相沢裕太。
俺の父親、現在40才、ごく普通の会社員。

相沢夏海。
俺の母親、現在39才、ごく普通の主婦。

相沢紅葉。
俺の妹、現在4才、見たとおりのガキ。

そして俺、相沢祐一。
現在18才、受験生。

以上、俺達相沢一家の構成だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

紫苑―SHION―
〜Kanon the next story〜

 

第三十二章 嵐の相沢一家襲来

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よー、祐一。元気か?」

居間のソファに腰掛けている父さんが片手を上げて訊いてくる。

「さっきまで元気だったよ・・・」

あんた達が来てる事に気付くまではな。
受験生である以上遊んでばかりなどいられないが、やはり夏休みというのは嬉しい。
それで浮かれ気分だったと言うのに・・・。

「まぁ、大変ねぇ。母さんが元気を分けてあげよっか」

「遠慮する」

人から見れば冷淡に思える態度をとりながら、俺はあえて“ここに座れ”的に用意された二人の向かいの席を避けて、ダイニングから引っ張ってきた椅子に座る。

「で、一体どうして・・・」

「あの、はじめまして。私は美坂栞と言いまして、不肖ながら祐一さんの恋人をさせていただいて・・・」

どかっ

「おっ、おひさしぶりです!おじ様、おば様」

俺の言葉を遮って自己紹介を開始した栞。
さらにその栞を押さえ込むような形で綾香が二人に挨拶をする。

「う〜・・・出遅れたよ〜」

「うぐぅ・・・」

先に二階に上がって荷物を置いてきていた二人の敗北者は拗ねている。
先輩、紫苑、香里の三人は二人に軽く挨拶をしてからそれぞれに座る。
秋子さんが全員分のお茶を入れてきて、一先ず皆落ち着いた。

「夏海、その子が?」

「ええ、娘の紅葉よ、姉さん」

母さんが秋子さんの問いかけに答えて、紫苑にへばり付いている紅葉を紹介している。
しかしそれにしても・・・。

うちの両親は俺の年齢を考えるとそれなりに若いし、見た目も実年齢よりかは幾分若作りだ。
だが、その二人よりは年上のはずの秋子さんの方が年下に見えるんだ。
特に母さんは秋子さんの妹のはずが、逆と言われても誰も疑わないだろう。
秋子さん、恐るべし・・・。

「姉さんは相変わらず若いよねぇ〜」

「そんな事ないわよ。若い子達を見てると、さすがに衰えを感じますもの」

そうなのか?

・・・まぁ、そんな事はともかく。
俺は可及的速やかに確認しておくべき事がある。

「一体何しに来たんだ?父さん母さん」

「つれない息子だな。これでも心配したんだぞ」

「本当よねぇ。事故の話を聞いた時は母さん卒倒しそうだったわ」

「だから早めに休みを取って帰ってきたんだ」

「おやすみだーねー」

心配してくれるのは嬉しいが・・・。
こいつらが来ると何か嫌な予感がするんだよな。

相沢夫婦。
ミステリアスの極みである秋子さんに比べてしまえばとても平凡な二人である。
大学入学と同時に式を挙げたとか、結婚してすぐに俺を生んだため子連れ学生の異名を持っていたとか、それなりに波乱の青春時代ではあったらしいが、今はごく普通の会社員と主婦だ。
しかし、性格はかなり困ったもので、楽しむ事に余念がない。
よく朱鷺先輩と共同でひどい目に合わされたものだ。
父さんの転勤が決まった際、水瀬家に来たのは外国に行きたくなかったというのもあるが、この家族から解放されたいと思ったのも半分事実だ。
一種の反抗期だな。

「それで、どれくらいこっちにいるんだ?」

「五日間だ。実はすぐ後に出張があってな」

「・・・まさか・・・その間この家にいるなんて言わないよな?」

「私は構いませんよ」

やばい。
秋子さんは頼まれれば絶対に了承してしまう人だ。

「いや、さすがにそれは迷惑だからな。ホテルだ」

ほっ・・・。

「でも、ちょっとホテルの部屋狭くて、姉さん、紅葉だけは預かってくれない?」

「了承」

ぐはっ・・・紅葉だけでも被害は甚大だ。
こいつは4才児とは思えないパワフルなやつだからな。
親が放任主義なもので、おそろしくワイルドに育っている。
唯一紅葉を御せるのは紫苑なんだが・・・。

「しー姉、しばらくいっしょー」

「・・・・・ん」

こいつも紅葉の行動には無頓着、というかいつでも傍観者だからな・・・。

「ま、我々も昼間はこっちにいるがな」

「いるんかい!」

それじゃ何も変わらん。

「時に祐一。知らないお嬢さんが結構いるんだが、紹介してくれんか?」

ギランッ!

父さんの一言で場の空気が変わった。
これまで俺達家族の会話を端で聞いていた面々が一気に自分の存在をアピールし始める。
明らかに紹介する順番に関して俺に無言で要求を送ってきている。

「・・・んじゃ、右から・・・」

どかどかどかっ

「わっ、栞ちゃん邪魔だよっ」

「うぐぅ・・・名雪さん重い・・・!」

「ちょっ、綾香さん何してるんですかっ」

「わ、私は別に・・・」

角が立たないように適当に端から紹介しようと思ったんだが、場所を巡って争いが生じていた。

「・・・・・まず彼女が」

俺はまず一人を示して紹介する。

「クラスメートの美坂香里。名雪の親友でもある」

「美坂香里です。よろしくお願いします」

「ええ、こちらこそ。学校では祐一がいつも迷惑をかけてるんじゃない?」

「迷惑というほどではありませんけど・・・」

何かを言い含んだ言い回しをする。
暗に思い切り迷惑と言っている様に取れなくもない。

「あー!お姉ちゃんずるいです!」

「う〜、香里、極悪人だよ」

「うぐぅ」

「はぅ・・・」

「ったく、そもそも綾香、おまえはもう知ってるだろうが・・・」

「そうですけど・・・」

「うむ。綾香ちゃんはちょっと見ない間に綺麗になったな」

「え?え?ほっ、ほんとですか?おじ様」

「うむ、お姉さん達に似てきた」

「ほ、ほぇ〜ぇ〜」

綾香はゆでだこ状態で舞い上がっている。
俺の父親という立場の人間から褒め言葉をもらった綾香に対して羨望の眼差しを送る者が数名。正確には三名。
すぐに、きっ、と音がするほどの勢いで各々自己紹介をする。

「美坂栞です!美坂香里の妹で、祐一さんにはいつもお世話になっています!」

「おひさしぶりです!名雪です!祐一とはまた会えて嬉しいです!」

「う、うぐぅ・・・!月宮あゆって言います!祐一君とは前にこの街で知り合って!」

一斉に喋るものだから何言ってるんだかわからん。
だが父さんと母さんはにこやかに聞いている。

「青春だな、祐一」

「ええ、ほんと」

「まったくねぇ、祐一ちゃん」

「・・・・・」

「はむはむ・・・」

にこにこと俺に視線を送る三人と、お茶を啜るもの一人、茶菓子を食べているもの一人。

「賑やかですね」

そしてにこやかな人もう一人。

 

 

 

 

そんなこんなで話も一段落したところだが、ここでついに恐れていた事が起こった。
俺の両親がとんでもない事を言いやがったんだ。

「時に祐一」

「なんだよ?父さん」

「実はだな、今回の転勤、少し長そうだ」

「そうなのか」

最初の話では三年くらいになるって聞いてたけど。

「今いる場所が終わっても、次は日本ではなく、また外のどこかになりそうなんだ」

まさか、高校出たら一緒に来いとか言い出す気じゃないだろうな。
冗談じゃないぞ、俺は海外暮らしなんか今更する気はない。

「まぁ、一緒に来いなんて言わないから安心しろ」

う・・・、思考を読まれたか。

「でもね、ほんとに五年も六年も帰って来れないかもしれないのよ。そうなるとさすがに祐一の事が心配でね」

母さんが父さんの言葉を受け継ぐ。
この人は結構心配性だからな。
前の時だって父さんは一人暮らしもいいって言ってくれたが、結局反対してここに来させたのは母さんだ。

「おまえは俺の息子だから、何かあってもそれなりにやっていける性質だろう。それはいいが、俺に似ているという事はだ、父さんと同じで学生結婚、なんていうのもあるかもしれない」

「は?」

なんか話の雲行きが怪しくなってきたような・・・。
ここいらで止めた方がいいのか?

「でもね、祐一もてるし、単純だから、変な女に捕まっちゃう事だってあるかもしれないでしょう」

ちょっとマテ。
誰が単純だって、母さん。
その言葉に反応した俺は、その後に父さんが発した言葉を止める機会を逸した。

「そこでだ。我々が滞在しているこの五日間の間に、おまえの許嫁を決めようと思う」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・ズズ・・・ぼりぼり

長い沈黙の中、紫苑のお茶を啜る音と、紅葉の菓子を頬張る音だけが響いていた。

「・・・・・俺若いけど、最近耳の調子悪くてな・・・。父さん、なんだって?」

「おまえの許嫁を決めに来た、と言った」

「・・・・・」

「「「「わ(ボ)っ・・・!」」」」

ガツンッ!×4

「えぅ〜」

「うにゅぅ」

「うぐぅ」

「はぅ〜」

同時に動き出した四人が一点に集中したため、互いに頭をぶつけ合ったらしい。
自己主張をしようとしたタイミングは見事なほど四人一緒だった。
そして俺は頭を抱える。

「ふふ〜ん、これはおもしろい事になりそうねぇ」

先輩が明らかにこの状況を楽しんでいる。
今回は自身は動かず静観して楽しむつもりだな・・・。

「ふむ、どうやらおまえの花嫁候補はこの場にいるようだな。もしかして、他にもいるんじゃないか?」

「知らん・・・」

もう勝手にしてくれ・・・。
そうさ、ああそうさ、俺は騒動には慣れてるんだ。
もうどうとでもなれこんちくしょー。

「おにぃ、つかれてるー」

「・・・・・」

ズズ

紫苑は呑気にお茶を啜っている。
そういえば色々騒がしくて忘れてたが、あの日以来こいつと会うのははじめてなんだよな。
こいつはいたって普通にしてるが・・・。

「お嬢さん達、よく聞いてね」

母さんが改まって皆と向き合う。
自然皆の姿勢も改まる。

「祐一は私にとって、そりゃあもう、目に入れても痛くないくらいかわいい息子なの。ちょっと困ったところもあるけどそこがまた裕太さんに似てかわいくって、ほんとにもうお腹の中に取り戻しちゃいたいくらい」

・・・この超過保護が・・・、恥ずかしい事を。

「もちろん、最後に決めるのは本人達なんだけど、将来のお嫁さんの事は、今からでも知っておきたいのよ」

うんうん、と皆頷いている。
てか、そんな話に共感するなよ。
どうせ半分は話を盛り上げるための演出なんだからさ。
確かに母親にこれだけ思われて幸せとか感じなくもないんだが、それを打ち消して有り余る困った面がこの人にはある。

「まぁ、そういうわけで、祐一が選んだ女性達の中から、これ!という女性に、祐一の許嫁の称号を与えよう!」

そしてそんな困った面を母さんに植え付けた張本人が最後に宣言する。
釣られる形で栞達四人の気持ちも高まっているようだ。

「私、祐一さんとは結婚を前提をしたお付き合いをしているつもりです!必ずやお父様お母様のご期待に添える嫁になるよう精進してみせます!」

「・・・・・相沢君、後で話があるんだけど?」

「おまえもそういうところですぐに反応するなよ・・・」

こいつがたまに暴走気味なのは姉である香里が一番よく知ってるだろうに。

「わ、わたしが祐一の事一番昔から知ってるんだよっ。ずっと一緒に暮らしてるし・・・お嫁さんになる準備だって万端だもん!」

「む、昔からの知り合いならボクだって同じだよっ。祐一君のお嫁さんならボクが・・・」

「えっと・・・えっと・・・わっ、私は、その・・・だから・・・お嫁さんっていうのはまだ早くて・・・でもこんにゃく・・・じゃなかった婚約が・・・」

一部にパニックが見受けられる。
頭が痛くなる光景から目を背けたくなり、落ち着いた雰囲気の方へ目を向ける。
紅葉は他の連中の菓子にまで手を出し、紫苑は尚も茶を飲んでいた。
そんな紫苑に悪戯っぽい視線を横目に送っている先輩。

「しお〜ん、その茶碗、もう空じゃないの?」

「・・・・・」

茶を啜る音はもう聞こえない。
しかし紫苑は茶碗を傾けた状態から動く気配がなかった。
内心穏やかならず・・・。

ブルータス、おまえもか・・・。

俺はその方向からも目を逸らし、天井を見上げた。

「さてそれでは、どうやって許嫁を決定するかというと」

この状況を作り上げた元凶は尚も何事かほざいてやがる。

「夏海」

「ええ。ほんとは色々見たいんだけど、時間がないから、お料理で勝負よ」

そりゃまた随分と偏ってないか?
誰かさんには恐ろしく不利な気がする。

「お料理ですか。得意分野ですよ」

「量ばっかりの人が何言ってるの?得意なのはわたしの方だよ」

「うぐぅ・・・ボク料理苦手・・・」

「料理なら・・・なんとか・・・もしかして有利・・・?」

「ただし、嫁が作るべき料理はおいしいだけでは駄目よ」

「「「「?」」」」

母さんが少し芝居がかった感じで話す。

「嫁が夫のために作る料理、それは“愛”に満ち溢れていなくてはならないの。たとえちょっと味が劣っていたとしても、“愛”があればその料理は120点になるのよ」

「「「「お〜」」」」

「そこで勝負のお題はずばり!愛妻弁当よっ!!」

天井しかないが、おそらく本人にはもっと別のものが見えているであろう空を高らかに指差しながら母さんが叫ぶ。背後で大きな波が起こったら雰囲気が出そうだな、などとどうでもいい事を俺は考えていた。

「対決は四日後の水曜日。みんなでピクニックに行きましょう。その日まで各自修行するなり仕込みをするなり自由。材料購入からお弁当を作り上げるまで、何をしようが自由よ。誰かに手伝ってもらってもオーケー。要は“愛”のこもったお弁当を四日後までに完成させてピクニックに持っていけばいいのよ」

殊更に“愛”の部分を強調する母さん。

「がんばります!」

「ふぁいとっ、だよっ」

「負けないもん!」

「えっと・・・あれとあれと・・・それから・・・」

父さんと母さんの盛り上げ方の効果か、皆異様なほどに燃えている。
綾香などは既に頭の中にレシピを浮かべているように見える。
紫苑は・・・・・、あれ?いない。

「えいっ、これでどーだ」

ぱちっ

「・・・・・」

ぱちっ

いた。
紫苑と紅葉は碁盤を挟んで向き合っている。
五目並べでもしているのかと思いきや、ちゃんとした囲碁をやっているらしい。
紫苑が出来るのは知っていたが、いつのまに紅葉まで憶えたんだ?

「・・・うーん・・・とりゃっ」

ぱちっ

「・・・・・」

ぱちっ

盤面を覗き込んでみる。
展開が早く、もう大分進んでいる。
ここまで進むと俺程度でも優劣はわかるものだ。
積極果敢に打っていく紅葉だが、紫苑には軽くあしらわれている様子だ。
ま、当然だな。
しかし・・・。

「これならどーだぁ!」

ぱちんっ

「・・・・・・・・・・・」

ぱちっ

形勢が紫苑有利なのはいいとして、紅葉の方も筋が悪いようには見えない。
むしろ普通の観点からすると、強い。
まだ4才のガキのくせに・・・。

どうにも底知れない部分があるんだよな、我が妹ながら。
妙に紫苑に懐いているのも、同じく普通とは違ったところに惹かれているからかもしれないと思う。

「む、むむむぅ・・・」

紅葉の手が止まる。

ぱちっ

悩んだ末に打つ。
そして少しすると終局した。

「うー・・・しろ56もくはん・・・」

「黒38目」

かなりの混戦だが、終わってみれば18目半の差か。
それにしても、互い戦でやってんのか、こいつらは・・・。
ほんとに末恐ろしいやつ、相沢紅葉・・・。

「よーし!こんどはチェスでしょーぶー!」

「・・・・・ん」

一つ疑問に思ったが、何故碁盤だのチェスの台だのがこんなところにあるんだ?
俺はある人物に視線を向けたが、にこやかに返されてしまった。
詮索は無用だな。

「こっちはむこーできたえたからねー」

そう言って挑んだ紅葉は、何度か紫苑を追い詰めた様に見えたが、最終的には術中にはまって負けた。
その後も将棋だの花札だのトランプだの挑んでいたが、ことごとく紫苑に敗北していった。
だがその度に紅葉のこうしたものにおける底知れなさを感じさせられた。
だが同時にわかった事、東雲紫苑、ゲームでも強い。

俺はただこの二人のゲーム勝負をずっと観戦していた。
後方にある現実から逃げたいがために・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戻る     次章へ