あれから三日。
今のところ連中から仕掛けてくる気配はない。
諦めたか、それとも時期を窺っているのか。
このまま何事もなければいいのだけれど。

「・・・・・」

ぶんっ
かきんっ

そんな事よりも今は目の前の事に集中する。

あたしは名雪と香里に頼まれて、ソフトボールをやっている。
こうしたスポーツをやるのははじめてだわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

紫苑―SHION―
〜Kanon the next story〜

 

第二十三章 戦4・誘拐、激突!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今年のうちは最強よ」

名雪だよ。

なんだかものすごく久しぶりの出番な気がするよ。
ひどいよね、わたしこそいずれはこのSSのメインヒロインになるっていうのに。

「名雪!聞け!」

「おー」

香里が張り切ってるよね。
普段は落ち着いてるんだけど、時々熱くなるんだよ。
今回の場合は、去年も同じ事をやって一回戦負けだったんだけど、その事自体じゃなくて、それが原因でちょっとした侮辱を香里は受けた。
顔には出てないけど、間違いなく香里は怒っていた。
そして一年後の今、香里は復讐に燃えている!

「最初は最弱だって言ってたのにね」

「お黙り」

今年の体育祭でもソフトボールクラス対抗戦をやる事になったけど、うちのクラスはわたしと香里以外基本的に運動神経がよくない。しかもソフトボール経験は去年の体育祭がはじめてで、それ以来まったくやっていない人ばかり。
それじゃ勝てるわけないよねぇ。
でも香里はなんとしても勝つって言うから、助っ人を探したんだよ。
白羽の矢が立ったのは、先生の妹の紫苑さん。香里が最強を言い張るのは彼女が入ったからだよ。

「・・・・・」

「紫苑さん、ふぁいとっ、だよ」

「・・・・・ん」

「気合入れなさい!」

『おー』

気のない返事だね、みんな。
わたしも人の事言えないけど。

だけど、紫苑さんの運動神経はずば抜けていて、ルールさえ覚えてくれればこれ以上ない戦力だね。
打率めちゃめちゃ高いし、外野で守備範囲おそろしく広いし。

後は香里が投げて勝つって言うのが戦法かな。
わたしの足と紫苑さんの一発で点を取るんだよ。

「単純だね、香里にしては」

「何か言った?名雪」

「ううん、何も」

クールじゃない香里って、かわいいよ。
なんて言ったら結構照れたりして。

ちょっと目をそらすと、北川君が目に入った。
こっそり練習を見学してるんだね。北川君もこんな香里が見られてラッキーだね。

「何か考えた?名雪」

「ううん、何も」

ほんとにかわいいね、香里。

「目標は優勝!そのために練習あるのみ!」

『おー』

最後まで気のない返事のクラスメート達だったけど、練習は無難に進んだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

栞です。

今日も祐一さんと一緒で嬉しいです。
最近は名雪さんやあゆさんの妨害もないので、二人きりになれる機会が多いです。
でもやっぱりなんだかんだで邪魔は入るんですけど。

しかし!
今日は朱鷺先生も綾香さんも紫苑さんも名雪さんもお姉ちゃんも、そして何故か三日前からこちらにいる負け犬さんもみーんないません。
正真正銘の二人きり!
これは神様が与えてくれたチャンス!デートに誘うのです!

「祐一さん」

「お、佐祐理さんだ。おーい」

「・・・・・」

・・・神様を呪う方法って、誰か知りませんか?
どうして、ここぞ!という時に限って誰かに会うんですか!
そもそも祐一さんは女の人の知り合いが多いですよ!みんな美人さんですし・・・。特に佐祐理さんなんかを前にすると、自分がちっぽけに見えてしまいます。

「あははー、祐一さんに栞さん。今日はデートですかー?」

「え!?そう見えますか!?」

「ええ、見えますよー」

・・・・・・・・・・ほわ〜。

「違う違う、デートじゃない。帰る途中だよ」

祐一さん、照れてるんですね。そうですよね!そうに決まってます!そうだろこらっ!

「佐祐理さんの方は一人か?」

「そうなんですよー。最近なんだか舞が一緒にいてくれなくて、ちょっと寂しいです」

「どうしたんだ?あいつ」

「なんだかちょっと避けられてるって言うか・・・前に似たような感じの事があったような・・・」

「前にも?」

「はい」

・・・・・はっ!
私がトリップしている間に何やら祐一さんと佐祐理さんが親しげに会話を。
何かと思って聞き耳を立てると、舞さんの事を話していました。
ちょっと安心。

「もし、そこの方々」

と、道を通りかかった人が私達に話し掛けてきました。
なんだかちょっと二枚目でかっこいい人ですね。祐一さんには劣りますけど。

「少々道をお尋ねしたいのですが・・・」

「あははー、構いませんよ」

「では、この地図を・・・」

そう言って男の人は私達に一枚の紙切れを見せる。
紙にはこの街全体の地図と、そこから少し離れた場所にしるしが付いていました。
ここで道を尋ねるにはあまりに不自然な場所です。

違和感を感じていると、自分の体がまったく動かない事に気付く。
体が動かないだけでなく、声も出ない。
唯一機能している目と耳を使うと、祐一さんと佐祐理さんも同じ状態みたいです。

「大人しくしていれば危害は加えない。相沢祐一と倉田佐祐理、私とともに来てもらおう」

男の人が手をかざすと、祐一さんと佐祐理さんの体が糸の切れた人形の様に崩れ落ちる。
それから二人の体は重力を無視して浮かび上がった。

何が起こっているのか、私の理解の範疇を超えていました。

「さて、君には伝言役を務めてもらおう。この場所へ来るよう、東雲紫苑と川澄舞に伝えろ」

そう言って男の人は私の手に先ほどの紙を握らせる。

「素直にやってくれば、大切な人間が傷付く事はない、そう言っておくがいい」

一瞬光に包まれたかと思うと、男の人の姿も、祐一さんと佐祐理さんの姿も綺麗さっぱり消えていた。
そして私だけがその場に取り残される。周りを見回すと、たくさんの人がいる。でも誰一人今起こった事を見ていなかったらしい。

「ど、どうしましょう・・・?」

ちょっと迷う。

考える。

決める。

「とりあえず、紫苑さんと舞さんを探さなくちゃ」

よくわからないけど、何か大変な事になったみたいです。

 

 

 

 

 

 

 

 

練習を終えての帰り道。
三日前の一件以来気になっていた事を確かめようとある場所へ向う。

「・・・・・」

目的の場所に辿り着くと、目当ての人物が出てきたところだった。

「・・・・・」

「・・・・・」

互いを認識すると、無言で対峙する。
それから二人で歩き出した。

たぶん祐一辺りが見たら、おまえらそれでコミュニケーション取れてるのか、とか聞かれそうね。
でも、何も言葉だけが会話の手段というわけじゃないし。
とはいえ、難しい会話をするにはやはり言葉を使う事になる。

「・・・最近、変わった事はあった?」

「・・・・・どうして知ってるの?」

「あたしのところにも来たわ。たぶん、同じ相手」

「・・・何者なの?」

「こっちが知りたいわ」

やはり、あのウィザードとか名乗った男は舞とも接触していたようね。
この街にいる人間の中で一番見つけやすい能力者と言えば、まず舞だから。
もう一人の彼女は、少し特殊だから、簡単には見付からないはず。

確認は出来たけど、それ以上はまだわからないか。
けど少なくとも舞の様子からすると、あいつはもう一度舞と接触するはずね。

「あ!見付けました!舞さん、紫苑さん!」

道の向こうから栞が大慌てで走ってくる。
あの様子からすると、何かあった?・・・・・まさかっ。

「た、大変です!祐一さんと佐祐理さんが誘拐されちゃいました!」

「・・・っ!」

がしっ

とりあえず、走り出しそうになる舞を掴み寄せて栞のもとに向う。

「・・・説明して。何があったの?」

「実は、かくかくしかじかで・・・」

特徴が一致する。
あの男か。

「お二人にここに来いって・・・、どうしましょう?」

人質を取られた以上、行くしかない、か。
対策を考えてる時間もない。

「栞」

「は、はい」

「朱鷺か綾香を捕まえて、今日は遅くなるかもって伝えておいて」

伝言を頼んでから、あたしと舞は地図に記された場所を目指した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目が覚めたら見知らぬ場所だった。

「どこだ?ここは・・・」

縛られたりしているわけでもないのに、体の大半が動かない。
数少ない動く部位、頭をめぐらすと、横には佐祐理さんが同じ様に座っていた。
どうやら俺と同じくらいに目を覚ました様だ。

「あ、祐一さん、おはようございます」

「おはよう・・・、って佐祐理さん、今の状況わかってる?」

「はぇ?」

言われて佐祐理さんは周りを見回す。
俺もそれに習った。

街から大分離れた郊外らしい場所の丘の上。
男が三人。一人は黒いマントをつけた、さっき俺達に声をかけてきたやつ。一人は蛇みたいなやつで両腕にかぎ爪をつけている。三人目は全身を西洋風の鎧で包んだ大男だった。

「目が覚めたか?気分はどうだ?」

「最悪だな」

誘拐されてきていい気分なやつがいるものかよ。

「あははー、ちょっと寝起きでぼーっとしてます」

佐祐理さんはいつもとあまり変わらんな・・・。

「呑気だな、佐祐理さん」

「慌てても仕方ありませんよー、祐一さん。座して助けを待ちましょう」

「そうしていろ。おまえ達は目的の者達を呼び寄せるための餌に過ぎん。手荒な真似をするつもりはない」

「誘拐という行為は手荒な真似じゃないのか?」

「許容範囲だ」

おまえが決めんなよ。そんな範囲。
何なんだこいつら?目的の者達とか言ってたけど、お嬢様の佐祐理さんはともかく俺なんか攫ってどうする気だ?
俺と佐祐理さんに共通と言えば・・・、まさか舞か?

「へへへっ、お客さんがお見えだぜ」

蛇顔の男が丘の下の方を見て言う。
そちらからやってくるのは、遠めでもよくわかる紫苑と舞だ。

「おい、東雲紫苑はやっていいんだな?」

「好きにしろ」

「この様な形は好かんが、致し方ない。東雲家当主の力、とくと見せてもらおう」

蛇の男と鎧の男が二人の方へ向っていった。
俺みたいな素人の目にもわかるほどに、あの二人はやばい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

丘の上に祐一と佐祐理、それにウィザードを名乗る男。
こちらに向ってくる相手が二人。一人はこの間の蛇男と、もう一人ははじめて見る鎧の男。

「けっ、この間のメイドさんはいねえのか。まぁいい、あのメイドの余裕面も気に食わないが、てめえのその澄まし面は百倍気に食わねえ。その面ずたずたに切り刻んでやるぜぇ!」

近づくなりあたしに飛び掛ってくる蛇男。
かぎ爪を振りかざして攻撃してくる。

がっ

「な・・・っ!」

ズドンッ!

間合いに入った男の頭を鷲掴みにして、勢いそのまま地面に叩きつける。

「・・・おまえ達の茶番に付き合うほど暇じゃない。祐一と佐祐理は返してもらう」

舞の方はすぐにも丘の上へ駆け出しそうな体勢だが、仁王立ちしている鎧の男が気になって前に進めないでいる。

「こちらとしても、この様なやり方は本意ではない」

悠然と立っている鎧の男が口を開く。

「だが、東雲家に動かれた以上時間がないのでな。私が用のあるのは東雲紫苑だけだ。川澄舞は通るがいい」

「・・・・・」

「・・・舞、行って」

舞は黙って頷くと、まだ鎧の男を警戒しつつ、丘の上を目指す。
あたしは邪魔な蛇男を横に除けると、鎧の男と対峙する。

「私の事は、アーマーナイトと呼んでもらおう」

「・・・女と争ってナイトが聞いて飽きれるわね」

こいつ、蛇男に比べると幾分はデキるか。

「参る!」

ガシャガシャガシャッ

鎧の音をさせながら男が突進してくる。
しかし、重い鎧ゆえに動きは遅い。

「むんっ!」

ドカッ!

一瞬前まであたしが立っていた地面が陥没する。
上手いわね。自分の力と鎧の重みとを使って最も強力な一撃を繰り出している。

ヴンッ グオンッ!

風を切る音が何度も響き渡る。
確かに一撃一撃は協力だけれど、当たらなければ意味はない。

「・・・・・むっ!」

ヒュッ

拳の合間を縫って懐に入り込む。
体格差がある以上、遠距離ではこちらの攻撃は届かないけれど、逆に密接すれば向こうは攻撃しづらい。

ドンッ!

ズシャァァァァァァァッ!

がら空きの腹部に一撃を叩き込む。
どれほど硬い鎧であっても、それを通して直接中に衝撃を与えれば、意味はなくなる。
十メートル以上地面を抉っていった鎧の男を尻目に、舞の後を追って丘の上を目指す。

 

 

 

丘の上では舞とウィザードが向かい合っている。
声は聞こえないけれど、話の内容は想像が付く。
さらに近づくと、会話も聞き取れた。

「我々の下に来る気はない、という事か?」

「・・・佐祐理と祐一と放して。話はそれから」

「答えを聞けば開放する」

この様子だと、話は平行線の様ね。

「ウィザードと言ったわね」

「東雲紫苑か。勇んでいったわりにあの二人も不甲斐無い。・・・いや、そうでもないか」

「・・・・・」

後ろに視線を返すと、蛇男と鎧男が立っていた。
さっきまでとは発している気迫が違う。

「我々は全て能力者の集団だ。当然あの二人も並の使い手ではないという事だ。クロウもアーマーナイトも特殊な能力はないが、身体能力を高める術に長けている。さらにアーマーナイトの鎧は対能力者用特殊装甲、並の攻撃は受け付けない」

これからが本領発揮、という事ね。

「もう頭に来たぜ・・・マジで殺す」

「本気で行く。悪く思われるな」

相手は三人。
こっちは二人。
面倒な事だわ。
もうすぐ日も沈みそうだし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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あとがき・・・