私、天野美汐と彼、神城正司との出会いは、ちょっと不思議なものでした。
彼は突然私も前に現れ、成り行きのままに私の家の住人となった。

最初は戸惑っていた私も、次第に弟が出来た様な気持ちになりました。
積極的に人の輪に入るのが苦手だった私には、友達と呼べる人は少なかったけれど、彼の元気で開けっぴろげな姿を見ているうちに、私は変われそうだになった。

正司という親友のお陰で、友達というものを知る事が出来そうだった。

けれど、彼は段々と弱っていき、最後には、私の前から消えた。

そして私は、彼とはじめて会った場所、ものみの丘の伝説を知り、彼がかつて、そこで共に遊んだ子狐だった事を知った。

彼は消えてしまった。伝説の通りに。

残ったのはただ、悲しみだけ・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

紫苑―SHION―
〜Kanon the next story〜

 

第十八章 ものみの丘妖狐伝・・・その二

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時間を忘れてしまった様に、天野はじっと佇む。
たぶん、目の前の光景が信じられないのだろう。俺は、紫苑と共にいる少年こそが、かつて天野と親友だった妖狐である事がすぐにわかったから。消えてしまった者が突然帰ってきたら、俺でもどう反応すればいいのかわからない。
けど、そうした時間も少しの間だった。

天野は駆け出して、紫苑が横に避けて、少年は天野に抱きしめられた。

「正司・・・おかえり・・・、おかえりなさい」

「美汐、苦しいよ・・・」

そう言いつつ、正司という少年も嬉しそうだ。

「あぅ?」

一人状況についていっていないやつが俺の隣りで鳴いている。

 

 

 

 

 

 

俺はコーヒー、天野と紫苑は紅茶、真琴と正司という少年にはジュースをそれぞれ買って、俺達は公園のベンチに座っている。

右から、俺、紫苑、真琴、天野、正司の順だ。

「美汐の母ちゃん、元気か?」

「ええ、元気すぎるくらいですよ」

「そっかぁ。いつも元気な人だったもんな、美汐と正反対で」

「まったく、主婦なのですから、もう少し奥ゆかしくしてほしいものです」

「相変わらずだな。美汐の方が美波母ちゃんより年上みたいだ」

「そういう事を言うのはこの口ですか?」

むにょーん

「いひゃい、いひゃい、みひほ〜」

「・・・・・」

なんていうか、見てて微笑ましい。
こんなに明るく笑顔を振り撒く天野を見たのははじめてかもしれない。
けれど、どこか作り物めいた笑顔に見えるのは、気の所為だろうか?

「・・・あぅ?」

真琴は少し疎外感を感じているようだが、先ほどから正司の事を不思議そうに眺めている。

「どした?真琴」

「・・・よくわかんないけど・・・、あいつ、懐かしい」

懐かしい、か。
同じ妖狐なんだから、昔馴染みという可能性は十分にあるわけだな。歳も同じくらいだし。もっとも妖狐が人間になった時の見た目の年齢が実年齢と一致するかどうかは知らないが。

「ん、よっ」

「あぅ?」

頬を引っ張られるのから開放された正司が自分を見ている真琴に手を差し出す。
真琴は少し戸惑って後ずさるが、下がる場所もないのでそのまま正司に頭を撫でられた。

「・・・・・あぅ・・・」

「こいつ、名前なんていうの?」

「真琴です。最初は相沢さんのところにいたのですが、今は私のところにいるんですよ」

「そっか。真琴って名前もらったのか。いい名前だな。もちろん、俺の正司もいい名前だけどな」

「それはどこから付けたんだ?」

俺も会話に割ってはいる。
真琴の名前は以前俺が聞かせた、俺の憧れだった女性の名前をこいつが覚えていてそのままこいつの名前になったものだが。

「私の母がつけたんです。私は一人っ子で、母は男の子を欲しかったらしくて、正司の事はほんとに可愛がってました。ほんとに、私がやきもちを焼くくらい」

「ほほう、天野がやきもちねぇ」

「変ですか」

「いんや、別に」

「気になりますね」

「気にするな」

「そっちのお兄ちゃんって、もしかして美汐の恋人?」

「違いますよ。ただの変な知り合いです」

そりゃないぜ、天野よぉ。

「ついでに言うとプレイボーイな方です」

「こら天野」

「反論できますか?」

「きっぱりと否定は出来んのが悲しいが、変な誤解は受けたくない。俺は・・・」

からんっ

「「「「?」」」」

音がして振り返ると、目の前のくずかごに缶が投げ込まれたところだった。
もちろん投げたのは唯一会話に参加していない紫苑だ。

紫苑はこちらを見ていないが、その表情はこの場の雰囲気とはまったく異なる、そして、俺達に対して何かを伝えている目だった。

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・あぅ?」

「・・・あのさ、美汐・・・」

「やめて、聞きたくありません」

先ほどと打って変わって静かな空気。
正司が何かを言おうとした途端、天野が自らの耳を塞ぐ。

この少年の話を聞くのが怖いのだろう。
先ほどから無理をしてまで笑顔を作っていたのは、今のこの時間が、再び崩れてしまうのが怖かったから。
現実はいつだって、残酷だから。

「・・・現実から目を背けても、いい結果は生まれないわ」

しかし紫苑は、あえて天野を現実に突きつけようとする。

「えっと・・・、あの、美汐、おいらは・・・」

ふるふる

天野は駄々っ子の様に首を振って、現実を拒否しようとする。
正司も正司で、なかなか言うべき事を言い出せない。

先へ進まない状況で再び言葉を紡いだのは、紫苑だった。

「ものみの丘の事は知っている。伝説も、実際その場所にも何度か足を運んだわ」

「・・・・・」

「・・・・・獣が力を得るには、百年の時を刻む必要があるわ。あの場所の場合は、元々力ある獣の眷属として生まれたから、幼い内から力の行使が出来るもの。けれど、人の身を得るほどの力は、子狐達には重過ぎるの」

「だから、最後には消えてしまうのか?でも、こいつはここにいるぞ?」

「・・・これはあたしの推測だけど、力ある獣の眷属は、その獣の分身の様なもの。人のぬくもりに憧れる心もまた、長であるものから受け継がれたものなのよ。けれど、人のぬくもり、人の優しさを知るものが、自らの子らを死に追いやるほどの力を使わせるとは思わない」

「それじゃ・・・」

「たぶんそれは、リミッターの様なもの」

「リミッター?」

「体の衰えは警告。力の弱ったものは、あるべき場所に還る」

つまり、死ぬわけじゃないって事か。
でも、別れには変わりがない。

「・・・おいら、もう一度美汐の会いたくて・・・、ほんとなら、同じ力を使うには何年も力をためなくちゃ駄目なんだ。けどおいら頑張って修行して、やっと来られた。今度はちゃんと、元の記憶も持ったまま。けど、時間はずっと短いんだ」

「短いって、どれくらい?」

「たぶん、三日も持たないと思う」

三日・・・。
やっと再会出来ても、たったの三日でまた別れなくちゃいけないのかよ。

「それと、おいらが来た理由はもう一つ」

「もう一つ?」

「真琴の事だよ。真琴はとっくに限界を超えてるんだ」

「それは・・・どういう事だ?」

聞くのが一瞬躊躇われた。
これまでの話の流れから行くと、返ってくる答えは知れていた。

「ほんとに消えちゃうんだ」

やっぱり。
警告を無視してい続けたら、本当に力を使い果たして、消えてしまう。

「だから、真琴を迎えに来たのがほんと。そのために長から特別に修行をさせてもらったんだ。このままじゃ真琴は後一週間もたない」

話が早すぎる。
正司は三日以内に帰ってしまう。真琴も一週間の命が尽きる前に戻らなくちゃならない。
結局、後三日しか天野は二人と一緒にいる事は出来ないのか。

俺には、何も出来ないのか・・・。

天野はさっきから黙ったままでいる。
耳を塞いではいるが、話は聞こえていたはずだ。

「・・・・・!」

「あぅっ」

俯いていた天野は、急に立ち上がると真琴の腕を掴んで正司に突きつけた。
真琴は驚いて目を見開いている。

「だったら、さっさとこの子を連れて帰ればいいでしょう」

「美汐?」

「あぅ・・・?」

「まったくあなたって子は、そうやって私の心を傷つけるだけの存在なんですね」

「天野!」

こいつ、何言い出すんだ。
肩置いた手は振り払われて、美汐はきびすを返す。

「もう、あなたなんか顔も見たくありません。早く私の前から消えてください」

「・・・美汐」

「あなたがいなくならないなら、私がいなくなります」

そう言って振り返りもせずに歩き出す。
俺は天野を引きとめようと後を追うが、天野の表情を垣間見た瞬間、何も言えなくなってしまった。

「・・・相沢さん。私はやっぱり、はじめから誰とも出会ってなんていなかったんです」

全ての感情を封じ込めた鉄仮面の様な表情で、天野は走り去っていった。
俺には、後は追えなかった。

「あぅ・・・みしおぉ」

「・・・・・」

取り残された二人は、じっと天野の走り去った方向を見ている。
後を追って走り出そうとしている真琴を、正司が抑えている様にも見えた。

「・・・なぁ、正司、天野は・・・」

「わかってるよ、お兄ちゃん」

「いいのかよ、これで」

「結局全部、おいらの身勝手だ。真琴の迎えだって、何もおいらじゃなくてもよかったんだ。でもおいらは美汐に会いたくて、でも会っても悲しいのが大きくなっただけで・・・。美汐のためには、おいら達の事は忘れた方がいいんだ」

「・・・・・」

「じゃあな、お兄ちゃん。おいらお兄ちゃんの事憶えてるぜ。真琴を助けてくれたよな。ありがと」

俺に対して頭を下げた後、正司は紫苑の方へ向き直る。

「おいら達、帰るよ。それが正しい姿なんだよね」

「・・・・・」

紫苑は終始、こちらに目を向ける事はなかった。

「さよなら、お兄ちゃん。真琴も挨拶しろよ」

「あぅ・・・ゆういち・・・」

「・・・じゃあな、真琴。今度は・・・」

戻ってくるな。
おまえの居場所はあそこだ。

そう言いたいはずなのに。あの時、まだ狐の姿だった真琴と別れた時と同じ様に。
けれど、言えなかった。

 

 

 

 

「・・・・・」

「・・・・・」

天野が去って、真琴と正司が去って、俺と紫苑だけになった。

「・・・・・(そわそわ)」

「・・・・・」

「・・・・・(そわそわそわ)」

「・・・・・」

「・・・だー!くそっ!何とかならないのかよ、紫苑」

このままじゃどうにも誰も救われないだろ。
しかも俺が一番ひどいやつだし。

「何とかならなくもないけど・・・」

「ほんとか!?」

それを早く言えよ。

「でも」

「でも?」

「彼女があの状態では、意味がないわ」

「・・・・・」

天野が、か。

「人の想いは力になる。美汐があの二人に戻ってきて欲しいと強く想えるのなら、何とかなるかもしれない」

「・・・・・」

「・・・下準備はしておくわ」

「下準備?」

「想いがあるのなら、来るべき場所に来ればいい。けれど、中途半端な想いでは、何も変わらないわ」

来るべき場所、それはものみの丘だろうな。
中途半端な想いじゃ駄目って事は、力ずくで引っ張ってきても意味がない。
あいつがあいつ自身の意思であの場所に行けば・・・。

「そうすれば、奇跡ってやつは起きるのか」

「可能性は生まれるわ」

「なら、やるしかないだろ」

このまま終わらせてなるものかよ。
こんな不幸な気持ちのままじゃいけないだろ。

「紫苑、おまえの方も頼むぞ。俺は絶対に天野を説得してみせる」

「・・・・・ん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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あとがき

真琴&美汐編・・・のはずなのだが、ほとんど美汐オンリー。真琴はおかずみたいな・・・。
そもそもこの作中では祐一にフラレた身だし。