ゴォオオオオオオオオオオオオオ

ズキュゥウウウウウウウウウウウウン

キキィイイイイイイイイイイイ

・・・・・別に戦争中なわけじゃないわ。
只単に車に乗っているだけなんだけど・・・。

「・・・せっかくだからもう少し景色を楽しませてほしいものだわ」

普段は出ないようなぼやきが思わずもれる。

「え?何か仰りましたかー?紫苑様ー!」

「・・・何でもないわ」

オープンカーだから小声ではまるで聞こえない。
これだけの猛スピードを出しているのに捕まったりしないのは、車のボンネットにでかでかと東雲家の家紋がついているから。警察なんてそんなものね。

ちらりとバックミラーを覗き込む。

「・・・・・」

気のせいじゃなかったわね。

これだけのスピードで、次から次へと車を追い越しているのに、十数分前に見たバイクがまた後ろを走っている。明らかにつけてきてる。

直輝じゃないわね。あいつは前に同じ様にすみれの車の後を追いかけようとして五分で根をあげてたから。
何者かしら?立場上人からマークされる事は考えているけれど、すみれの車を追ってこれる相手となるとそうはいない。

「・・・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

紫苑―SHION―
〜Kanon the next story〜

 

第二十一章 戦2・来訪者達

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「申し訳ありません紫苑様。先方がどうしても当主に会わせろと言うもので。他の方もほとんど出払っていて・・・」

「・・・・・」

ちょっとした取引先の相手ともめたらしい。
それで相手の方が東雲の当主に会わせろといい、たまたま他に当主の代理人の務まる人間がいなかった。だからあたしに頼み込むためにすみれを頼ったという事。
そしてこうなっている。

「約束の時間までまだ時間がありますね。お茶でも飲みましょうか?」

「・・・そろそろ出てきたら?こそこそする人間は嫌いよ」

「?」

いい加減付きまとわれるのが面倒になる。
ましてや相手は普通と違う。

「けっ、さすがだな。俺様がつけてる事に気付いてやがったか」

当たり前だわ。
かなりあからさまだったもの。見つけてくれと言わんばかりに。

「なぁに、そっちの都合のいい場所がよかったんでな。こっちとしても目立ちたくねえ」

「ふぅん、目立ちたくないという事は、あなたの単独行動ではないという事ですねぇ」

「おっと・・・」

声のする方へ振り向くと、やせた蛇の様な男が立っている。
全身から発する気配は、普通の人間とは明らかに違う。
その男が口が滑ったとでも言うように口元を押さえていた。

「まいったな・・・。こいつはまだ喋っちゃいけねえんだがなぁ」

そう言う割には意図的なものを感じる。

「ご当主は口が堅そうだが、そっちのメイドさんはなぁ」

蛇の男がすみれを値踏みするように見る。
はっきり言って、嫌いなタイプだわ。

「東雲紫苑はまだ殺っちゃならねえんだが、他の人間なら問題ねえんだよねぇ。メイドさん、口が軽そうだしなぁ」

そういう事。
要するにこの男は、血を見て喜ぶタイプの人間だわ。
典型的な快楽殺人者。

「綺麗な女をばらすのはやっぱいいよなぁ。野郎を殺ってもつまらねえ」

「あら、綺麗だなんて、なかなか口がお達者なようですね」

すみれはというと、普通。
と思ったけれど・・・。

「紫苑様、やっちゃっていいですか?」

「・・・好きになさい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・舞。

さっきから誰かの視線を感じる。
何者かはわからないけど、普通の人間のものじゃない。
私は佐祐理達に迷惑が掛からないように店を出て、人気のない裏路地に入った。

「・・・・・」

「聡明なお嬢さんで助かる。こちらもあまり人目につきたくはないのでな」

「・・・何者?」

「私の名は、ウィザードとでも憶えておいてくれればいい」

ウィザード、魔法使い?
何かが引っ掛かる。その答えはすぐに相手の口から発せられた。

「私も君と同様、特殊な力の持ち主だ」

「!」

私の事を知っている!

嫌な記憶がよみがえる。
この力の所為で、町を追われた記憶。

「・・・・・」

「私は、我々は、そうした力の持ち主達の集まりだ」

「・・・集まり?」

他にも、同じ力を持った人達が?

「君にもわかるだろう。我々は世間から迫害されて生きてきた存在だ」

「・・・・・」

「だが私は思う。我らこそ、今の腐敗した世界を救うべく、天より授けられた力を持って世界を救済すべきものではないのかと。かつて中世の頃、同じ様に力を持った者達は、権力者に魔女狩りと称して虐殺された。だが今度はそうはいかない。我らこそが世界を導く存在となるのだ」

「・・・・・」

「君も我らの仲間となれ。我らの盟主と共に世界を導こう」

「・・・・・」

わからない。
この男が何を言っているのかわからない。
でも、その言葉を否定する事が出来ない。

「返事はいずれ聞きに来よう。ゆっくり考えて欲しい」

裏路地の闇に溶け込むように、ウィザードの姿は消えた。

「・・・・・っ」

手の平を見ると、汗を握っていた。
同じ力?あいつ、私よりもはるかに強い力を持っている。

・・・私は、どうすればいい?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺達は百花屋を出た後、駅前に出ていた。
バイト時間が終わったと言うので、佐祐理さんも一緒だ。
さらに途中でどこへ行っていたのか、舞も合流した。

「?舞、どうかした?」

「・・・なんでもない」

佐祐理さんが少し心配そうに舞に尋ねる。
俺には普段どおりに見えたが、長い付き合いの佐祐理さんだけが感じ取れる変化があったのだろうか。

ともかく、俺達は七人の集団に膨れ上がって歩いている。

「あ、あのビルも大分出来てきましたね」

「あははー・・・そうですね」

あのビルというのは、駅前に最近建設され始めたらしいビルの事だ。
俺が来た頃にはもう半分くらい出来ていたが、もう本当に完成間近という感じだった。
しかし、佐祐理さんの笑いがちょっと乾いていたような・・・。

その理由はすぐにわかった。
ビルの前を通りかかったとき、丁度そこに黒い車が止まっていた。

「ほほう、ベンツね。どこかのお偉いさんかしら?」

「あ・・・!」

「む・・・」

その車に乗ろうとしていた中年の男と、佐祐理さんの目が合うと、二人とも互いに反応する。
はて?この人どこかで見たような・・・。

「街のポスターじゃないですか?議員さんですから」

疑問符を浮かべる俺に栞が耳打ちをする。
ああ、そうだ、確か名前は倉田・・・・・倉田?

「・・・・・」

「・・・・・」

二人はしばらく見合っていたが、やがて男は何も言わずに車に乗り込む。
周りの人間は佐祐理に一礼をして同じく車に乗り込み、そのまま去っていった。

「佐祐理さん、今の・・・?」

「・・・あははー、実はお父様です」

やっぱり。
家出中の佐祐理さんとは顔を合わせずらかったろう。お互いに。

お、もう一台車があったのか。
これまた左ハンドルで、BMW・・・。まったく金持ちってやつは。

「あ・・・!」

今度は綾香が声を上げる。

「どした?綾香。あの車知ってるのか?」

「は、はい・・・」

「そうなの?綾香」

朱鷺先輩は知らないらしい。
綾香が知ってて先輩が知らない事というのは珍しいかもしれない。
少し強張っていた綾香の表情が、その車のところへ歩いてきた男を見てさらに硬くなる。それは先輩にも同じ事が言えた。

男もこちらに気付いて、周りの人間を制して歩み寄ってくる。
背の高い黒スーツの男。知性と野生を併せ持った様な整った顔立ちは狼を連想させる。かと思うと、ごく身近な人間に面影が似ている様にも感じた。
身のこなしに隙がなく、存在感も大きい。素人目にも、あらゆる分野で只者じゃないと感じられる。

「お久しぶりだ、綾香さん。それに・・・朱鷺さんも」

印象どおりの落ち着いた、低い声で二人に話し掛ける。
他の人間は眼中にない、どこか人を見下した様な態度に少しカチンとくる。

「お、お久しぶり・・です、・・・宗一郎様・・・」

「・・・・・」

少し相手に怯えながら綾香が挨拶を返す。
先輩は目を反らしている。

「綾香、この人は誰だ?」

「え、えっと・・・」

「東雲宗一郎。私らのいとこ。陰険で高慢で根暗な嫌な奴」

明らかに棘のある言い方で先輩がその男を紹介する。
確認するまでもなく先輩はこの宗一郎という男が嫌いらしい。

そういえば前に家の事でどうとかいうのを聞いた事がある。
その関係だろうか?

「あんたこんなところで何してんのよ?」

誰とでも明るく接する先輩だが、宗一郎に対しては態度がまったく違う。
先輩の新しい一面を見たな。

「仕事ですよ。内容に関しては、知る必要もないでしょう」

「そうね。知りたくもないわ」

宗一郎の方はあくまで淡々とした口調で話す。
そんな態度が気に食わないのか、先輩が少しいらいらしている様にも見えた。

「・・・それにしても・・・」

そう言って宗一郎が俺達他の人間を見渡す。
感情の感じられない、冷めた目で、少しぞっとする感じだ。

「何よ?」

「いや、別に」

「その含みのある態度が気に入らないのよ。言いたい事があるならはっきり言ったら?」

「あなたには関係のない事だ。東雲宗家に関わる事でもある以上、家を出た人間、ましてや一族の落ちこぼれに話す謂れはない」

なっ!こいつ・・・!

「おいちょっと待てよあんた。今の言葉は聞き捨てならないな」

「せ、先輩!」

「朱鷺先輩は困ったところもあるが、基本的にいい人だし、立派な人だ。それを落ちこぼれよばわりするのは許さん。取り消せ」

「たとえ世間的にどれほど優れた人間であろうと、彼女が東雲一族にとっての落ちこぼれである事にかわりはない」

「貴様っ・・・!」

「言っていい事と悪い事があると思います」

「気に食わねえ野郎だ」

「・・・朱鷺の侮辱は許さない」

俺のほかにも栞、鮫島、舞がこの男に対する怒りをあらわにする。

「ふん、あまりよい付き合いはしていないようですね、お二人とも」

「・・・っ!」

「ちょっと待ちなさい宗一郎。私の事は何を言っても構わないけど、みんなに対しての暴言は許さないわ」

押し黙っていた先輩も宗一郎に怒りをぶつける。
場の空気が険悪になり、一触即発。この男の取り巻きが構えようとするのを宗一郎が手で制する。

「私は事実だけを述べている。気に入らないと言うのならいくらでも抗議は受け付けるが?」

淡々とした口調にかわりはないが、内容は挑戦的だ。
ますます気に入らない。

俺と鮫島、それに朱鷺先輩は完全に喧嘩腰だ。
今まさに飛びかかろうというところで・・・。

「だめぇっ!」

俺達と宗一郎の間に綾香が割って入った。

「綾香!?」

「邪魔だ、退け!」

「なんでそいつを庇うのよ!」

「違います!私は・・・」

「綾香さんはあなた方を庇ったのだ」

なんだと?

「三人がかりだとしても、私には勝てない事を彼女は知っているという事だ」

こいつ、本当に先輩の言うとおり高慢なやつだ。
そう思っているのに、こいつの発する気配に俺達三人とも前に進むのを躊躇している。
誰も動かない静寂の時間。

ピリリリリリリリリリリリ

それを破ったのは、携帯電話の電子音だった。

ピッ

宗一郎が懐から携帯を取り出す。
その間もまるで隙を見せない。

「私だが?・・・あなたか、私に連絡してくるとは珍しい。・・・・・・・・ああ、例の相手ですか。・・・・・・・わかりました。こちらも一段楽したので今から向います。お手数をお掛けした」

ピッ

相手が誰かはわからないが、短い電話が終わった。

「あんたほどのやつが随分と敬ってるわね。どこの誰かしら」

威圧されて動けない俺達の中で、先輩だけがそう毒づく勢いを残していた。

「あなたのよく知る人ですよ」

「私の?あんたの知り合いに私のよく知ってるやつなんかいないわよ」

「ご自分の妹でもですか?」

先輩の妹って、ここに綾香はいるんだから、紫苑か?
いとこなら別にこいつと紫苑が知り合いでもおかしくないだろうが、先輩は驚いていた。

「な!なんで紫苑があんたに電話なんかするのよ!?」

「確かに珍しかったですね。普段は高梨を通すのですが」

高梨って誰だ?
そんな疑問を発する空気じゃないな。先輩の顔が驚愕に彩られている。

「どういう・・・事?」

「やれやれ、あなたはもっと聡明な人物だと思っていたが」

「だから!どういう事かって聞いてるのよ!私達姉妹は東雲の家を出たのに、どうしてあんたと紫苑が連絡なんて取っているのよ!?」

「簡単な事でしょう。家を出たのはあなたと綾香さんのみ。紫苑さんは今でも東雲家の次期当主候補筆頭、実質上の私達の主ですよ」

「な・・・!」

これには先輩のみならず、綾香も息を飲んだ。
事情はわからないが、かなり重大な事実の様だ。

「さてと、次の仕事が入ったのでこれで失礼する。あなた方もあまり、我々の未来の当主を束縛しないでいただきたいものだ」

宗一郎が車の方へ向き直った瞬間。

ヒュンッ

「!」

何が起こったのかはまったく見えなかった。
気が付くと、宗一郎の傍らに舞が立っていて、手刀を首筋に突きつけていた。そして、同じ様に宗一郎の手も舞の首の辺りにあった。

「・・・・・」

「・・・・・」

はっきり言って、俺達とは次元の違う争いだった。
舞に関して言えば、以前以上に動きの切れが増していた。

二人は無言のまま別れ、宗一郎は車に乗り込んで去っていった。
それからも、重い空気はそのまま残っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ピッ

さてと、例の仕事の件は宗一郎に任せたからいいとして・・・。
目の前では蛇男、クロウとか言ったけど、とすみれが対峙している。

すみれが負ける様な相手ではないけれど、あいつこの後の事すっかり忘れてるみたいだから、この戦い長引く。
だから宗一郎に電話したのよ。

それにしてもあの男、ほんとに何者?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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あとがき

またしても新キャラ。
特に東雲宗一郎は紫苑とも関わり深いキャラなのです。でも出番は少ないだろう。