七月も半ばも過ぎ、いよいよ本格的に夏になりだした。
今日からは、みんな夏休み。祐一も試験に追われた一週間から解放されるわけね。
あの時以来会ってないけど、今日は学校まで行ってみるかな。
朱鷺が休みに入ったらみんなで集まるとか言ってたし。そうと決めたあたしは学校への道を歩き出した。
と、その時。「・・・・・」
何か来る。
それが知っているものだとわかって特に気にせずそれの成すままにした。どがしっ!
物凄い音がした感じだけど、とある物体があたしの頭に飛びついてしがみ付いただけ。
「おーっす、しー姉おっひさー」
「・・・・・ん」
紫苑―SHION―
〜Kanon the next story〜
第三十一章 祐一子持ち疑惑!?
栞です!
暑さがむしろ心地よいです!
空はどこまでも続き大地は生命に満ち溢れています!「ビバ!夏休みーっ!!」
「・・・・・はぁ・・・。名雪、最近うちの妹があんたのいとこに似てきて困ってるんだけど」
「わたしに言われても困るよ〜」
「ほんと、いいところも悪いところも影響受けてるわよね」
「そうだね」
後ろで先輩二人が何かのたまっていますが関係ありません。
だって夏休みですから。今年の夏休みの目標と言えば・・・。
「祐一さんと砂浜で二人っきり!一緒にアイスを食べて愛するんです!」
「わっ、それはずるいよ〜」
「・・・っていうか今のまさかシャレ?」
「弾けてる・・・というより壊れてるね、栞ちゃん・・・」
「はぁ〜・・・」
さて、手始めに何をするべきでしょう?
「あ、あゆちゃんと紫苑さんだ。やっほ〜」
名雪さんが手を振る方向に目をやると、いつもの様に校門のところにあゆさんと紫苑さんがいます。
あゆさんが名雪さんに対して手を振り返しているはいいとして、紫苑さんの顔にへばり付いている物体が非常に気になるのですけど?「あれ?名雪さん、祐一君は?」
「うん、ちょっと試験の事でね・・・」
入院してる間、試験の事をすっかり忘れていた祐一さんは、この一週間地獄を見たそうです。
なんといっても受験生の試験ですから、内申に響きますでしょうし。
でも祐一さんって、普段何もしないくせにいざという時にはしっかりやる人ですから、大丈夫でしょう。「そんな事より紫苑さん、それは一体なんですか?」
顔の前面に張り付いているため紫苑さんの顔が見えませんが、とにかく訊いてみます。
するとその物体がもぞもぞと動いて顔の後ろ側に回ります。「わっ、かわいいよ〜」
「だよね〜」
「まぁ、確かにかわいいわね」
「小さな女の子、ですね」
そうです。
紫苑さんの顔にくっついているのはほんとにちっちゃな女の子でした。
みなさんの言うとおりかわいいのですが・・・はて、どこかで見たような?「それで、どこの子なんですか?」
「・・・・・ゆ・・・」
「よー、少女達、夏休みに向けて青春してるかーい?」
大きな声を発してやってきたのは朱鷺先生です。
もうお仕事終わったんでしょうか?「およ?紫苑、その子もしかしてもみっちゃん?」
「よーっす、とき姉」
「よーっす、もみっちゃん」
女の子と先生が互いに片手をかざしてにこやかに挨拶を交しています。
「それで、誰なんですか、その子は?」
「?この子はね・・・・・ぬふっ・・・・・」
言いかけてから一度やめて、先生は怪しげな笑いを浮かべます。
祐一さんから得た知識とこれまでの経験から、これは何かよからぬ事を企んでいる証拠ですね。
この後先生が何か言っても聞かない方がよさそうです。「紹介しましょ。この子は・・・・・祐一ちゃんの子供よ!」
「・・・・・」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はい?
「な、なんですってぇ〜〜〜!!!」
「なんだお〜〜〜!!!」
「うぐぅ〜〜〜!!!」
・・・・・ふっ、シャバの空気がうまいぜ。
「先輩、よかったですね。補習がなくて」
「この一週間、たっぷり地獄を見たからな。この上貴重な夏休みが潰されてたまるか。ビバ!夏休みー!」
そう、日曜に退院した俺は、翌日からの試験のオンパレードに気づいていなかった。
増援としてあてにならない名雪や北川を放って、香里と先輩に頭を下げてなんとか救済してもらったのだ。
前の周にやった分は他の試験の後という事で、結局今週は試験三昧。
連日の徹夜で今俺はスーパーハイだ。「帰ったら俺は三日ほど寝る」
「それはちょっと寝すぎじゃ・・・」
用事があったとかで試験の結果を聞きに行っていた俺と一緒になった綾香が苦笑している。
おまえに俺の一週間はわかるまい。「おまえは真面目だからな」
「それしか取り得がありませんから」
「いやいや、立派なもんだろ。少なくとも俺みたいな超不真面目よりもずっとマシな人生歩めるぞ。平穏無事にな」
「平穏無事、ですか・・・。それは願ったりなんですけど、時々姉さん達が羨ましくなります」
「あいつらみたいになったらどんな人生になるかわからんぞ」
「そうなんですけど。二人とも、楽しそうですから・・・」
「おまえは、楽しくないのか?」
「え?」
きょとんとした表情で綾香が俺を見上げてくる。
はっきり言ってアングル的にかわいい。妹属性一発ノックダウンだな。「おさげはいっそ下ろした方がいいな」
「え、そう思いますか?」
「たぶんその方がかわいい」
「かかかっ、かわいいだなんて!そんな先輩っ、あのっ、えっと、その・・・」
この手の事を言ってやると真っ赤になって慌てるのは綾香の特徴だな。
小動物みたいでやはりかわいい。「こ、こんな感じですか・・・?」
言ったそばからさっそく髪留めを外す。
先輩より少し長い、肩くらいまである、紫苑に負けないくらい真っ直ぐな、ちょっと赤みかかった髪。「オッケーだ。それで言い寄ってくる男が30%アップだな」
「そ、そんなものはいりません〜」
「おお、男を蹴る大胆発言。これは将来きっと毒婦になりそうな」
「姉さんと一緒にしないでください!」
「今の発言は本人に報告しておこう」
「わー!やめてください〜!・・・・・もーっ、先輩ひどいです」
「すまんすまん。で、楽しくないか?」
「あ・・・」
あの二人に比べたら俺達は平凡だ。
けど、そんなあいつらの傍にいる俺達は、十分にその楽しさを分けてもらってる。「行くぞ、綾香」
「・・・はい!」
嬉々とした様子で俺の後を綾香がついてくる。
昇降口を出て少し行った頃だった。
「なんですってぇ〜〜〜!!!」
「なんだお〜〜〜!!!」
「うぐぅ〜〜〜!!!」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「せ、先輩・・・今・・・」
「何やってんだ、あいつらは?」
今の雄叫びは間違いなく栞、名雪、あゆのものだった。
校門の方からだったが・・・。俺と綾香は少し歩調を上げて校門へ急ぐ。
辿り着いたそこにいた面子は、雄叫びを上げた状態のまま停止している栞、名雪、あゆに、香里と先輩、そして紫苑とそれにくっついてる小さい女の子は・・・まさか・・・。「あ、祐一ちゃんだ」
ドドドドドドドドドドッ
「祐一さんーーーっ!!」
「ゆういちーーーぃ!!」
「うぐぅーーーぅー!!」
約一名意味不明な叫びをあげているが、とにかく先輩が俺の名前を呼ぶや、三人は俺の名前を叫びながら突進してきた。はっきり言ってかなり怖く、俺の隣りにいて巻き添えを喰らった綾香は半泣き状態だ。
かく言う俺も今回ばかりはかなりビビらされた。「ど、どうした、おまえら・・・?」
「「「どうしたもこうしたもなーいっ!!!」」」
「う、うぐぅ・・・」
「それはボクの台詞だよっ!」
あ、あゆが怖い。
不覚・・・。「みなさん、ど、どうしたんですか・・・?」
「うーっ、わたしの笑顔を返してーっ!」
「は?」
「もう!祐一さんなんて嫌いです!祐一さんの子供なんてぇっ!!」
「せ、先輩の子供ぉっ!?ななっ、なななな、なんですかそれはーっ!!!?」
お、俺の子供だぁ?
なんだ?何がどうしてどこからそんな話が・・・?「「「祐一(さん)(君)の馬鹿馬鹿馬鹿バカバカバカばかばかばかぁ!!!!」
バシバシバシバシバシバシバシッ
「ま・・・待て・・・」
バコンバコンバコンバコンバコンッ
「は、話を・・・」
ドカドカドカドカドカドカッ
「聞け・・・って消火器はやめろ・・・てかどっから出したんなもん!?」
名雪にビンタの応酬を喰らい、あゆに鞄でしこたま叩かれ、栞には消火器の底で殴られた。
し、死ぬ・・・。意識が朦朧としだした中、綾香が紫苑の下に駆け寄るのが見える。
「ね、姉さん!祐一先輩に子供って一体どういう事なんですかー!?」
「・・・・・」
「子供ってこの子・・・・・・・・・・・って、あれ?も・・・みじ、ちゃん?え?なんで、紅葉ちゃんが先輩の子供?え?え?」
混乱する綾香。
事の成り行きをボーっと見ていた紫苑と少女の視線がある方向を向く。
それに合わせて、綾香の頭もブリキ細工のごとく同じ方向へ向けられる。
俺の視線も同じだ。視線の先にいるのは・・・。
「やっほ〜」
へらへらと手を振っている諸悪の権現の姿があった。
「朱鷺姉さんーーー!!!」
「やはり貴様かーっ!」
死にかけていた俺も犯人を確信すると復活する。
案の定というか、他に可能性なんて考えられなかったのだが、原因は東雲朱鷺だ。「なんて事吹き込んでくれたんだ、このクソ教師!!」
「何がどうして紅葉ちゃんが先輩のこっ、子供ですか!!」
「いやぁ〜、盛大に信じてくれちゃったからさ〜」
少しも悪びれたところのない確信犯が笑顔を浮かべている。
心底、私楽しんでます、と書かれた顔は、俺達にとっては悪魔の微笑みに見えた。「「「???」」」
要領を得ないのは暴れるだけ暴れた三人だった。
そして一人蚊帳の外で冷静だったのが香里だ。「それで、結局のところその子は誰なの?」
俺と綾香の態度から既にこれが俺の子供なんかじゃない事は明白だろう。
香里あたりは最初から先輩の嘘だと気付いていたんだろうがな。「おいこら。自己紹介を・・・」
「おにぃーーーっ!」
「どわぁっ」
紫苑の上からそれが飛び上がって俺の上に着地する。
俺の両肩に裸足の足で器用に立ってそれは高らかに名乗りを上げる。「あいざわもみじー!4さい!よっろしくーっ!とりゃっ」
「げはぁっ」
俺の顔を踏み台にしてそいつ、相沢紅葉は紫苑の上に戻る。
無様に踏まれている俺とは違い、紫苑は僅かに上半身を動かす事で紅葉が乗りやすいように体勢を変えている。「ってぇ・・・妹の紅葉だ」
「おー、ゆーいちのいもーとだ」
「な、なんだ、そうだったんですか・・・ほっ」
「びっくりしたよ〜」
「心臓止まったよ・・・」
「はぁ〜、まったく姉さんは・・・。紫苑姉さんも早く否定してあげてください」
「・・・言う暇もなかったわ」
「あや姉、おっす」
「あはは・・・こんにちは」
やれやれ・・・、また大騒動を・・・・・って・・・!
「ちょっと待て!なんでおまえがこんなところにいる!?」
「おにぃにあいに」
「いや、そうじゃなくて・・・」
まさか・・・。
いやしかし、これが単体でここにいるはずがない。
こんな場所にこれがいるという事は、必然的に・・・。「・・・名雪、俺は今日は帰らない」
「え?」
「知り合いの家に泊まる。いや待て・・・この街の中じゃ危険か。旅・・・そう、俺は旅に出る!出来れば迅速に・・・」
「すみれがドライブに付き合ってくれる人探してたけど?」
「いや、それはやめとく」
俺はまだあの人の運転を体験した事はないが、あの車に乗ってはいけないと本能が告げている。
「だめだぞ、おにぃ。ちゃぁんとおうちかえらないと」
「そうそう祐一ちゃん。行きましょ行きましょ。私達もひさしぶりにご挨拶したいし」
「俺は嫌だ〜!」
抵抗空しく、俺は水瀬家に強制的に帰還させられた。
あの場にいたメンバー全員を伴ってだ。「「ただいま〜」」
「「「「おじゃましま〜す」」」」
玄関に入ると、思ったとおり普段はない靴が二組。
やっぱり来てやがったか。なんとか逃げる手は・・・。「おかえりなさい、祐一さん」
「・・・・・ただいま・・・」
なかった。
「祐一さん。ご両親がお見えになってますよ」
「・・・・・はい・・・」
高校三年の夏休みは、恐るべき波乱の幕開けとなった・・・。