海二日目。

途中合流の鮫島も何故だか加わり、ますます盛り上がりを見せる俺達の夏休み。
今日は何がどうなることやら・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

紫苑―SHION―
〜Kanon the next story〜

 

第三十六章 思い出の海・・・その三

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さ〜てと、じゃさっそく始めましょうか」

今日は砂浜へやってくるなり朱鷺先輩がえらく張り切っている。
何をやらかすのかと思ったら、昨日の紫苑と鮫島の水泳勝負を見て触発されたとかで、砂浜の遊びで皆競い合おうというのだ。そしてこうなった。
俺達の前には砂浜、とそこに突き立てられた数本の旗。

「砂浜の遊びそのい〜ち!ビーチフラッグス大会〜!」

わーわー

皆騒ぐのが好きなのか、それとも先輩の盛り上げ方が上手いのか、ほとんどの連中がやる気満々だ。

「はい、それじゃ参加する人、手挙げて〜!」

『はーい』

挙手したのはほぼ全員。
一部挙げていなかったやつらは近くにいたやつにより強制的に挙げさせられた。
結局参加しないのは秋子さんと天野の二人だけで、残りは全員参加となった。
メンバーの確認をしておこう。

俺、祐一
名雪
あゆ

香里
真琴
正司
北川

佐祐理さん
紫苑
朱鷺先輩
綾香
鮫島

全部で十四人。
そして厳正なる籤引きによってこれがまずは二つに分けられる事になった。
それぞれ七人ずつで五つの旗を争う。
グループ分けによる結果は・・・。

第一グループ
祐一、紫苑、舞、鮫島、朱鷺、北川、正司

第二グループ
名雪、あゆ、栞、香里、真琴、佐祐理さん、綾香

「・・・先輩」

「何かな?祐一ちゃん」

「明らかに作為的なものを感じるんだが・・・」

「気のせいよ」

気のせいって・・・第一グループの競争率の高さが並じゃないんだが。
ていうか紫苑と舞と鮫島はいる時点で反則に近い気がする。
なんとかポジション取りの籤でいい場所を引かないと・・・。

で、場所。
右から、朱鷺、北川、正司、舞、鮫島、祐一、紫苑

サギだ!絶対にあの性悪教師の陰謀だ!

「それじゃ秋子さん、合図お願いしますね」

「ええ、わかりました」

しかも爽やかに始めやがるし。
こうなったら・・・。

 

「それではみなさん、位置に付いて」

(悪いわね祐一ちゃん。まずはスケープゴートになってもらうわよん)

(隣りに朱鷺先生・・・いいなぁ)

(へへへ、おいらの俊足を見てろよぉ)

(・・・・・優勝者は好きなもの奢ってもらえる・・・)

(打倒紫苑、打倒紫苑、打倒紫苑・・・)

(くくくっ、そっちがその気ならこっちもだぜ、先輩)

(・・・・・)

「用意・・・」

ピーッ!

 

 

 

 

 

秋子です。

ここは審判の私の視点からお送りしましょう。
私の笛と同時にみなさん一斉に起き上がって走り出しました。

「なっ!?」

いきなり予想外の展開。
祐一さんは対角線上にある旗を目指しています。
普通に考えたら一番遠くの旗を狙ったりしないものですが、祐一さん、すごい速さですね。

「くっ・・・!」

一番慌てているのはそれに気を取られて一歩出送れた朱鷺さんの様です。
それもそのはず、祐一さんは完全に朱鷺さんの旗を狙っていますからね。

「おらおらおらぁ!」

「・・・・・」

あらあら、こちらもデッドヒート。
鮫島さんと紫苑さんもすごいスピードで目の前の旗を目指しています。
それと平行して走っているのが舞さん。
北川さんと正司さんは横切ってきた祐一さんを避けるのに体勢を崩したようです。

そして・・・。

 

 

「勝者、紫苑さん、鮫島さん、舞さん、正司さん、北川さん」

 

「祐一ちゃ〜ん・・・」

「ふっ、死なばもろともだぜ、先輩」

結局右端の勝負は祐一さんと朱鷺さんがもつれ合って転び、その隙に北川さんが旗を取る、という結果に終わりました。

 

 

続いて第二グループ

「みなさん、位置に付いて」

右から順に、真琴、綾香ちゃん、あゆちゃん、栞ちゃん、名雪、香里ちゃん、佐祐理さん

中央付近が激戦区かしら?

(真っ直ぐ行く、真っ直ぐ行く、真っ直ぐ・・・)

(はぅ・・・私足遅いのに・・・)

(ふふふ、リハビリの調子を試すいい機会だよ。この勝負、いただくよっ)

(名雪さん、にはかないそうもありませんし・・・ここはやはりあゆさんとの勝負ですか)

(この中ではわたしが一番足が速いはずだもん。ふぁいとっ、だよ)

(ま、適当にやりましょ)

(あははー、やるからには勝ちたいですよねー)

「よーい・・・」

ピーッ!

 

 

 

・・・・・・・・あまり波乱はありませんでしたね。

一番わかりやすく、綾香ちゃんと栞ちゃんが負けてしまいました。
やっぱり足の速さは必要ですね。

「・・・えぅ〜、ずっと入院してたのは同じなのに、どうしてあゆさんはそんなに足が速いんですか」

「日頃鍛えてるからだよ」

「それにしたって・・・」

 

 

 

 

 

さてと、ここからまた俺が解説に戻ろう。
五人になった二つのグループをさらに三人ずつにする。

まず第一グループはあまりにもわかりやすく紫苑、鮫島、舞の三人が勝った。
北川と正司がいくら男とは言え、紫苑や舞は常識の範疇外だからな。

第二グループ、名雪は単純に足の速さで勝ち、香里と佐祐理さんは頭脳的に勝ちをものにした。
真っ直ぐ行くしか能のないうぐぅとあぅーはここで脱落。

三回戦からは両方のグループ合わせて六人の勝負。
ここから六人が四人、三人、二人、優勝となっていくわけだ。

「はぁ、組み合わせ弄って楽しむつもりだったのに〜」

思惑外れた先輩は俺の隣りでいじけている。
無視だ。

 

三回戦

(あははー、たとえ舞でも勝負は勝負ですよ)

(・・・奢りはもらう。佐祐理でも手加減はしない)

(さて、そろそろしんどいわね)

(こう暑いと眠くなっちゃうよね〜・・・)

(紫苑覚悟、紫苑覚悟、紫苑覚悟・・・)

(・・・・・)

「よーい・・・」

ピーッ!

 

一斉にスタート!
全員速い・・・と思いきや。

「・・・くー」

「・・・あの阿呆・・・」

スタート地点で寝ているもの一名。
後であの場所に埋めてやろう。

「ぐはぁ・・・!」

左端の攻防。
あえて紫苑に勝負を挑んだ鮫島は負けを悟るや横に切り替えようとするが、既に旗は香里が取る寸前であった。
右端佐祐理さんと舞はそれぞれに争わずに一本ずつゲット。
男衆はこれで全滅かよ・・・。

 

 

 

準々決勝

(あははーっ)

(・・・奢り)

(右へ行くべきか左へ行くべきか)

(・・・・・)

結果、紫苑と舞に挟まれた香里に勝ち目なく、敗退。

 

 

準決勝

そろそろ波乱がありそうだ。

(・・・佐祐理)

(・・・・・)

(舞)

舞と佐祐理さんコンビが紫苑を挟む形。
これはスタートで二人が挟み込む戦法を取れば、紫苑の速さも活かしきれない。

ピーッ!

予想通り、スタートと同時に舞と佐祐理さんは中央へ寄せていく。
だが・・・。

「!」

「はぇ!?」

紫苑の速さは二人の予想を上回り、前を遮られる前に一気に加速する。
必死に後を追う二人だが、やはりスピードは紫苑が上。
その紫苑は先に強敵を潰す作戦か、右、つまり舞よりの旗を狙う。
そして・・・。

 

「勝者、紫苑、舞!」

結果としては佐祐理さんが途中減速して舞に譲る形で終わった。

 

 

そして決勝

紫苑vs舞

前評判どおりというか、正に頂上対決となったわけだ。

「・・・・・」

「・・・・・」

元々無口な二人。
勝負の前でも何も話さない。
だがはっきりと勝利に対する飢えが感じられる。

「位置に付いて・・・よーい・・・」

決勝戦が始まる・・・。

ピーッ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

激戦を終えた俺達は、疲れた体を休めるためと昼飯を食うため、海の家にやってきていた。

「・・・ラーメン、おいしい」

食い物の恨み、もとい食い物への執念は恐ろしいと言うべきか、舞はあの紫苑を相手にぎりぎりの勝利をものにした。
そして今は至福の一時を過ごしていた。俺の金で。

「何故俺?」

「男が女に奢るのはじょーしきでしょ、祐一ちゃん」

「しかしな・・・」

俺はどっちにしろなんだかんだで一部のやつには奢ることになるんだ。
そもそも負けたやつなら他にいくらでもいるだろうに、特に主催者の先輩とかだな。

「往生際が悪いわよ。人を呪わば穴二つ、よ」

「なんか違うぞ・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・右、もう少し・・・そこから後三歩前に出て、容赦なく、思い切り、力いっぱい振り下ろす」

只今、西瓜割りの真っ最中。
目隠しして竹刀を持っているのは綾香だ。
支持を出しているのは紫苑。

「・・・遠慮は無用。躊躇わずに一思いにやればいいわ」

「ちょっと待てこらぁ!!違うだろぉが!」

そう、確かに違う。
今綾香の目の前にあるのは西瓜ではなく、首から下が砂に埋まっている鮫島だ。
どうして昨日に引き続きそうなっているかは別に今更聞くまでもないだろう。

「やめろこらぁ!」

「・・・綾香、何も考えずにただ振り下ろすこと」

「は、はいっ・・・えぇぇぇぇいぃ!!」

ぱこんっ!

毎度紫苑に殴られたり投げられたりしてぴんぴんしている鮫島の事、綾香に竹刀で殴られたくらいでは痛くも痒くもないだろうが、やはりああいう性格のやつゆえに無防備でやられるというのは屈辱だろう。

「覚えてやがれ紫苑!」

ついでに弱いものいじめをするタイプでもない、というより綾香には手を出さないやつなので、怒りの矛先は紫苑に向く。
結局いつもどおりだな。

 

 

「おーい、みんなー、おやつにカキ氷でもいこうか」

先輩の提案に反対する者はいない。

「わたし、イチゴー」

真っ先に声を上げたのは名雪。
今更確認するまでもないくらいお約束だった。

 

 

「あははーっ、そ〜れっ、ですよー」

「う、うぐぅ・・・」

「・・・アタック」

「あぅーっ」

どこから出したのはあえて問わないが、ちゃんとネットを張ってビーチバレーをしている舞、佐祐理さんとあゆ、真琴。
しかしうぐぅとあぅーごとき、あの最強コンビの敵ではなく、一方的にやられているのがわかる。

「駄目ですね、二人とも」

「まったくだぜ」

「行きますよ、正司」

「おう!姉ちゃん達を倒すぜっ」

選手交代で今度は天野、正司組が黄金ペアに挑む。
こちらの方が少しは相手になりそうだな。

 

 

「あれ?そういえば秋子さん、香里と北川はどこ行きました?」

「二人で向こうの方へ行きましたよ」

またか。
なんだかんだで最後は二人の世界なんだな。
相変わらずというやつか。

 

 

「砂浜の風景というのも絵になりますよね」

「銀河系を描くのにか?」

「そんな事言う人、嫌いです」

そして俺達も相変わらずだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜、それは大人達の時間。
と言っても最年長の秋子さんはいないのだが。
要するに名雪は言うまでもなく、遊びつかれた栞、真琴、正司、あゆ、綾香などがいないという事だ。ついでに天野もいないが。
この場に集まっているのは俺、朱鷺先輩、紫苑、舞、佐祐理さん。
香里と北川はまた二人でどこかへ行ったし、鮫島は姿が見えない。
で、五人で集まって何をしているかというと、麻雀だ。

「あははー、なんだかワクワクしますねー」

「・・・負けない」

「う〜ん、やっぱりなんか賭けた方がいいかな?祐一ちゃんがやるなら脱衣ってのもおもしろいけど」

「残念だが、俺はあまりやらん」

出来ないわけじゃないが、どうにもこの面子とやるとこっちが身包み剥がされる気がする。
しばらくするとそれが間違いではなかったとわかる事になるが。

 

場所決め

紫苑、佐祐理さん、朱鷺先輩、舞の順番。

親決め

まずは紫苑が親。

 

ジャラジャラ・・・

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

「ロン!」

「はやっ!」

まだ半分も進まないうちから先輩がまずは上がる。

「タンヤオ、ピンフ、ドラ一」

「意外だな、先輩ならもっと大技狙いで行くと思ってたのに」

そういう性格してるからな。

「・・・私もね、昔はそうだったわ。けど、紫苑とやるようになってから変わったわ」

「紫苑と?」

「相手が紫苑である以上、即効で上がるに限る!」

「なんだそりゃ?」

「紫苑、牌、見せて」

トンッ

紫苑が自分の牌を倒して、中身を皆に見せる。
見事なくらい緑だった。
後二つで役になる。

「・・・緑一色・・・こんなにあっさりと・・・」

「つまりそういう事よ」

 

 

ジャラジャラ

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

「あははーっ、それ、ロンです」

「なぬっ!?」

しばらく進んだところで佐祐理さんから声が上がる。
先輩が悩んだ末に捨てた牌が見事に当たってしまったのだ。

「私の読みの上を行くとは、やるわね、佐祐理」

「出所よしですね、じゃんじゃん行きますよー」

 

 

ジャラジャラ

 

 

その後再び先輩が上がり、佐祐理さんの連荘は二で止まる。
だがすぐさま佐祐理さんが上がり、先輩も連荘ならず。

 

「・・・ツモ」

「む」

「はぇ〜」

自分に親が廻ってくると、待っていた様に親羽ツモをする舞。
その場にいる全員が油断ならないと判断し、先輩と佐祐理さんの表情が引き締まる。
ちなみに、この間紫苑は黙々とやっているが、見ると必ずかなり手が進んだ状態でいた。
しかもいずれも倍満以上という手で・・・。

 

 

ジャラジャラ

 

舞も連荘ならず、あっさり東場終了。
だが、本当の戦いはここからだった。

紫苑の親の状態で上がった佐祐理さんが自ら親を引き寄せ、その波に乗って一気に六連荘。
このままではまずいと感じた先輩は今までの手早く上がるのをやめ、少し溜め込んでから・・・。

「ロン!」

「はぇ〜」

羽満の手で流れを引き寄せる。
今度は変わって先輩の四連荘となるが、それ以上は佐祐理さんが許さなかった。
そして半荘で終わらす気らしく、オーラスに突入する。

 

 

ジャラジャラ

 

そして勝負の瞬間が近づく。

「・・・・・」

見ているこっちにまで緊張が伝わってくるようだ。
今のところトップは先輩。なんだかんだで強い。
四連荘の最初の羽満が大きく、二位の佐祐理さんに対して一万二千点離している。
その佐祐理さんからさらに一万二千点下に三位の舞。
最下位がいまだ上がりのない紫苑だ。

(ここはやっぱり、手早く上がってこのまま逃げ切る!)

(あははー、ちょっとまずいですね。半端な手で上がっても朱鷺さんには追いつけませんし・・・)

(最下位とは言え、紫苑の一発も侮れないわね。役満取られれば一回で逆転される)

(最低でも羽満でようやく同点ですからね。それに先ほどから沈黙している紫苑さんや舞にも注意しなくては)

(う・・・こんな時に限って難しい牌が来てくれるじゃない)

(一番速いのは朱鷺さんから取る事ですね。それなら六千点で済みますから。でもそれではリスクが)

(よしよし、揃って来たわよ)

(来ました!これなら行けます)

(う、それを捨てられると苦しいじゃないの)

(このまま上がれば、佐祐理の勝ちです)

(・・・仕方ない、ここは降りて逃げ切る手に切り替える)

(朱鷺さんの手が変わった?勝負を降りる気ですね)

(これは駄目ね。これならよし)

(しぶといですね。やはり朱鷺さんから出るのを期待するのは無理ですか)

(もう終わりが近い。これは・・・佐祐理、紫苑、大丈夫。よし、行ける!)

「・・・ロン」

「はい?」

「はぇ?」

声は先輩の右隣から聞こえてきた。
長い事上がっていなかった舞である。

「しまったぁ!見落としてたー!」

先輩にしては珍しい見落としだな。
佐祐理さんと紫苑に気を取られすぎて舞の存在から目がそれた。

 

 

ジャラジャラ

 

同点。
舞の親満によって先輩から一万二千点が舞へ。
これで三人はまったくの同点で並んだ事になる。

となると、親である舞が有利か?
いや、自分で上がって終われない分苦しいとも考えられる。
だが連荘すればどんどん小技で稼ぐ手も使える。
逆に先輩と佐祐理さんは、上がれば勝ち、という状況だ。
一気に勝負をかけてくる。

はじまって早々互いの手を読みあう白熱のバトルが始まった。
しかし・・・!

「・・・ツモ」

「なにっ!?」

「!」

「はぇ〜」

最後を締めたのは並んでいる三人ではなく、今まで一度も上がっていない紫苑だった。
そしてその牌が明かされる。

・・・・・見事な・・・漢数字が並んでいた。

一、一、一、二、三、四、四、五、六、七、八、九、九、九

「・・・九連宝澄」

 

 

正に最後の一発逆転。
狙っていたとしか思えないほど見事な勝ちっぷりだ。
丁度一つの獲物を狙って三すくみしていたところに四人目が来て獲物を掻っ攫っていった感じ。

「お、憶えてなさいよ!紫苑!」

「あははー、負けちゃいましたねー」

「・・・悔しい」

 

「おまえもえげつない事を・・・」

「・・・そう?」

 

こうして大人の時間も終わり、海の一日が暮れていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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