かきかき

ぱさっ

かきかき

ぱさっ

かきかき

ぱさっ

「・・・・・」

「紫苑様、お茶どうぞ」

「ありがと」

かきかき

ぱさつ

かきかき

ぱさっ

紙に埋め尽くされた部屋に、筆を走らせる音と紙を動かす音だけが響き渡る。
これでもかというくらいの書類の山を前に、あたしはただひたすらに手を動かす。
一つ終われば次の紙が目の前に現れる。
終わった紙は反対側に消えていく。

「・・・よく考えたら不毛ですねー」

「だったら判子を作ればいいのよ」

根本的な解決じゃないけど。
いい加減このややこしい字を書き続けるのは苦痛になってくる。
自分の名前がこんなに厄介になりうるとは思ってもみなかったわ。

東雲本家に戻ったあたしは、お祖父様の最期を見取り、葬儀の喪主をやって、そして今、相続問題の書類を片付けている。基本的な事はすみれがやってあるから、あたしの仕事はとりあえず書類にサインをする事だけ。それだけであるがゆえの苦痛というのもある。
そもそも全部お祖父様の所有物だったものであり、相続先は数百数千という東雲関係の家やら何やら。
よく考えたらあたしには何の関係もない。

「・・・確かに不毛だわ」

あたしは連綿と続いてきた東雲神宮宗家を継ぐ気ではいたけど、財閥としての東雲家には興味ない、というか邪魔。だからみんなほしい連中にくれてやるつもりだけど、その量が・・・。

「紫苑様のお手元には1%くらいしか残らないんですよね」

「・・・それでも少しも桁が減った気がしないのは気のせい?」

「きっと目の錯覚ですよ」

確かに、ここまで来ると二桁程度減っても少しも減った気がしない。

「・・・疲れた」

「ファイトですよ、紫苑様」

「家に帰って昼寝がしたいわ」

「・・・・・」

あたしの家。

この本家の事じゃない。

朱鷺や綾香のいる・・・祐一やみんなのいるあの町の、あたしの家。

のんびり寝て暮らす生活がいい。

みんなどうしてるかな・・・?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

紫苑―SHION―
〜Kanon the next story〜

 

第三十八章 クルスの少女

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・不毛だ」

未だクーラーの直らぬ部屋で黙々と受験勉強にいそしむ俺は今の思いを一言で表してみた。
前半の間遊んでいた所為ですっかり勉強が疎かになってしまっていた。
今までだったら別に構わないのだが、今は受験生だ。
一応普通に大学に行く進路を取るため、これは避けて通れない。
それは別にいいんだ。
それは・・・。

『・・・アハハハハハハッ』

「・・・・・」

バキッ

思わず手に力が入って鉛筆が折れた。
またやってしまったな。
最初はシャープペンを使っていたがこれと同じ事をしてしまったため鉛筆に切り替えている。

「・・・いらいらしてはいかん、いらいらしては・・・」

ワー ワー

「・・・・・」

ぴきっぴきっ

血管の音かな?
いやぁ、本当に聞こえるんだなぁ。

どたん!ばたん!

「・・・・・」

ガタッ

気の長い俺にも我慢の限度というものがある。

立ち上がった俺は部屋の外に出て下の階を目指す。
途中、開けっ放しの隣りの部屋を覗いてみると・・・。

「・・・・・ぽっかぽか気持ちいいんだお〜」

「・・・・・はぁ」

「・・・・・」

このクソ暑いのに悠々と寝ている名雪と、それを見てため息をつく香里がいた。

「・・・これ、なんとかしてよ、相沢君」

「それよりもおまえは妹を連れてくるな」

「・・・・・はぁ」

「・・・・・はぁ」

同時に溜息をつくと、香里は既に起きない親友は無視して机に向き直り、俺は階段を下りていく。
もちろん、人の気も知らないで呑気に騒いでいるバカどもに鉄槌を下す為だ。

 

 

 

 

「・・・・・」

リビングに誰もいないので探すと、皆庭に出ていた。
どこから出したのか子供用のプールに水を張って騒ぎまくっている。

「お、祐一兄ちゃん、なかなかいい眺めだぜ」

「・・・・・」

ぽかちんっ

「いってぇー・・・!」

とりあえず男という事で殴りやすい正司から拳骨を喰らわせておく。
いい眺めとやらを見てみるが・・・。

「ふっ、ガキのお遊戯だな」

「そんな事言う人、嫌いです」

「あぅーっ、邪魔よぉ、祐一」

水着姿でプールでバシャバシャやっているのは栞と真琴。
はっきり言ってお子様どもであり、見ていて面白いようなものではない。
これが舞や佐祐理さんだったなら考えてやらん事もないが、そもそも論点はそこではない。

「・・・おもえらな・・・あのたいやき娘のうぐぅでさえ勉強している時に・・・」

そうなのだ。
あのうぐぅは俺達と同期で大学を受けるつもりらしく、今猛勉強中なのである。
大学というやつは高卒資格がいるのでは、と思うのだが、そうでないところもなくはないらしい。
どっちにしても秋子さん辺りが裏で動きそうな・・・ま、それはどうでもいい。
そんな状態だと言うのにこいつらは・・・。

「だって、私は受験生じゃありませんよ」

「真琴だって違うわよ」

「おいらも関係ないし」

「硬い事言っちゃダメよ、祐一ちゃん」

「黙れクソガキ、クソ教師」

ナチュラルに人の邪魔をするガキどもと明らかに確信犯の教師。
さてどちらが性質が悪いか。

「・・・すみません・・・先輩」

一人分をわきまえている綾香が恐縮する。
その態度を百分の一でもいいからこのバカどもに分けてやってほしい。

「とりあえず天野、このガキどもを連行してってくれ」

「そうですね。そろそろいい加減迷惑ですね」

とっくの昔に迷惑なんだよ、と言いたいところだがぐっと堪える。
今はこのおばさんに真琴と正司のアホ狐どもを連れてってもらわねばならない。

「・・・真琴、正司、もうしばらくご厄介になりましょう」

「当然よぉ!」

「おっしゃーっ」

「・・・・・不覚・・・」

声に出ていたとは・・・。

「恨むぞ、天野」

「当然の報いです。誰がおばさんですか」

「はぁ〜〜〜・・・・・出かけてくるわ・・・」

こんな状況じゃ勉強なんてはかどるわけがない。
気分転換でもしてくるとしよう。

「あ、私も行きます」

「その格好でか?」

「えっと・・・待っててくだ・・・」

「却下」

水飛沫を上げながら抗議する栞を打ち捨てたまま、俺は水瀬家を出た。

「スクリューボンバーだおー!」

意味不明の叫び声に振り向くと、名雪の部屋の窓から香里が顔を出して溜息をついている姿が見えた。
その後ろでは扇風機を持って踊っている名雪が・・・・・見なかった事にしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

商店街にやってきたものの、別に何か用事があるわけじゃない。
ただぶらぶらしたかったのだ。

「まったくあいつらは・・・」

悪気がないのはわかる。
朱鷺先輩以外は。
だが人の家に来て、って俺の家ではないが、騒いで行くというのはどうにも迷惑この上ない。
家主が了承しているので追い出すわけにもいかず、結果として勉強は少しもはかどらないのだ。
困ったものだ。

今まで色々あったからな。
こんな風にバカやってられるのがいい事なのはわかってる。
でも願わくば、もう少し俺の事を考えてほしいものだ。

「成績やばいんだって・・・」

はっきり言って俺は真面目に普段からやってきたなんてやつじゃない。
今までサボりまくっていたタイプである。
そのつけが今廻ってきているのか。
つまり自業自得?

「いやまさか、原因はあいつら・・・いやしかし・・・」

自問自答。
勉強してないのは俺の所為。
でもやっぱり邪魔しているのはあいつらの所為。
あー、暑いからうまく頭が働かん。
そもそも冷房が壊れているのが悪い。
涼しければ少しは落ち着くだろうに。

「ん?」

ふと前を見ると、よくありそうな光景が目に入った。
複数の男が一人の女の子を連れて路地裏に入っていくのが見えたのだ。

「・・・・・」

別に知っている女の子じゃないし、ナンパに首を突っ込むつもりもさらさらない。
しかし何故か気になった俺は後をつけていった。

 

 

 

「へへ、この辺でいいなじゃないか」

「そうだな」

しばらく行くと男達の声が聞こえてきた。
辺りはすっかり人気のない場所だ。
道の影から覗き見ると、高校から大学くらいの男が六人、女の子を囲んでいる。
女の子の方は俺と同じくらいだろうか、かなりかわいい部類に入る。
状況がよくわかっていないのか、きょとんとして顔をしている。

「あの、ここはどういった場所なのですか?」

おっとりとして、しかし結構しっかりとした声で女の子が尋ねる。

「ここか?へっ、俺達みたいな男と、君みたいな女の子が楽しむところさ」

「?」

意味がわかっていないのだろう。女の子は首をかしげている。

「まぁ、任せとけって」

男達はいやらしい目つきで女の子の姿を観察している。
細身の体を守る服はとても薄着で、下まで透けて見えそうにさえ思える。
じろじろと値踏みするように見られながらも、女の子は特に反応を示さず、ただ大人しそうな微笑を浮かべて男達の次の行動を待っている。
何も知らない、無垢な聖女。
そんな表現が似合いそうな少女だった。
そこに群がる獣の群れ。
なんとなく腹が立った。

「おい」

「あん?」

バキッ!

「がっ!」

声をかけて、振り向いた一人をまず殴り倒す。

「なんだ!てめえは!」

「邪魔すんじゃねえ!」

男達は俺の出現に一瞬驚いたが、すぐに敵だと認識して向かってくる。
最初に一人倒したから残りは五人。
ちょっとキツイがなんとかならない数でもない。
俺だってそれなりに喧嘩は強い方だ。

バキッ ガスッ ドカッ ゴスッ

相手も大した事なかったので、あっという間にけりはついた。
捨て台詞もなしに逃げていく連中。
女の子はその間もずっと表情を変えずに状況を見守っていた。
俺はそんな彼女に声をかける。

「あのな、ああいう手合いには付いて行くものじゃないぞ」

「そうなのですか。すみません、何分不慣れなもので」

女の子はにっこり笑ってお辞儀をする。
近くで見てわかったが、結構なんてもものじゃない。
すごくかわいい女の子だった。
清楚という言葉がこれほど似合う子は俺の周りに今までいなかった。

「何だってあんな連中と一緒にいたんだ?」

「はい。街を案内していただきたくて、たまたまあちらの方々から声をかけられまして」

「ああいう手合いの事をナンパという」

「なんぱ、ですか?」

「そうだ。君みたいな女の子が付いて行っちゃいけないやつらの事だ」

「そうでしたか。心に留めておきます」

「おう、そうしておけ」

「ですが、実を言うとあの方々が邪な考えを抱いているのはわかっておりました」

「へ?そうなのか?」

意外だった。
見たところそうした辺りの機微に疎いタイプかと思ったけど。

「ただ・・・」

「ただ?」

「いえ、なんでもありません。でも、あなたの様な方に助けていただいてよかったです。神様もお導きかもしれませんね」

そう言ってまた彼女は微笑む。
その首から銀の十字架がかかっているのが見えた。

「クリスチャンなのか?」

「いえ、そういうわけではないのですが」

彼女は首から下げたクルスを両手で握り締める。

「これは、神様への敬意の印として持っているのです」

祈りを捧げるように目を閉じた姿は、神々しささえ感じさせ、俺はしばらく彼女の見惚れていた。
少しだけ、あいつと似たところのある子だと思った。

シャーァァァァーーー

ぞくっ

「な、なんだ・・・?」

思わず全身の毛が逆立つような感覚に襲われる。
誰かに見られている。いやそれ以上に狙われている。
この感じは、そう、夜の学校・・・。

シャーーーーー

「な・・・、こいつらさっきの・・・!」

不気味な音を立てて近寄ってきたのは先ほどのナンパ男達。
しかし明らかに様子が違っていた。
黒い靄のようなものが立ち込めている。

「こいつはもしかして、前に聞いた事のある異形ってやつかぁ?」

「まぁ。ご存知なのですか?」

「実物見るのははじめてかも・・・って君も知ってるのか?」

「・・・現世の人々は目に見えるものしか信じられずにいる。けれど、目に見えぬ場所に息づくものは確かに世界に存在しているのです」

瞑目しながら彼女は語る。
不思議と反論を許さない説得力があった。
俺はそうしたものと遭遇した経験があるからすぐに信じられるが、そうでない人にも一瞬で信じさせてしまうような・・・。

「というかそんな話を呑気にしてる場合じゃなさそうだ」

これが現実であるのはいいとして、あちらさんはこっちに敵意があるみたいだ。

「なんか、狙われてるみたいだけど?」

「その様です。困りましたね」

あまり困っていないように聞こえるのは気のせいだろうか。
じりじりと迫る相手から、俺は彼女を庇いつつ後退する。
だが、どうやら後ろにもいるらしく、動きが取れない。

「すごくやばい気がするが、君の意見は?」

「困りましたね」

同じ言葉を繰り返すが、やはり緊張感が感じられない。
だが万事休すに変わりなし・・・。
と思ったその時。

バッ!

狭い路地に差し込む日差しに影がかかった。

「せいっ!」

ガキィン!

鋭い音が響き渡る。
俺達の目の前で人影が地面に剣を突き立て、同時に気合を発すると何かが波紋の様に拡がっていった。
それを受けた異形の連中が衝撃を受け、そのまま逃げていく。

「・・・・・」

「助かったみたいですね」

「・・・ああ、そうだな。助かったよ、舞」

地面に剣を立てている女性、俺のよく知る川澄舞に礼を言う。
舞はゆっくり剣を引き抜くと、俺の方を向いた。

「・・・・・何してるの?」

「いや、舞こそ何でこんなところに?」

「・・・ゴミ捨て」

そういう舞の後ろには地面に打ち付けられて結び目が解けてしまっているゴミ袋が複数転がっている。

「・・・・・」

それを見た舞が再びこっちを向く。

「・・・・・」

「・・・いや、そんな俺を批難するような目で見られても・・・」

俺の所為か?

ま、それはともかく、舞はウェイトレスの制服を着ているから、バイト中だな。
全然気が付かなかったが、ここは百花屋の裏だった。

前には批難の目をした舞。
後ろには笑顔を浮かべたクルスの少女。

逃げ場はないし、きっとあのゴミの片付けを手伝わされるんだろうな、などと考えていた。
そして実際そうなった後、俺は女の子を伴って百花屋に入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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すみれ 「紫苑・すみれのあとがきコーナーーーー!!!」

紫苑 「・・・・・」

すみれ 「さあ紫苑様、第二期が始まりましたよ」

紫苑 「・・・そうね」

すみれ 「でも、あろう事か当分の間私達には出番がないそうです!ひどいですよね!」

紫苑 「・・・・・」

すみれ 「そこで!私達であとがきの場を乗っ取る事にしました。よろしくお願いしますね♪」

紫苑 「・・・・・」

すみれ 「さてさっそくですけど紫苑様、こんな質問が来てるんですけど」

紫苑 「・・・何?」

すみれ 「紫苑様がどれくらい強いのかよくわからないそうです」

紫苑 「・・・そう」

すみれ 「どう強いか、と言ってもですね、大別して強さには二種類あるわけですよ。一つは身体的能力から見た場合。腕力とか、素早さとか、技術とか、そういったもの。そしてもう一つは、作中でたまに言われる“力”というもの。これはつまり普通の人間には扱えない超常的な力の事を意味します」

紫苑 「・・・あたしはその両方とも強い部類に入るでしょうね」

すみれ 「当然です。このどちらに焦点を当てるかで結構違ってくるものですよ。例えば、直輝さんや朱鷺様なんかは喧嘩強いですけど、“力”の方は全然ないんですよ。これをわきまえた上で力のレギュラーメンバーの力の相関図を作るとすれば・・・

身体的能力の場合、
紫苑>すみれ=舞>宗一郎>直樹=朱鷺>一般人

という感じになりまして、“力”の場合は、
瑞葉>紫苑>宗一郎>すみれ=舞>正司>真琴

って感じですね。
舞さんと私が大体互角くらいだと思います。で、紫苑様はその上を行くと。でも実際のところその間の開きは相当なものですからね。身体的能力の方はまだいいとして、“力”に関しては言えば紫苑様は神クラスですから、私はもちろん宗一郎様でさえ足元にも及びません。神の位を持つ瑞葉様でさえ、東雲神村正を持った紫苑様には勝てませんし。身体的能力でも、紫苑様は人間の限界ぎりぎりのその上を行く、くらいでしょうか?

つまり一言で紫苑様の強さを表すなら、人間の常識を超えている、ってところですね」

紫苑 「・・・たぶん、あまりわからないと思うわ、その説明でも」

すみれ 「あはは、そうですね。そのうち作中でわかってきますよ。まだまだ紫苑様の本気とは程遠いですから」

紫苑 「・・・で、これからも疑問質問に答えたりするの?」

すみれ 「あれば、ですね」

紫苑 「なかったら?」

すみれ 「このコーナー終わりかもしれません・・・」

紫苑 「・・・別にどっちでも」

すみれ 「ま、いいですけどね。それでは第二期も「紫苑」をよろしくお願いしまーす♪」

紫苑 「・・・・・ん」