ある日の朝


 朝、目が覚めたシリウスはいつものようにフラフラと階下へ降りていった。
 今日は彼の食事当番ではなかったので、何を慌てることもない。肘や膝が階段の手すりにぶつかって派手な音をたてるが、寝ぼけている彼は一向に頓着しない。
「おはよう」
 先に起きていておそらくキッチンにいるだろう友人に一声掛けると、のんびりした返事が返る。シリウスは大儀そうに長身をソファに沈めた。こうやって新聞を握っていればそのうち目がはっきりと見えるようになってくる。
 テーブルに皿を置く音がして、チーズの匂いがする。ああ、ハーブとチーズとベーコンのサラダだなとシリウスは朝食のメニューについて予想するが、朝は鼻が利かないのであまり自信はない。
 ルーピンを手伝いたいのだが、膝に力が入らず立ち上がれそうもない。眠りの世界から伸びた綱がまだ身体のどこかに結ばれていて、しつこく引っ張られているような気分だった。
 足音が近付いてきて、目の前で止まる。
 シリウスはぼんやりと(自分が何かの邪魔になっているのだろうかと)顔を上げた。
 ルーピンが立っていた。にっこりといつもの笑顔で。
「……おはよう」
「さっき言ったよ」
 新聞が鳴る。ルーピンは身をかがめてシリウスにキスをした。シリウスにとっては一向に構わないばかりか寧ろ歓迎する事態なのだが、問題が幾つかあった。まず、それはどう考えても朝にする種類のキスではなかった。そして
「ハリーが帰省中……」
 少年が2階で眠っている事を、そうは見えないがルーピンも寝ぼけていて失念しているのだろうかと一応シリウスは呟いてみる。
「知ってる」
 眼前でやはりルーピンは微笑んでいた。笑顔というのは感情が見えない。
 ルーピンの右手がゆっくりと首筋から肩を経て肘まで降りてくる。犬の姿の時に撫でられる感触と全く同じ心地良さ。まだ自分は眠っているのだろうかとシリウスは考えた。これが夢ならこのまま続けてもいいと。
  しかし左手が襟元から入ってきたのでシリウスは驚いて目が覚めた。
「リーマス?」
 いつの間にか彼の片膝がシリウスの膝に乗り上げている。
「ところで君と私、どっちが倫理派だと思う?」
 倫理派?混乱したシリウスは聞かれた質問を素直に考えた。食事の後は歯を磨けとか、トイレから出たら手を洗えとか。日々何かと口やかましいのはルーピンの方である。少し違う気もしたが、ともかく返事をしようとしたらもう一度唇をふさがれた。
 衣服のボタンに手が掛けられる。
「……ちょっと待て」
 彼の細い指を押さえたシリウスの手の甲の上を、ルーピンの降りてきた唇が滑った。その箇所が痺れる。手が膝が背中が首筋が、体中のありとあらゆる部位が、その優しい唇に受けた扱いを思い出してざわざわと騒ぎ始めた。
「ジョークなら悪趣味だぞ」
「ジョーク?」
 突然がぶりと喉元を噛まれた。指の力が抜けて左手に握っていた新聞が床へ落ちる。 それがショックだったらしくシリウスは目を丸くして自分の手を見た。
 ルーピンは元教師だけあって物を教えるのに長けている。生徒が出来なくても間違えても決して短気を起こしたりせず、優しく何度も教えてくれる。シリウスもいくつか彼に教育された部分がある。今、肉体はその指導を忠実に実行しつつあった。肩はソファの背もたれを邪魔だと感じ、皮膚は衣服を煩わしく感じ、全ての関節から力が抜けていく。
 服の合わせ目を握っていたシリウスの手を掴み取り、ルーピンは器用に唇でボタンをひとつ外して見せた。
 腕力では確実にシリウスの方が勝っている筈である。しかし鈍いしびれが全身に広がり、彼を押し戻そうにも動きを止めようにも、力が入りそうになかった。 体が自由にならないのなら、まだ言葉が喋れるうちに「どうかやめてくれ」と頼むしかシリウスに手段は残されていない。いやむしろ「どうか続けてほしい」と精神が望み始める前に。元担任の教師が養父を蹂躙している光景など、断じてハリーに見せるわけにはいかない。
「ムーニー……」
 自分でもびっくりするくらい途方に暮れた声が出て、シリウスは妙に恥ずかしくなった。まるで声変わりする前の馬鹿で向こう見ずだった自分が喋ったようだった。
 ルーピンも驚いたのか、びくっとして肩を振るわせる。そしてシリウスと目が合った。
 ぼんやりとシリウスの表情を見ていた彼の口元に、再び浮かぶ微笑。
「済まないパッドフット。今日の私はちょっとおかしいみたいだ」
 捕らえていたシリウスの手を再び膝の上へ戻して、何事をも聞くヒマを与えずルーピンは踵を返しキッチンへと消えた。
 あとには肩で息をしているシリウスが独りソファに残された。




先生何かちょっと情緒不安定だったみたいです。
先生のクイズ(?)ですが、人間として大切なお約束ごとを
サクっと切ってしまえるのは先生の方でしょうね。
公共のルールを重視していたら、もう何年も前に
自殺していなければならなかった人ですから。

途中どう考えても男性の感覚の描写ではないような所もありますが、
まあ気になさらないでください、やおいはファンタジーですから。

ああ世界のどこかで「へたれ攻シリウス品評会」なるものが
開催されたら、なみいる強豪を抑えて必ずや何かの賞を
取れそうな予感…。

しかしそれにしてもシリウス、トイレから出たら手を洗うというのは
君にとって倫理の範疇なのか?(笑)

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