どーも、栞です。

最近祐一さんもお姉ちゃんも受験勉強で忙しくて全然遊んでくれません。
つまらないです。

そんなわけで仕方なく、私は他に楽しむ方法を模索しなければならないわけでして。
現在、尾行をしています。
そこ、ストーカーとか言う人、嫌いです。
これは、愛と友情のための崇高なる任務なのです!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

紫苑―SHION―
〜Kanon the next story〜

 

第五十三章 素直になれない二人

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

事の発端は三日ほど前に遡ります。
その日私は、同じように遊び相手がいなくて対屈しているであろう綾香さんと一緒に商店街にいました。
そこで私達は、非常に不本意ながら、鮫島さんに会ったのでした。

「貧乳コンビが何してやがる?」

「誰が貧乳コンビですかっ。見てわかんないんですか? 頭悪いですね」

「んだと、洗濯板」

「何ですか、負け犬大将」

ばちばちばちっ

火花が散ります。
ですが本音を言えば、こんな人と目を合わせてなんていたくありません。
綾香さんタッチです。

「・・・・・・」

「・・・・・・」

途端に双方だんまりですか。
まったくもどかしいったらありゃしませんね、この二人は。
脈ありなのはほぼ確実だっていうのに・・・・・・。
・・・そうですね、最近名雪さんもあゆさんもようやく身の程をわきまえて私の祐一さんを諦めたみたいですし、ここらで綾香さんにも脱落してもらいましょうか。
親友と言えども、色恋沙汰に情けは無用です。
でも、新しい恋はちゃんとコーディネートしてあげますからね。

「(名付けて! 綾香ちゃんと鮫島さんとくっつけてライバルを殲滅しよう作戦!)」

「何にやにやしてやがる、洗濯板」

「だまらっしゃい。ところでお二人さん、実はここに・・・」

私は今日の幸運を神に感謝します。
偶然私は、先日映画のタダ券を入手していたのです。
有効期限が今週末までで、祐一さんが忙しそうで役に立たないと思っていたのですが、思わぬところで役に立ちそうですね。

「映画館のタダ券があるんですけど、私は使わないので、お二人でどうぞ」

「え?」

「はぁ? なんで俺様がこいつと映画なんかいかなきゃならねえんだよ」

「いいじゃないですか、一日くらい綾香さんとデートしたって」

「ででででで、でーとって・・・しししししし栞さん! あわわわわわっ」

「ちっ、くだらねえ」

「あら、逃げるんですか?」

「あ?」

「デートもろくにできないような男が、あの紫苑さんに勝てるとは到底思えませんけどねぇ〜。あの硬そうな紫苑さんでさえ、祐一さんに告白してますし〜。男だったらデートの一つもしてみたらどうなんです!」

ビシッ!

「・・・・・・・・・上等じゃねえか。おい、綾香」

「は、はいっ?」

「次の日曜日に駅前に来い。遅れんなよ」

ふっ、勝った。
それにしてもこの男は、女の子を誘う時にはもう少し言いようってものがあるでしょうに。
ま、何にしてもこれで計画の第一段階は完了ですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

と、いうことがありまして、今日がデートの当日なのです。

「そういうこと」

「ぎっくーーー!!」

びびび、びっくりしました・・・。
いきなり背後から声がかかるとは思ってもみませんでした。
尾行者が尾行されるなんて・・・ミイラ取りがミイラ、いえ、策士策に溺れる・・・うーん、なんかしっくりきませんね。
って、そんなことはどうでもいいんですよ。

「し、紫苑さん・・・いつからそこに?」

「綾香がやけにめかし込んででかけたから、気になって・・・」

「密かに後をつけてきたわけなのだよ、ぬっふっふ」

「朱鷺先生もいましたか・・・」

そういえばこの人達も私と一緒で、暇してる口でしょうね。
先生はそうそうのんびりしてもいられないと思うのですが、この人にそういう理屈は通用しませんね。

「栞ちゃんも〜、粋な計らいするじゃないの。ど〜なるかしらね〜?」

妹をダシに楽しむとはなんて人でしょう。
私も人のことは言えませんね。
まぁ、この二人は二人なりに、妹の綾香さんが心配でついてきたんでしょうけど。

「・・・そろそろ追わないと、見失うわよ」

「おっと、そうだったわね。行きましょか」

「はいはい」

もうどうにでもなれです。

 

 

 

 

映画まではまだ時間があるらしく、駅前で落ち合った二人はまず喫茶店に入りました。
当然、私達も接近です。

「あんまり近付くと気付かれてしまいますけど・・・遠いと会話が聞こえませんね」

「心配ないわ。こんなこともあろうかと、密かに綾香のバッグに盗聴器を仕込んでおいたのよ」

「なんて姉ですか。ま、それならぎりぎり見える位置で・・・」

こちらからは二人が見えて、向こうからは植木が邪魔で見えにくい位置を選んで陣取ります。
適当に注文をしてから、盗聴開始です。

 

「コーヒー。ミルクはいらん」

「レモンティーを・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 

「・・・・・・」

「・・・盗聴の意味・・・あります?」

「ないわね」

話題の一つもないんですか、あの二人は。
でも、よくよく思い出してみても、あの二人の関係はどう見てもいじめっこといじめられっこ。
最近は綾香さんも押しが強くなって、大概は言い合いになるんですけど。
言い合う理由もなければ会話もないですか、困ったものです。

 

「・・・そろそろ時間・・・ですね」

「だな」

 

結局、世間話の一つもないまま、二人は席を立ちました。
仕方ありません、次の本命に期待ですね。

 

 

 

 

さて、いよいよ映画館です。

「栞ちゃん、そのタダ券って、どんな映画の?」

「いえ、映画館のタダ券なんです。だから、この映画館でやってるどの映画でも見れます」

「え? それって・・・」

朱鷺先生が少し顔をしかめます。
どうしたんでしょう、と思って私もはたと気が付きました。
どの映画を見るかで・・・。

 

「絶対にこっちです!」

「んなもんが見れるかっ、こっちに決まってんだろ!」

 

案の定です。
案内板を前に二人が言い合いを始めています。
どの映画を見るかでもめているんですね。

ちなみに、鮫島さんが見ようと言っているのは香港産のアクション映画。
綾香さんの方は、少し前に大人気だった日本のアニメ映画ですね。

 

「映画っつったらアクションものが相場だろうが! ガキのもんなんか見てられるかっ」

「アニメをバカにしないでください! これはとっても素晴らしい作品なんですっ」

 

言い合いは上映開始ぎりぎりまで続き、結局・・・。

 

「けっ、勝手にしやがれ!」

「ええ、勝手にします!」

 

二人とも別々の方へ行ってしまいました。
これは私のミスでしたね。
決まった映画の券にするべきでした。

「やれやれね。ま、しょうがないから、私達も映画でも見ない?」

「そうですね。どれにします?」

「・・・・・・」

三人それぞれに見たい映画を指差す。
朱鷺先生が選んだのは鮫島さんとは別の、アメリカ産のアクションもの。
紫苑さんが選んだのは長い歴史を誇る特撮怪獣の新作。
私は恋愛ものです。

「見事に分かれたわね」

「・・・五人五様ね」

「はぁ・・・人間なかなか趣味って合いませんよね。どうしてみなさん恋愛ものの素晴らしさがわからないんですか」

「やっぱり、せっかくの大画面だし、見ててスカッとしたいし」

「それには賛成だけど、海外のは騒々しい」

「情緒のない人達です」

デートに映画って・・・実はものすごく合わないんじゃ・・・。
趣味が合わなければ一緒に映画なんか見にいきませんよね。
はぁ、計画台無しです。

ま、映画はおもしろかったからいいですけど。
他のみなさんも、出てきた時にどこか満足げでした。
当初の目的からは外れましたけど、休日は満喫できました。

それにしてもこの映画館、五種類も違う映画をやってるなんて、見かけによらず大きいですね。

 

 

 

と・・・、まだ終わってませんよ、デートは。
追尾続行です。

「・・・・・・」

「・・・・・・」

そうは言うものの、相変わらず話題がなければまったく会話が生まれませんね。
映画館の前では人目も憚らず大声で言い合ってたくせに。
もうはっきり言って間違いなく、あの二人は相思相愛目前です。
だと言うのにお互い素直じゃないですね。
これも青春といえばそうなのでしょうけど、もっと押しが必要ですよ、押しが。

流れ流れて辿り着いたのは公園。
デートの定番の一つですけど、私もお気に入りのこの公園はわりと人が少ないです。

「公園ね〜、少しは期待できるかしら?」

「無理じゃないですか。二人とも奥手ですし」

「直輝ちゃんのは奥手というのともちょっと違う気がするけどね」

「あ、ベンチのところで一休みみたいですね」

私達は茂みに隠れて様子を伺いましょう。
あまり近付くと、鮫島さんにはバレてしまいますからね。
前例ありです。

「声、聞こえます?」

「もっちろん」

 

「ふぅ」

「もう疲れたのかよ。だらしねえな」

「あなたと一緒にしないでください。運動は苦手なんですから」

「運動も、だろ。何か取り柄でもあったかよ」

「う〜、ひどい・・・、気にしてるのに」

「そこでおとなしく待ってろ。飲み物買って来る」

「あ、はい」

 

「少しは気が利くわね、直輝ちゃん」

「まぁ、及第点くらいはあげられますか」

「でも、一線を越えるようなことはなさそうねん」

「お姉さんの台詞とは思えませんよ、先生」

「あら、妹の恋愛成就を願うのは姉として当然でしょう」

この人は時々過保護っぽいのに、時々放任主義っぽいですね。
極端な人です。
紫苑さんの方はどうなんでしょう?
さっきからずっと黙ったまま・・・ってそれはいつものことですね。

「お」

「はい?」

先生の声に振り向くと、綾香さんの周りに三人ばかり男の人が集まっています。
ちゃらちゃらした男の人達ですね、見るからに軟派です。
綾香さんをナンパしてるみたいですけど、綾香さんは当然のように戸惑っています。
これは・・・どうしましょう。
止めに入るべきか、でもそうするとつけていたのがバレてしまいますし・・・。
朱鷺先生と紫苑さんは少し様子を見るつもりみたいですね。

 

「ねーねー、ちょっとお茶するだけでいいからさ」

「あの、その、えっと・・・あぅ・・・」

「ははっ、赤くなってかわいいねぇ。ほら、行こうって」

「俺らと行けば楽しいからよ」

「ぅ・・・その・・・私、人を・・・待ってますから・・・・・・」

「友達いるの? だったら一緒に・・・」

「あの・・・友達というか・・・えとえと・・・あぅ」

 

うわぁ、めっちゃ困ってます。
ああいう時の綾香さんは小動物みたいでかわいいんですよね。
でも、やっぱりそろそろ助けに入った方がいいかもしれません。
あの手の人達は綾香さんには刺激が強すぎるでしょうし。

「待った、栞ちゃん。私達の出る幕はないわ」

「あ」

鮫島さん、やっと戻ってきたんですか。

 

「あ・・・鮫島さん・・・」

「何してやがんだ」

「ちぇっ、野郎連れかよ」

「行こうぜ」

「・・・・・・はぁ〜〜〜〜〜・・・・・・」

「情けねえな、あんなのに絡まれてたくらいで」

「苦手なんだから仕方ないじゃないですか〜」

「ああいう手合いはな、強く言えば散ってくもんなんだよ。たちの悪い連中にはこいつで思い知らせなきゃならねえがな」

「暴力はいけません」

「紫苑の奴だってやってることだぜ。朱鷺もな」

「姉さん達は・・・! ・・・・・・ぅ〜」

「人間自衛はしなくちゃならねえんだよ。別に拳に訴えなくたって暴力は振るえる。どんな手段だろうと、使い方次第だろ」

「それはわかります。でもあなたの場合は・・・暴力を楽しんでいるようにしか見えないんです」

「そう見えるんならそう思っとけ。確かに俺は喧嘩を楽しんでる。否定はしねえよ」

「私・・・あなたがわかりません」

「わからねえでいいだろ」

「わかりたいんです!」

「・・・・・・」

「ぁ・・・その・・・えっと・・・・・・」

「だったら聞け。言いたいことがあるなら言え、聞きたいことがあるなら聞け」

「・・・どうして今日、誘ってくれたんですか?」

「そういう日もある。気晴らしだ」

「気晴らし・・・・・・じゃあ、別に私じゃなくても・・・」

「他の女といてもつまらんだろうが」

「え?」

「帰るぞ。送ってってやるからとっとと来い」

「え? あの、その、今のって・・・」

「さっさと来い! 置いてくぞっ」

「は、はい!」

 

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・結局どうなんでしょう?」

「ま、こんなもんでしょ。あの二人なら」

「・・・帰るわ」

紫苑さんがまず立ち上がって帰りました。
私と先生も帰路につきます。

「進展したのかどうか、よくわかりません」

「素直じゃないからね、どっちも。でも、まーだ若いんだから、焦ることないない」

「それでも、私と祐一さんのあつーい関係から見ると、いつまで経っても進展しそうにないんですよね、あの二人」

「あら、そんなこと言ってると、先越されるわよ」

「はい?」

「今日ね〜、祐一ちゃん、お仲間と一緒に図書館で勉強ですって。紫苑が歩いてったの、うちの方角じゃなかったわね〜」

「!!!」

だっしゅ!

抜け駆け断じて許すまじですっ、紫苑さん!

 

「がんばってね〜、二人とも〜」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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