俺の名は鬼部炎。

十二年前、一族の全てを皆殺しにされ、ただ一人生き残った。

一族の仇である東雲一族と、親父の仇である東雲の当主東雲紫苑。

絶対に許しはしない。

たとえこの身が滅びようとも・・・。

必ず東雲紫苑に復讐する。

それだけが、俺が今ここにある意義だ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

紫苑―SHION―
〜Kanon the next story〜

 

第四十九章 戦9・奇跡を呼ぶ夢

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目に映ったのは、赤い炎と、それ以上に黒い渦。

猛る炎を飲み込み、掻き消すかのように渦巻く闇が炎の体をも包み込み、吹き飛ばす。

「がっ・・・は・・・!」

炎は激しく大地に叩きつけられ、“炎の剣”もその際に霧散する。
闇の震源地には、紫苑が悠然と佇んでいた。

今のは、あいつが生み出したものなのか?

「すみれさん、今のは・・・」

「ちょっと驚きましたね。あの炎がここまで紫苑様に力を出させるとは」

「どういう事だ?」

「今のは紫苑様の持つ力の片鱗です」

「紫苑の力・・・。あの闇が・・・」

炎の火炎を操る力を見た時も思ったけど、力っていうのはあんなにはっきりと見えたりするものなのか?
俺の疑問に気付いたか、すみれさんが続けて解説する。

「力には色々と属性がありますからね。ものによります。ただ特に洗練された力はあの通り属性を持って形を成します。あれこそが、闇を統べる者、東雲紫苑の力ですよ」

闇を統べる者・・・。

なんというか、こう、見た目白っぽいイメージのある紫苑からすると違和感のある属性とやらだな。

「ぐ・・・」

炎は立ち上がるが、足元がおぼつかない。
今ので、というよりずっと戦ってきた間に相当ダメージを受けているようだ。
それでも尚紫苑に対して向かっていこうとする。

「うぉおおお!!」

振り上げた両手に再び“炎の剣”を作り上げ、真上から切り下ろす。
しかし全体重をかけたその一撃も、紫苑の前では無意味だった。
紫苑はかわすでも受け流すでもなく、正面からその一撃を跳ね返した。

カァンッ!

金属同士がぶつかり合うような甲高い音がして炎が弾き返される。

「まだだっ!」

地面に下りる前に体勢を立て直した炎だったが・・・。

「・・・!? どこに・・・」

その瞬間には紫苑の姿を見失っていた。

「上!?」

気付いた時には長い刀の間合いに入っている。
後ろに跳んでかわしたように見えたが、刀の剣圧なのか、それでも炎の体にはダメージが与えられている。
さらにガードをしている炎の懐に、もう紫苑は入り込んでいた。

「・・・ふぅ!」

「・・・っ!」

紫苑が僅かに気合を入れると、そこからは流れるような連続攻撃だった。
前に海に行った際、鮫島を沈めた空中ラッシュと同じもののようだが、あの時とは速さが桁違いだ。
その上闇の力とやらが加わっている紫苑の攻撃は、容赦なく炎に襲い掛かる。

ドカッ

「がはっ・・・!」

トッ

「・・・・・」

背中から大地に叩きつけられる炎と、静かに降り立つ紫苑。
力関係がはっきりと見られる構図だった。

「まぁ、こんなものですね。あの男では紫苑様に勝てない」

誰もが黙って見守るしかない中で、すみれさんだけは落ち着いている。

「・・・止めるなら、今じゃないのか?」

「どうでしょう?炎はまだ戦意喪失していませんし、紫苑様も戦う姿勢を崩されていません。それに先ほども申しましたけど、私は東雲の人間であり、当主である紫苑様に逆らうことは出来ませんよ」

すみれさんの言うとおり、紫苑の鋭い視線はまだ炎に対して向けられており、その炎は大きなダメージを受けているにも関わらず、立ち上がろうとしている。
だが立ち上がっても、パワー、スピード、技術、あらゆる面で紫苑が炎を圧倒しているように思える。
勝負はついている。

「まだだ・・・、まだ俺は負けていない!貴様を倒すまで、一族の無念を晴らすまで、俺は負けるわけにはいかないんだっ!」

「・・・・・炎、あなたの恨みはわかるけど、あたしには勝てない」

「勝てるか勝てないか・・・・・まだわからないだろ」

「やめておきなさい。それをやってしまったら、もう後には退けないわ」

「関係あるか。貴様を殺せるなら、俺は何だってしてやる」

「・・・それでも、あたしには勝てないわ。無駄に命を散らすつもり?」

「無駄に・・・か」

ちらっと炎がこちらを見た、ような気がした。
どこか雰囲気が違ってきている。
あいつ、何を考えているんだ?

「随分と仲間がいるみたいだな。貴様みたいな冷血女に」

「・・・・・」

「あいつらは知ってるのか?貴様が本当はどんなに冷たく、残虐で、穢れた存在であるかを」

「・・・・・」

「・・・たとえ勝てなくても・・・」

炎の体を中心に嫌な感じの空気が集まっていく。
紫苑の使う闇より、さらに禍々しい気配が素人の俺でもわかるくらいに発せられている。

「俺を殺してみろよっ、東雲紫苑!親父を殺ったように、貴様の仲間の前で冷酷な本性を示せ!そうして俺が味わった苦しみと同じ、仲間のいない孤独の中に陥れ!!」

禍々しい気は高まり、炎の体を包み込んだかと思うと、変化が起こった。
炎の体は赤く変色していき、筋肉も大きく膨らみ始めた。
目は瞳孔が開ききり、真っ赤に染まっている。
そして一回りも二回りも大きくなった炎の額には、二本の角が生えていた。

それはまさに、子供の頃に絵本で見たような鬼そのものだった。

 

 

 

 

 

 

「ぐるぁあああああああああああ!!!!!!!」

炎が、鬼が咆哮する。
もはやそれは完全に鬼の姿をしており、人間の面影は微塵も感じられない。
ただ、ついさっきまで、そこにいた炎が姿を変えていく様を見なかったなら、あれが人間であったなど信じられないかもしれない。

そこに、鬼がいた。

十二年前と同じ。
あたしの目の前に、真紅の体をした鬼がいる。

「・・・紅蓮」

東雲一族に壊滅的な打撃を与えた鬼と同じ存在。

「ぐぁ・・・!」

鬼の瞳があたしを捉える。
そして巨体からは想像の付かない俊敏さで飛び掛ってきた。

村正をふるって返そうとするが、鬼の爪が刀を弾いた。
刀を払った鬼の腕にも無数の傷がつくが、同時に刀はあたしの手を離れ、数メートル先に落ちて地面に突き刺さる。

「・・・!」

鬼の動きは予想を遥かに上回るほど速かった。

ドカッ

「・・・っ・・・!」

・・・一瞬息が詰まった。

第二撃をかわせずに掴みかかられ、地面に叩きつけられた。

速くて、強い。
紅蓮とは比べ物にならない。

上に圧し掛かっている鬼が腕を振り下ろしてくるが、それより先に鬼の下から抜け出す。
間合いの外に出る前にまた襲い掛かってくるけれど、一度見た動きは単調で、かわせないものじゃなかった。

ガッ!

「ぐぁぅる・・・!」

懐に入って鬼の胸板に蹴りを入れ、その反動で距離を取る。

「ぐるるるるる!」

「・・・炎、もうやめなさい。そのままでは、体だけでなく心まで鬼に侵される」

「・・・・・」

「・・・炎・・・」

・・・・・・・・・・・・・・・・・

目と目が合う。

鬼の瞳に宿るのは、底知れない憎しみの念。
けれども、その大きさに反して、今まで感じていた刺すような視線が感じられない。
もうあの目は、あたしに対して向けられているものではなくなってきている。

憎しみを糧に鬼となった。
その憎しみは、誰に向けられたもの?
あたしに対してだったはずなのに、もうあれは、それを忘れてしまっている。
ただ憎悪の念のみを糧に殺戮をする、ただの鬼・・・。

「・・・・・そう。もう、心まで鬼に成り果てたのね・・・」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

紫苑の顔から、一切に感情が消えた。
それは、あいつの殺気を見た時よりも空恐ろしく、寒気の走るものだった。

そこからは、何が起こっていたのか理解することが出来なかった。

気が付けば鬼の体はボロボロになっており、紫苑の前に倒れ付している。
冷ややかにそれを見据える紫苑は、地面に突き立っていた刀を手に取った。

「・・・さよならよ、炎」

小さな声だったが、確かに紫苑はそう言った。
殺気も怒気もない。ただ当たり前の行為として、紫苑は炎を殺そうとしていた。
氷のような紫苑の表情と、ゆっくりと振り上げられる刀。
全てが映画のワンシーンのようで、俺はただ黙って見ていることしか出来ないでいた。

それはまさに、一枚の絵だった。
罪を犯したものに、神の使いによる裁断が下される。そんな構図だ。
人間の意志が介入することを許さない、完璧な空間だった。

今まさに、絵が完成するその瞬間・・・。

「だめぇっ!!」

刀の下に入り込む存在があった。

両手を広げ、鬼の炎を庇うようにして、あゆは紫苑の眼前に立ち塞がる。

「・・・邪魔よ」

それを見ても、紫苑は眉一つ動かさず、冷たく言い放つ。
あまりの冷たさにあゆが怯むが、それでもその場から一歩も動かない。
強い意志を宿した目で紫苑を見据えている。

「・・・退きなさい」

「嫌だよ」

紫苑は刀を振り上げたまま、あゆは両手を広げたまま。

「・・・退きなさい」

「嫌だって言ってるよ。もう決着はついてるじゃない。炎君を殺す必要なんてないはずだよっ」

「・・・鬼は斬らなければならない」

「鬼なんかじゃない!炎君は人間だよっ。人が人を殺すなんて、間違ってるよ!」

「・・・・・炎の一族は、代々鬼門を管理していた」

「?」

「時にはその力を使いながら、力ある一族として栄えてきた。けれど、鬼の力は制御を誤れば心を食われる諸刃の力。炎も、父親の紅蓮も、大きすぎる鬼の力を制御出来ずに心を食われた。もう、人ではない」

「そんな・・・」

「人の心を失い、鬼となったものを野放しにすれば、多くの人の命が奪われる。鬼とは、人を食らうもの」

「・・・・・だから、殺すの・・・?」

「・・・・・」

「それが正しいの!?鬼だからって、人を殺すからって、炎君を殺していい理由になるのっ!?」

「・・・そうね。正しくないのかもしれない」

「だったら・・・!」

「なら、炎一人の命のために、大勢の人の命が奪われるのはいいの?」

「・・・っ!」

紫苑の言葉に、あゆが息を呑む。
・・・二人の言い分はどちらも正しいようにも、どちらも間違っているようにも思えた。
だって・・・。

「・・・人の命は、天秤にかけることなど出来ない」

そうだ。
俺もまったく同じことを考えた。
どっちかを選ぶなんて、出来るわけがないんだ。

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・けれど、何もしないわけにはいかない」

「だから、炎君を殺すの?」

「・・・どちらが正しいか、そんな答えを出すことは出来ない。けれどあたしは、法を司る者、東雲の長たる者として選択しなければならない。秩序を守る者として、より多くの命を救うために、鬼と化した炎を殺す」

「そんなのって・・・!」

「少なくとも炎は、自ら鬼になることを選んだ。それがどういう結果を招くか承知の上で」

「・・・・・」

「・・・退きなさい、あゆ。あたしは、炎を殺すわ」

「・・・・・」

しかし、あゆは退かない。
そのままの状態で俯いている。
下を向いていた顔が再び上げられ、紫苑を見据えたあゆの瞳には、今まで以上の強い意志の力が宿っていた。

「ならボクは、その逆を選択するよ。炎君は殺させないっ。どんなことがあっても、ボクが炎君を守ってみせる!」

「・・・・・」

「・・・・・」

二つの意思がぶつかり合う。
紫苑とあゆ、それぞれ正反対の選択をした以上、そこにあるのは明らかな決別だ。
今まで以上に空気に緊張感が走る。

と、紫苑の右手が下ろされた。

「・・・?」

「・・・・・」

パァンッ!

「きゃっ・・・!」

訝しがったあゆの頬を、紫苑は左手の甲で打った。
よろめいて倒れるあゆ。紫苑はそちらを僅かに見た後、倒れている炎に歩み寄る。

「・・・この世界は、力ある者が上に立つ。あなたが考えているほど甘くない」

そして改めて刀を振り上げる。
今度は振り下ろせば確実に炎を殺せる距離だ。
割ってはいる間合いもない。

「あたしを止めたければ、力ずくでやりなさい。それが出来ないのなら、大人しく受け入れなさい」

「だめっ!!」

あゆが飛び込むようにして炎の体の上に覆い被さる。

「炎君は、絶対に殺させないっ!」

「・・・退きなさい」

「退かない!そんなに殺したいなら、ボクごと斬ったらいいんだよっ!」

「・・・・・」

紫苑が刀を振り下ろす。
それは一度下ろしきる前に止められるが・・・。

「きゃっ!」

剣圧であゆは再び吹き飛ばされる。
そして三度紫苑の右手が頭上に上がる。
今度こそ邪魔するもののないままに、刀が炎の上に落ちる。

「っ!!」

しかし刀が落ちきる寸前に、またしてもあゆがその下に体を投げ込む。
もう止められないと思ったか、炎の体を抱くようにしてあゆ自身も目を閉じて体を硬くする。

 

「(お願い・・・炎君を助けて!)」

 

その瞬間、光に包まれた。

あゆの背中から真っ白な翼が広がったように見えたのは、錯覚だろうか?それとも・・・。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・

眩しい光が収まり、目が慣れてきた。
目に入ったのは、立っている紫苑と、寄り添うように倒れているあゆと炎の姿。

炎の体は、元の人の姿に戻っていた。

紫苑の顔は、長い髪に隠れてよく見えなかった。
僅かに覗き見た顔には、感情が浮かんでいないように思えたが、むしろ紫苑は普段からそういうところがある。表情から感情を読み取れないやつだ。
しかし今は、さっき感じた恐ろしい感じはまったくなく、いつもの紫苑に見えた。

しばらくあゆと炎を見下ろしていた紫苑だったが、やがて踵を返してその場を後にした。
誰も、俺もその後を追うことはなかった。

・・・ピ ポ ピ パ

俺の意識を引き戻したのは、隣りから聞こえるとても現実的な電子音だった。

「・・・あ、雪国総合病院ですか? 葉月先生をお願い出来ますか。高梨の名前を出せばすぐに応じてくれますから」

すみれさんが病院に電話をしていた。

「・・・・・どーもー。・・・・・あ、そんな露骨に嫌そうな声を・・・っと、用件だけ言いますね。これから“急患”が行きますんで。・・・・・・・・ええ、お分かりでしょう。病室の用意、なさっておいてくださいね。では・・・」

ピッ

「すみれさん?」

「祐一様、手伝ってください」

「何を?」

「決まってるじゃありませんか。お二人を病院に運ぶんですよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ところ変わって病院。
到着すると既に準備は出来ていたらしく、手早くあゆと炎は奥へ連れて行かれた。
俺達は取り残されて、所在無く院内にいるしかなかった。

「・・・すみれさん、さっきのは一体なんなんだ?」

「さっきと申されますと、色々ありますけど」

「こっちも色々聞きたいが、とりあえず、あゆが飛び込んでいって何が起こったんだ?」

「さあ?」

「さあって・・・」

「推測です。たぶん、あゆさんの力が働いたんだと思います」

「あゆの・・・力?」

「鬼に心を食われた者は元に戻りません。しかし、あゆさんの力はそれをやった。すごい事です」

すごいとか言われても、俺にはまったく実感が涌かないが。

「あゆさんは、夢を媒介に力を行使することが出来るんですよ」

「夢を?」

「そうですね。だから例えば、寝ている間に街を歩く夢を見たとしたら、本当はそこにいないのに街をあるいているあゆさんという存在が生まれる可能性もあります」

「それって・・・」

つまり、俺達が冬の間に会っていたあゆのこと・・・。
あれがあゆの力ってことなのか。

「でも、紫苑様と真っ向から向き合って、しかもその決断を変えてしまうなんて、ほんとにすごいですよ、あゆさんは」

「そうなのか」

やっぱり、力云々ってのは実感が涌かん。

でも確かに、あのうぐぅのあゆあゆが紫苑の考えを変えさせたとしたら、それは驚きではある。
はじめてあいつをすごい奴だなんて思った。
むしろ今回は、結局何もしてない俺よりずっとすごかったな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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