配している。君はどれだけ自分が満身創痍でも隣にいる者が倒れれば痛みを忘れて手を差し伸べる。息をするように自然に。
 シリウス。美しい魂を持った私の友人。 アズカバンですらそれを砕く事は出来なかった。 せめて君が夢を見ずに眠れるように。
  私は彼に口付け、彼は目を閉じた。




あとがき(注:身も蓋もない)
実はリバーシブル星から来たリバ星人です。
ぶっちゃけた話、ルーピン先生の方が上手。
それは自分の肉体をコントロールするのに
慣れているから。普通の人とは年期が違うから。
シリウスは意識が混濁するまで翻弄されて、
あとは夢も見ずにキューです。
翌日、悔しくて妙にむっかりしている犬(笑)。
そしてこの2人、ハリと(夏休暇の間だけ)同居が
決まった時点で「普通の友達に戻りましょう」宣言をして
決行するのですが、すぐに元の木阿弥に……
なぜなら2人とも夜中にうなされる持病があるから。
その……夜に、ベッドで、憎からず思っている人が
半狂乱になっていて、抱きしめたりなんかして、その上で
自制が効く人間なんかそりゃあんた石像か何かですよ?

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