生徒会長の久瀬だ。
もっとも今は夏休み中であり、生徒会長だろうと何だろうとあまり関係はないかもしれない。
僕自身受験生と言う事もあり、この仕事も二学期にある文化祭が最後になるだろう。
その後は後進に任せる事になる。まぁ、今はそんな事はどうでもいいんだ。
現在僕はもっと別の事で悩んでいる。
関係のない話だと言ってしまえばそれまでの事なのだがし、実際僕とは根本的に無関係だ。
間接的に関わっていると言えない事もないが、個人的な問題かと言えばそうではない。
つまりは家の問題だ。我が久瀬家はこの辺りではそれなりに有力な家柄だ。
ただ一つの家を除けば格において当家に勝る存在はない。
問題というのは、その唯一うちの権力の及ばない存在、倉田家の事だ。倉田家は“あの”東雲家とも取引関係にあるなど、かなりの力を持った家柄である。
だが現状において最大の問題は跡取り不在。
数年前に息子を失って以降子供はなく、いるのは一人娘のみ。しかもその一人娘が家出中と来たものだ。
今はまだいい。しかし先々倉田の家を継ぐべき人間が必要になってくる。
その座を狙う人間は山ほどいる。
何しろ倉田家そのものに加え、バックに東雲家をつけられるなどの特典が多い。
まぁ、かく言ううちもそんな輩の一つなのだが。それでだ、最近そうした輩の働きかけが活発になっている。
理由は簡単だ。今東雲家は前当主が亡くなり、その葬儀やら新当主への交代やらで忙しい。
つまり外の事に関わっているほど暇ではない。
この時期ならば、倉田家との縁談に東雲家が干渉してくる可能性はないため、上手くすれば自分達に有利な形で話をまとめられる、とでも思っているのだろう。それだけの事だ。
聞いての通り、僕には大して関わりのない事だ。だが・・・いわゆる政略結婚か。
彼女はどうするつもりなのか。
そう考えるとどうにも落ち着かない。
もう吹っ切ったつもりだったのだがな。
紫苑―ＳＨＩＯＮ―
〜Ｋａｎｏｎ ｔｈｅ ｎｅｘｔ ｓｔｏｒｙ〜
第四十章 倉田家事件 前編
・・・美汐です。
誰ですか、私の事をおばさんくさいなどと言っているのは。
はっ、いけませんいけません、暑い所為で変な思考をしてしまいました。
この地方でも真夏は相当暑いのですよ。
あの二人は元気に走り回っていますが。
まったく子供ですね。それにしても、少し早く家を出てしまった様ですね。
これではスーパーのタイムサービスまで時間が余ってしまいます。
お買い物は後回しですね。
少々暑いですけど、散歩でもしましょうか。「・・・・・？」
あれは・・・。
あそこを歩いているのは会長の久瀬さんですね。
こんなところで会うなんて不思議です。
そう言えば、休みが明けたらすぐに文化祭の準備でしたね。
今のうちに少しでも打ち合わせをしておいた方がいいかもしれません。どうせ暇ですし。
少し声をかけてみましょうか。・・・ちょっと前までの私だったらこんな事絶対にありませんでしたね。
私も変わったものです。「久瀬さん」
「・・・？・・・ああ、天野さんか」
「珍しいですね。お散歩ですか？」
思えば私服の会長を見たのははじめてかもしれません。
会う場所と言えば学校の生徒会室ばかりですから。「散歩か・・・。そうかもしれないが、少し違うとも言える」
「そうですか」
何か複雑な事情がありそうですね。
詮索はやめておきましょう。「細かい話は聞かないんだね」
「どこかの誰かと違って奥ゆかしいですから」
「相沢君か」
その名を言って会長が苦笑します。
詳しい事は知りませんが、あの人との間に何かあったらしいですね。
変な縁があるとか前に言っていましたし。「彼のあの性格は長所であり、短所でもあるな」
「まったくその通りだと思います」
「しかし・・・自分で奥ゆかしいと言う辺り、君もどうだろうか」
「放っておいてください」
意外です。
この人とこんな他愛ない話題で盛り上がれるとは思いませんでした。
雰囲気が和んでくると、つい口が緩んでしまいます。「・・・何か、悩み事ですか？」
聞くつもりはなかったのに、何故か口に出してしまった。
「ん・・・確かに、悩んでいるかもしれない。だが本当なら僕が悩む筋でもない事なんだけどね」
「それではまるで相沢さんみたいです」
「なるほど、確かに」
あの人は必要以上に他人の事に首を突っ込みますからね。
そして勝手に悩んで、解決しようとする。
本当に長所でもあり、短所でもありです。「それで・・・」
ブロロロロロロロロロロロロロ！！！
「！」
「危ない！」
突然一台の車が道を走り抜けていきました。
間一髪、私は会長に庇われて事無きを得ましたが、道のあちこちで悲鳴が上がっています。
当然です。ここは通行止めでこそありませんが、あんなスピードで走る様な道ではありません。
でもそれ以上、私はとても気になるものを目にしていました。「まったく、何を考えているんだ。怪我はないか、天野さん？」
「・・・今の」
「え？」
「今の車、倉田先輩が乗っていました」
「なんだって！？」
暑い。
って最近そればっかりだな。
そもそもこのＳＳを書いている時点では春先なのに、作中ではどうして夏なんだ。「祐一さん、それは言っちゃいけない事です」
「禁句ですね」
注意されてしまった。
確かに今話す事柄ではないな。気を取り直して・・・。
今俺は商店街を歩いている。
両側にいるのは栞と桔梗だ。
俺と桔梗は夕飯の買い物に出てきたのだが、栞は途中で遭遇してついてきた。
相変わらず暇なやつだ。「そんな事言う人、嫌いです」
「まぁ、それはともかく」
「ともかくじゃありません」
「桔梗は夕飯に何を食いたい？」
「私は何でも。あ、でもしつこいものはちょっと・・・」
「確かに。今日も暑いし、何かさっぱりしたものが食いたいよな」
例によって秋子さんは好きなものを買ってこいとの事なので、こうして歩きながら俺達は買うものを考えている。
基本的に何を買って帰ろうとも秋子さんならぱぱっと調理してしまいそうだ。「なんか私、無視されてません」
「全然そんな事ないぞ」
「台詞が棒読みです」
「祐一、彼女に意地悪したら駄目ですよ」
「いやですね桔梗さん、彼女だなんて、そんなほんとの事！きゃー」
桔梗の言葉に舞い上がって小躍りする栞。
頼むからあまり目立つ行動は控えてくれ。
ただでさえ俺はこの界隈じゃ色々と噂になってるらしいからな。
ま、今はみんな桔梗の方に注目してるから、栞は虚しいくらい無視されているが。
とにかく普段から俺の周りの連中は奇功が絶えないからな。「あ！祐一君だっ！」
ほら言っている傍からそのうちの一人が。
今ではすっかりリハビリも終わって、食い逃げ家業再開の勢いだ。「どうした？あゆあゆ。とうとうお家芸の再開か？」
「そんな事しないもん！って今はそれどころじゃないんだよっ！」
普段とは違った真摯に迫ったあゆの慌てよう。
もしかしたら本当に一大事か？「佐祐理さんがゆーかいされちゃったよっ！！」
「・・・・・はぁ？」
これぞ正に寝耳に水・・・ってボケてる場合じゃない！
さて何がどうしたって、佐祐理さんが誘拐されたそうな。
まさかと思ってみたが、あの後天野と久瀬に会い、佐祐理さんを乗せた車が物凄い勢いで道を走っていった事を聞いた。その車の特徴とルートが、あゆの話を一致する。
この非常事態に、俺達は倉田家の豪邸の前の空き地に緊急配備した。
ちなみに集まっているメンバーは、俺、栞、桔梗、舞、あゆ、天野、久瀬、朱鷺先輩だ。
先輩はたまたま舞と一緒にいたらしく、連絡したら一緒にやってきた。
とりあえずすぐにでも飛び出しそうな舞を落ち着かせるのに一苦労した後、既に日の沈みかけた時間帯、こうして状況確認のためにここにこうしているわけだ。「とりあえず、状況を整理しましょ」
相変わらずと言うか、場をしきっているのは先輩だ。
普段は困った人だが、こういう非常事態には頼りになる。「まず、あゆちゃんが商店街で佐祐理に会って、一緒にたい焼きを食べようと買ったところで、突然現れた車に佐祐理が連れて行かれた。これが大体三時半」
「うん・・・そうだよ・・・」
一緒にいながらみすみす連れさられた事を気にしているのか、あゆは元気がない。
そのあゆの頭に手を置いて元気付けてやり、先輩に先を促す。「で、美汐ちゃんと久瀬君が暴走する車を見たのが三時四十分くらい。この二台は同じ車で間違いないはずね。その後祐一ちゃんから舞と私に連絡があったのが四時。今が五時半。倉田家には動きなし」
手がかりは今のところなしだ。
「電話線をちょちょいと弄っておいたから、犯人から連絡があればすぐにわかるわ」
「・・・ちょっと待て先輩。今非常に不穏当な発言を聞いたが？」
「気にしちゃ駄目よ」
「気にするって・・・」
「犯罪すれすれだな・・・」
ま、この際それは不問にしよう。
とにかくこのままじゃどうにも動けないからな。「・・・・・お、電話あったわ」
「ほんとか！？」
「しっ、静かに」
どうやら先輩のつけてるイヤホンで電話の内容が聞こえるらしい。
俺達は皆黙ってそれが終わるのを待つ。「・・・・・」
長い・・・。
いや、実際それほど長くはなかったのだが、そう感じられた。「・・・ま、大体予想通り、かしらね」
「何だったんだ？」
「犯人は大胆にも名前を名乗ってるわ。高沢家の人間だって」
「高沢家だって？」
「そ。娘の無事を願うなら、うちとの縁談を承諾しろ、ってね」
「滅茶苦茶です。そんな強引な人のところに誰がお嫁になんか行きますか！」
「同感ですね。無茶もいいところです」
栞や天野の言うとおりだ。
こんな事して縁談がまとまったりするはずがない。「・・・高沢家か・・・。なるほど、わかるような気はするな」
「どういう事だ？久瀬」
「高沢家は少し先の街の有力な家だが、最近は低迷している。倉田家への縁談の申し込みは随分前からあったが、ずっと断られ続けている。さらには少し前のの取引先との話を倉田家に先を越された事もあり、逆恨みでこんな暴挙に走った事も考えられる」
「・・・そんな事はどうでもいい。つまらない話しないで」
舞が押し殺したような声で言う。
思わずぞっとするような怒気を含んだ声だ。「どうでもよくはない。大事な情報だ」
「そんな事より、早く佐祐理の所に行かないと・・・」
「どこへ行くと言うんだい？相変わらず君は考えなしに動くね」
「・・・・・何が言いたいの？」
「倉田さんがどこに捕らわれているかもわからないのにむやみに動いてもどうにもならないだろう。君は前から、学校での事もそうだった。君には君なりの事情があったのかもしれないが、それでももう少し考えて行動すれば倉田さんの立場を悪くする事もなかったんじゃないかい？」
「っ！」
「舞！」
がしっ
久瀬に殴りかかろうとした舞を慌てて取り押さえる。
「久瀬、おまえも！」
「・・・すまない、言い過ぎた。だが今のは僕の本音だ。君が倉田さんの事を本当に思っているなら、ここは慎重に動くべきだ」
「・・・・・」
「この場は久瀬君の方が正しいわね。舞は本当に少し落ち着きなさい」
「・・・・・」
黙っていた舞が小さく頷くのを確認してから、俺は手を放す。
ひとまず落ち着いたのはいいが、次に何をすべきか。
久瀬の言うとおりむやみに動いても意味がないが、かといってこのまま手をこまねいて見ている事も出来ない。「ともかく、今のところ誘拐犯が倉田さんに危害を加える事はないだろう」
「でもわかりませんよ。既にかなり無茶してる人達ですから」
「うぐぅ、そうだよっ。きっとごうもんとかじんもんとか・・・」
「おまえは黙ってろ」
微妙にずれてはいるが、栞やあゆの言っている事も一理ある。
ぐずぐずしていたら連中が佐祐理さんに何をしでかすかわからない。「倉田家のバックには東雲家もついている。いざとなれば今の状態でもそれなりの動きは・・・」
かちんっ
あ、今何か聞こえたな・・・。
やばいかも。「・・・ねぇ、今度電話があったら逆探知出来そうなのよねぇ」
「先輩、頼むから冷静に行動してくれよ」
「わかってるわよぉ〜。大富豪様のお力なんか借りなくてもこの私がちょちょいのちょいで片付けてあげるわよ」
やばい。
目がいっちゃってる。
相変わらず自分の家が嫌いな人だ。
それに今頃はたぶんもうあいつが当主ってやつなんだろうから、その手を借りたくないんだろうな。「あの、祐一。東雲家って？」
「ああ、そうか。桔梗は知らなかったな。朱鷺先輩や綾香の実家は何やら物凄い家らしい」
ちょっとはしょりすぎたが、概要はそんなものだ。
もう少し突っ込んで訊いてくるかと思ったが、桔梗はそれで納得した。
それから一時間ほどして、再び犯人側から電話があった・・・。
すみれ 「紫苑・すみれのあとがきコーナーーーーっ！！！！！！」
紫苑 「・・・・・」
すみれ 「・・・・・」
紫苑 「・・・・・」
すみれ 「・・・・・はっ、話す事がありません！」
紫苑 「・・・・・ん」
すみれ 「ま、いいですね。それより大変ですよ、紫苑様」
紫苑 「何が？」
すみれ 「作者がまた新作をはじめたようです」
紫苑 「・・・いいじゃない、別に」
すみれ 「まぁ、そうなんですけど。新しいもの立ち上げて成功した例の方が少ないですからねぇ」
紫苑 「成功したらよかった。失敗したらそれまで」
すみれ 「さすがは紫苑様」
紫苑 「・・・・・」
すみれ 「では本日はこの辺りで。失礼しまーす」