ここは・・・・・・寒い

一人は、寂しい

暗いところは、嫌い

明るい場所へ行きたい

けれど、陽の光は眩しすぎて

ならせめて、月の下でいい

光のある場所へ出たい

この命が、尽きないうちに

 

 

 

 

 

 

 

「葬姫が黒牢より脱走した」

「向かった先は、極東の地か」

「どうする?」

「速やかに追い、殺せ」

「あそこは東雲の管轄下」

「気にすることはない」

「むしろこれは好機」

「あの救世主など気取る目障りな者達を葬り去る」

「異端狩りこそ我らの命題」

「東雲など気にかける必要はない」

「異端は、全て排除する」

「神の御名の下に」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

紫苑―SHION―
〜Kanon the next story〜

 

最終章 無限螺旋 その一

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はい、美坂栞です。

みなさまとは五ヶ月振りの再会になりますが、物語の中では一ヶ月も経っちゃいません。
季節は十一月も末、珍しいことに北方たるこの地方で初雪がまだです。
いつもなら、もう振り出している頃なんですけど、最近の地球温暖化が原因でしょうか?

ま、それはさておき。

のっけから私の登場と相成り、すっかり正ヒロインの座を獲得したと思いません、私ってば。
何と言っても、名雪さんは近頃斉藤さんと一緒に勉強などしているようで、あゆさんは日々鬼部エン(炎)を想って過ごされているようで、綾香さんも時々鮫島さんと一緒にいるのを見かけます。
ライバルと呼べる人達は概ね脱落し、いよいよ祐一さんが私だけのものになる日が近付いているというのに、うらめしや日本の大学受験。
祐一さんはすっかり忙しくなってしまって、ここ一ヶ月ばかりデートの一つもしていません。
そんなわけで私美坂栞は空しい日々を過ごしております。

「ゆえに何故かこんな面子で喫茶店に入り浸っていたりするのです」

「うむ、ここのケーキはなかなかいけるわよねん」

「・・・嫌いじゃない」

「あははー、舞ったら口の周りにクリームがついてるよ」

「そんなに急いで食べなくてもケーキは逃げませんよ、ねぇ、紫苑様」

「・・・・・・ん」

こんな面子というのは、もうおわかりでしょうけど、皆私より年上です。

朱鷺先生、舞さん、佐祐理さん、すみれさん、そして紫苑さん。

名付けて、ヒマヒマ軍団!

・・・・・・空しいです。

「土曜の午後なんていう素敵が時間帯にこんな風に集まって、みなさんいい年して男の一人もいないんですか?」

私は自らをかなりの美少女と自負していますが、この面子に囲まれると少々自信喪失してしまうほどみなさん美人です。
年上の魅力と、それぞれの個性によって、一人と言わず二人でも三人でも十人でも百人でも男を集めそうな勢いがあります。
だというのに、こうして女達だけで集まっていったい何をしてるんでしょう。

「女の友情を軽んじちゃダメよん、栞ちゃん。それに、男日照りは栞ちゃんも一緒でしょ」

「そんなこと言う人、嫌いです。みなさんと一緒にしないでください。私には祐一さんというこれ以上ない、れっきとした恋人がいるんですから」

「・・・・・・」

「紫苑様、言い返さないんですか?」

「・・・何を?」

「そら行け紫苑、何か言い返せー」

「・・・・・・」

「・・・む」

じっとにらみ合う私と紫苑さん。
いえ、私が一方的に睨みつけているだけとも言いますけど。
相変わらず、紫苑さんは無言でこっちを見ているだけです。

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・むぅ・・・」

く、苦しいです。
前よりは慣れてきましたけど、やっぱり紫苑さんと睨めっこでやりあうのは多大な労力を要します。
けれど、目を逸らしたら負けです。
女のプライドにかけて、この戦いだけは譲れないのです。

「栞ちゃん、アイス溶けるよ」

「それは困ります」

前言撤回です。
まずはアイスを食べるのが優先されます。
そこ! 女のプライドはどうしたとか言う人、嫌いです。

「あははー、相変わらずみたいですね、そちらは」

「そうなのよ。祐一君が煮え切らないものだからねぇ」

「・・・祐一は優柔不断」

「舞さんなかなか言いますね」

四人でケタケタと笑っています。
舞さんは除外されますが。

この四人、例の鬼部さんの一件以来仲がいいんですよね。
歳が一緒ということもあって、何やら意気投合してしまったみたいです。
何だか色々な意味で、無敵の四人組って感じがします。

「・・・・・・」

「紫苑さん? どうしたんですか? 何かちょっと元気ないみたいですけど」

「そんなことはないわ」

・・・嘘ですね。
この人は無表情で、まったくと言っていいほど感情を表に出しませんけど、付き合いが長くなってくるといくらかわかるようになってきます。
それに、はじめて会った時に比べれば遥かに感情の起伏が見られるようになりましたから。
明らかに何か、悩んでいるとまでいかなくても、考え事をしています。

「・・・・・・軽い予感よ」

「予感、ですか?」

「近い内に良くないことが起こる。その予感」

「それって・・・」

またあのウィザードさんやら鬼部さんみたいなのが来るとかでしょうか?
それか、この間の祐一さんの時みたいに、誰かが事故にあうとかは嫌ですよ。

「・・・何も起こらないといいですね」

「そうね」

確かにここ最近、祐一さんは忙しくて会えない。
刺激的なこともなくて、正直退屈はしていますけど。
それでも、この平穏な日々を壊されたくはない。
当たり前の日常が幸せなんだってことを、私はよく知っていますから。

「大丈夫、何も起こりません」

「ええ、きっとね」

言葉には言霊が宿るのだと、前に紫苑さんが言っていました。
不安は口にするからやってくるんです。
だから、こうやって大丈夫だと言っていれば、嫌なことなんてやってきたりしないはずです。
きっと、平穏な日常が続きますように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それではー」

「かいさーん!」

佐祐理と朱鷺が交差点の真ん中で声を張り上げる。
毎度のことながら、この二人は元気だわ。

「・・・紫苑、すみれ、栞、朱鷺、また・・・」

「みなさんお気をつけてー」

舞、すみれもそれぞれに挨拶をする。

「私も失礼します。朱鷺先生、紫苑さん、綾香さんにもよろしく」

「じゃね〜♪」

栞も帰路につく。
ここの交差点で、あたし達はちょうど三方へ別れる。
右へ佐祐理と舞、左へ栞、そしてあたしと朱鷺とすみれは真っ直ぐ。

「いやぁー、いいねぇ。受験に忙しい子達ほっといて楽しむっていうのは」

「朱鷺様、一応教師としての責務は果たされた方がよろしいのでは?」

「気にしちゃダメよん」

朱鷺はいつでもこの調子ね。
けど、口ではこう言っているけれど、かなり生徒達の手助けをしている。
毎日遅くまで、一人一人の生徒に合わせて傾向と対策を練って、学校では常にアドバイスをしたり、相談に乗ったりしているらしい。
決して道楽で教師をやってるわけじゃない。
この仕事を、朱鷺は楽しみながら、誇りを持ってやっている。

「・・・・・・」

「むむ、なーによ紫苑、人の顔見て物言いたげに」

「別に」

「こら、気になるでしょうが。うりうり、おねーさんに隠し事は許しませんよ〜」

両手の指をわきわきと動かしながら朱鷺が迫ってくる。
くすぐり攻撃でもするつもりかしらね。
綾香がかなりこれを苦手としている。

「うりゃ」

「・・・・・・」

もちろん、あたしは避ける。

プルルルルルルルルル

と、すみれの携帯が着信を知らせている。

「ちょっと失礼しますね・・・・・・はい?」

あたし達から少し離れて、すみれが電話に出る。
すぐに、その表情が穏やかじゃないものに変わっていく。
どうやら、何か起こる予感が的中してしまったようね。

「・・・朱鷺・・・」

「ん、わかった、先に帰るわね。あんまり遅くなるんじゃないわよ」

少し心配そうな顔をしながら、けれど何も聞かずに、朱鷺は先に歩いていく。
あたしはすみれに近寄って、携帯電話に耳を近づける。
この声は、宗一郎ね。

「いったいどういうことですか? 彼らが日本へやってくるなんて」

『詳細は不明だ。ただ向こうから、日本国内での彼らの行動について、一切関与しないよう申し入れがあった』

「ふざけた話ですね。日本は東雲の管轄下であって、彼らの勝手な言い分を聞く理由はないのではありませんか?」

『もちろん回答は保留にしてある。返答については紫苑さんに一任するつもりだが、彼らは既に・・・』

「どうせもう日本に来ているのでしょうね」

『行動範囲は、何の偶然か、あなた方が今いる地域だ』

「向こうはどうせここに紫苑様がおられることを知らないのでしょう」

『だろうな。ともかく、紫苑さんの考えを聞きたい』

「・・・・・・」

すみれが無言で携帯をあたしに差し出す。
それを受け取って、電話の向こうの宗一郎と話す。

「彼らと言うのは、西の“あの”彼らなのね」

『はい』

「言い分は?」

『危険因子が日本へ入ったため、これを捕獲ないし排除するため、その行動について関与しないように、とのことです』

「・・・嘘はないでしょうね。けれどたぶん、それは口実」

本当の狙いは・・・。

『いかがされますか?』

「しばらくは様子見。彼らと事を構えたくはないし、構える必要性もないわ」

『承知しました、ではそのように』

電話が切れる。
携帯を返すと、すみれはどこか釈然としない表情をしていた。

「どうも納得いきませんね」

「仕方がないわ。現実問題として、彼らと争うわけにはいかない」

「・・・そうですね」

そう、向こうから手を出してこない限り、関わるべきじゃない。
彼らが、あたし達の平穏を崩さない限りは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

再び栞です。

う〜、さすがにもう夜になると冷え込みますね。
けど、この地方でこの季節としては、やっぱりまだ暖かいほうですね。
祐一さんなんかはこれでも寒いとか言いそうですけど。
逆に紫苑さんはけろっとしてるでしょう。

「遅くなっちゃったなぁ」

みなさんと別れてからちょっと寄り道をしていたら、辺りがすっかり暗くなってしまいました。
家までの近道ですし、公園の中を通っていきますか。
ここの公園は外灯がたくさんあって明るいですし、見通しもいいので安全です。
今夜は月もしっかり出ていてさらに明るいし。

「♪〜」

なんとなく鼻歌を歌いながら公園を抜けようとします。
と、どこからか私のものではない鼻歌が聴こえてきました。
しかもちょっと悔しいことに、私よりも格段に上手いです。

「むぅ」

少しに気になるので、見に行きましょう。

声の主はすぐに見付かりました。
公園の中央広場にあるベンチに腰掛けて、空を見上げている女性が一人。
・・・いえ、見た感じ私と同い年くらいですね。
落ち着いた雰囲気がしたので、第一印象は年上ぽかったんですが。

なんとなく惹かれるものがあって、私は彼女のもとへと歩み寄る。

「何してるんですか? こんな時間に」

「・・・月をね、見てたの」

声をかけると、とっくに私の存在に気付いていたのか、すぐに応じられました。
聞いただけで心地よい気分になる、綺麗な声です。

月明かりに照らされたその姿は、長い金髪と宝石のような碧眼。
外人さん、ですね、どう見ても。

「・・・えー・・・あー・・・・・・はぅ、どぅ、ゆぅ、どぅ」

確か、はじめまして、という意味だったはずです。
と、彼女は目をパチクリさせてこちらを見ています。
恥ずかしいです。

「くすくす・・・日本語、わかるから」

「そ、そうですか」

情けないです。
英語の成績は決して低くはないですけど、実際使う場面になるとなかなか上手くいかないものですね。

「えーと、隣、いいですか?」

「どうぞ」

にこっと笑って、彼女は少し横にずれて私が座るスペースを作ってくれる。
どうしてだか、この人と話がしてみたくなったんです。
近くで見ると、ますます綺麗な人だってわかります。
どこか神秘的とさえ思えるその綺麗さは、紫苑さんに通じるものがありました。

「わたしは、ミリアリア。ミリィでいいよ」

「私は美坂栞です。栞って呼んでください」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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