みなさま、こんにちは。高梨すみれです。
今私の目の前に蛇みたいな雰囲気の男の方がいます。
名前はクロウ。両腕にはかぎ爪をつけて、い〜やらしい目つきで私の事を見ていますねぇ。
まぁ、私の事はどうでもいいんです。
それよりもこの男、どうやら本来の狙いは紫苑様らしいですね。それだけでも許しがたいというのにこの男、さっきから聞いていれば、まるで紫苑様と対等のつもりらしい態度。はっきり言ってふてぶてしいと通り越して思い上がりもいいところです。
少し身の程を思い知らせる必要があるみたいですねぇ。私はスカートの中から鋼鉄製のトンファーを取り出して両腕に装着する。
え?なんでそんなものがあるのかですって?
嫌ですねぇ。メイドさんのスカートの中には武器が隠してあるのが常識じゃありませんか。(・・・そんな事ないと思うけど)
後ろで紫苑様が視線でツッコミを入れてきますが気にせず参りましょう。
この蛇男さんに世間の礼というものを叩き込んであげます。
紫苑―SHION―
〜Kanon the next story〜
第二十二章 戦3・東雲家の事情
最初は完全に舐めた態度だった蛇男だけど、さすがにすみれの取り出したトンファーを見て、相手が普通のメイドじゃない事に気付いたみたいね。それでも自分の方が強いと思っているみたいだけど。
「くくくっ、いいぜぇ、ただ従う女はつまらねえ。精一杯抵抗した後での絶望に満ちた顔を見ながら殺すのがたまらねえんだぁ」
馬鹿ね。
直輝とは種類が違うけど、相手と自分の実力を正確に測れない者は弱い上に馬鹿。「しゃぁっ!」
自分ではそれに気付かない男は体を低くしてすみれに向って走る。動きはそれなりに速い。
それに対してすみれは動かずにトンファーを装備した両腕を前に出して構えている。「うっひゃひゃひゃひゃっはぁっ!」
蛇男が両腕につけたかぎ爪を振りかざし、普通の人間ではおそらく目にも止まらないであろう速さで攻撃を仕掛ける。
爪に反射された光が無数の軌跡を二人の周囲に作り出す。それがまるで鉄の檻がそこにあるかの様に感じさせるほどの速さだった。
けれど・・・。「・・・遅い」
ほんの一分あまりの間に百発近い攻撃を繰り返したにも関わらず、すみれの体には傷一つついていない。
全ての攻撃はすみれのトンファーに受け流されている。どんな攻撃も当たらなければ何の意味もないもの。やがて埒が開かないと思ったか、蛇男は一旦離れる。
そこで体勢を整えようと思ったのだろうが、バク転をして着地した時、男は既にすみれの姿を見失っていた。「遅いですよぉ」
ガツッ
トンファーの一撃が男の体にヒットする。ガードする暇もなく男が数メートル後ろへ飛ばされた。
手加減をしたのだろう。ダメージは大きくなく、男もすぐに体勢を立て直す。すみれのやつ、すぐに終わらせる気はないみたいね。
たぶん、この後の仕事の事は綺麗さっぱり忘れているわね。
仕方がないのであたしは、宗一郎に電話して仕事の方を頼んだ。
それから三十分あまり。
同じ様な攻防が幾度も繰り返されたけれど、男の攻撃は一度足りともすみれには当たらず、攻め疲れた男が圧倒的に消耗していた。「ぐ・・・このアマぁ・・・!」
「思った以上に弱いですね。参考なまでに言っておきますけど、私はまだまだ本気じゃありませんよ」
力の差は歴然ね。
蛇男もまだ切り札を隠し持ってはいる様子だけど、その分とすみれのまだ出していない力を比べても、確実にすみれが上を行っている。「さてと、そろそろ身の程を思い知らせてさしあげましょうか」
「舐めんなよ女。こうなりゃ俺様も本気で・・・」
「その必要はない」
「「!?」」
「・・・・・」
あまりにも唐突に出現した気配に、すみれと蛇男が同時に驚く。
あたしは直前に察知していたから特に動じなかったけれど、空間転移なんて能力の持ち主がいるとはね・・・。現れたのは、蛇男とは対照的に知的な印象の青年。ローブ姿が魔法使いを連想させる。
その青年の出現で、場が硬直状態になる。
この男、蛇男の比じゃない。「東雲紫苑と、その従者殿かな」
「その通りですけど、まずはご自分が名乗るべきですね。こちらにおわす方がどなたかご存知なのでしょう」
「私の名は、ウィザードという。だが東雲当主に対する礼儀は持ち合わせていない」
「物腰は丁寧ですけど、態度の無礼さはそちらの人といい勝負ですね」
悪態をつきながらもすみれは先ほどまでと打って変わって構えに油断がない。
それだけこの男を警戒している。「・・・人から狙われる憶えはいくらでもあるけど、理由もわからずに襲われるのは気に食わないわ。あなた達、何者?」
回りくどい話をする気はないので単刀直入に聞く。
果たしてどう答えるか。「一言で言えば、救済者に付き従う者」
「救済者?」
「我々、人ならざる力を持った者達、その力ゆえに世間から迫害されて生きてきた。そんな世の中を変え、世界を正しき方向へ導くお方に仕えている」
「そのために力ある人達を集めている、という事ですか?」
「そうだ」
「その割には、少々品性に欠ける人がいるようですけど」
「んだとぉ・・・!」
ウィザードを名乗る男が現れてから沈黙していた蛇男がすみれの言葉に怒気を現すが、男の方の視線を受けて再び押し黙る。上下関係があるわけではなさそうだけれど、力の差がある事は互いにわかっているみたいね。
「我らと同じ志を持つ同志を集め、我々を迫害した者達を粛清し、理想郷を作り上げるのだ。そのために、あなたの力もお借りしたい」
「正気ですか?それは力ある者の管理者たる東雲家に対するれっきとした叛逆行為ですよ。それを東雲神宮宗家(とううんじんぐうそうけ)の後継者たる紫苑様に誘いの声をかけるなんて」
「だからこそだ。我々にとっての最大の敵は東雲家だが、その次期当主の理解を得れば、理想へ大きく近づけると判断した」
「そんな滅茶苦茶な・・・」
「・・・・・」
「返答やいかに」
「・・・・・同情はする。けど、成そうとしている事に興味はない」
「そうか、残念だ。今日のところは失礼するが、次に会ったら敵同士かもしれん」
「・・・けっ!そんときこそ八つ裂きにしてやるぜ」
捨て台詞を残して二人は去っていった。
完全に気配が消えた事を確認してから、すみれも構えを解いた。「よかったんですか?行かせても」
「・・・帰るわよ」
「はぁ・・・、あ!仕事!」
「宗一郎に頼んだわよ」
「あ、あはははは・・・」
乾いた笑いをしながら先に歩き出したあたしの後をすみれがついてくる。
今からなら夕方には向こうに帰れそうね。「あああーーーっ!!!」
突然の悲鳴。
すみれの視線を追うと、あたし達の乗ってきた車に、かぎ爪か何かで引っ掻いた様な傷がついていた。「私のNSXがぁーーーっ!!!
三本爪なので読みにくいが、車の横腹に“KILL YOU”と書かれていた。
「あぁんの蛇男ぉ!今度会ったら、殺す!」
そう言ってすみれは取り出したナイフで引っ掻き傷のある辺りの塗装を削り落としていく。
見た目が悪いのはわかるけど・・・。「いいの?」
「どうせ修理費なんてほとんど変わらないわよっ!」
口調が変わっている。
と言っても、幼馴染であるあたしとすみれの間に元々遠慮などなく、彼女はこっちの方が地なのだ。
あたしは主で、彼女はメイドという主従の立場をはっきり示す必要があるとはすみれの言。
形にこだわるやつなのよね。
例の男が帰っていってしばらくしたが、俺達はまだ建設中のビルの近くにいる。
どうにも落ち込んでいるのか、その場を動かず、しかも万年おしゃべりのくせにさっきから一言も話さない朱鷺先輩の事が皆気になっているのだ。
綾香は綾香で何を言えばいいのかわからない様で押し黙っているので、どうにも話が進まない。ブロロロロロロロロロロォ
と、道の向こうからけたたましいエンジン音が近づいてきた。
視線を向けると、オープンタイプのスポーツカーが爆走してくる。
そして何故か回転しながら俺達のいる場所へ・・・。「って、うわぁっ!!」
「ぐをぉっ!!」
円になっているメンバーの一番外側にいた俺と鮫島は危うく轢かれるところだった。
それほどギリギリの場所でその車はピタリと止まる。
何故か片側の塗装がごっそり剥げている奇妙な車だったが、それ以上に驚かされたのはそこから降りてきたやつが紫苑だった事だ。「・・・・・?」
「紫苑そこを動くなぁっ!!」
ぺしっ
前口上もなしに躍りかかった鮫島は、あっさりと叩き落とされて、一秒で通算52敗目を挙げた。
「・・・どうかしたの?」
今の俺達の状況を見て訝しがった紫苑が聞いてくる。
確かにあったと言えば、あった。そして一番ショックを受けたらしいのが先輩であり、それがすぐにわかったのか、紫苑も先輩の方を少し心配げに見ている。
ちなみに心配げと言っても、こいつをよく知らないやつが見てもただの無表情にしか見えないだろうが。「あ・・・!」
その様子を傍観していた車の運転手のメイドさん(何故メイドさん?)が声を上げる。
紫苑が彼女の方を振り返ると、メイドさんは気まずそうな表情をする。「あ〜え〜、実は〜ですね・・・、そこのビル、東雲家が建設に関わってるんですけど・・・・・今日、宗一郎様がいらっしゃってたはずなんですよ・・ね」
「・・・っ・・・・・綾香・・・」
「・・・宗一郎様に、お会いしました・・・」
「・・・いつ?」
「あんたが電話してきた時よ」
綾香と先輩の言葉を受けて、紫苑は口元を押さえながらバツの悪そうな顔をする。
紫苑のこういう表情を見る事は滅多にないんだが。
三人姉妹の間に気まずい空気が流れる。俺が知る限りこの姉妹の間にこうした雰囲気が漂うのははじめてな気がする。「・・・はぁ〜〜〜〜〜」
先輩が大きな溜息をつく。
「結局また、私一人浮かれてたのね・・・」
「・・・・・」
「最初に家を出た時もそう。あんたが背中押してくれて、あんただけがあの嫌な家に残ってさ」
「・・・・・」
「ねぇ、紫苑。そりゃ私は、身勝手で、グータラで、頼りないやつだけどさ、こんなでもあんたの姉さんなんだから・・・、一人で溜め込んだりしないで、もっと頼ってよ・・・」
「・・・・・うん」
気まずい空気はやがて、暖かい雰囲気に変わっていく。
やっぱりこの姉妹は仲がいい。時々すれ違う事があっても、すぐに仲直りも出来る。「やれやれ、一件落着ですね」
車から体を乗り出して、メイドさんが安心した様な声を出す。
そういえば、この人はどちらさんなのか?「あ、申し遅れました。私は東雲家に仕えるメイドで、高梨すみれと言います」
「高梨・・・?ああ、あいつが言ってた人か」
「あいつって、宗一郎様ですか?」
「紫苑との連絡は普段は高梨を通すとか・・・」
「確かにそうですね。紫苑様の連絡先を知ってるのは、本家では私だけですから。他の方々に知られると何かと面倒なんですよ」
面倒、って。連絡先がわからないともしもの時に困るんじゃ?
というか、何がどう面倒なんだ?「何がどう面倒なんだって顔ですね。相沢祐一さん」
何故俺の名前を?
「何故俺の名前を、って思いましたね」
な、何故俺の考えている事が・・・?
「祐一さん、声に出ています」
・・・うぐぅ。
「まぁ、東雲家にも色々と事情がありまして。聞きたいですか?」
込み入った事情みたいだし、人様の家の事情を興味本位であれこれ聞くのは悪いだろうな。やっぱり。
「聞きたくないんですか?」
「・・・いや、えっと・・・」
「聞いてみませんか?」
「・・・・・」
「興味ありますよね」
「・・・話したいんですね」
「はい♪」
別に隠しておいても仕方がない、そう言って一応紫苑に確認を取るような視線を投げかけてから俺達の方へ向き直る。
「と言っても、何から話したものか・・・。何から聞きたいでしょうか?」
「えっと・・・、素朴な疑問なんですけど、その車の状態は一体・・・?」
さっきから気になっていた事だったのだが、言ってから俺は聞いた事を後悔した。
すみれさんの全身からドス黒いオーラが立ち昇っているのをはっきりと見てしまったのだ。「うふふふふ、気になさらないでください。この報いは必ず受けてもらいますから」
先ほどまでの温厚で人懐っこい雰囲気から一変、般若の形相になっている。
はっきり言って、怖い。「え、えっと・・・、そうだ!あの宗一郎さんというのはどういう方なんですか?」
栞が別の話題を振ると、黒いオーラは一瞬で消え去り、元の笑顔が飛び出した。
「宗一郎様ですか・・・うーん、もしかして宗一郎様、何か仰りました」
「言った」
「言いました」
「・・・言った」
「言いやがった」
いつの間にか復活した鮫島も加わって、皆で思い切り敵意を込めてそう言った。
それを聞いたすみれさんは苦笑している。「やっぱり・・・。ああ、でもあまり宗一郎様の言葉は間に受けない方がいいですよ。あれで根はいい人ですから」
「「「「どこが?」」」」
俺、栞、舞、鮫島の声がハモる。
「宗一郎様は、現当主、御宗家の嫡孫に当たられる方で、東雲家の次期当主候補の二番手なんです。実質上、東雲家の事業の統括をしていて、その責任感と威厳を保つために、表向きは人によっては高慢とか横柄に思われる態度なんですよ。ですから、その言動の多くは本心からのものではないんです」
本当かよ。
どうにも敵意の様なものを感じた気がするんだが・・・。「ああ、でも、みなさんに対しては本当に対抗心があるかもしれませんね」
「どういう事だ?」
「簡単です。みなさん紫苑様のお友達ですから」
「俺は友達じゃねえ」
鮫島の言葉は無視。
「やきもちですね。たぶん」
「やきもち?」
「あ、もしかして宗一郎さんって、紫苑さんの事好きだったりするんですか?」
「「そうなの(ですか)!?」」
これに一番驚いた声を発したのは先輩と綾香だった。
信じられないという思いのこもった声だったな。「本当ですよ。プロポーズまでしてますし」
「わぁ、プロポーズですか」
「・・・・・」
「あははー、それはそれは」
「もっとも、12連敗中ですけどね」
「・・・最初の時ははじめて会った時、あいつが十六であたしが五才の時だったわ」
「・・・・・」
・・・ロリコンか?
「紫苑!あの男だけはぜぇったいに駄目よ!」
先輩は心底あの男が嫌いなんだな。
紫苑の方はどうでもいいらしいが。しかしそんな事よりも疑問に思う事があった。
「今、宗一郎が当主候補の二番手って言いましたよね?」
「言いましたよ」
「で、紫苑が一番なんですか?」
「はい」
どうにもおかしな話に感じているのは俺だけじゃないだろう。
「それよ!紫苑、あんた本気で家を継ぐ気なの!?」
和んでいた先輩の表情が再び固くなっている。
「ええ」
それに対して紫苑は少しも表情を変えずに即答した。
あいつにしては珍しく、はっきりとした返事だった。「なんでよ!あんたもうろくジジイの戯言なんか聞く事ないでしょう!」
話が見えずにすみれさんに視線を戻すと、隠すことなく話してくれた。
「少し長くなりますが」
そう前置きして、すみれさんは東雲家に関する事を話し始めた。
「東雲家というのは、表向きこそ一介の大富豪ですけど、その実は、数百年の昔から力ある者の管理をしてきた一族の流れを汲んでいるんです。あ、信じられない部分は聞き流してしまって構いません。東雲家、としての形になったのは江戸時代初期の頃、それ以来現在まで二十四代、紫苑様が継がれれば二十五代目となります。
それが前置きで、現在の状況としては、御宗家に十八人のお子様がいらっしゃって、ご長男のご長男が宗一郎様。十八人目、末の娘が紫苑様方のお母上様に当たります。お母上様には大きな力もなく、一族の中では誰からも評価されておられなかったようで、その上、最初にお生まれになった朱鷺様は一切の力をお持ちではありませんでしたので、肩身の狭い思いをされていたそうです。この辺りは私も聞いた話ばかりですが。
それが変わったのは、朱鷺様がお生まれになった次の次の元旦・・・、紫苑様がお生まれになりました。生れ落ちたその瞬間から、紫苑様は一族の誰よりも強い力をお持ちでした。そして、御宗家じきじきに紫苑様を後継者となされたのです」「・・・・・」
「とりあえずこんなところです。他にも色々と複雑ですが、全ての根底にあるのはこうした事情です」
生まれた時から、紫苑は東雲家の次の当主として決まっていた、ということか。
先輩が怒るのがわかる気がするな。本人の意思を無視してると言いたいのだろう。「朱鷺」
「・・・何?」
「最初はそう。けどあたしは、自分の意思で東雲の名を継ぐと決めたわ」
「・・・そんなもの、好んで継ぐものでもないでしょうに」
紫苑にそう言われては、先輩も反対も出来ない様だ。
これに関しては俺達からは何も言えないな。事情を話してもらったとはいえ、東雲家の問題からすれば俺達は部外者だ。その日はそれ以上話す事もなく、日もすっかり傾いていたので解散した。
少し気まずそうな雰囲気はまだあったが、帰り道の三姉妹は、いつも通りの様で安心した。
あとがき
・・・・・