名雪だよ〜。

・・・・・・・・・・・・くー。

じゃなかったよ。
何だかよくわからないうちに香里のいる演劇部で舞台出演する事になって、しかもわたしがヒロイン役だって。
相手役が祐一だから、栞ちゃんとかすごく怒ってたなぁ。
でもわたしは嬉しいよ。
劇の中でも祐一の恋人役が出来るんだから。

ほんと、うれしいよ・・・。

・・・でも・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

紫苑―SHION―
〜Kanon the next story〜

 

第四十五章 演劇部初公演?・・その三

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちがぁーう!そこはそうじゃないっ。もっとさりげない感じでなければ駄目だ」

「もーっ!何回目の駄目出しですかっ!一体私のどこに問題があるって言うんですか!?」

「感情が出すぎてる!もっと内に秘めた感じを出すんだ。心に嫉妬心を抱きつつ、それでも表面はあくまで素で通す」

「やってるじゃないですか!」

「まだまだだっ!」

「そんな事言う人、嫌いですっ!」

舞台の上と下とで激しい言い争いが起こっている。
もう既に見慣れた光景を展開しているのは、栞と斎藤だ。
いざ練習を始めてみると、斎藤は予想以上に厳しい。
いきなり部外者の紫苑を抜擢するなど、自分なりの劇に対するポリシーみたいなのがあるらしく、演技指導には力が入る。さらには香里の冷静な指摘が加わり、役者である俺達は息をつく暇もない。
中でも栞はやたらに駄目出しが多く、斎藤との衝突が絶えない。

「ぎゃーぎゃー!」

「がみがみ!」

今にも噛み付きそうな勢いで二人はまだ言い合いを続けている。

「しかし、シスコンの香里としては、妹が随分とあしざまにさらてるのに何も言わないな」

「誰がシスコンよ。残念ながらこの場合、彼の言ってる事の方が正しいわ。あたしもこの場面に関しては彼に賛成」

「厳しいな」

「栞はちょっと落ち着きが足りないわ。オーディションの時はもっと上手かったのに。やっぱり主役になれなかったのが悔しかったかしら?」

香里が意味ありげな視線を俺に向けてくる。
気付かない振りをして自分の台本に目を落とす。
まだ全部憶えていないのだから、空き時間を使って少しでも頭に叩き込まなければならん。

劇の内容っていうのは、源氏物語とかでお馴染みの平安時代を舞台にしたオリジナルだ、らしい。
主役は東宮、つまり次の天皇になる若い親王という設定で、俺の役だ。既に二人の妻がいるんだが、東宮は貧乏公家の娘に一目惚れして、まぁそのお姫様と結ばれるまでの紆余曲折を描いた、舞台が大昔という点以外は割りとオーソドックスなストーリーだろう。栞に言わせれば、ありきたりなドラマ、というやつだ。
そのヒロインのお姫様を狙って一悶着あったのだが、配役は全て斎藤によって決められ、その座についたのは名雪だった。最後まで悔しがっていた栞は東宮の妻の一人。もう一人の妻が紫苑で、こちらは正妻に当たる役だ。
他にも北川、綾香、さらに人数が足りないんで香里や朱鷺先輩までも役についている。
とりあえず、メインは俺、名雪、栞、紫苑の四人になるわけだ。

「だあぁぁ!!美坂妹っ、どうしてもっとちゃんと出来ん!」

「だから!一体この私のどこを捕まえて出来てないなんて言うんですかっ!」

「だから!何度も言ってるだろう。あからさまに感情を剥き出しにするのはもっと後半に入ってからなんだ。それまではぐっと堪えて平静を・・・・・いや、細かい事はいい。君に足りないのは、自分の役に対する息込みだ!!」

ビシッ!

斎藤の人差し指が栞を指す。
続いてその隣りで黙々と台本に目を通している紫苑へと視線が移る。

「東雲姉、女御が東宮の想い人の噂を耳にしたシーンをやってみろ!」

「・・・・・」

矛先を向けられた紫苑は、無言で台本をぱらぱらとめくると、ゆっくりとした足取りで立ち居地に移動する。
既に演技が始まっているのではないか、と思われるほど流れるような美しさを感じさせる動きだった。

「・・・まぁ、詮無い事を・・・」

持っている台本を小道具の扇に見立てて台詞を紡ぎだす。

「噂ばかりを真に受けて人をあしざまに言うものではありませんわ。それに東宮様とてお若い殿方ですもの。ましてやお子を生さねばならぬ身・・・・・新しい姫君が入内なさるのは歓迎すべきですわ」

控えめな、よく通る声。
詩を読んでいるような綺麗な声で紡がれる言葉は、込めるべきところにしっかりと感情が入っているように感じる。
表情こそ少し乏しいように思えたが、見事に台詞を読みこなしている。
普段の無口な紫苑からは想像出来ないような、それでいてまさしく紫苑だと思えるような、そんな演技だった。

香里や栞もこの紫苑の演技には一目置いており、これを出されると何も言えないらしい。
斎藤も紫苑に対しては簡単な注意点を指摘するだけで、駄目出しは一度もしていない。

「わかったか美坂妹。これが本物の演技だ!」

ビシッ!

再び視線を栞に戻す。
大概はこれで決着が付くのだが、いい加減栞も痺れを切らしたようだ。

「毎回毎回紫苑さんを引き合いに出してこないでください!そりゃ、紫苑さんの演技はとっても上手いですけど、私のがそんなに劣ってるって言うんですか!?」

「優劣の問題じゃない!どれだけその役になりきっているかが重要なんだ」

あ、それはわかる気がするな。
今の栞は素でありすぎるんだ。
それに対して紫苑は普段とまるで違う。完全に与えられた役になりきっている。

「じゃあ!この際言わせてもらいます。私はこの配役に納得がいきません!」

「いや!俺の判断に間違いはない。全員は可能な範囲で適役につけている」

「私の演技力が名雪さんに劣ってるって言うんですか!?」

「そうじゃない!あくまで適合の問題だ!」

溜めていたものが爆発したのか、今日の栞はいつもよりしぶとい。
だが斎藤も怒鳴りながらも粘り強く自分のやり方を説こうとしている。
それでも話が平行線で収まりがつかない。

「栞、それくらいにしておきなさい。主役と脇役の違いが役者の優劣とは限らないのは、あなたもよく知ってるでしょ」

見かねた香里が横から口を挟む。
しかし少し遅かったか・・・。

「そうですけどぉ・・・でもやっぱり・・・」

「だぁーっ!!!そんなに俺の配役が気に入らないなら今すぐ出ていけっ!!」

ついに斎藤の方がキレた。
栞に向けていた指を講堂の入り口へと勢いよく移す。

「あーそうですか!それじゃあ出て行ってやりますよ!みんな嫌いですっ!」

ダッと栞が舞台を跳び下りて一直線に外を目指していき、あっという間に出て行った。

『・・・・・』

気まずい沈黙が訪れる。

「・・・練習再開するぞ。時間は全然ないんだからな」

「ええ、そうね。その前に・・・」

バキッ!

「プライベートという事で。じゃ、練習続けてちょうだい」

拳が一発、斎藤の顔に入った。
しばらくもだえていた斎藤だったが、すぐに復活して何事もなかったかのようにそれぞれの指導を再開した。
香里のやつ、やっぱり栞をあしざまにされて怒ってたんだな。
でも、斎藤の態度に対しては怒ってたけど、言ってる事の批判はしなかった。斎藤もそれで容認した。
伊達に小さな演劇部を一緒に切り盛りしてきたわけじゃないのか、一種の信頼関係があるみたいだった。

さて、俺は、と。

「ちょっと外す」

「わかったわ。お願いね」

出て行った栞を追っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

名雪だよ。

栞ちゃんが出て行って、祐一がその後を追っていくのを、わたしは舞台の上から黙って見ていた。
なんて言うか、ちょっと複雑な気持ち。
このままじゃ練習が進まないし、ああなっちゃった栞ちゃんを宥められるのは祐一だけだから、仕方ないんだけど、いつもながら祐一が他の誰かに優しくしてるのを目の前で見るのは、複雑だよ。
それが祐一のいいところだとしてもね。

「水瀬、出番だ」

「うん」

「違う!監督に呼ばれたら“はい”だ。監督は教師と同じだと思え」

「はーい」

「あー、ちなみに、こういう場所では教師に対して敬語じゃなくてもいいよ」

「東雲先生!余計な茶々を入れてる暇があったらさっさと台詞を憶えてください!」

「はーい」

練習再開。

わたしの役は、昔一度だけ逢って恋をした人にまた逢って、実はその人が東宮様でもう二人も奥さんがいる人だったんだけど、やっぱり好きだからアタックしちゃう、っていうお姫様の役。
なんとなく、今のわたしに似てる。
しかも、東宮様の役は祐一だし。
そして、祐一の二人の奥さんの役が、紫苑さんと栞ちゃん。
・・・こんなに皮肉な配役はないよね。

「ああ、東宮様。どうすればこの想いを伝える事が出来るのでしょう」

「よーし。いい感じだぞ水瀬。そこはそんな感じでオッケーだ。次は・・・」

「・・・・・」

栞ちゃんとは対照的に、わたしの方はあまり注意されない。
演技云々を言ったら、わたしなんかより紫苑さんや栞ちゃんの方がずっと上だと思うけど、きっとはまり役なんだね。
自分に重ねるつもりで演じると、すごくぴったりはまるんから。

台本をぱらぱらとめくって、最後の方の展開を見る。
お話らしい、ハッピーエンドが用意されている。

そう、このお姫様は、最後に夢をかなえて、東宮様の下にいけるんだ。

でも、わたしは・・・。

「休憩!」

いつの間にか練習は中断されていた。
二人が戻ってこないから、これ以上進まないから。
ほんと、なかなか戻ってこない。

「はぁ・・・」

「何溜息なんてついてるのよ」

香里がわたしの隣りに腰を下ろす。

「あまり元気ないわね」

「そう見えるかな?元気なつもりなんだけど」

「あたしの知ってる名雪はね、元気なほど眠そうな顔をしてるのよ」

「・・・なんかそれ、微妙にひどい事言ってない?」

「そんな事ないわよ」

「ほんとに?」

「ほんとよ」

「ほんとにほんと?」

「ほんとよ」

「ほんとにほんとにほんと?」

「ほんとよ」

「・・・・・香里、ノリが悪いよ・・・」

「相沢君と一緒にしないでちょうだい」

確かに、祐一だったらいつまでだって付き合ってくれそうだよ。
いつまで経っても終わらなくて、香里や北川君がつっこんでくれるまで続く。
祐一だと・・・。

「東雲先生、演技の際はもう少し控え目に。目立ちすぎです」

「あ、やっぱり?いやぁ、どうも人の目が集まるとねぇ」

「東雲姉、妹の方はもう少し目立て。三人足して三で割るつもりだ」

「・・・・・ん」

「ぅ〜、私って存在感ありませんか・・・?」

「ま、仕方ないわよね。綾香だから」

「はぅ・・・」

「劇って言うのは日常生活とは違う。やり方次第でいくらでも目立てるものだ。素質はあるからしっかりやれ」

「が、がんばります」

向こうでは斎藤君が東雲三姉妹に対して注意をしてりしてるのが見えた。
あの三人が並んでると、三者三様で本当に絵になるよ。
でも、その目の前で物怖じしてない斎藤君って、普段教室で見てたイメージと違うなぁ。

「・・・斎藤君ってさ、ちょっとかっこいいね」

「はぁ?突然何言い出すのよ、あんたは」

「ん〜、率直に思った事を言ってみただけなんだけど・・・」

「あんたの口から相沢君以外の男を褒める言葉が出るとは思わなかったわ」

「わたしだって他の男の人の話くらいするよ」

「そうだったかしら。例えば?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・お父さんとか?」

「却下」

「うん、それにわたし、あまりお父さんの事憶えてないし」

「話がずれてきたわよ」

「・・・何話してたんだっけ?」

「斎藤君がどうとかでしょ」

ああ、そうだったっけ。
彼を見てて急に・・・ううん、違うね。
最近彼を見てて思ってた事がたまたま今口に出たんだ。

「斎藤君のイメージって、わたしが知ってたのと全然違うね」

「そうなの?あたしはあんたが彼にどういうイメージを持ってたのか知らないから」

「えーと、そうだね。香里は、ずっとああいう斎藤君を知ってたんだよね」

「ああいうってのがどういうのかはわかりにくいけど」

こう言ったら悪いけど、わたしが斎藤君に対して持ってたイメージって、普通の男の子だな、程度だった。
だから、祐一が斎藤君の事をなかなか憶えてくれないを見てて、さもありなん、なんて失礼な事を思ってたりした。
でも、劇の練習をするようになって、今の斎藤君を見てて少し印象が変わった。
正しくは、今まで全然知らなかった斎藤高志君っていう男の子の事を少し知ったってところかな。

「劇に向き合ってる時の斎藤君って、なんか輝いて見えるよ」

「他に取柄がない奴だからね。これくらいしか出来る事がないのよ」

「でも、それってすごい事だと思わない?何か一つでも、真剣に向き合えるものがあるって、羨ましいよ」

「・・・あんたにはないの?そういう事」

「・・・・・」

ある。

「あるよ」

あの人に対する想いだったら、誰にも負けない。
それは、絶対。

でも・・・。

「・・・・・香里にだって、わかるでしょ。祐一の目に、わたしは映ってないない」

あの人の目に映っているのは、わたしじゃない。
あの人がわたしにも優しくしてくれるのは、負い目があるから。

七年前のあの日、わたしを傷つけた事。

わたしは卑怯だ。

言葉に出さないけど、あの時の事で祐一が負い目を感じてるのを知ってて、それで未練がましく祐一の事を想っている。

「そろそろ、潮時かな、なんて思ったりするんだよ」

「・・・そう」

「ただ、自分から身を引くっていうのも癪だし、もっとかっこいい恋人見つけて見せ付けてやる、って感じがいいかなぁ、なんてね」

「相沢君がかっこいいかどうかはおいておくとして、斎藤君がいいとも思わないけどね」

「うん、わたしもそう思う」

うわ、ちょっとひどいね。
二人して言われたら斎藤君の立つ瀬がないよ。
でも事実だし。

「あんたにとっては相沢君よりいい男なんて今のところいないわけで」

「うん、そうだね」

「まぁ、名雪の気の済むようにするのがいいと思うけど」

「・・・ありがと、香里」

親友っていいね。
こんな愚痴に付き合ってくれるから。

この劇で、けじめをつけよう。

舞台の上だけでも、祐一の恋人をやれるから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時間なんてあっという間に過ぎるもので。
今日はもう文化祭当日で、劇は三時間後に迫ってたりする。

あの後も大変だった。
追っていった先では、栞が一人で練習をしてたので、しばらく付き合った。
絶対に斎藤には言うなと釘を刺されたので黙ってたが、あれ以降も二人の衝突は頻繁にあった事を考えると、よくここまで至ったと思わざるを得ない。

しかし、多大な不安を抱えながらも、始まった劇はなかなかのものだった。
大きなミスもなく、瞬く間にラストシーンに至る。

「姫、誰が何と言おうと、私はあなたが好きだ」

「東宮様・・・」

劇の台詞とは言え、我ながらよくもこんな歯の浮くような言葉を言えるものだ。
しかも目の前にいる名雪は現実に告白を受けたような真摯に迫る表情をしてるものだから、思わず正面から見ててドキッとっする。

「私の下へ、来てくれ」

「・・・はい」

そして姫を、名雪を抱き寄せる。
あくまで演技だと言うのに、今まで見てきた中で一番色っぽい名雪を抱くというのみものすごく緊張する。

(ね、祐一)

と、その名雪が俺の腕の中から小声で話し掛けてくる。
もちろん台詞ではない。

(キス、しよ)

(な・・・は?)

思わず大声を上げるところを堪える。

(お願い。これが最後だから)

(最後・・・って?)

(早く。幕が下りちゃうよ)

確かに、このシーンで盛り上がる中、幕が下りていくのがラストシーンだ。
もう後数秒もしないうちに幕が折り始める。

(祐一・・・)

「・・・・・」

視界の隅に舞台袖の紫苑や栞、綾香らの姿が映った。
栞なんかには、後でうるさく言われそうだな。
なんて事を考えながら、俺はイチゴとネコ好きの寝ぼすけないとこの望みどおりにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

唇に柔らかい感触が当たる。

お客さんからの大きな拍手も、背中に刺さるような視線も感じない。
ただ、体の一点だけに全部の神経が集中した、ほんの数秒間の、触れ合うだけの行為。

わたしは、祐一とキスをした。

たぶん、最初で最後のキス。

ありがとう、祐一。

・・・さようなら、わたしの初恋。

今度、斎藤君にお付き合い申し込んでみようかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「信じられません!いくら盛り上がってたからって、あそこで事もあろうにキスですか。だから私が主役に・・・」

思ったとおり、劇が終わって解放された後、俺は延々と栞に文句を言われている。
綾香も何となく静かで、紫苑は・・・まぁ、変わらない。

もう夕方近くなのだが、まだ文化祭は終わっていない。
夜の打ち上げでまた落ち合うという事で、一通りの片付けが終わるなり、俺は三人と共に出店回りにやってきた。

「あ、祐一さんだー。やっほーですよー」

「あれ?佐祐理・・・さん・・・に、舞・・・」

声をかけられて反射的に返事をしたものの、振り返った先の光景に思わず絶句する。
通常の出店スペースより少し大きめのスペースに、喫茶店を小さくしたようなものが存在していた。
それはいいのだが、二名の店員は、猫耳とうさ耳だった。

「えー、あー・・・すまん・・・とりあえず何からつっこめばいいのかわからない」

「あははー、もう閉店するところですから、最後のお客様としてどうぞー」

「そうさせてもらう。栞、紫苑、綾香・・・・・?」

横を見ると、綾香しかいなかった。
そして改めて店の方を見ると、紫苑は舞と一緒に奥の席に行っており、栞は“奢れ”という目で俺を見ながら座っていた。

「・・・入るか、綾香」

「そうですね」

 

「で、どうしてOBの二人がこんなところで店なんか・・・」

「あははー、やっぱりスタートは屋台から、っていうのが相場じゃないですか」

「何の相場だ、何の。ま、仮に個人で店を出すにしても、よくこれだけのスペースを確保出来たな」

「地獄の沙汰もなんとやら、ですよ」

「・・・おいおい」

「実は、この間の一件でお父様と仲直りしたんです。それで、佐祐理の夢を話してみたら資金援助をさせろ、なんて言うんですよ。いいって言ったんですけど、絶対に援助するって」

「左様で。ところで、佐祐理さんの夢って?」

「舞と一緒に、喫茶店か、小料理屋なんかをやりたいんです。だから、この出店はそれに向けての第一歩なんですよ」

「なるほど」

さすがに年上。
色々考えてるんだな、佐祐理さんは。
舞は・・・、向こうで紫苑と二人、黙々とお茶してる。こっちはどうだかよくわからないが。
でも・・・。

「応援するよ」

「あははー、ありがとうございます」

「出来たら、お客第一号に呼んでくれ」

「絶対お呼びしますよ。だって祐一さんですから」

「そいつは光栄だ」

「・・・・・仲がおよろしいですね」

横合いから棘のある声がする。
どうも今日はよっぽどご機嫌斜めらしい。

「あははー、駄目ですよ祐一さん。誰にでもいい顔していたら。佐祐理は嬉しいですけど」

「そうかもしれない」

さっきの名雪の表情。
どう形容していいのかわからないけど、今までと違っていた。
なんとなくだけど、七年前に俺を好きだと言った名雪は、もういないと思った。
俺は、どのくらい彼女を傷つけたのだろう。

煮え切らない態度でいるのと、はっきりと想いを伝える事。
どちらも、残酷な事だ。

そんな事を考えさせられる。
で、結局全然答えを出せない。

そんな俺よりも、彼女達の方がずっと大人だったかもしれない。

今回の事を皮切りに、そう思わせる事が続く事になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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