う~ん、佐祐理です。

はぇ~、ここはどこでしょう?
冷静に今日の行動を分析してみましょう。
朝、舞と一緒のベッドで目覚めて・・・・・そこまで戻る必要はないですね。
バイトに行く途中であゆさんと会って、時間があったので一緒にたい焼きを食べましょうと言ったところで・・・・・はぇ、そこから記憶がありません。

「やぁ、お目覚めですか?倉田佐祐理さん」

「はぇ?えっと・・・・・高沢家のご長男さん?」

「正解です。憶えていてくださって光栄ですよ」

「あははー、佐祐理はばかですけど、一度見た方のお顔は忘れないようにしていますから」

それはもう、一度お話して事のある方ならよほどの事がない限り憶えていますよ。
パーティーなどに出る時の最低限の必要能力だとお父様から教え込まれましたからね。

「それで、どうして佐祐理はどうして高沢さんのところにいるんでしたっけ?」

「もちろん、あなたと私が結婚するためですとも」

「そうでしたっけ?」

「そうです」

えーと、こういう時はなんて言うんでしたっけ?
確かつい最近そんな話をどなたかとしたような・・・・・、あ、思い出しました。
教えてくださったのは紫苑さんでした。
その紫苑さんはすみれさんに教わったと言っていましたが。

「おとといきやがれ、ですよー」

どうやったら一昨日来られるんでしょうね?
タイムマシンとかあるのでしょうか。

「佐祐理は今のところ結婚する気はありませんから、そのお話はなかった事にしてください。それでは」

今は舞との蜜月をたのし・・・・・こほん。

とにかく、佐祐理は高沢さんに一礼して部屋を後にしようとしました。
ところが・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

紫苑―SHION―
~Kanon the next story~

 

第四十一章 倉田家事件 後編

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、逆探知も出来た事だし、とっとと行きましょ」

散らかしてあった機材を手早く回収してさっさと歩き出す先輩。
ほんの十数秒ほどの短い電話の間に逆探知を終えてしまうとは、よく知らんがすごい気がする。

「けどよ先輩。相手が佐祐理さんのいる場所から電話してきてるとは限らないだろ?」

公衆電話を使うなんて常套手段だし、今は携帯なんて便利なものまである。

「相手は携帯よ。電波の発信源はわかったから、そこに行けばいいのよ」

「けど行ってどうなるわけでも・・・」

「文句ある?」

ギロ

って感じの音が聞こえたな。
ダメだこの人は、どうあっても東雲に話が伝わる前にケリつける気でいる。
まあ、俺も早い方がいいとは思うけどな。

 

 

 

 

 

 

 

先輩の強引なペースに巻き込まれるまま、俺達は隣町との間辺りにある廃病院に辿り着いた。
どうやったらわかるのか不明だが、倉田家に電話してきた携帯の電波はこの辺りから発せられていたらしい。

「・・・・・ん?」

「どうしました?祐一」

車を降りる時、何かの音が聞こえて空を見上げる。
訝しがった桔梗が訊いてくるが、俺は何でもないと言っておいた。
だが気のせいではないだろう。
確かに空を飛ぶ何かの音が聞こえた。
別に飛行機でもヘリコプターでも飛んでる所には飛んでるわけだから、気にするほどの事でもないんだろうが、ちょっと頭の隅に引っ掛かった。

「それで東雲先生。これからどう行動するんです?」

「そうね。しらみつぶしに探すには広すぎるけど、案外手がかりは身近な場所にあるものよ」

行動が行き当たりばったりっぽいが、先輩の声には既に自信が溢れている。

「ほら、これ見て」

言われるままに先輩の足元に目を向ける。
そこにあるのは車の通ったタイヤの跡。
まだ新しいのは俺にもわかった。

「とりあえずこの跡を追ってみて、その先にどんな車があるのか、それを確かめましょ」

「しかし、犯人が最初から最後まで同じ車を使っているとは・・・」

「いい視点ね、久瀬君。もちろんその可能性は考慮してるけど、私の勘だとそれはないわ」

「それは何故?」

「・・・犯人のこれまでの行動が比較的稚拙で、計画的とは言い難いから、ですか?」

「鋭いわね、美汐ちゃん。犯人は電話で変声機も使ってないし、町中で誘拐するなんて無茶までやってる。偽装なんて最初から考えてない、衝動的犯罪の可能性が高いわ」

「すごいです先生。まるでドラマに出てくる探偵さんみたいです」

「うぐぅ、よくわからないけど、すごいんだね」

「まぁね」

「ところで、相沢さんと川澄さんと桔梗さんはもう先へ行ってしまっていますが」

あくまで全部先輩の推理であって、確証があるわけじゃない。
けど舞はもう佐祐理さんの居場所がわかっているかのような足取りで先へ進むので、俺もその後から付いていっている。
俺のすぐ後ろからは桔梗が、そのさらに後ろの方からは先輩達も付いてきている。

「ほんとにこっちでいいのか?」

「・・・佐祐理は、こっちにいる」

「大丈夫だと思いますよ」

俺の呟きに前後から答えが返ってくる。
二人ともやけにはっきりとそう言い切る。
根拠を訊きたいところだが、この二人の場合は勘だけで物事を当ててしまいそうなところがあるからな。
むしろこういう時には信じてみた方がいいのだろう。
だからこうして歩いている。

「あ、車がありましたよ」

「ほんとにあったよ・・・」

「どうやら私の推理が正しかったみたいね。あゆちゃん、美汐ちゃんに久瀬君、確認して」

駆け足で追いついてきた先輩に促されて、三人が車の元に駆け寄る。
暗くてよく見えないが、近付いて見れば車の形はわかる。

「たぶん・・・これだと思う」

「天野さん、どうだい?」

「ナンバーまでは見てませんから、断言は出来ませんが、形と色は一致します」

「ほぼ決まりね。こんな変なところにある時点で怪しさ大爆発だわ」

「という事は、後は佐祐理さんがどこに監禁されているか、ですね」

栞の言うとおりではあるが、元が病院だけにここは広い。
光が漏れるようにはさすがにしてないだろうし、探すのは相当骨だ。

「あっち」「あっちです」

と、舞と桔梗が二人して同じ方向を指差す。
今いる一番大きな建物の隣りの建物の方だ。

「・・・はぁ、僕はこういった非科学的なものは信じない性質なんだが・・・」

「何もないよりはましだろ。それに俺は舞と桔梗の二人が言うなら信憑性あると思うぞ」

「とにかく行ってみましょ。そうすればわかるわよ」

「仕方ないな。ですが先生、全員で固まって移動するのもどうかと思います。犯人がこの車で逃走する事も考えて・・・」

「あ、それなら大丈夫よ。タイヤの空気抜いといたから」

「・・・・・相沢君、東雲先生は一体どういう人なんだ?」

「俺もそれなりの付き合いだが、あの人の全部を知るには至ってないからな」

家事から犯罪まがいの事までなんでもありだ。
万能人間だよな。綾香が劣等感を抱くのも無理のない話だと思う。

「さ、行くわよ・・・って舞はもう行ってるし。ちょっと待ちなさいってば」

「俺達も行くか」

ぴと ぴと

「・・・・・なんの真似だ、おまえら?」

「うぐぅ・・・暗いの怖い」

「危ないかもしれませんから、しっかり守ってくださいね」

俺の両隣にはあゆと栞。
二人ともぴったり俺に密着していて動きづらい。

「モテモテですね、祐一」

「茶化すな、桔梗。行くぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

佐祐理です。

どうやら佐祐理は誘拐されて監禁されてしまったようです。
テレビやお話ではよく聞きますけど、本当にあるんですね、こういう事って。
ちょっとびっくりです。

「わかってもらえたかな、倉田佐祐理さん。君に選択権はないのですよ。素直に私と結婚するのです」

「お断りします」

やんわりと言いました。
でも佐祐理自身、言っている事は少しもやんわりしてない事はわかってますよ。

「はははっ、ジョークの上手いお嬢様だ」

ただ、こうまでわかっていただけないとさすがの佐祐理でもうんざりしていまいます。
なんとか穏便に事を済ませたいのですが、帰ろうにも出入り口には怖い人達がたくさんいますし。

「あの、早く佐祐理を帰してもらいたいのですけど・・・」

「簡単な事さ、倉田佐祐理さん。君が一言YESと言えばすぐにでもお帰ししますよ。心配無用です」

「いえ・・・佐祐理が心配しているのは佐祐理の事ではなくてですね・・・」

こんなやり取りをさっきから何度繰り返したでしょう?
そろそろ本当に大変な事になりそうな気がします。
やっぱりちゃんと言った方がいいですよね。

「あのですね、佐祐理が心配しているのは・・・・・」

 

ドカッ バキィッ!!

 

「ぐぼへぇぁっ・・・!」

あ、遅かったみたいです。
一応解説しますと、ドアを蹴破って入ってきた舞が高沢さんを思い切りグーで叩いたのです。
舞、女の子がグーで人をぶっちゃいけませんよ。

そうなんです。
佐祐理が心配していたのは、高沢さん達の方なんです。
こういう事になってしまいますから。
でも、舞ったら飛んできてくれるなんて、佐祐理は嬉しいですよ。

 

 

 

 

 

 

 

「佐祐理さん!無事か?」

「あ、祐一さん。このとおり、ぴんぴんしてますよー」

飛び込んでいった舞に続いて部屋に入ると、佐祐理さんが笑顔で出迎えた。
どうやら本当に無事みたいだな。とりあえずよかった。

舞と桔梗に付いて行ったらまっすぐここに着いて、声が聞こえるなり舞は矢の如く突っ込んでいった。
俺に続いて残りの面々も部屋に入る。

「はらほろひれはれ~・・・」

古いな。
一番偉そうな奴は最初の一撃でとっくにノックアウトしている。
だがよく見回すと、たぶん下っ端らしい連中がたくさんいる。
舞の奇襲に驚いて初動が遅れたみたいだが、すっかり囲まれていた。

「おい先輩、こういう時はどうする?」

「二種類の選択肢があるわ」

「ほう?」

「潰すか、逃げるか、よ」

潰すってのは物騒な話だな。
だが実際、連中は大人しく逃がしてはくれそうにない。

「こういうの久々だわ。腕が鳴るわね」

鳴るなよ、そんなもの。
またこの人の物騒な一面が明らかに。
って言ってる間にも千切っては投げ、千切っては投げ、雑魚がやられていく。
前に先輩、自分の事鮫島と同じくらいには強いとか言ってたけど、ほんとだな。

「ま、ざっとこんなものね」

「む、虚しい。たった数行の間に全滅しちまった」

「時代劇のやられキャラよりさらに虚しいです。一つも台詞ないですし」

「うぐぅ、数行とか台詞って何?」

「気にするな」

「そうですあゆさん、気にしちゃいけません」

些細な事だからな。

「・・・っ!」

がしっ

「舞っ!」

「?」

声がして振り向くと、倒れた高沢(だと思う)の胸倉を掴んで拳を振り上げている舞の姿が見えた。
無言だが、舞は本気の怒りを露にしている。下手したらあの男、殴り殺されるかもしれん。

「舞、もういいです。佐祐理は無事ですから」

俺より先に、佐祐理さんの言葉が舞を止めた。
振り上げた拳を下ろして佐祐理さんの方を見た舞の顔は、今にも泣き出しそうだった。
一件落着・・・・・。

「ちっ、ちくしょぉがぁっ!!」

「っ!?」

突然声を上げたのは、気絶していると思われた高沢だった。
舞の手を振り払い、懐から取り出したものを突き出す。
それが何か知って、皆の表情が凍りつく。

ズキュンッ!

銃声が響いた。
向けられた先にいるのは、佐祐理さんだ。

「佐祐理っ!!」

「やばっ!」

駄目だっ!
俺も舞も先輩も佐祐理さんを庇うには間に合わない。

「倉田さんっ!」

「きゃっ」

・・・ッ・・・バリンッ!

「?」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

全ては一瞬の出来事だった。

「佐祐理!」

「は、はぇ~、大丈夫です~」

佐祐理さんは無傷だ。
それを確認して、舞はその場に崩れ落ちる。
庇った久瀬も腕を掠った程度のようだ。

「ありがとうございます、久瀬さん」

「いや、気にしないでいいですよ、倉田さん。卒業されたとは言え、あなたは僕達の学校の生徒だった人です。生徒を守るのは生徒会長としての務めですからね」

「あははー。あ、傷が・・・」

「ああ、大丈夫です。袖を掠めただけですから」

弾丸は久瀬の上着の袖を掠って、窓を破って飛び出していった。
けど、窓が割れる音がする寸前に、別の音がしたような気がした。
金属が当たるような、そんな音・・・。

「?」

と、地面に何か落ちていた。
それを拾い上げると・・・。

「・・・パチンコの、玉?」

だよな、これは。

「・・・・・」

・・・ああ、そういう事か。
なんとなくわかったな。
俺しか気付いてないよな、これには。
舞は佐祐理さんの事しか見てないし、先輩も気付いてないらしい。

「まったく、こんなおもちゃまで持って、悪い子ねぇ」

銃は先輩が没収した。
舞はもうあいつに対する興味を失ったようだが、もっと質の悪い人に捕まったな。
哀れ高沢。おまえの事などこれっぽっちも知らないが、少しは同情するぜ。

「さぁ、高沢君だっけ?先生が生活指導室に連れてってあげるわよぉん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

倉田家の方は大騒ぎだったが、結構あっさり事件は片付いた。
事が公になるのは嫌だったんだろうな。
俺達も今回の事は他言しないように頼まれて帰された。

佐祐理さんは家出中。
さらにその家出先で同居中の舞もいた。
そんなわけで二人は今佐祐理さんの親父さんの所にいるらしい。
気になるものだが、これは俺が口を挟む問題じゃないしな。

それよりも今は・・・。

「あゆ、桔梗、先に家に戻っててくれ」

「うぐぅ!?ボク暗いの怖い!」

「私は大丈夫ですから、行きましょう、あゆ」

「怖がりあゆあゆを頼むぞ、桔梗」

「あゆあゆじゃないもん!」

何やら抗議しているあゆの声を背中に聞きながら家とは反対の方向へ向かう。
目指す場所などは別にない。歩いてれば向こうから来るだろ。

「どうもー」

言ってる傍から来たし。
どこからともなく現れて俺の隣りを歩いてるのはすみれさんだ。

「まさか気付かれるとは思いませんでした」

「気付いた、ってほどじゃないですけどね。銃弾にこれぶつけたの、すみれさんだろ」

さっき拾ったパチンコ玉を取り出してみせる。

「余計でしたかね?」

「まぁ、お陰で誰も怪我せずにすんだから、よかったよ。ところで、なんで唐突にいたんです?」

「うちの情報網は普通と違いますから。喪中とは言え、関わりの深い場所に事件が起こればすぐにわかります。紫苑様が相当心配されてましたから、今日は空から来てしまいました」

あそこに着いた時に空から聞こえた音はそれか。

「・・・もしかして、その飛行機だかも自家用?」

「当然です。いつでも飛べる機体が常に三機はありますよ」

「あ、そう・・・」

さすが大金持ち。

「ところで」

「?」

「聞きたいのは、そんな事だけですか?」

「・・・・・」

街灯に照らされたすみれさんの表情は、なんともいたずらっぽいものだった。
朱鷺先輩に通じるものがあるな。

「・・・・・あいつは、元気してます?」

「まぁ、場所柄、絶好調とはいきませんけどね。それにあの方はぱっと見元気なのかどうなのかよくわかりませんから」

「それは言えてる」

「お変わりありませんよ」

「そうか」

まだあいつが本家とやらに行ってから一ヶ月くらいしか経ってないんだよな。
なのにもう随分会ってないような気がする。
存在感ないくせに、いないとぽっかり穴が開いたような・・・。

「お寂しいですか?祐一様」

「・・・・・いや、全然」

「素直じゃないですね。紫苑様は毎日不機嫌ですよ。しょっちゅう家が恋しいって言ってますから」

「・・・だったら早く帰ってくればいいだろ」

「大人の事情ってやつですよね。夏休み中には無理ですね」

夏休みなんてもう二三日で終わりだ。
その後はどうなんだ?

「さて、私はもう行きますね」

「結局何しに来たんです?」

「いざという時の保険ですよ。出番はほとんどありませんでしたけど。あっ、ところで・・・」

「?」

「見慣れない方が一緒にいましたけど?」

「ああ、桔梗の事か。最近水瀬家に居候しているやつ」

「ふぅん・・・そうですか」

「?」

「あ、いえ、気にしないでください。それでは、失礼いたします」

ぺこりと頭を下げると、来た時と同じくあっという間に気配がなくなる。
幽霊だったのでは、何て勘繰ったりしてしまいそうになるな。
夜に現れるメイドさんの幽霊。
・・・変な見物客が来そうだな。
なんて、つまらない事を考えながら帰路に付く。

今回の事件、大事にならなくてよかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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紫苑 「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」

紫苑 「・・・・・すみれがいないから、このコーナーは休みよ」

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