「ふんっ、ちんけな街だ。こんなところに我々の求める者がいるとは思わないが？」
「いや、朗報だ。この街で川澄舞を見付けた」
「あんだよ、十年もかかってようやく見付けたのかよ」
「だがそれだけの年月が経った以上、能力的に成長している可能性は高い」
「そういう事だ。それともう一つ・・・・・東雲紫苑がいる」
「何？」
「マジか！？間違いなくあの東雲紫苑なんだな！」
「間違いない。だが逸るなよ。まずは引き込めるかどうかを確かめる」
「けっ！その前にやらせろよ。それでくたばる程度ならどのみち引き込む必要なんざないだろう」
「派手にやるなよ。まだ東雲家を全面的に敵に回すには早すぎる」
「こっそりやりゃいいんだろ、こっそりやりゃ」
「組織立っての事と気取られるなよ。相手は東雲の当主だ」
「わぁってらぁ！」
「・・・行ったか」
「あいつ程度に、あの東雲紫苑が倒せるとは思えん。気にする必要はないだろう。それよりも、川澄舞、東雲紫苑、それだけか？」
「後は妖狐がいるらしいが、これはよくわからん。だがそれ以上に不可解なものもいるらしい」
「不確かな情報があるのはよくないな」
「わかっている。すぐに調べるさ」
紫苑―ＳＨＩＯＮ―
〜Ｋａｎｏｎ ｔｈｅ ｎｅｘｔ ｓｔｏｒｙ〜
第二十章 戦１・忍び寄る影
「？」
・・・なんだろう？
誰かの視線を感じたと思ったけど。気のせい？別に人からの視線なんて慣れている。
こんな容姿だから、歩いているだけで人目を惹くのは仕方のない事だと思うけれど、今の視線はそうしたものとは違った気がするわね。どちらかと言うと・・・あいつに近い。
けど、あいつならもっとはっきりとした気配を見せるはず。あまり、いい予感はしないわね・・・。
ピリリリリリリリリッ
ピッ
「・・・・・」
「あ、紫苑様」
すみれ。
電話してくるのは珍しい。「何？」
「実は、ちょっとお頼みしたい事が・・・」
現在は昼食中。
同学年の連中が揃って用事があるとかで来られなかったので、周りは後輩で占められている。「栞ちゃんのお弁当ってボリュームがあっていいわよねぇ。綾香のはどうしてもあっさりしすぎてて」
・・・訂正。
後輩と、先輩がいた。「食べ過ぎると太りますよ、姉さん」
「大丈夫よ。私は太らない体質なの」
「わぁ、羨ましいですねぇ」
先輩がいるとどうしても会話の中心になる。
どんな話題にも必ず対応してくるのと、話し上手聞き上手である事が原因だろう。
なんだかんだで生徒に人気があるのもそこに理由がある。話に参加出来ない俺は、同じく一人黙々と食べる天野と話す事にした。
「あれから、あいつらは元気か？」
「ええ、とても」
あいつらとは言わずもがな、真琴と正司の事だ。
「二人も居候して、家は大丈夫なのか？」
「大丈夫ですよ。むしろ両親とも正司が帰ってきて大喜びです。二人とも男の子も欲しかったそうですから」
「なら、べったりくっついて離れないとか」
「そうなんです。羨まし・・・いえ、なんでもありません」
「取られたか」
「口に出して言うほど酷な事はないでしょう」
あれ以来、天野は前以上に明るくなった気がする。
一見すると全然変わっていない様にも思えるが、その辺りが舞と似てない事もない。
気持ちを表に出すのが苦手なところが。「・・・何か気になりますね、その含みのある表情」
「気にするな。それはそうと、この間の一件の間ぴろをまったく見かけなかったが・・・？」
少し話題を変えてみる。
前から気になっていたが、この間内真琴の迷コンビたるぴろの姿が見えない。「春でしたから・・・」
「は？」
「一昨日には戻ってきましたよ。たまに家を空けるんですよ」
発情期？というか、繁殖期？
確かぴろはオスだったな・・・。ピリピリピリピリッ
と、そこで誰かの携帯が鳴った。
皆の反応から、先輩のものだとわかる。「ほいほい・・・って、紫苑からだ」
あいつ携帯なんて持ってたのか。
ピッ
「どしたの？紫苑・・・・・ふむふむ、ほうほう、なるほどわかったわ。じゃね」
ビッ
「もう終わりかよ」
なんとも呆気ない。
用件だけの電話だったな。「それじゃあ祐一ちゃんは、あの紫苑が電話で必要以上の事を話すと思う？」
「思わん」
即答してしまった。
「でしょ」
「それで紫苑姉さん、何の用事だったんですか？」
「うん、ちょっと遠出するから、帰り遅くなるってさ。晩御飯もいいって」
「遠出って・・・？」
「さぁ」
あいつが遠出なんて珍しい事もあるもんだな。
しかしただ遠出って・・・。「行き先とか訊かないのか？」
「言う必要があるならあの子はちゃんと言うし、言わないってのは言う必要がないって事よ」
そりゃそうだろうが・・・。
先輩はこの辺り本当に紫苑を信頼しているらしい。
綾香の方は多少心配な様だが、姉がそろって大丈夫と言う以上は従う様だ。「それはさておき、お姉ちゃんと名雪さんは今日どうしたんですか？」
「ああ、あの二人なら・・・。ほれ、来月体育祭があるらしいだろ」
「そういえばそんな話を聞きました。実は私は出た事も見た事もないですけど」
そりゃそうだ。
「それでだ、うちのクラスの女子はソフトボールをやるらしいんだが、どうにも戦力不足だそうだ」
「ふむふむ」
「それで、助っ人になってくれるやつを探してるらしい」
「助っ人って・・・、いいんですか？」
「規定では、一人くらいなら問題ない事になっています」
さすが生徒会役員。天野がすかさずフォローを入れる。
「確かに、うちのクラスの女子は名雪と香里以外はそれほど運動得意そうじゃないからな・・・」
「でも、運動の得意な人はそれぞれ自分のクラスの種目に出るんじゃないですか？」
「・・・それもそうだな」
「なんだったら、紫苑でも使えば？」
「紫苑を？」
先輩からの意外な申し出。
というか、この人はうちのクラスの担任だった。「部外者でもいいのか？」
「一応、父兄ですし・・・」
いいらしい。
しかしあいつ、そういう事をするだろうか？「誘えば乗るわよ、たぶん」
「姉さん、基本的に暇そうですから」
「なるほどな、あいつらに持ちかけてみるか」
そんな話をしているうちに昼休みも終わりに近づき、ちょっとまずい状況になりそうな予感がしてきた。
ここは早めに・・・。「そろそろ休み時間も終わりねぇ」
「でも、栞さんのお弁当、まだ結構残ってますよ？」
こそこそ・・・
「大丈夫です。祐一さんが食べてくれますから」
・・・遅かったか。
「・・・実は食いすぎはよくないと医者に言われててな」
「そんな事言う人、嫌いです。大丈夫ですよ、祐一さんなら食べてくださいます」
栞が下から覗き込むように見上げてくる。
さらに少し瞳が潤んでいる。栞の必殺、おねだりフェイスだ。
シスコン気味の香里なら一撃で撃沈する強力な技である。
そして俺も・・・。「・・・ふっ、男とは愚かな生き物だな、天野」
「相沢さんが愚かなだけでしょう」
「先輩、頑張ってください」
「ふぁいとー、祐一ちゃん」
どいつもこいつも・・・応援するくらいなら手伝え。
「はい、祐一さん」
「・・・後三分・・・大食い＆早食いチャンピョンを目指すか」
ぐぷっ
もう放課後だってのに、まだ胃が悲鳴をあげてるぜ。
栞ももう少し加減してほしいものだ。「何考えてるんですか？」
「もう少し控えめに作れ」
いつの間にか隣りを歩いている栞に弁当の量についての指摘をする。
量より質で勝負してほしいものだが・・・。「質、量ともに満点を目指していますから」
質はともかく、量は満点を通り越している気がするぞ。
「ですが栞さん、食べすぎは本当によくないですから・・・」
綾香が助け舟を出してくれる。
いつからいたのかわからなかったが、こいつはいい子だ。「ひどいです・・・先輩。いい子っていうのは、嬉しいです、けど・・・」
「まるで私はいい子じゃないみたいですね」
顔を赤らめながら俯く綾香と、ちょっと頬を膨らませている栞。
はて？何ゆえ俺の思った事が・・・。「声に出てたわよ、祐一ちゃん」
「ぅ・・・久々に・・・」
たまにこうした事がある。
無意識というものは怖い。しかし、先輩もまた唐突に現れたな。もう慣れたけど。
それはさておき、校門まで四人で歩いてきたところで見知った顔を見かける。
ちなみに、普段ならここにいる名雪と香里だが、相変わらず助っ人探しをしている。紫苑の事は伝えておいたが、一応他にも何人かに声をかけてみるそうだ。
で、校門にいたやつというのは・・・。「あ・・・！」
「むむ・・・！」
そいつを見た途端、綾香は俺の後ろに隠れ、栞は顔を強張らせる。
そんな二人に少しだけ視線を向けた後、そいつはこっちに向かって歩いてきた。確か、自称紫苑のライバルで、鮫島直輝だったか。
「直輝ちゃん、おひさ〜」
「紫苑はどこだ？」
先輩の挨拶には答えずに、単刀直入に訊いてくる。
「また負けに来たんですか？負け犬さん」
「誰が負け犬だ！この胸なしが」
「事実じゃないですか。それと私には美坂栞というキュートでラブリーな名前があります。胸なしと言わないでください」
「事実だろ、洗濯板のガキ」
「むっきーっ！！」
「落ち着け栞」
どうも栞と鮫島は相性が悪いらしい。
「直輝ちゃん、紫苑なら遠出してていないわよ」
最初の質問の答えは朱鷺先輩から出た。
それを聞いて鮫島はつまらなそうな顔をした。「ちっ、せっかくこんなところまで来てやったってのに」
「負けにですか？」
「黙れペッタンコ」
「むっきー！そんな事言う人、ただじゃすみませんよ！」
ヒステリーになる栞は無視して鮫島は俺の方を向く。
「おい、ちょっと付き合え」
「俺？なんで？」
「ここまで来て無駄足だったんだ。茶くらい付き合いな」
どういう理屈だ？
不満たらたらという表情は綾香と栞。
俺は・・・。「ま、いいけど」
「先輩！？」
「祐一さん！？」
「よーし、んじゃみんなで百花屋に行きましょか」
最終的に場は先輩に仕切られる。
鮫島に異論はないらしく、さっさと止めてあるバイクを取りに行っている。
栞と綾香は尚も物言いたげだが、結局五人で百花屋に行く事になった。
「あいつは東雲紫苑を追っていったのか？」
「その様だな」
「先走らねばいいがな。こちらはどうする？」
「とりあえず、すぐそこにいるのだ。コンタクトを取ってみるさ」
「・・・・・」
・・・・・・・・・・・
「・・・いらっしゃいませ」
「遅いって」
百花屋に入ると、出迎えたのは何故か舞だった。
ウェイトレスの制服がなかなかよく似合っている。もっとも、それ以上に似合う人がいたが。「あははー、五名様ごあんないでーす」
・・・佐祐理さん、めっちゃかわいい・・・。
むぎゅ
「痛いんですけど、栞さん」
「気のせいです」
つねられた。
いいじゃないか、綺麗なものは綺麗と思うのが大事だと思うぞ、俺は。
と、思うのだが、口に出すとさらに何かされそうなので言わないでおく。「やっほー、佐祐理、舞」
「・・・・・（こく）」
「あははー、こんにちはー、朱鷺さん」
先輩が二人と挨拶をしている。
非常に仲がいいように見えるが、俺が知る限り先輩が二人に会ったのは花見の時だけのはずだが・・・。「週末とか、結構会ってるのよ」
俺の疑問にあっさり先輩が答えてくれる。
何故俺の考えている事が？「祐一ちゃん、顔に出るからねぇ」
左様で。
「ところで、舞に佐祐理さん、いつからここでバイトしてるんだ？」
「つい最近ですよー。というから昨日からです」
それは最近というか・・・、知らなかったわけだ。
でも、ここにいるなら、前よりも頻繁に会える事になるな。いい事だ。「ご注文はお決まりですか？」
「ジャンボミックスパフェデラックスを」
「またかい！」
他に頼むものはないな、こりゃ。
あれは五人いたとしても苦しいかもしれない。「おい、相沢」
「ん？」
店に入る前から黙ったままだった鮫島が話し掛けてくる。
「さっきのあの女。ありゃ何者だ？」
「舞の事か？」
ほほう、さすがに喧嘩男。
会ったばかりなのに舞が只者でない事を見抜いたのか。「俺の先輩だが・・・、まぁおまえの訊きたい事はわかる。強いぞ」
「少し紫苑と似てやがるが・・・、やっぱ相当デキるな」
「頼むから喧嘩するなよ」
「さぁな」
「ところで、そちらの方は？」
それぞれの注文品を持ってきた佐祐理さんの質問。当然鮫島とは初対面だからな。
「鮫島直輝ってやつで、紫苑の友達か？」
「誰が友達だっ、不倶戴天の宿敵だ」
「そう思ってるのはたぶんおまえだけだろうが」
この間の喧嘩。
俺も一応少しの間舞に付き合っていたわけだし、見て強いかどうかというのは多少わかる。
そんな俺から見て、この間の紫苑は明らかに実力の半分も出してやいない。
それであの有様ではとても宿敵扱いはされてないだろう。「あれ？そういえば佐祐理さん、舞は？」
俺達を最初に出迎えて以来姿が見えない。
奥で仕事してるのかな？「なんか、早引けしましたよ。ちょっと急用が出来たそうです」
「あいつが急用？」
例の学校での一件が片付いて以来、ほとんどの時間佐祐理さんと一緒にいる舞が、一体何の用が？
ほんの少しだけ胸騒ぎがするんだよな。気のせいだといいんだが・・・。
だが、気のせいではなかったのだ。
舞と・・・それに、遠出をしたという紫苑にも、よくない事が起きようとしていた。
そんな時だというのに、俺達は巨大なパフェを相手に悪戦苦闘していたのだった。
あとがき
戦編。ちょっと長めで、ついでに言うとこの話の主軸となるエピソードにも絡んでくるところに入りました。一応前半の大きな山場。これまで出番の少なかった舞＆佐祐理もじゃんじゃん出てくるわけで。さらにはオリジナルキャラも増えていくのです。