無性に自分に腹が立つ。
こんな風になるのははじめてだった。

わかってる。
あたしがしっかりしていれば何事もなかった、なんていうのは傲慢。あたしは神様なんかじゃない。起こるべくして起こった事を防ぐ事などいつでも出来るわけじゃない。
だけど、綾香でさえ予感はしていた。
腑抜けていた所為で、直前までまったく勘が働かなかった。
後少し早く感じられていたら・・・。

過ぎた事をいつまでも悔やむ自分が尚腹立たしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

紫苑―SHION―
〜Kanon the next story〜

 

第二十七章 雨のち晴れになれ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

きっかけは些細な事だった。
すれ違う際に肩がぶつかったからと、文句の代わりにナンパをされて、人のいない辺りに行くと大勢いた。
それだけの事。普段なら大して気にもかけず、大概は無視する手合い。
けど今は、暴れて気を紛らわしたかった。

十五六人いても、片付けるのに三分もいらない。
全然憂さ晴らしにもならない。

「・・・・・」

ますます雨が強くなる中、男達が倒れている場所の中心にあたしは佇む。
それ以上用はなくなった場所から離れる。

 

 

「なんて様してやがる」

ナンパ連中と喧嘩した場所から見ているのは知っていた。
バイクに乗った直輝があたしの前にいる。

「あんな雑魚共相手にだらしない」

「・・・・・何か用?」

前振りもなく、バイクから跳び下りた直輝が掛かってくる。
不意打ちなのだろうけど、あたしは僅かに体を開いただけで直輝の拳をかわす。

「どうした?いつもより鈍いんじゃねえか」

「・・・・・」

こんな馬鹿でも、さっきの連中よりは気が晴れるかな。

「おらぁ!」

ブゥン ブゥン

拳が空を切る。
いつも通りの大振りな拳をかわすのに、大した苦労もいらない。

ガツッ

「がはぁ・・・!」

合間を縫って懐に入ると、がら空きの顎を打ち上げる。

「ふん!どりゃぁ!!」

倒れた直輝はすぐに起き上がってまた掛かってくる。
速いのはいいけど、足元が隙だらけ。

出足を払うと、あっさり直輝はバランスを崩して倒れる。
倒れる体勢のまま地面に手をつき、反動を蹴りを放つが、それも避ける。

「どうしたぁ!攻撃しねえのか!」

また起き上がって仕掛けてくる。
単純な突進を受け流すようにして、直輝の体を巻き込む。
そのまま投げて地面に叩きつけようとした。

がしっ

「!」

けど、投げられる直前、直輝があたしの胸倉を掴む。

「おらぁ!!」

直輝が体重をかけてくると、二人してバランスを崩し、あたしが下になる形でともに倒れた。

「・・・・・」

「・・・・・」

丁度あたしが直輝に組み敷かれている形になる。

「・・・余裕のねえ面しやがって。全然らしくねえぞ」

「・・・・・」

「動きにまったく切れがねえ、それどころかまったく余裕が感じられねえぞ。いつもなら人を小馬鹿にする様に簡単にあしらってくるのによお。てめえ一体何様のつもりだ!」

「・・・・・」

「何があったかはてめえの姉貴から聞いたよ。身内がやばくて心配するのはわかるがな、今のてめえの状態には納得がいかねえ!てめえは何が起ころうが、地球がひっくり返ろうが何事もなかった様に澄ましてやがるべきなんだ!その澄まし面を崩すのは俺だ!他の事でその余裕が消えるのは絶対に許さん!」

「・・・・・」

「・・・・・」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「・・・あんた、自分が思い切りむちゃくちゃな事言ってるって思わない?」

「おう、わるいか」

するっ・・・ドカッ

「ぐはっ」

直輝の腕からすり抜けて、真下から腹に蹴りを入れて弾き飛ばす。
大きな体がよく飛ぶ。

「・・・どうしてあたしがあんたの都合に合わせなきゃならないのよ」

あたしは起き上がって、吹っ飛んで倒れている直輝に冷たい視線を送る。

「けっ・・・、それでこそ紫苑だ。待ってやがれ・・・いつか必ず俺がてめえを泣かす」

「百年くらい待ってるわ」

おそらく当分動けない直輝を放ったまま、あたしはその場から歩き去る。
何か、喉に詰まっていた小骨が取れた気分だった。

 

 

 

 

 

 

 

家に戻ると二人ともいなかったけど、あたしは着替えだけ持ってまた家を出た。
目指した先は、銭湯。
別に家のお風呂でもいいんだけど、気分の問題と、ここの銭湯の水風呂が丁度いい冷たさなためだ。
たまに来ている。

目的の場所に着くと、一先ず汚れた服を洗濯機に突っ込み、自分は髪と体を洗う。
大分普段の感じを取り戻した頭に、上からシャワーをかけながら考えを廻らす。

「・・・・・」

どうすればいいか。
どうする事も出来ない、というのが一般的な答えであり、基本的にはあたしにもそれは適用される。

魔法使いじゃないんだから、祐一の傷を癒す手段などない。
体の機能を助けて、治療の手助けをする術を心得ていないでもないが・・・。

「・・・・・(祐一には、あたしの力は効き難い)」

力というものは、同じ相手に連続して使っていると、相手に耐性が生まれる。
祐一の場合、以前心の傷を癒す時間を作るため、記憶を封じる術を長い間使っていたため、あたしの力に対する免疫があり、別の術を行使しても、効果は望めない。

人の想いは力となって奇跡を起こす。

それはあたしの信じる事だけれど、想う人の数、想いを重ねた年月はそれだけ力を高める。
しかし時間という意味ではまったく足りない。祐一は明日をも知れぬ状態なのだから。

絶望的。
それが紛れもない事実として目の前にある。

「・・・・・(けどあたしは、結構諦めが悪い)」

水風呂から桶一杯に水を汲んで、頭から一気に被る。

「・・・・・(最後まで足掻いてみる)」

 

「あ・・・・・」

「・・・・・あ」

お風呂から上がると意外な人と鉢合わせになった。

「栞・・・」

「紫苑さん・・・」

今の今まで同じお風呂場にいたはずが、まったく気付かないなんて。
まだ相当動転してるらしいわね・・・。

「紫苑さんも銭湯ですか」

「栞も」

「ここの銭湯は結構好きなんですよ。よくお姉ちゃんと来ます」

「そう」

「・・・・・」

「・・・・・」

他愛ない会話。

「・・・落ち着いてるわね、栞」

「そんな事ありませんよ。帰ったら部屋を片付けなきゃいけませんし。紫苑さんこそ」

「暴れてきたばかりよ。落ち着いてなんかいない」

取り乱しているのは、どちらも同じ事。
でも不思議と、今は二人とも笑っている。

「奇跡って、起こらないから奇跡なんです」

「?」

「私はずっとそう思っていました。でも、違うんだって教えてくれた人がいるんです」

「祐一」

「だから、信じる事にしました。起こるから奇跡なんだと教えてくれた人が、それを自分と証明してくれるのを。そこで、こんな趣向を考えてみました」

そう言って栞が差し出してきたのは、一枚の紙切れ。
一般的にそれを、短冊と呼ぶ。

「・・・栞、それは恒例行事」

「そんな事言う人、嫌いです。とにかく、後三日で七夕。もしその時までに雨が止んで、七夕の夜に星が見えたら、祐一さんは助かるんじゃないかって・・・」

栞の短冊には簡潔に一言。

『祐一さんが助かりますように』

と書かれていた。
ついでに、おそらく祐一のつもりであろう絵も添えられていたが。

「・・・この絵は、誰だか混乱するから、ない方がいいんじゃ」

「そんな事言う人、嫌いです」

「・・・・・短冊、まだある?」

「たっくさんありますよ。知り合いからどっさり集めるつもりですから」

「一つちょうだい」

「はい」

短冊を受け取って、あたしも一言書く。

『祐一が助かるように』

たったそれだけの言葉。
でも、想いのこもった言葉。

「短冊に願い事を書けば叶うなんて、今どき馬鹿みたいですけどね」

「そんな事ないわ。想う事は何より大事。今の人々はそれを忘れている」

「はい。私は信じますよ、願いは叶うって」

まだたった二枚しかない短冊を栞は胸に抱きしめる。

「よーし!張り切ってたくさん集めます!」

「・・・・・ええ」

「?紫苑さんはどうするんですか?これから」

「・・・・・祈祷、かな?一言で言うと」

「祈祷ですか」

「七夕の短冊と、似たようなものね」

どれほど望みがあるかなんてわからない。
あたしのする事も、栞のする事も、馬鹿げているかもしれないけど。
他に術は知らないから。

この際願いだろうが祈りだろうがなんでもいい。
ただ思うは一つ、祐一に助かって欲しい。

家から持ってきた巫女装束に着替え、銭湯から出る。

「紫苑さん、がんばってくださいね!」

「・・・栞もね。想いがたくさん集まれば、きっと届くから」

「はいっ」

明るい笑顔で、元気良く返事をした栞が駆けていく。
あの子の一途さと強さは、尊敬に値する。

「・・・・・さてと」

・・・そういえば、やたらと饒舌になってるわね、あたし。
気が高ぶっている。冷静とは程遠い。
だけど、今はこれくらいの方がいい。

 

 

 

 

 

続いてやってきた場所は、ついこの間連中と対峙した丘。
人気がなくて空が近い。場所としてはもってこいね。

祈祷と言っても、本格的なものなんかじゃない。
道具も何も用意してないし、唱える言葉もない。
ただ、この降りしきる雨の中、舞おう。

「星が見えれば、か」

七夕の夜に星が見えれば、短冊に書いた願いが叶う、か。

なら、そうしてみようじゃない。

この厚い雨雲を退かして、晴れた空を呼ぼう。
それが出来れば、きっと大丈夫。

ここに来て、それは確信に変わってきていた。
あたしの勘は、悪い方も当たるけど、良い方も当たる。

銭湯でやっていた天気予報では、むこう一週間は雨。
晴れ間は一切なし。

「・・・・・上等だわ」

絶対に晴れにしてやろうじゃない。
七夕の夜まで舞い続けてやる。

あたしの、みんなの想いが、星空に届くまで。

 

 

 

 

 

叩きつけるような雨の中、舞い始める。

格式など何もない。
強いて言えば、雨の元の竜神を静める舞に似ていたかもしれないけど、それとは違う。

ただひたすらに、がむしゃらに舞う。

祈りを、願いを、想いを込めて、舞い踊る。

雨の降る中で舞うというのは、二度目だった。
前の時は端で見ていたすみれが、飛び散る雨粒に光が反射して幻想的だと絶賛していた。
あの子はあたしのする事はなんでも褒めるから、あまりあてにはならない。

巫女という性質上、舞は幼い頃からやっていて、上手いも下手もなかった。
だけど今ほど、上手く舞えて欲しいと思った事はない。
誰かに見せるわけでもないのに。

だけど、上手く舞えた分だけ、想いが強くなるような気がして、今まで十七年間生きてきてこれほど必死になる自分ははじめてだなと、どこかで冷静な自分が思っていた。

 

雨はまだ降り続いている。

でも、その先に晴れがあると信じて・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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あとがき

展開が強引?
なんかめちゃくちゃだし。
もっと表現方法に磨きをかけねば・・・。
そう言えば、初の全編紫苑オンリー視点。主役の面目躍如か?