俺の名は北川潤。
青い海は静かなる美を。
白い雲は流れ行く時を。
眩しい太陽は燃え上がる情熱を!
そう!今は夏、ここは海、そして俺は今猛烈に燃えているーっ!!!
相沢、俺は今日ほど貴様の親友でよかったと思った日はない。
おまえと一緒に行動していれば、あらゆる類の女の子が周りにいる事になるからな。
様々な種類の女の子の水着姿!
燃える!いや萌える!ビバ!海!
俺は夏が最も似合う男、北川潤!
紫苑―SHION―
~Kanon the next story~
第三十五章 思い出の海・・・その二
宿に荷物を置いてから、俺達はさっそく海へと繰り出した。
着くなりファイヤーモードの北川は放っておくとして、一足先に砂浜にやってきているのは男衆だけだ。
なんでも女性陣は順々に水着の披露をしたらしく、後からやってくる手はずになっている。
さっき順番の籤引きとかもやっていた。「なぁなぁ」
「ん?」
正司が肘で俺の脇をつついている。
ちなみに北川は尚も燃えている。「実際のところ、兄ちゃんは誰が目当てなんだ?」
「・・・あのな・・・」
「あっちの兄ちゃんは見境なさそうだけど・・・」
「いや、あれはあれで本命一筋だからな」
目移りしてるようでしっかり最後には香里のところに戻ってやがるんだ。
器用なやつだと思う。「で、祐一兄ちゃんはどうなんだ?」
「そういうおまえはどうなんだ」
「微妙だよな~、なんせさ、俺の周りにいるのって美汐と真琴だけじゃん。そりゃ悪くはねえんだけどさ、やっぱあれ、こうもっとナイスバディってやつもたまには拝みたいわけよ」
「マセガキが・・・」
「なるほど、いつもあなは私の事をそういう目で見ていたのですね」
「ぎくっ!」
底冷えのする静かな声に振り向くと、大人しめの色のワンピースの水着を着た天野が立っていた。
「よ、一番乗りはおまえか」
「はい。それより正司、ちょっと向こうでお話をしましょうか」
「ひ、ひぇ~、助けてくれー、兄ちゃん~!」
「さらばだ、神城正司。君の事は忘れまい」
「美汐ちゃん・・・あの未発達な辺りがなかなか・・・」
いつの間にか俺の隣りに移動してきた北川が親父な顔で評価を述べている。
「・・・おまえもくだらん事ほざいてると、香里にぶっ飛ばされるぞ」
「まったくですね」
続いての登場は栞だ。
だが北川無反応。「どした、北川」
「連続してないのを見てもどうもなぁ・・・」
ばきぃっ!
「・・・・・きゅぅ」
栞の抱えていた浮き輪で張り倒される北川。
姉の前に妹にやられてか。「どうですか?祐一さん」
北川を叩き伏せた事など微塵も気にかけず、俺の方を向いてくるりと回ってみせる栞。
未発達の体ではあるが、セパレートの水着はなかなか似合っている
こいつの水着姿というと新鮮すぎて刺激が強い。「それはそうと、浮き輪なんか使うのか」
「仕方ないじゃないですか。泳げないんですから・・・・・ってそんな事はどうでもいいんです!」
「お、今度は真琴か」
追求してくる栞をかわして真琴の方へ向き直る。
まぁ、これも発展途上なのは仕方ない。「ねー、美汐と正司は?」
「あっち行ったぞ」
「あぅー、おいてくなんてひどいー!」
てててっ、と二人が歩き去った。
というか正司が連行されていった方へ走っていく真琴。
転ばないかと思っていたら、反対側から転んで砂に突っ込む音が聞こえた。「・・・・・うぐぅ」
「なんだ、あゆあゆか。さて次は・・・」
「うぐぅ!ちゃんとボクのも見てよっ」
がばっ、と起き上がって自分の水着を見せる。
てか、なんでスクール水着?「・・・・・む・・・」
「え?何?」
「いや、気にするな」
半年もリハビリしてるんだからな。
最近気にならなくなったと思ったら、大分肉付きもよくなってやがる。
しかもまだまだのように見えてわりと体型はいい。
あと二三年もしたら・・・。
いやまさか、あゆあゆに限ってそんな事は・・・。「あ、そうだ!ボクはあゆあゆじゃないよっ」
「何を今更」
抗議を続けるあゆを余所に続けての登場は綾香。
これまたワンピースの水着で、恥ずかしげにしている仕草が妹萌えなやつにはたまらないかもしれない。「ど、どうも、先輩・・・」
「ああ、よく似合ってるぞ」
「は、はぅ~」
素直に褒めてやると綾香は真っ赤になって栞の後ろに隠れてしまった。
揃いも揃ってからかい甲斐のあるやつらだ。「しかしなぁ、相沢」
復活した北川がまたまたいつの間にか隣りにいる。
「おまえの周りってない子ばっかりだな」
「もう一辺死にますか、北川さん」
「うぐぅ、ひどいよっ」
「はぅ」
「相沢って、ロリコンか?」
「本当に死ぬか、北川」
俺も僅かにこの馬鹿に殺意を芽生えさせた。
「そんな事ないよっ!」
高らかな声と共に颯爽と・・・はしてないが、とにかく現れたのは名雪。
意外にも結構露出度の高い水着で自分の体を誇示しているようだ。『・・・・・』
「どうだおー!」
叫びながら勝ち誇ったような視線を栞達三人に向ける。
「・・・う~ん、悪くはないがなぁ。及第点ってところか?」
「北川君は黙ってて!」
「は、はいー!」
いつもの名雪にあるまじき凄まじい剣幕に北川が萎縮する。
俺も怖い。「何騒いでるのよ」
名雪の後ろから香里登場。
二人ともさっきまで出てきてたやつらと比べると一ランク上といった感じだ。「おー、美坂、やっぱりおまえが一番だー!」
つかつかつか・・・・・ばきぃっ!
無言で歩み寄った香里によって北川ははるか高くへ飛ばされた。
香里の顔が赤いように見えたから、おそらく照れていたのだろうが、口にするとこっちまで殴られそうだから目を逸らす。「お、大きければいいってものじゃありませんよ!」
「そうだよっ、それに名雪さんだってそんなにすごいわけじゃないよっ」
「先輩・・・もう少しあった方がいいのかな・・・?」
「負け犬の遠吠えなんか聞かないよ」
こちらは不毛な言い争いを続けている。
だが俺のこの後の結末に大体の検討がついていた。
それを裏付ける様な歓声が近づいてきている。
哀れ北川は真打を拝まずして撃沈・・・。「さあ、真打登場だな、相沢」
「・・・もう生き返ったのか」
三度いつの間にか俺の隣りにいる北川。
「おお、来たぞ来たぞ」
そんな北川は背後から迫る殺気に気付きもしない。
「・・・ああ、来たな」
ギャラリーを引き連れてずらずらと現れたのは佐祐理さんを先頭に、舞、朱鷺先輩、紫苑の四人だ。
はっきり言ってさっきまでとは次元が違う。
容姿、スタイルともに他を圧倒する面々だ。「あははーっ、お待たせしましたー」
「・・・・・お待たせ」
「う~ん、やっぱりどこに行っても注目の的ねぇ」
「・・・・・」
佐祐理さんからは清楚な美しさが。
舞には活動的な雰囲気が。
朱鷺先輩に関しては明らかに自分の体を誇示しているのがわかる。スタイル面ではこの三人に劣るものの、紫苑にはそれを補って有り余る神秘的なほどの綺麗さがあり、見るものを魅了する。
この四人が並んで現れる様子は圧巻の一言だ。
砂浜に集まっている誰もが圧倒されている。「えぅ・・・」
「うぐぅ・・・」
「だお・・・」
「はぅ・・・」
こっちの四人はレベルの違いを見せ付けられて落ち込んでいる。
「あらあら、楽しそうですね」
最後に現れた秋子さんがこの状況を見て一言。
「女は体じゃありません・・・顔でもありません・・・ええ、違いますとも・・・」
栞が何かぶつぶつ言っているがとりあえず無視だ。
「・・・祐一さん、こういう時は恋人として何か言うべきじゃいないんですか?」
「誰が恋人だ。そもそも何を言えと?」
「君も十分に魅力的だよ、とか色々あるじゃないですかっ」
冗談じゃない。
そもそもここでそんなフォローを入れた日にゃ、俺がほんとにロリコンみたいに思われてしまうじゃないか。
北川じゃないが美しいものは素直に美しい。
これに関してはあの四人と張り合おうという事が間違っている。「ほら神城、見ろ。いい眺めだぞ」
「・・・やだ・・・美汐の折檻はいやだ・・・」
ぼこぼこの顔ででれでれしている北川と、その隣りで膝を抱えて震えている正司。
よほどの目に合ったらしいな。天野ってそういうやつだったのか・・・。「何か失礼な事を考えていませんか、相沢さん」
「いや、別に」
「ゆ~い~ち~ちゃ~ん」
「・・・・・」
何やら甘い声で誘っているやつがいる。
無視だな。「オイル塗ってくれないかな~」
「・・・・・」
「そっか、私のお願い聞いてくれないんだ。じゃあ、仕方ない。あの事をみんなに話してしまおう」
つかつかつか
「何の話だ?」
「さ~ねぇ~」
パラソルの下で寝転んでいる先輩はしれっと言う。
「来たって事は何か思い当たる事あるんじゃな~い?」
「あんたは何もなくてもあれこれ変な噂を流すからな。用心のためだ」
「じゃ、オイル塗って」
「・・・・・」
「・・・・・」
無言の睨み合い。
そのまま炎天下でいつまでも続くかと思われたそれは、意外な叫び声によって止められた。「しおぉーん!勝負しろやっ!」
「?」
「およ?」
俺と先輩が同時に目を向けた方向では、あゆなどと一緒にビーチボールをしていた紫苑の前に海パン姿の鮫島直輝が立っていた。
びしっと人差し指を紫苑に向けている。
先輩を放って、俺はそちらへ近寄っていった。
「勝負だ!紫苑!」
「・・・・・別にいいけど」
持っていたビーチボールを膨れ顔をしている綾香に渡すと、紫苑は鮫島に向き直る。
「待ちな。今日は殴り合いじゃねえ」
「?」
「せっかくこんな場所に来てるんだ。ここは一つ、泳ぎで勝負といこうじゃねえか!」
びしっ!
鮫島が海を指差し、皆の視線がそちらへ向く。
殴り合いじゃ勝てない事にようやく気付いたか?「・・・・・」
「あそこに見える小島まで行って戻ってくる。先にここに着いた方の勝ちだ」
「おもしろそうね~」
「先輩、日焼け止めはどうした?」
「その辺の男の子に越えかけたらす~ぐに塗ってくれたわよ。美しさって罪よねぇ」
くだらん事をのたまっているな。
「綾香、それ貸して」
「え?はい・・・」
綾香からビーチボールを受け取った先輩はそれを持って二人の間へ向かう。
「今からこれを投げるから、地面についたらスタート。ゴールもこのボール。オーケー?」
「・・・・・ん」
「おーし」
やる気があるのかないのかわからない紫苑と、走り出す準備万端の鮫島。
両方をそれぞれ見てから先輩がボールを放る。・・・・・とんっ
たっ だっ!
二つの砂を蹴る音と共に、紫苑と鮫島が海へと走る。
スタートダッシュをかけたのは鮫島の方に思えたが、軽く動き出した紫苑と海に入る段階では並んでいた。ばしゃばしゃばしゃばしゃっ
海に入った二人は物凄いスピードで沖合いの小島目掛けて泳いでいき、あっという間に点になってしまった。
「は、速いです・・・」
泳げない栞などはその速度に呆気に取られている。
泳げるやつでもあの速度には度肝を抜かれるだろうな。
どっちも普通じゃねえ。「・・・・・」
しばらく海を眺めていると、去っていった時と同じ様に猛スピードで向かってくる水飛沫。
ばしゃんっ!
ほぼ同時に水から上がった二人は砂浜に落ちているビーチボール目掛けて走る。
ここまで来ると水泳勝負というより、ビーチフラッグスを連想させる。「・・・・・」
「・・・・・」
そして二人がボールを触れたのはほぼ同時だった。
「同着~!」
先輩が手を上げて判定を下す。
「ちっ、もう一度だ!」
「・・・・・望むところ」
鮫島のやつ、泳ぎは相当に得意と見た。
さすが“鮫”ってか?
紫苑も勝てなかったのが結構悔しいように見える。再勝負。
またまた同着。「もう一度ぉ!」
「いいわ」
再々勝負。
またまたまた同着。再々々勝負。
再々々々勝負・
再々々々々・・・
「でぇい!拉致があかん!」
先に痺れを切らしたのは鮫島の方だった。
「やっぱりこんなのは性に合わん。いつもどおり喧嘩で勝負だ!」
「・・・最後のはあたしの勝ち・・・」
途中で鮫島が止まったため、ボールは今紫苑の手にある。
勝ちを主張する紫苑の言葉を無視して鮫島は突っ込む。「おらぁ!」
すっ・・・・・ぶんっ!
ずしゃぁぁぁ
鮫島の拳をかわし、その腕を取って投げ飛ばす。
手にしたボールは持ったままだ。
だが投げられた鮫島はすぐさま起き上がって突進してくる。がつっ!
「ぐ・・・!」
これも紫苑のカウンターを喰らって攻撃出来ないが、鮫島は尚も怯まない。
「はっ!効かねえな、紫苑!いくら強えと言っても女、さっきの泳ぎで体力を消耗してるはず。その上この砂場じゃてめえの得意の投げ技も大した効果はねえし、しかも足場が悪いから打ち込みの威力も弱い。つまり!単純に腕力で勝る俺の方が、有利!!」
なるほど。
馬鹿だと思っていたら結構考えたりもするんだな。
うんうんと頷いている先輩も何やら感心している様だ。「・・・・・」
「今日こそ勝たせてもらうぜ!勝負!」
再び突撃を仕掛ける鮫島。
またしても空中に向かって投げ飛ばされるが・・・。「馬鹿め、効かないと・・・!?」
余裕の笑みを浮かべた鮫島の顔が次の瞬間には驚愕に変わる。
俺を含めた見物客も唖然とする中、紫苑は空高く投げ飛ばした鮫島に向かって飛んだ。ガツッ バキッ ドッ ガッ ドゴッ ガキッ ドカッ!
「がっ・・・・・はぁっ・・・!」
芸術的にすら見える空中コンボが決まり、鮫島の体が吹き飛ばされる。
静かに砂の上に降り立つ紫苑と、無様に落下する鮫島。「空中戦になったら足場とか関係ないわよねぇ」
「いやしかし、普通思いつかないだろ、あんなアクロバティックな事」
紫苑以外にあんなまねが出来るとも思えん。
「ち・・・くしょ・・・おぼえて、ろ・・・・・ぐふ」
砂の上で気絶する鮫島に、栞と綾香が寄っていく。
「丁度いいですから、このまま埋めちゃいましょうか」
「そ、それはちょっと・・・」
「弱気はだめですよ、綾香さん。ここは日ごろの恨みを込めて」
「う、恨みは別にないですけど・・・」
綾香は悩みながらしばらく気絶した鮫島を見ていたが、やがて栞と一緒に砂をかけ始めた。
なんだか怒っているように見える。
結局海に来てまで敗北を喫した鮫島は、首から下を砂に埋もれさせられる刑に処せられた。