「・・・・・」

「ふふ、おいしい」

現在俺は例の少女と一緒に百花屋にいるわけだが、どうにも居心地が悪い感じがする。
理由についてはわかっている。やたらと周りの注目を集めているのだ。
その原因は俺ではなく、彼女の方だろう。

真っ直ぐ長い黒髪。
綺麗とも可憐とも表現出来る姿。
何気ない仕草の一つ一つが他者の気を引かずにはいられない。
高嶺の花かと思いきや、話してみると親しみやすい。
異姓はもちろん、同姓からも好かれるタイプだと思う。
事実周囲の視線は男だけのものではない。

そういえば、名前訊くのがまだだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

紫苑―SHION―
〜Kanon the next story〜

 

第三十九章 奇妙な魅力

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「?どうされました?」

「いや、まだお互い自己紹介もしてないと思って。俺は相沢祐一、高三の悲しき受験生さ」

「まあ、うふふ。私は桔梗と言います。呼び捨てで構いませんよ」

「なら俺も祐一でいい」

「はい」

頷いてにっこり笑う。
吸い込まれそうな力のある笑顔だった。
思わずぼーっとする。
鼻の下が伸びてそうで、俺は慌ててそっぽを向いた。
視界に舞や佐祐理さんの姿が映る。

「・・・・・」

そういえば・・・。
最近ここに来るたびに感じていたものがないな。
舞や佐祐理さんがここで働くようになってから明らかに二人目当ての客が増えてる気がしていたんだが、今日は二人に対してそういう視線を向けている人間がいない。
というより、皆彼女、桔梗の事しか見ていない?

横目で改めて桔梗の姿を見る。
確かに標準などをはるかに超えているが、だからといってあの二人が劣っているとも思えない。
特にあの二人は半年前とは比べ物にならないくらい綺麗になっている。
その二人を押し退けてまであらゆる人の視線を集める彼女の魅力は、どこか不思議な感じをさせた。
今まで知らないような・・・。

・・・いや、一人知っている。

はじめて会った時から、彼女はあいつに似ている気がしたんだ、
神々しいとさえ表現出来る美しさ。
決定的な違いは、あいつは自らを表に表現しないから、注目を受けない。
彼女は、その魅力を惜しみなく表に晒している。

「・・・不思議ですか?」

「え・・・!?」

今一瞬、心の内を覗かれた気がした・・・。

「知り合いは皆、私には人を惹きつけるものがあると言いますけど、そんな事もないと思いますけどね」

「・・・いや、実際桔梗には、そういう魅力があると思う」

そして本当に俺の考えている事を読まれていた。
もっとも、思い切り顔に出ていた可能性もあるが。

「虚像です、ただの。どれだけ人を惹きつける事が出来ても、たった一人の心をつかむ事が出来ないのでは」

「・・・好きなやつでもいるのか?」

「例えですよ」

そう言ってまた笑う。
言われてみてから見ると、なるほど愛想笑いという感じがしないでもない。
それにしても、こんな子に本物の笑顔を向けてくれる男は幸せだろうな。

「あの・・・祐一」

「ん?なんだ?」

「お聞きしたい事があるのですけど」

「答えられる事なら答えてやろう」

「はい。この辺りでどこかあまりお金をかけずに滞在出来そうな場所はありますか?」

「宿泊施設か?」

はて?
この街にそんなものあるだろうか。
いやあったとしても高いか安いかなんてわからないし。

「すまん、あまりそういったものには詳しくない」

「そうですか。残念です」

「だがそう言った事に詳しいかもしれない人なら知っている」

「本当ですか?」

「ああ、紹介してやろうか」

「お願いします」

「よし。ならそろそろ出るか」

時間も程よく経ったし、俺のコーヒーも彼女のパフェも空になったところで席を立つ。
もちろんここの勘定は俺持ちだ。
どこかの誰かさん達の所為で女に奢るのが当たり前になってしまっているが、まぁそれがなくても女に金を払わせるのは男としてどうかと思う。

 

 

 

 

 

 

さて桔梗を伴って向かう先は当然水瀬家だが、一つ問題があるな。
まだ家には連中が残っているだろう。
そんな中に俺が女の子を連れて帰ったりしたら、また一波乱あるかもしれん。
どうしてものか・・・?

「どうかなさいましたか?」

「いや、なんでもない。と思う」

「難しいですね」

至極真面目な顔でそう言う。
別に難しくもなんともないとは思うが。
この子もどこか普通とはちょっとずれた感覚の持ち主だな。
俺の周りに集まるのはそんなのばっかりだが。

「着いたぞ」

「はい」

あっという間に水瀬家の玄関前に着いてしまった。
具体策は一切ない。
ま、いいけど。

「ただいま」

「あ!祐一さん、おかえりな・・さ・・・い・・・?」

また厄介な事に真っ先に出迎えに現れたのは栞だった。

「おー、祐一ちゃん帰った?丁度よかったわ。今ちょっと面子が・・・?」

続いて出現したのは朱鷺先輩。
考えうる限りの最悪のパターンだな。

「おー!祐一ちゃんがかっわいい女の子連れて帰って来たわよー!」

「ええぇぇぇ!!!?せ、先輩が・・・(ガツンッ)あいたぁっ!」

「う、うぐぅーーー(ドシャァァァーーー)」

「ゆ、ゆうい・・・だおーーー(どたんばたんどたどたどたっ)」

「・・・・・・・・・はぁ」

この教師が余計な事をしかもでかい声で言いやがって。
案の定綾香は頭か何かをどこかにぶつけ、あゆはスッ転び、名雪は階段から落ちた。
ていうか、あゆのやつ帰ってたのか。
でもってあぅー三人衆は帰ったらしい。

「賑やかな家ですね」

「・・・ああ、そうだな」

この状況をいきなり目の当たりにして少しも動揺しないとは、やるな桔梗。

「了承」

「まだ何も言ってません、秋子さん」

最後に現れたこの家の最高権力者が用途不明の了承をくれた。
この人も何考えてんだか。さすがうちの親の姉妹。

「つまりだ。かくかくしかじか、なわけで連れてきた、わかったか」

とにかく細かく追求される前に先手を打って説明する。
誤解されたままでいるとまたどんな騒ぎになるか。もしくは騒ぎにされるか。

「桔梗と申します。突然押しかけて申し訳ありません」

「いえ、大歓迎ですよ。ゆっくりしていってください」

 

 

 

それからは桔梗を囲んで話に花が咲いた。
百花屋の時同様、彼女の持つ魅力はすぐにこの家に集まっている面々にも受け入れられ、和気藹々としている。

「桔梗さんって、何才ですか?」

「17才です。クリスマスが誕生日なんですよ」

「わたし達と同い年だね。しかもわたしと二日違いだよ」

「クリスマスに生まれたなんて、なんだかロマンチックですね。ちょっと羨ましいです」

ドラマ的シチュエーションに憧れる少女栞が目を輝かせている。
逆にあゆの表情は複雑な感じだった。

「うぐぅ、ボクはあんまりそういう日はやだな」

「あれ?あゆちゃんどうして?」

「だって、クリスマスと誕生日が一緒だったら、プレゼントが一回しかもらえないよっ」

「実にあゆあゆらしい答えだな」

「あゆあゆじゃないもん!」

「そんなの逆に考えればいいのよ。一日で二倍楽しめる!」

あんたの場合は一年中お祭りみたいなもんだろうが。

「なんか言った?祐一ちゃん」

「いいや、何も」

「ぬふふ、楽しければ何でもいいのよん」

「姉さんは何でも楽しいんですよね・・・」

「まぁ、素晴らしいではありませんか。日々を楽しく過ごせるのは至高の贅沢ですよ」

「そうよねぇ〜」

「ですが私は・・・」

桔梗の笑顔が引っ込み、変わりにどこか悲しげな表情が覗く。
軽く俯いて胸元のクルスを握り締めながら呟く。

「そうした日々を過ごせないものが世の中にいると思うと、少し心苦しいです」

「・・・・・」

賑やかだった部屋が少しの間静まり返る。

「・・・偽善的ですか?」

「・・・いや、そんな事はないと思うけど」

思うけど、何だろうな。
確かにそうした人達はたくさんいるだろう。
けどそれに対しては同情以上のものを感じる事は出来ない。
その事が薄情とか思う反面、人間赤の他人の事まで気にかけていられないというのも本音だ。

「すみません。ちょっと暗い話になってしまって。答えの出る様な問題じゃないですよね」

「そうね。確かにその答えはどんなに頭のいい人でも出せないでしょうね」

「偽善、と言う人もいるでしょうけれど、そうした心を持てるのは素晴らしい事だと思いますよ」

先輩と秋子さんが大人の意見を出す。
香里や栞、綾香に名雪、あゆに至るまで皆神妙な顔つきをしている。
場の空気が少し沈んでしまった事に、桔梗がすまなそうな顔をする。

「・・・・・」

「ところでみんなさ、ちょっと小腹空かない?」

「いや、俺はちょっと外で・・・」

「祐一ちゃんはシャラップ!もうすぐ三時だし、実は出前を取ってあるのよ」

「出前って・・・?」

なんだそりゃ?
こんな時間に出前って・・・。

「いいものが届く事になってるんだけど、これだけ人数がいると一人の取り分でもめる可能性があるわ」

あ、なんとなく意図が見えた。

「さっきの続きもあるし、ここは一つそのいいものの取り分をかけてゲームといこーかー!」

「いいものですか。ちょっと燃えますね」

「たいやきかなっ?」

「わたしはイチゴがいいな〜」

「また唐突ですね、姉さんは」

「でも、勝負事はおもしろそうだわ」

「はい、楽しみです」

大体予想通りだな。
朱鷺先輩はすぐにこういうイベントを起こしたがるから。
けど、こんな風にすぐに場の空気を盛り上げられるのは一つの才能だよな。
綾香と視線が合って、互いにちょっとしたアイコンタクトを取る。

「(相変わらずだな、この人は)」

「(困った人ですけど、すごい人です)」

既に部屋の中央では先輩と栞辺りが中心となってゲームの話を始めている。
すっかり先輩ペースになったな。

「・・・・・?」

まただ。
違和感が起こった。
その正体はさっきと同じで桔梗だ。
ここの連中は基本的にお人良し揃いで、初対面の相手であろうと古くからの友人であるかの様に接する事の出来るやつらだが、この桔梗に対してはあまりに警戒心が無さすぎた。それは俺も同じ事だ。
万人を惹きつける魅力と言っても、落ち着いて見てみるとそこまですごいのかと聞かれると返答に困る。
確かに誰もが皆振り返るような綺麗な少女だ。
しかし彼女に注がれる視線はそんな人目を引いているとかいうレベルでなく、もっと崇高なものを見るような。極端な話、アイドルの熱狂的ファンのような感じがする。
だというのに、たまにそれをまったく感じなくなる。
今がその状況だ。

「また、不思議そうな表情をされてますね」

「・・・そうか?」

勤めて無表情を装うが、どうにもこの少女には隠し事が出来ない感じだ。

「だから言いましたでしょう。虚像だって」

「虚像?」

「本当に素晴らしい魅力を持った方を前にすると、誰も私などに振り向いたりはしません」

「そんな事もないだろ」

少なくとも、普段の魅了されているような状態ほどではないにしても、彼女の魅力は常に人を惹きつけるはずだ。

「そうだと言いのですが・・・」

「おう、俺が保証してやる」

「ありがとうございます」

またにっこり笑う。
素直な気持ちの現れたいい笑顔だと思う。
こんな笑顔が出来る人は必ずいい出会いがあるさ。
実例がすぐ近くにいるし。

ぴんぽーん

「あ、俺が出ます」

立ち上がろうとした秋子さんを制して、玄関に一番近かった俺が立ち上がって表に出る。

「・・・・・」

「あははーっ、またまたお会いしましたねー、祐一さん」

「舞に佐祐理さん、どうしたんだ?」

噂をすればなんとやら。
桔梗の雰囲気はちょっと佐祐理さんに通じる部分がある。

「秋子さんと朱鷺さんにお呼ばれしましたー」

「・・・差し入れ」

舞が抱えているのは結構大きなケーキの箱らしきもの。
佐祐理さんの手にもなにやら色々あるが、おそらく先輩の言っていた“いいもの”とやらの正体、つまり佐祐理さん手製のお菓子の類だろう。

「色々新作もあるんですよ。試食お願いしますね」

「・・・全部合格」

既に先に味見しているのだろう、舞がその味を思い出すようなうっとりとした表情をしている。

「とにかく上がってくれ、二人とも」

そして二人も交えて、夕方まで水瀬家は楽しい喧騒の中にあった。

 

 

 

 

 

 

「桔梗さん、もしよろしければうちに泊まっていきませんか?」

「ですが、ご迷惑では?」

「了承」

「はぁ?」

「この人の一秒了承は最高決定なんだ。遠慮せずに泊まってけよ。俺の家じゃないが、ゆっくりしていってくれ」

「あらあら、ここは祐一さんの家ですよ」

「そうだよ〜・・・くー」

夕食にまでもつれ込んだ楽しい時間の後、桔梗のこれからについてが話し合われた。
と言っても見たとおり秋子さんの言葉で全ては決した。

「そうそう、もちろんあゆちゃんの家でもありますよ」

「うんっ、ありがとう秋子さん!」

心底嬉しそうにするあゆ。
退院後他の親戚の家に行くのどうのという話もあったのだが、まあ色々あって結局うちに来たわけだ。
二親のいないあゆにとって一番家庭を感じられると思ったのがここなんだろうな。
その気持ちはわかる。
秋子さんだからな。
俺も我が家以上に落ち着く・・・。

「ねぇねぇ桔梗さん、みんなで一緒に寝ようよ」

「うんうん、そうしよー・・・くー」

「はい、喜んで。ところで・・・先ほどから名雪さん、寝てらっしゃるように見えるのですけど?」

「ああ、たぶん寝ている」

「起きてるよー・・・くー」

いつもの事ながら寝たまま返事する高度な技を。
さすが名雪。

「これはボクには真似出来ないよ」

「心配するな。同じものを同じ場所で何度も食い逃げするのもおまえにしか出来ない高等テクだ」

「それって褒めてるの?貶してるの?」

「どっちだと思う?」

「うぐぅ・・・いじわるだよ」

「くすくす、楽しいところですね。それではご好意に甘えさせていただきます」

「ええ、何日でもいてもらって構いませんよ」

寝ている名雪。
そしてあゆをからかう俺の横で、桔梗の水瀬家滞在が決定していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戻る     次章へ


すみれ 「紫苑・すみれのあとがきコーナー!」

紫苑 「・・・・・」

すみれ 「まったく、主役であられる紫苑様が一切登場しないなんて、無礼千万です」

紫苑 「・・・・・」

すみれ 「ま、それはさておき。このSSにおいて原作から派生したオリジナル設定について語ってみましょうか。

完全オリジナルの東雲家はいいとして、やっぱりものみの丘と相沢一家ですね。今更語るまでもない事ですが、正司さんは原作でも触れられている、かつて美汐さんの下にやってきた妖狐ですよ。消えてしまったはずが実はそうではなかった、と本編でも語られてますね。紫苑様が」

紫苑 「・・・相沢一家は両親と妹一人。祐一を入れて四人」

すみれ 「本来の設定だと祐一様のお母様が秋子さんの姉という事ですけど、この作品では何故か逆ですよね」

紫苑 「どうせ原作でも一行だけの描写だし、色々思うところもあるから変えてみた、らしいわ」

すみれ 「いいんでしょうかね?」

紫苑 「さあ」

すみれ 「ま、どうせどんなキャラクターで登場してもオリジナル設定になるわけですからね。ところで紫苑様」

紫苑 「・・・何?」

すみれ 「早くも私達、このあとがきからすら消えそうな気配なんですけど・・・」

紫苑 「・・・本編での再登場はもう少し先みたいね」

すみれ 「少なくとも夏休み中には戻れませんもんね」

紫苑 「いいんじゃない、別に」

すみれ 「相変わらずですね、紫苑様は。ではみなさま、もしかしたらまた次回で〜」