寝ても覚めても


 ここのところ毎日、シリウス・ブラックはリーマス・J・ルーピンの事を考えていた。
 自分が彼をどう思っているか。或いは彼が自分をどう思っているかという問題について。
 シリウスが突然に友人への恋情を自覚し、その感情を否定するか肯定するかで悩んでいるのではない。彼等は大抵の恋人達がするような事はもう全て余さず済ませてしまっていたし、時折喧嘩を挟みながらであるが仲良く一つの家に暮らしていた。
 しかしある日突然疑問はシリウスが台所でキャベツを切っていたときに訪れた。
 自分達は一体どういう関係なのか。
 古い友人である。これはとても一般的で穏当な表現だ。ただし裸になってベッドで抱き合う事もある古い友人である。これはあまり一般的な表現とは言えない。
 そういう時間をルーピンはシリウスと共に楽しんでいるように見えるし、とりあえず悲鳴をあげたり抵抗したりする様子はない。唇を寄せれば、彼はおとなしく目を閉じる。
 しかしだからといって「恋人同士」だと言っていいのかどうか。
 ルーピンが好意のない相手とそのような行為に及ぶ人物ではないのをシリウスはよく知っている。しかしその好意が「友人として好き」という範疇を越えているかについて、情けないことにシリウスは断言できなかった。ルーピンの中のそのカテゴリーは非常に面積が広く、深い。
 友人に対する献身で調子を合わせているだけだという可能性も全くないわけではなかった。彼が本気で真意を隠している時に、シリウスが独力でそれを看破できた事はただの一度もない。
 確かめなければならない、と彼はすぐに思い立つ。シリウスの中に一旦停止という言葉はなかった。しかしどういう風に尋ねたものか?それが彼の頭を悩ませる。
 「好きだ」と言えばまず確実に間違いなく火を見るより明かに「私もだよ」という答えが返るだろう。そんなへまをする程シリウスは間抜けではない。しかしだからと言って「愛している」などと言おうものなら、ルーピンは必ず笑うだろう。しかも並大抵ではなく。体をくの字に折って、謝りながら、それでも笑うだろう。悪くすると涙まで流すかもしれない。人並みのデリカシーを持つシリウスには、それはつらい事のように思われた。
 知恵を絞って「大切な話がある」と切り出してみたら「丁度いい、私もだよ」とあっさり頷かれ、その上ルーピンの大切な話とは「大家さんから家賃の値上げの知らせが郵便で届いた」という内容だった。確かに大切な話ではある。シリウスがあまりに落胆した表情をしたものだから、ルーピンはとても親身になって友人を慰めた。「この辺も土地の価格が上がっているそうだから仕方ないよ」と。「それでそっちの大切な話は?」と聞かれたシリウスは「同じ話だ」と呟くしかなかった。
 キッチンにいる時や読書中、あるいは2人でベッドにいる時に果敢にもシリウスは幾度もその問題について追求しようとした。しかしその度、シチュー鍋が吹いたり、窓からハチが飛び込んできたり、唇を塞がれたりと冗談のように絶妙に邪魔が入るのだった。間抜けなコメディ顔負けのタイミングで。
 あんまり四六時中それについて考えていたものだから、とうとう夢の中にまで彼が現れ始めて、シリウスは夜中に飛び起きなければならなくなった。
 杓子を持ったルーピンが青いポリバケツを持って、ずっと打ち鳴らしていたりするのだ。
 シリウスが真面目に「リーマス!俺はお前の事が!」などと叫んでいるのに友人はガンガンとバケツを鳴らす。当然告白は届かない。相手が狂人のような、こちらの気が狂いそうな、ともかく悪夢だった。
 バリエーションとしてはイグアスの滝と思しき巨大な滝を眼下に2人で立っていて、「お前が好きだ!友人としてじゃない!」と叫んだら「うん!最悪だね!」と返事をされた夢であるとか(どうやら聞こえなかったという設定らしい)。
 或いは、にこにこと笑いながらずっと耳を押さえているルーピンであるとか。
 ともかく夢の中のルーピンはいつも笑っている。それだけがシリウスの救いである。
 そういう具合に夢の中でも現実でも妨害を受け、寝不足も重なってシリウスは2つの世界の認識が、かなりあやふやになっていた。
 両方合わせれば、もう30回は告白しているだろうか。
 意中の相手が洗ったばかりの食器を山のように抱えて通りかかったので、シリウスは
「おい、俺はもうお前に言ったんだったか?」
 と尋ねてみた。彼は
「何について?」
 と不思議そうな顔をする。どうやら今は現実の方だったらしい、とシリウスは嘆息した。夢の中のルーピンよりは若干意思の疎通が計りやすい。あくまで若干なので過信は禁物なのであるが。
「リーマス聞いてくれ、俺は―――――」
 そこでルーピンは何かに躓いて転んだ。運んでいた食器の類は残らず床に叩きつけられて砕け散る。シリウスは慌てて駆け寄り、彼を助け起こした。
「君はすぐに怪我をするから、片付けが済むまで隣の部屋へ行っていてくれ」
 そう言って笑いながら顔を上げたルーピンの頬に大きな裂傷があって、血が流れていた。
 
 目を開けると至近距離に彼の太平楽な寝顔があって、シリウスは大きく息を吐き出す。どうやら夢だったらしい。
 彼に責任は少しも無いのだけれど、騙されたという悔しさで一杯になってシリウスはルーピンの鼻をつまんだ。もちろん彼はそれくらいでは目を覚まさない。
 ――――――駄目だ。
 このままではノイローゼになってしまいそうだった。なんとか友人に告白する必要があった。そして望みの答えが返れば言う事はない。
 それにはまず相手のテリトリーから離れる必要があるように思われた。
 どちらかといえば彼の苦手とするような、非日常的な空間。戦いは常に自分の有利な場所で行うのが常套手段だ。
 シリウスは腕を組んで考え始める。その眉間には、イギリスを救った運命の海戦へ臨む提督のような深い皺がくっきりと刻まれていた。
 決戦の日は近い。






ちなみにその提督は戦死したんだけどね。

8月の日記を書いてくれた友人へ
バイト賃金のリク。
タイトルのみ指定でした。リクエストで
物を書く(描く)ってやったことなかったけど
こんな感じでいいのかな。
気構えていたよりホイチョイのプーで出来上がった。
お気に召せば幸いです。


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