「「で!紫苑(姉さん)はどこに行ったの(ですか)!?」」

「え、えぅ〜」

し、栞です。

何やら目の前の朱鷺先生と綾香さんがすごい剣幕です。
先生、前は紫苑さんの事は信頼してるから大丈夫とか言ってたじゃないですか〜。

「と、とりあえず落ち着いてください・・・」

「落ち着いていられません!姉さんが危ない事に巻き込まれてるのに・・・!」

「その気持ちは姉を持つ身として痛いほどわかりますけど、とにかく落ち着いて・・・」

「私は冷静よ。逆立ちしながら足で黒板に書きながら授業が出来るくらい冷静よ」

「その時点でかなり冷静じゃないと思いますけど・・・」

て、手強いです、この二人。
暴走傾向があるのは紫苑さんだけじゃなかったんですね。
よく似た姉妹です。でも仲がいいのは羨ましいな、とか思ったりもしますね。

「栞さん!」

「さっさと白状しなさい!」

ブロロオロロロロロロォ

ギギィイイイイイイーーー!!!

「あれ?みなさんこんなところで何してらっしゃるんですか?」

すみれさん?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

紫苑―SHION―
〜Kanon the next story〜

 

第二十四章 戦5・東雲神村正

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

繰り出される鎧男の拳の反動を利用して間合いを取る。
その隙をついて蛇男が仕掛けてこようとするが、剣を抜いた舞によって阻まれてあたしには届かない。
二体三の状況だけれど、ウィザードは静観している。
面倒だから二人の救出を優先したいのだけれど、あの男があそこにいる以上それは難しい。
結局そんなわけで蛇と鎧の相手をしなくちゃならない。

キィンッ

鉄が交わる音が響き渡る。
剣を持った舞とかぎ爪の蛇男とが先ほどから交戦し、鎧の男があたしと対峙していた。
どちらも一進一退といったところか。

「どうした東雲紫苑。本気を出せ」

「うるさいわよ」

そう簡単に仕掛けるわけにもいかないわ。
手は出さないとか言っているけれど、あのウィザード、目的のためなら手段を選ぶタイプじゃない。
いざとなればほんとに人質の効果を使いかねないから、相手を追い込むわけにいかない。

もう一つ、舞と蛇との戦いも気になる。
倒すわけでなく、攻撃をかわすだけなら、片手間でも出来る。
注意の半分は常に舞の方へ向けていた。

ガキンッ

「取ったぁ!」

「っ!」

舞の剣がかぎ爪に絡め取られる。
けれど舞は落ち着いて、力で対抗しようとせずに蹴りを入れた反動でその戒めから抜け出した。

「ちっ」

「せいっ!」

ガギンッ!

中空から体重を乗せた一撃で武器破壊を狙うも、かぎ爪はあっさりそれを受け止めた。
あのかぎ爪もこいつの鎧と同じで、特殊な術が掛けられているみたいね。

「やるねぇ、女ぁ。なら、こんなのはどうだ!」

蛇男がかぎ爪で地面を抉る。
石つぶてが舞を襲うけれど、その程度の攻撃に当たる舞ではない。
でも、あいつの狙いは違う。

「うわっ」

「きゃっ」

「!佐祐理!祐一!」

あの蛇、わざと狙ったわね。

「よそ見してると危ねえぜ」

「っ!」

ザクッ

「く・・・っ!」

一瞬後ろに気を取られた舞の方がかぎ爪の一撃を受ける。
とっさに体を捻っていたから致命傷ではないだろうけど・・・。

「・・・・・」

「待て、おまえの相手は私だぞ」

「・・・邪魔よ」

あたしの注意がそれた隙に拳を繰り出す鎧男。
それを体を回転させながらかわし、さらに遠心力を加えた一撃をお見舞いする。

ドンッ

「ぐお・・・!」

ズザァアアアアア

吹き飛ぶ鎧を尻目に舞の下へ向う。

「へっ、今度はてめえか!しおぉん!!」

襲ってくるかぎ爪の下を掻い潜って、通り抜けざまに腹部に蹴りを入れてやる。

「が・・・!」

鎧と同じ様に吹き飛ぶ蛇には目もくれず、舞の傍らに立つ。

「大丈夫?」

「・・・まだ動ける」

「なら、二人を連れて逃げなさい」

「?」

舞が本気を出せばウィザードはともかくこいつらは確実に凌駕する力がある。
でも舞は人間相手に全力で戦うほどに非情になるには優しすぎる。
ここは二人を助けて逃げるのが上策。

右手に気を込める。
相手がそれに反応するよりも早くその気の塊を地面に叩きつける。

ドォンッ!

「ぬ・・・!」

波紋のように広がった衝撃波は二人を封じている結界を破り、二人からウィザードを引き離す。

「走って!」

「お、おう!」

「はい」

「はちみつくまさん」

こういう時は判断力をなくした者が不利になる。
三人とも頼もしいわ。

「ちっ、逃がすな!クロウ、追え!」

「わぁってらっ!」

三人の逃げた方向に一番近い蛇男が皆を追っていく。
あたしも追おうとするけれど、残りの二人にただで背中を見せるわけにもいかない。

「・・・・・!」

この感じは・・・。

・・・向こうは大丈夫ね。
なら、厄介なこっちの二人を足止めするか。

あたしは振り返ってウィザードと鎧男に視線を向ける。

「む・・・」

「・・・これは・・・・・(我ら二人がかりで気圧されているのか?これが開祖以来と言われる東雲家第二十五代宗家、東雲紫苑の力か・・・)」

「・・・さすがの気迫・・・。だがっ!」

あたしの威圧に負けじと鎧男が前に進み出る。
その分ウィザードに対する意識が薄くなった。

「むんっ」

キュィイン

ウィザードの足元から光が昇ると、その姿が一瞬で空間に溶けて消えた。
転移、か。先に行かせてしまったけど、こっちはこいつを片付けないと追わせてもらえそうにないわね。

間に合ってよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

紫苑に言われて、考えるより先に走り出した。
舞と佐祐理さんはさすがというか、この状況にもあまり動じていないように思える。
俺もそうだが、結構逆境に強いな。

「逃がすかっ、ガキどもぉっ!」

くそ、蛇男が追ってきやがる。
舞は怪我してるし、どう見ても俺や佐祐理さんでどうにか出来る相手でもなさそうだ。
なんとかして逃げ切って・・・。

ガツッ

後ろで何か音が・・・。

「紫苑の足取りを追ってきてみりゃ、何がどうなってやがるんだ?」

この声は・・・、鮫島直輝?
また性懲りもなく紫苑に挑みに来たのか。

「あんだてめえは?」

「てめえみてえな蛇野郎に聞かせてやる名前なんてねえよっ」

「あんだと、この鮫野郎が」

今のやり取りでわかった事が一つ。
こいつら性格似てる。

「退きな、雑魚!」

「おぉっと」

蛇男のかぎ爪が鮫島の体を掠める。

「厄介な得物持ってやがるな。だがそんなんで俺様をやれると思うんじゃねえぞ!」

「雑魚が粋がるなァ!」

ガキィーン!

二人が交差する。

パキィンッ

「何ィ!?」

蛇男の左手のかぎ爪が折れとんだ。
紫苑にいつもコテンパンにやられてるからわからなかったが、あいつ結構強かったんだな・・・。

「伊達に紫苑としょちゅう戦ってねえんだよ。この程度の技はあいつだら盗んだぜ。もう一つも・・・・・がはっ」

鮫島の背中から血が走る。

「馬鹿が。爪は両腕にあるんだよ」

左手の爪は砕いたが、もう片方の爪で背中をやられていたのか。

「や、野郎・・・」

「少しは驚かされたが、所詮雑魚は雑魚。すっこんでな」

蛇男が再びこっちを向く。
しまった、逃げそこなった。

「・・・・・」

舞が剣を構えて俺と佐祐理さんを庇う。

「へへへっ、いいぜいいぜぇ。精々悪あがきしなぁ!」

蛇が飛び上がって向ってくる。
それに対して舞は動かない、いや動けないのか。

「ヒャハハハハハハハァッ!!」

ギュオオオオオオオオン
ギュルルルルルルルルル

ドカーンッ!

「が・・・・・はぁっ!」

突如轟音と共に猛スピードで回転しながら突っ込んできた物体に蛇男はもろに吹っ飛ばされる。
その物体というのは・・・。

「す、すみれさん?・・・と、栞も」

突っ込んできたのは未だ片側の塗装が剥げたままのNSX。すみれさんの車だ。

「え、えぅ〜・・・こんな運転、嫌いで、す・・・」

「大丈夫か?栞」

車から降りるなりくるくる回りながら倒れこんできた栞を抱きとめる。

「あ、祐一しゃ〜ん、無事れすか〜?」

「俺はおまえが無事かどうかの方が気になるが・・・。というかすみれさん、今、今まともに・・・」

「これくらいでくたばる相手なら苦労しませんよ」

「ちょ、ちょっと待てぇ!俺まで殺す気か!」

よく見れば止まって車はうずくまっている鮫島のぴったり横にくっついている。

「あ、直輝さんいたんですか」

「白々しいわぁっ!!」

確かに、絶対狙ったとしか思えない。
それほど見事にすれすれだった。

ちなみに直撃を受けた蛇男はぴくぴくしている。
まだ生きてはいる様だ。

「・・・・・っ!」

ぽいっ

「どわぁ!」

何かに反応したすみれさんが鮫島を車のこちら側に投げる。
その直後、地面が光ったと思うとさっきの黒マントの男が現れた。

「逃がしはせん」

「やっばー・・・」

すみれさんがスカートの中からトンファー(何故に?)を取り出して構える。
たぶんあいつが連中のボスだから、さっきの蛇男よりも強いらしいな。

「君も力の所為で迫害された口だろう。我らの下へ来る気はないか?」

「残念ですけど、私は紫苑様に忠誠を誓っていますから、紫苑様の興味のない事は興味ありませんし、紫苑様に有害な方は敵です」

「ならば退け、私と君では力の優劣は明らかだぞ」

「・・・・・」

ブロロロロロロロロ
キキィー

常識的な車の男がして、そちらに注意を向けると、この間のBMW。
東雲宗一郎の車だ。宗一郎と一緒に朱鷺先輩と綾香も降りてきた。

「・・・東雲宗一郎・・・」

「私が相手をしてやってもいいが?」

淡々と、それでいて相手を威圧する重みのある声で宗一郎がウィザードに話し掛ける。
緊張感が場に生まれる。

・・・・・・・・・・・・・・・

ズガァーーーンッ!!!

『!?』

沈黙を破ったのは、丘の上から滑り落ちてくる凄まじい轟音だった。
そちらに目を向けると、鎧の男が後ろ向きに滑っている。
いや、ただ滑っているのではなく、紫苑に押されているのだ。あれだけの体格差があるのに。

ズザザザザザザザザザザッ

「ぐぉおおおおおおおおおおお!!!」

ドカァーン

少し大きめの岩に激突したところでそれは止まった。
紫苑はぶつかる直前に飛び離れている。

圧倒的なパワーを見せる紫苑の姿に、その場にいるほとんどの人間が呆気にとられた。
しかしさらに、崩れ落ちた岩を退けて立ち上がった鎧の男に対しても同じ思いを抱く。

「さすがに強い。だがこの鎧を砕くには不十分だな」

「・・・・・」

「だがこのままではこちらも勝てない。正真正銘全力で行かせてもらおう」

ジャキンッ

鎧の一部が盛り上がって、そこから一振りの剣が出てくる。
鎧男がそれを右手に持って水平に構える。

「参る!」

そのままの形で紫苑に向って突進する。
重い鎧を身に着けているとは思えない速さだ。

ガシィンッ!

二人が交差する。
その際に何が起こったのか俺にはわからなかったが、次の瞬間、紫苑の左肩から鮮血がほとばしった。

「「紫苑!」」「姉さん!」

俺と先輩、綾香の声が重なる。
紫苑は半身を紅く染めながらも、悠然と立っている。
見た目ほど深手じゃないのか、ここからではよくわからない。すぐにでも駆け寄りたい衝動は三人とも同じだが、あの空気の中に入り込めるものじゃない。

「・・・ラフな格好でよかったわ。お気に入りの服に血が付いたら嫌だものね」

血に染まった左半身を一瞥してから、紫苑はゆっくり鎧男の方へ振り返る。

「さすが。致命傷には程遠い一撃だったか。だが、次はどうかな!」

また水平に剣を構えて突進する。
今度は交差せずに紫苑は高く飛び上がる。

ザシュッ

しかしかわしきれなかったのか、今度は足から血が流れる。

「その足ではこれ以上かわす事は出来まい。次で決めさせてもらう!」

三度目の突進。

「紫苑様!」

声は横から響いた。
いつの間にか車のところに戻っていたすみれさんが何か細長いものを紫苑の頭上に向って投げる。
その棒状のものに向ってさっきよりさらに高く飛ぶ。

シャッ

空中の紫苑の手に、夕日を反射するものがきらめく。
二つに分けられた棒の片方はすみれさんの手許に戻り、もう一方は光を発しながら紫苑の手に収まっている。

それは、普通よりも長めの刀だった。

「あれは・・・!まさか、東雲神村正!」

「その通り!紫苑様の愛刀、東雲家の象徴たる御神刀、東雲神村正(とううんじんむらまさ)です!」

キィーーーーーン

耳鳴りがした。
そして全身が圧迫されるような感覚。
つい最近、これと同じ様なものを感じた気がするが・・・・・。

思い出した。
ものみの丘の妖狐の長に会った時だ。
空間を何かに支配されている様な感覚。

「茶番は終わりよ」

「よかろう。東雲紫苑の本気、見せてもらおう」

おそらく最後になるであろう鎧男の突進。
それに対して紫苑は、緩慢にさえ思える動きで刀を振るう。

キィーーーーーーーン

一瞬高まった耳鳴り。
それと同時に二人が交差する。

「・・・・・」

「・・・・・」

ピシッ

スパッ・・・

「まさか・・・、この対能力者用特殊装甲の鎧がいともたやすく・・・。これが東雲紫苑の真の力か・・・」

鎧は真っ二つに切り裂かれ、中から出てきた筋骨隆々とした男は仰向けに倒れて気絶した。
その表情が満足げに見えたのは俺の気のせいだろうか?
一方、仲間である黒マントの男は苦虫を噛み潰したような顔をしている。

「・・・(あれが東雲神村正・・・。とてつもない刀だ。だが真に恐るべきは、あれほどの神気を発する刀を手にして平然としている東雲紫苑本人。それは即ち、やつ自身があの刀と同等以上の力を持っているという事。あれでさえ、まだやつは実力の半分も出していないという事か・・・!)・・・・・くっ」

「勝負はあった。大人しくしてもらおうか」

状況に少しも流されていない宗一郎があくまで淡々と黒マントに話し掛ける。
それに対して黒マントは、無言のまま消える事で答えた。
逃げたらしい。

途端にこの辺りの張り詰めた空気がすぅっと引いていった。

ひょいっ
しゅるるるるるるる
キンッ

「・・・・・」

紫苑が空高く投げた刀は、すみれさんの持つ鞘にピタリと納まった。
人間業じゃねえし・・・。

服がすっかり血に染まった紫苑がこちらに歩いてくる。

「紫苑!」

「姉さん!大丈夫ですか!?」

「大した事・・・」

その紫苑に誰よりも速く駆け寄っていたのは宗一郎だった。
大慌てで走っていった先輩と綾香よりも速い。

「大切な御身だ。もう少し大事に扱っていただきたい」

口調は変わらないが、いつもの冷たい印象が幾分か和らいでいる。
どうやらあいつが紫苑を好きだというのは本当らしい。

「はいはいはい、心配するだけで役に立たない方々は退いてください」

紫苑の周りに集まった三人を押し退けて、救急箱を持ったすみれさんが紫苑に寄っていく。

「ほらほら、手当てしますから、男衆はあっち向いてください」

そんなわけで俺や鮫島、宗一郎は反対側を向かされてしまった。
視界の端では、佐祐理さんが舞の手当てをしている。

「あ、紫苑様まだ下着着けてないんですか」

「・・・面倒なのよ」

「ふみゅ〜・・・傷は大した事ないですね。血は一杯出てますけど、切り口綺麗ですから痕も残らないでしょうし」

「紫苑さん」

後ろを向いたまま宗一郎が紫苑に声をかける。

「・・・何?」

「あの者達の追跡調査に関してですが・・・」

「好きにやりなさい。あたしは明日早いから、さっさと帰って寝るわ」

「早い、とは?」

「・・・・・朝練があるのよ」

 

 

 

 

 

 

 

すみれさんに聞いたところ、東雲家ではあの連中の事を調べていたらしい。
それであの日、すみれさんと宗一郎がやってきていたわけだが・・・、まぁ詳しい事情は俺にはわからない。
とにかくみんな無事でよかった、って事にしておこう。

んで、怪我くらい丁度いいハンデだと言って紫苑は体育祭のソフトボールの試合に出ている。

我らが一組、俺が見る限りでも女子で運動が得意なのは名雪と香里だけだ。
大丈夫なのかと思ったが、一回の表の守備では香里がまったく打たせずに三者三振。
そして裏の攻撃、名雪、香里と塁に出て四番紫苑。
第一球が投げられた折・・・。

「おら紫苑!勝負なら俺としろぉ!」

かきんっ

どごっ

「うごっ・・・!」

ファールボールが乱入した鮫島の顔面にクリーンヒット。
鮫島あえなくアウト。

しかし今のは明らかに狙っていた。
恐るべき打球のコントロール。

「・・・・・」

鮫島の惨状に唖然とする皆の視線の中で、紫苑は悠然と構えなおした。

結局一組は順当に勝ち上がり、決勝戦でソフトボールレギュラーが半分を占めるという優勝候補の三組と戦い、延長戦にもつれ込む激戦の末、おしくも破れた。香里は準優勝をして満足そうだった。
ちなみに、男子はバスケだったのだが、俺は余裕でさぼり、一組は初戦敗退だったらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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あとがき

五回連続で続きの話でした。
でもウィザード君は逃げちゃったし、この話はまだ続くわけだが、次からはまた別のエピソードだ。
またしてもとんでもない事件が・・・!
乞う御期待?

でもその前にしばらくお休み・・・。