あれからおよそ一月。
季節は七月。梅雨時ではあるけれど、この地方の降水量は低いらしく、いい天気が続いている。

あの連中が再び攻めてくる気配はない。
まがりなりにも力を持つ人間や土地の管理をしてきた東雲家。
衰えたとはいえ、本格的に動けば組織立った動きはすぐに潰せる。

そういうやり方に、あまりいい思い出はないけど。

そっちの事はすみれや宗一郎に任せて、あたしは今日もものみの丘で日向ぼっこ。
こういう方が好きだわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

紫苑―SHION―
〜Kanon the next story〜

 

第二十五章 こんな日が続けば

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

わしは人間達がものみの丘と呼ぶ土地の主、瑞葉じゃ。

人間との交流などここ百年余り億劫であったが、最近はおもしろいやつを知り合いになった。
はっきり言って、見ていて飽きん。

土地神でもあるこのわしと、人間でありながら同等の力を持つやつ、東雲紫苑。
一見しても二見してもただのぼけっとした女であるが、本気でやりあったらわしとて勝てるかどうか。
だがそんな事よりも、今どき好感の持てる人間だ。

暇をしておるのか、毎日の様にここに来ては昼寝をしておるわ。
お陰でわしもすっかり退屈凌ぎが出来る様になった。

今日もすぐそこで寝ておる。

「・・・・・・・・・・・・・・すー」

無防備な寝方じゃ。
じゃが、たとえこの状態で仕掛けたとしても、誰もこやつを討ち果たす事は出来まいな。

「・・・・・・・・・・・・ん・・・」

無口で無表情なやつじゃが、付き合っていくうちに意外とわかりやすい性格をしているのがわかった。
コツを掴めば考えている事が手に取るようにわかる。
もっともそれは、別のこやつが隠そうとしておらんからだがな。本気で隠している事は、まったく読み取れないであろう。

ぷにっ

「・・・・・・むぅ」

しかしまぁ、なんというか・・・。

ふにふに

「・・・・・ふむ・・・・・むぬぅ」

こう気持ちよさそうに寝ていられると、どうもちょっかいを出したくなるではないか。

わしの手を避けるようにごろごろと寝返りをうつ紫苑の髪の毛を手に取る。
色素のまるで入っていない、見事なまでの純白。光を反射して輝く銀糸の様な髪。
白子というのは精気の足らぬ証と聞くが、こやつの髪は絹の様にしなやかじゃな。
触り心地がよい。

「・・・・・」

「む」

気がつけば寝ておったはずの紫苑の視線がわしに向けられておる。

(何してるの?)

声にこそ出さんが、視線で抗議をしておるのがわかる。

(いや、なんとなくの)

こちらも声など発しない。
わしらくらいになれば、言葉など使わんでも意思の疎通くらい容易いものじゃ。

「・・・・・」

「・・・・・」

(で、いつまでやっているの?)

(うーむ、触り心地がよいからのぅ)

未だにわしは紫苑の髪を弄っている。

「・・・・・」

ぐいっ

「のわぁっ」

突然別方向から引っ張られる。
いきなりだったのでわしとして事が仰向けにひっくり返ってしまった。

うぅ、皆には見せられん無様な格好じゃ。

「・・・何をする?紫苑」

わしは声に出して、紫苑に問い掛ける。
その紫苑は、引っ張って引き寄せたわしの尻尾を抱き枕にして再び寝入っている。

「・・・・・」

ふわふわっ

「・・・・・むぐぅ・・・」

ふわふわ

「ふむ・・・・・むむぅ・・・」

そのままの状態でわしは尻尾を色々と動かしてみる。
思ったとおり、体に密着しているものがもぞもぞ動くため、一緒になって紫苑も色々と動く。
その仕草は丁度寝ているところにちょっかいを出されている猫の様じゃな。

「・・・・・むむぅ・・・・むぅっ」

ぐいっ

「わっ、こら、引っ張るなっ」

紫苑が思い切り尻尾を引き寄せた所為で、二人して縺れる様な形で地面に寝転ぶ。
二人が絡まった窮屈な状態に関わらず、紫苑は尻尾を抱いたまま寝ておった。

なんというか・・・、あくまで寝るつもりらしい。
そうなるとどうあっても起こしたくなるではないか。

「ええぃ、起きぬか紫苑。起きてわしの相手をしろ」

「・・・ふむぅ・・・」

わしが紫苑を抱きかかえて起こそうとすると、それに抗うように紫苑が寝返りをうってかわしていく。
端から見れば、丁度子狐が二匹じゃれ合っている様な構図に見えたであろう。

忘れかけていた童心に返った様で、なかなか楽しい。
本当にこやつといると退屈せんわ。

帰り際、本人は安眠を妨害されて不機嫌そうじゃったが。
じゃが、この辺りでここの他にのどかな場所はないからの。やつはまた来る。
言っておくが、いつもこんなわけではないぞ。普段は黙って紫苑が寝ているのを見ておるのじゃ。
たまに悪戯心が芽生えての。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

美汐です。

お昼休み、他にする事もなかったので、私は溜まっていた生徒会の書類整理をしています。
そんなつまらないお昼の過ごし方をしているのは私だけかと思いきや、先客として会長がいました。

「お互い物好きだね」

会長はそう言って笑いかけてきました。
その言い方がちょっと相沢さんを思わせて、複雑です。
意外と、相沢さんと会長は似ているのかもしれませんね。
ただ、相沢さんの方が自分に正直なだけで。

そして、私と会長も似たもの同士。

「そう思います」

私はそう応えて、仕事に取り掛かった。

今やすっかり慣れた仕事のため、やりながら考え事をするなんて事も簡単です。
頭に思い浮かんだのは、この間三人で街に出掛けた日の事。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

「美汐ー、早く早く」

「遅えぞ美汐。足腰までおばさんくさ・・・ふがが」

「そういう事を言うのはこの口ですか?正司」

私は失礼な言葉をはいた正司の口を両側に引っ張ってやります。

「いひゃいいひゃい」

「あぅー、美汐怖い」

正司は痛みにじたばたし、真琴はちょっと怯えています。
・・・・・私、そんなに怖いでしょうか?

少し私が考え込んだ隙に正司は私の手から逃れる。

「あのなぁ、美汐。怒るのは自覚してる証拠なんだぞ」

「・・・・・反省の色なしですか」

「あぅっ」

二人がびくっとしてたじろぐ。
じりじりと迫ると、一歩一歩と下がっていく。
走って逃げればいいものの、そこへ考え付く余裕はないようですね。
さて、どんなお仕置きをしてあげましょうか。

「「あぅーっ」」

「・・・・・」

「?」

本能的に身の危険を感じていたらしい二人は、咄嗟にたまたま通りかかった知り合いの方の後ろに隠れる。
ちらちらと私と二人を交互に見比べているのは紫苑さんです。

「た、助けてくれー、紫苑ー」

「あぅーっ、美汐が怖いのよぉ」

「・・・・・」

紫苑さんが私に視線を向けています。
相変わらずあまり喋らない方ですが、たぶんどうしたものか私に問い掛けているのでしょう。
寡黙は川澄先輩や紫苑さんの専売特許ではありません。私だって。

「・・・・・」

だから私も視線で応えを返す。

「・・・・・」

「・・・・・」

「「あぅ?」」

真琴と正司には意味不明でしょうね。
やがて意思の疎通が成った紫苑さんは、快く二人を引き渡してくれました。

「「あぅー」」

「さぁ、真琴、正司、肉まんとあんまんでも食べながらゆっくりと話し合いましょう」

「肉まん!?」

「あんまん!?」

食べ物で釣るとあっさりと警戒心は消えてしまったようです。
本当に元野生の獣でしょうか?

甘い蜜の先に待ち受ける蜜蜂の洗礼の運命を知らぬ二人は私を急かすように再びコンビニに向かって走り出しました。

「では、失礼します、紫苑さん」

「・・・・・ほどほどにね」

「ええ、もちろんですよ」

紫苑さんに一礼をして、私は二人の後を追っていきました。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

あの後のお仕置きは楽しか・・・はっ!
これでは私が変な趣味の持ち主みたいではないですか。

仕事です仕事。
集中集中。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あゆだよっ。

やっとボクの出番だよ〜。
病院で祐一君に告白して以来すっかり出番がなくなっちゃってたんだよね。

・・・って、今はそれどころじゃなかったんだ!

うぐぅ・・・どうしてボクはいつもお財布を忘れるんだろ〜。

「待て食い逃げ!」

「うぐぅーー!」

がしっ

「うぐっ?」

「・・・・・」

全速力で走っていたところを突然掴まれたからびっくりしちゃったよ。
って、このままじゃ追いつかれちゃうよ!

「うぐぅ!はーなーしーてー」

「・・・・・」

ぱっ

「うぐっ!」

宙に浮いてたから、放された途端地面に落ちちゃった。
ものすごく痛いし・・・こんな事するのってまるで祐一君だよ。

「・・・あれ?紫苑さん」

気が付くと隣りに紫苑さんが立ってる。
と、いう事は・・・、紫苑さんがボクを掴みあげてた?

「追いついたぞ、食い逃げの嬢ちゃん。今日は運がなかったよぉだな」

「うぐぅ・・・」

「ま、俺っちは実は江戸っ子でよ。今日の事を明日に引きずらねえ性質だから、あんたにゃいつでもブツを売ってたわけよ。あれだけ見事に、しかも何度も食い逃げするからには、きっと食い逃げのプロに違えねえ。俺はある意味尊敬したよ」

「うぐぅ・・・プロじゃないよ・・・。祐一君みたいな意地悪を・・・」

「だが!」

聞いてないし・・・。

「捕まえたからには容赦はしねえ。さぁ、払うもん払ってもらうぜ」

「うぐぅ・・・」

「・・・・・」

ひょいっ

「あ・・・!」

落っこちた拍子に地面に落ちてたたいやきの入った袋を紫苑さんが拾い上げる。

「いくら?」

「あん?」

「あたしが買う」

紫苑さんは中身を見ながらお財布を取り出す。

「・・・へへっ、あんたいいやつだな。おう、税込みで578円だが、消費税分はおまけだ!」

「・・・・・」

550円、紫苑さんが渡すと、たいやき屋さんは満足そうに帰っていく。
ボクはなんかよくわからなくてぼーっとしていた。
そのボクの前にたいやきの袋口が差し出される。

「・・・食べる?」

「う、うんっ」

ボクは袋の中から一匹取り出してかぶりついた。
紫苑さんって、ちょっと祐一君に似てるね。
優しいし。

「・・・・・」

二人で五匹のたいやきを二対三で分け合って、一緒に祐一君の学校まで歩いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「祐一、放課後だよ」

「よし、帰るか」

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・あんた達、たまには普通に出来ないの?」

「何を言う。今日はおおいに普通じゃないか」

例によって学校が終わった後の風景が展開している。
この一ヶ月は、普通の学校生活を、普通に受験生していた。

その前の一ヶ月はかなり日常から離れた日々を送っていたからな。
あれはあれでわるくないが、やっぱり平穏が一番だ。

あいつもそう思っている。
最近は機嫌がよさそうだからな。
元々のぼーっとした雰囲気に戻って、口数もぐっと減った。
紫苑が黙るのは平和な証拠ってか。

「ま、どうでもいいから帰るぞ」

「うんっ」

俺は名雪を伴って教室から出て行く。
部活がないため、一緒に帰れると言う名雪は上機嫌だ。

だが、それもすぐに崩れたが。

「あ、祐一さん」

昇降口に至ると、一足先に栞がいた。
俺達の下へ駆け寄ってくる栞、そして心持ち前に出る名雪。

「こんにちは、栞ちゃん」

「こんにちは、名雪さん」

バチバチバチバチバチィッ

二人の間に見えない火花が飛び散っている様な印象を受ける。
気温が上がってるな。

「一緒に帰りましょう、祐一さん」

「さ、行こ、祐一」

既に名雪が陣取っていた俺の左隣とは反対、右隣に栞が移動する。
両手に花状態に、周囲の視線が痛いが、とにかく俺達はそのまま外に出た。
このままならまだよかったのだが・・・。

「おう、青春してるかい?少年少女達よ」

またまたどこからともなく涌いて出る天才教師、朱鷺先輩。

「なんか用ですか?」

「ええ、私今日職員会議で遅いのよ。で、この子送ってくれる?」

そう言って先輩が差し出したのは、綾香だった。

「え、えっと・・・あの、お忙しかったら・・・」

「いや、別に忙しくない。行くか、綾香」

「は、はい!」

こんなに元気良く返事するほど期待されたら断る事など出来まい。
俺としては断る理由もないし。両側の二人の視線が痛い事以外。

綾香は先輩と何か話してから、栞の隣りに付く。
引っ込み思案な綾香だから、この二人の間に割って入る事は出来ない様だ。
むしろいい子だよ、おまえは。

さて、これで終わりではない。
次は校門だ。

「あ、祐一君だー!」

「・・・・・」

いつ来たのか、あゆと紫苑がいた。
さて困った。

「祐一君、一緒に帰ろう」

「祐一、早く行こう」

「私は何人いても構いませんけど、この場所は譲りませんよ」

「え、えっと・・・どうしよう、姉さん」

「・・・・・」

男は俺、一人。
女はあゆ、名雪、栞、綾香、紫苑、五人。
東雲姉妹は自己主張をしないが、皆俺の隣りが欲しいらしい。
最近ますます激化してるよな、こいつら。

ふぅ・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・ふぅ」

「・・・・・」

溜息をつく祐一と目が合った。
表情に疲れた様子はまったくない。むしろ嬉しそう。
あたしもそう思うわ。

「じゃ、こうしよう!じゃんけん!」

「いいよ〜」

「望むところです。勝った人から順に祐一さんの隣りを獲得出来るんですね」

「「「行くよ(行きます)!」」」

「「「じゃーんけーん・・・・・ぽんっ」」」

「「「「「・・・・・」」」」」

グーが二つ、チョキが三つ。
勝負は一瞬、グーだったのはあたしと栞。

「はぅ〜、姉さんさりげなく・・・」

「うぐぅ・・・またこんな結果〜」

「くー」

「終わったならさっさと帰るぞー」

早々と校門を出かかる祐一をあゆと名雪、綾香が慌てて追いかける。
あたしと栞は少し見合って・・・。

「・・・行きましょうか」

「・・・・・ん」

二人揃って祐一の両隣に並びかける。

「こら栞、放せ」

「いいじゃないですか」

左隣の栞は祐一と腕を組んでいる。
他の三人がそれを見て羨ましそうな表情をする中、あたしは祐一の右隣を歩く。

この一ヶ月はすっかりお馴染みになった光景。

祐一がいる。
あたしがいる。
朱鷺がいる。
綾香がいる。
栞がいる。
あゆが、名雪が、美汐が、真琴が、正司がいる。
舞と佐祐理もいる。
瑞葉もいる。

みんながいて、のんびり暮らしている。
こんな日々が、いつまでも続いて欲しい。
わがままだとしても。

 

 

 

 

 

 

 

 

けれど・・・・・平穏に浸りすぎていたのか、あたしの勘が鈍っていた・・・。

崩壊の時がすぐに訪れるのに気付かなかった・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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あとがき

朱鷺 「やっとこさ再開ねぇ」

先生、何故ここに?

朱鷺 「本編で結構出番少ないじゃない。だからよ」

なるほどね。
とにかく、また始まりましたこの話、さくさく行きたいと思いますよ。

朱鷺 「で、これからどうなるの?なんかシリアスな終わり方だけど?」

それを言ったらつまらないじゃないですか。
ま、簡単に言うと、○○が○○○で大変な事になってしまうんですよ。

朱鷺 「さっぱりね。ま、次回を待ってみましょう」